人材育成のための授業紹介・被服学

東京家政大学におけるMoodleを利用した被服実習の取り組み

田中 早苗(東京家政大学家政学部服飾美術学科講師)

1.はじめに

 近年の情報通信技術の発展に伴いe-Learningにおいてもマルチメディアコンテンツが多く用いられるようになりました。特にストリーミングサーバの普及で動画配信が容易となり、様々な方面で利用されています。被服教育の分野においても動画コンテンツの配信は長年の切望でした。衣服の縫製技術を解説する細やか手作業は動画による提示が望ましく、これまでにもVTRやDVDによる配信が行われて参りました。本学服飾美術学科では2012年より被服実習科目において学習支援システム(以下LMS)による動画コンテンツの配信を試みました。その実践事例を報告いたします。

2.動画コンテンツ配信の背景

 東京家政大学は1881(明治14)年「和洋裁縫伝習所」として創立され、女性の自主自律を建学の精神として参りました。校祖渡辺辰五郎の裁縫教育は、掛図や雛型を利用したユニークで先駆的な指導法を展開しておりました。その教えの根底には「女子は就学期間が短いのだから最少の労力・時間・費用で最大の効果を上げさせたい」[1]という配慮であったと言われております。
 一方、近年の中学高等学校の学習指導要領改訂により被服製作実習が大幅削減となり、学生は家庭においても十分な生活技術を身に付ける機会のないまま被服を専攻して参ります。そのような裁縫初心者の指導には動画教材が最適と考えます。これまで動画の配信を困難にしてきた理由は、衣服1アイテムの製作工程を収録する総時間数が40〜60分となり、画質を粗くすると針や糸の運びが不明確になるので画質は落とせず動画データーが大容量になることでした。また、VTRやDVD等メディアへのファイルコピーやダビングにはコストと労力が掛かり、何よりも内容の更新が難しいというデメリットがありました。しかし、LMSの動画配信でこれらの問題は解決され、現代の学生にも被服を効率よく学ぶコンテンツを提供できます。

3.被服実習科目の内容と位置づけ

 本学科の専門教育は造形、工芸、デザイン、文化、ビジネス、科学の6領域に分かれています。造形領域の1年前・後期に必修科目「服飾造形I」「服飾造形II」があり、衣服の構造と縫製方法を学ぶ基礎科目として位置づけられています。
 製作の内容は「服飾造形I」で基礎縫いとスカート・ショートパンツの製作、「服飾造形II」で長袖ブラウスの製作となっています。型紙は学生の身体計測値から原型を作図し、その原型からスカートやブラウスの型紙を製図しますので授業15週のうち約半分は型紙作成、残り7〜8週で製作物を仕上げます。また、縫い方の説明に授業の約半分の時間を充て、学生が実習に着手できるのは約1コマ(90分)、学生は必然的に授業時間外の実習室や自宅で作業をすることになります。これは今も昔も被服を学ぶ者の常でした。しかし、製作経験のない学生の増加により従来のような一斉授業の解説だけでは正しく理解されず、異なる方法で縫って来る学生が増えています。したがって長時間かけて縫い上げた縫い目をさらに時間を掛けて解き、再度縫い直すことになります。本来、縫製技術は何度も縫い直すことによって身に付くものですが、現代の学生に多くを求められません。
 通常の被服実習室には教員が示範するためのプロジェクタやLAN回線等の設備はありますが学生が使用できるPC端末はありません。しかし、授業時間外に製作作業を自宅か実習室の空き時間に行なう実情から、学生の自宅PCやスマートフォンを利用する状況と目的が一致したと言えます。

4.LMSで配信する意義

 LMSによる動画配信の利点は、DVDや記憶メモリにファイルをコピーする手間やコストが掛からず、何よりも教材の更新が容易であることです。学生の理解や進度状況に合わせて動画にキャプションを加えて速度を落とすなど、動画を再編集して更新することが可能です。この柔軟性を維持するためには、実際の授業で用いる技術や用語・言い回しなど現実に即したコンテンツであることが重要と考えます。この点において、一般向けにwebで配信される洋服の作り方サイト等と目的が異なります。即応性のある内容を配信するためには、教材作成と更新はできるだけ簡便にシンプルな設備で行うのが望ましいと考えます。写真1に動画の撮影状況を示しました。授業での解説にも使用するために、学生の進度より1〜2工程先まで縫ってデジタルカメラの動画機能で撮影しました。

写真1 動画の撮影状況

5.コンテンツの概要

 本学で導入しているLMSはMoodle2.3で学内ではe-kaseiと称しております。動画ファイルは講義収録配信システムのストリーミングサーバに置き、e-kaseiにアップロードしました。裁縫や手工芸のような手作業を撮影する動画像は、針目や縫い目を確認できる解像度10〜24bpsで、再生速度も実速度であることが望まれます。速度を倍速にすることによって収録時間を短くしファイル容量を小さくすることもできますが、手作業の適切な速度や仕事の丁寧さを伝えるためには再生速度を上げることをできるだけ避けました。また動画の再生時間は、学生が閲覧して飽きのこない長さとして5分以内に抑えました。使用したストリーミングサーバの容量制限(学内における教員ひとり当たり)が2GBなので収録時間や画像解像度に気兼ね無くファイルを置くことができ、また、一般のPCやスマートフォンのOSに対応した動画形式で配信することが可能でした。図1にe-kaseiコース「服飾造形I」のトップページと図2に動画の全画面表示を示しました。コースでは、リソースの名称が縫製工程となるようにトピックを設定し動画をリンクしました。コースセクションはテキストの項目に合わせてひとまとめにし、閲覧しやすいセクション名を設定しました。
 図2の全画面表示では、ミシンでコンシールファスナーを縫う工程でファスナーの務歯をアタッチメントで起こしている状態が分かります。

図1 e-kaseiコース「服飾造形I」のトップページ
図2 動画の全画面表示

6.学生のアクセス状況

 学生の閲覧状況はe-kaseiのアクセスログから集計しました。調査対象は、2012年後期ブラウス製作36名と2013年前期スカート製作67名です。
 図3は2012年後期ブラウス製作の進度状況とアクセス数を示しています。進度状況は、授業での説明まで製作を進めているか否かを教員が判断し、進度別に3グループ、達成組・やや達成組・遅れ組に分けました。遅れ組は製作開始から前半は目立っておりませんが後半にかけて増加しています。青のライングラフはe-kaseiへのアクセス数を示しています。冬休み明けの授業直前に最もアクセス数が増えており、e-kaseiが有効利用されていたことが伺われます。

図3 ブラウス製作の進度状況とe-kaseiへのアクセス数

7.動画を閲覧する環境

 図4はアンケート調査によるアクセス状況と動画コンテンツの閲覧に使用した機器の結果です。

図4 e-kaseiへのアクセスと使用機器のアンケート結果

 アクセス状況は、実際のログとアンケート結果で若干の違いが見られましたが約70%の学生がアクセスしておりました。動画の閲覧環境で2012年のPC閲覧率が75%と高かったのは、ストリーミングサーバを導入していなかったので動画の閲覧が特定のOSに限られたことによります。2013年はスマートフォンでの閲覧が可能となり、タブレット所持者も見られるようになりました。
 以下に学生の感想を記します。

 要望としては、もう少し文字があるとさらに分かりやすい、ミシンで縫うところもできれば写して欲しい、スマホで見られるようにして下さると助かりますなど、2012年ではスマートフォンやMacPCで見られなかった学生がおりましたが2013年よりストリーミングサーバの導入で改善されました。

8.まとめ

 被服の製作実習科目において、縫製技術等を解説する動画コンテンツをLMSで配信し、学生が自宅や空き時間に閲覧する状況を調査しました。クラスによる差はありましたが平均80%の学生が動画を見られる環境にあり、67%の学生が閲覧しておりました。このことからLMSによる動画配信が有効であることが認められました。本学科では2013年より服飾工芸のコースも開設され、2014年からの新カリキュラムでは和裁・洋裁・手芸の基礎技術を学ぶ必須科目で1学年の全クラス対象に動画コンテンツを導入する予定です。

参考文献
[1] 三友晶子, 太田八重美:渡辺学園裁縫雛形コレクション. p.4, 東京家政大学博物館, 2010.

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