特集 アクティブ・ラーニングの実質化に向けて

KALSにおけるアクティブラーニングの取り組み〜「アクティブラーニングで自然科学を楽しむ」の紹介〜

中澤 明子(東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 附属教養教育高度化機構特任助教)

1.はじめに

 本学では、アクション・プラン[1]において、「理想の教養教育の追求」のための項目として「理想の教育棟と教育IT化の体制強化」が明記されています。また、行動シナリオ[2]では、「能動的学習の普及・展開」が「タフな東大生」育成のための取り組みとして挙げられています。こうした背景から2007年開設されたのが駒場アクティブラーニングスタジオ(KALS: Komaba Active Learning Studio)です。KALSは、「能動的学習の普及・展開」の場の一つとなっています。
 KALSにおける授業については、その特徴に応じて、講義+ディスカッション型、タブレットPC活用型、プレゼンテーション型、実習型に分類されています[3]。また、学生や教員による評価から、通常の講義形式の教室に比べて議論や教員への質問がしやすいことや、ディスカッションやグループワークをスムーズに行えること等が挙げられています。加えて、不満点については、什器の組み合わせが座りやすさに影響することやスクリーンの見えやすさといったことが挙げられています。
 このように、KALSにおける授業については、複数の授業や学生、教員への調査に基づいて、特徴や利点、不満点について明らかにされているものの、一つの授業を取り上げて授業内容や授業手法等を詳細に紹介したものはあまりありません。
 そこで本稿では、KALSの設備機材について概観した後、2013年度冬学期(2013年10月〜2014年1月)にKALSで開講された全学自由研究ゼミナール「アクティブラーニングで自然科学を楽しむ」(1、2年生を対象とした選択授業)を取り上げ、授業の内容や授業手法、KALSの設備機材の活用といった概要を紹介します。また、それらの概要や学生の感想をもとに、KALSアクティブラーニングを導入する際の留意点や今後の課題について述べます。

2.KALSの概要

 KALSは、授業を行うスタジオ(写真1)、ウェイティング・ルーム、スタッフルーム、倉庫、会議室で構成されます。KALSには、まが玉型のテーブルや椅子といった可動式什器や、四面スクリーン・プロジェクタやタブレットPC、クリッカー等のICT(Information,Communication and Technology)、ミニホワイトボードなどが備えられています。これらの設備機材がアクティブラーニングのための「フレキシブルな教室空間」や「思考過程の可視化と共有」[4]を可能にしています。
また、KALSには教育工学を専門とするスタッフが常駐し、学習環境の設定やICT活用、授業手法について相談できるなど支援体制が整っています。
 KALSでは、教養学部前期課程(大学1、2年生)の授業を中心に、毎学期週10〜15科目程度の授業が行われてきました。例えば、文科類の学部1年生必修の「基礎演習」は、課題を発見するとともに、調査研究や発表、討論、論文執筆といった大学での基礎的な技法を習得することが目標とされ、KALSのICT等を活用したアクティブラーニングが実施されています。KALSは、基礎演習以外には、語学やゼミナール形式の授業で使われることが多くなっています。また、前期課程と比べると数は少ないものの、後期課程(学部3〜4年生)や大学院の授業でも使われることがあります。
 これらのうち本稿では、教養学部前期課程の授業として2013年度冬学期に開講された全学自由研究ゼミナール「アクティブラーニングで自然科学を楽しむ」を取り上げ紹介します。

写真1 KALSの全景

3.「アクティブラーニングで自然科学を楽しむ」の概要

(1)授業のねらい

 本授業は、自然科学の各分野(生物、化学、物理)の授業にアクティブラーニング手法を取り入れることで、自然科学に関する高次思考力を伸ばすことをねらいとしました。

(2)実施体制

 本授業は、計8名の教員が1〜3回ずつ授業を担当しました。8名の教員は、生物、化学、物理分野等を専門としており、各々の研究分野に関する授業を行いました。
 また、授業に先立って、2013年7月下旬にミーティングを行い、授業のスケジュールやねらいを確認しました。各回の授業については、各教員が授業のねらいに沿って授業内容や授業手法を検討しました。KALSやアクティブラーニング手法に慣れていない教員は、事前にKALSの設備機材の活用方法を確認したり、KALSのスタッフとの打合せで授業手法やICT活用を検討するといった機会を持ちました。

(3)授業の内容と方法

 先述のとおり、本授業の内容と方法については、各教員が設定しました。全教員に共通するものとしては、大福帳(1)のように毎回の授業終了時に学生がコメントシートにコメントを記入し、できる限り教員がコメントをして次回授業時に返却する方法をとっていたことです。
 各回の授業テーマや主な活動・手法、ICT・ツールを表1に示し、以下に詳細を述べます。

1)学習についての授業

 本授業は、自然科学をテーマにしていたものの、KALSの設備機材やアクティブラーニングに学生が慣れる機会を設けるため、学習についての授業回を設けました(表1:1・2回目)。
 初回授業では、授業ガイダンスに加えて、学生がKALSの設備機材に慣れることを主な目標として、「学習」を題材にした活動を行いました。具体的には、学習に関連する研究知見について紹介し、学生がそれらについてクリッカーで回答したり、研究知見に関する課題に取り組み、その内容を議論したり、ミニホワイトボードに書き出して発表しました(写真2)。

写真2 ミニホワイトボードを用いた活動の様子

 2回目の授業では、アクティブラーニング手法の活動に慣れることを主な目標とし、「学習」と「アクティブラーニング」を題材にした活動を行いました。具体的には、ミニホワイトボードを複数用意して異なる「学習」に関する問いを提示し、学生はそれぞれの問いついてディスカッションしてミニホワイトボードにまとめ、その内容を発表しました。また、ジグソー・メソッド(2)で「アクティブラーニング」の定義や事例について、相互に教え学習する活動も行いました。
 授業では、プロジェクタ、ミニホワイトボード、クリッカーを使用しました。

2)生物についての授業

 3〜6回目の生物分野の授業では、発達障害、iPS細胞、ヒトの個人差、放射線をテーマにした授業が行われました。
 いずれの授業も、トピックに関する講義に加えて、教員と学生との質疑応答や、学生同士の議論、教員からの質問に対する学生の考えの発表など、教員と学生、学生同士の対話を取り入れながら行われました。

表1 授業のテーマ、活動・手法、ICT・ツールの一覧

3)化学についての授業

 7〜10回目の授業は化学分野の教員が担当し、自己組織化体の形成メカニズム、蛍光タンパク質の授業が行われました。
 7回目の授業ではトピックについての講義があり、学生はその授業で出された課題を宿題として取り組み、8回目の授業で課題に取り組んだ結果の確認と議論を行うという形で授業が行われました。9・10回目授業は、授業の前半60分で授業トピックに関する講義を行い、後半30分で講義内容に関する疑問点を学生が議論し、それらについて教員が解説するという形で行われました。
 議論の際には、ミニホワイトボードを用いて、思考を書き出し、それを使っての相互発表が行われました。

4)物理についての授業

 11〜13回目の授業は物理分野の教員が担当し、物理学における左右、フェルミ推定と次元解析、初等物理をテーマにしたピア・インストラクション(3)による授業が行われました。
 11・13回目の授業では、トピックについての講義と、それに関する教員からの質問について学生が考え、意見発表や議論する活動を取り入れていました。12回目の授業では、ピア・インストラクションによって授業が行われました。教員からの質問について、学生一人ひとりが考え、クリッカーで回答し、回答理由と回答に至った思考プロセスについて互いに議論し、その後、再び クリッカーで回答するという形で授業が行われました。回答理由と回答に至った思考プロセスについて議論する際には学生同士の教え合いが見られました。また、議論の際には、適宜、ミニホワイトボードを使い、思考を書き出していました。

4.総合論議

(1)アクティブラーニングにおける学習環境

 本授業では、学習活動や内容に合わせて、円卓を学生が囲むような机のレイアウトにしたり、時には、Uの字型に机を並べたり、活動に合わせた机のレイアウトにしました。こうした机の配置については、概ね好評で、KALSの特徴であるフレキシブルさが活動のしやすさに繋がっていることがわかります。これは、これまでのKALS利用者への評価結果とも一致しています。
 また、KALSのICTやツールについては、思考を書き出して比較したり、相互にコメントするといった活動に役立っていることがこれまでも述べられてきました。本授業においても同様に、ミニホワイトボードで思考の書き出しを行えたり、クリッカーで思考過程を把握できるといった利点が見られました。
 こうしたことから改めてわかるのは、アクティブラーニングにおいて、思考過程の可視化と共有が有効であるということです。思考過程の可視化と共有は、KALSのデザインコンセプトの一つです[4]。KALSのように思考過程の可視化と共有のためのICTやツールを教室に用意したり、授業内容や活動にあわせて活用すると、授業をより良いものにできると考えられます。

(2)アクティブラーニング導入時の留意点

 学生の反応をもとに、アクティブラーニングを取り入れる際の留意点になりうるものを挙げます。
 まず1点目は、時間配分です。学生の感想において、活動の時間が短いことに対する指摘がありました。アクティブラーニングの授業に慣れるまでは、どの程度、議論の時間を設ければ良いのかなど、見通しを立てにくいことがあります。あるいは、教員と学生、学生同士の議論が予想以上に盛り上がり、授業時間を超過するということもありえます。こうした可能性を考慮して、学生が議論などの活動に対して満足感を得られるように十分な時間を割り当てておくことが望ましいと考えられます。
 2点目は、授業中に学生が取り組む問題や作業の難易度の適切さです。課題の難易度に関する学生の感想が得られています。適切な難易度の課題を設定することは難しいですが、配慮する必要があるでしょう。とりわけ、授業によっては理系・文系の学生や複数の学年の学生が混在していることがあります。アクティブラーニングを取り入れる授業のみに限ったことではありませんが、課題設定の参考のために学生の事前知識を把握しておくことがより大切になります。
 本授業では、初回授業時に学生に対して、高校で履修した理科の科目や、理解が不足していると感じている内容、興味関心などの項目についてアンケートを行い、学生の事前知識などについて把握しようと努めました。しかしながら、オムニバス形式のため、扱われる内容の範囲が広く、事前知識の確認を十分に行えなかったことや、毎回の授業での学生の様子を共有することが難しかったことが、授業中に学生が取り組む問題や作業の難易度設定に影響したのだと考えられます。
 3点目は、学生同士の議論における内容の充実です。学生同士の議論が学習に役立ったというコメントがある一方で、他の学生からの意見やフィードバックに不十分さを感じている学生がいました。こうしたことをできる限り避け、議論が充実したものになるよう、議論のポイントを事前に示したり、教員やティーチング・アシスタントなどが議論をファシリテートすることが重要なことがわかります。

5.まとめ

 本稿では、「アクティブラーニングで自然科学を楽しむ」の授業を取り上げ、その内容や授業手法、学習環境やアクティブラーニング導入時の留意点について述べました。一つの授業事例のみを取り上げているため、さらに多くの授業事例について考察を行い、アクティブラーニングの知見を深めることが今後の課題と言えます。

(1) 学生が授業内容に関する感想や質問、要望等のコメントを記入するカードで、1枚のカードに全授業回のコメント欄が設けられています。また、各授業回には教員のコメント欄もあり、質問への返事等を行えます。教員は大福帳に目を通してコメントなどを記入し、次回授業時に学生に返却、その授業で学生はコメントを書いて提出し、教員はコメントをするのを授業終了時まで行います(詳しくは参考文献[5]等を参照下さい)。
(2) ジグソー・メソッドは、複数のトピックを同時に学習したり教えることで、より学習を深めることができる手法です。学生が「専門家」グループを組み、グループごとに決められたトピックについて学習した後、「専門家」グループがばらばらになり、それぞれの話題の「専門家」である学生が新しい「ジグソー」グループを作ります。全員が違うトピックを「専門」にしている学生同士が集まった「ジグソー」で、自分の「専門」についてグループのメンバーに教えます(詳しくは参考文献[6] [7]を参照下さい)。
(3) 概念などの理解を確認したり深めるため、講義後に多肢選択式の質問→学生による回答→周囲の学生との議論(インストラクション)→再度質問で回答し理解を確認するという手法です。議論において学生同士の教え合いが生じ理解が深まります(詳しくは参考文献[8]を参照下さい)。
参考文献
[1] 東京大学アクション・プラン2005-2008[2008年度改定版]
http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/pdf/200528_hon_j.pdf(2014年6月18日参照)
[2] 東京大学の行動シナリオForest2015
http://www.u-tokyo.ac.jp/scenario/pdf/action_scenario_c_all.pdf(2014年6 月18 日参照)
[3] 山内祐平(編著):学びの空間が大学を変える. ボイックス, 2010.
[4] 山内祐平・望月俊男・永田敬: 教養教育アクティブラーニングのためのIT 支援型教室:駒場アクティブラーニングスタジオのデザイン. 日本教育工学会第23 回全国大会公演論文集,pp.921-922, 2007.
[5] 織田揮準: 大福帳による授業改善の試み:大福帳効果の分析. 三重大学教育学部研究紀要, 教育科学, 42, pp.165-174, 1991.
[6] エリザベス・バークレイ他・安永悟監訳:協同学習の技法:大学教育の手引. ナカニシヤ出版, 2009.
[7] 杉江修治他:大学授業を活性化する方法. 玉川大学出版部, 2004.
[8] Eric M.: Peer Instruction: A User’s Manual. Addison-Wesley, 1996.

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