教育・学修支援への取り組み

事前事後学修の徹底を目指した
ICT環境の整備〜千葉工業大学〜

1.はじめに

 本学は1942年に創立され、国内で現存する中ではもっとも長い72年という伝統を誇る私立工業大学です。
 設立当初は工学部だけの単科大学でしたが、2001年に工学部、情報科学部、社会システム科学部からなる3学部体制となり、現在に至っています。学科としては、工学部に機械サイエンス学科、電気電子情報工学科、生命環境科学科、建築都市環境学科、デザイン科学科、未来ロボティクス学科の6学科、情報科学部に情報工学科、情報ネットワーク学科の2学科、社会システム科学部に経営情報科学科、プロジェクトマネジメント学科、金融・経営リスク科学科の3学科があり、さらに大学院に工学研究科、情報科学研究科、社会システム科学研究科からなる3研究科があります。学生数は3学部11学科と3研究科合わせて1万人弱、教職員数は約550名とかなり規模の大きな工業大学です。
 キャンパスは二つに別れており、学部1・2年生は「新習志野キャンパス」、学部3・4年生および大学院生は「津田沼キャンパス」にて修学しています。また、2012年には、サテライトキャンパスとして東京スカイツリータウン®キャンパスを開設し、さまざまな情報発信を行っています。

2.教育理念と教育の現状

 本学の建学の精神は「世界文化に技術で貢献する」であり、未来ロボット技術研究センターによる福島第一原発へのロボット提供、惑星探査研究センターによる恐竜絶滅の謎の解明など、様々な分野で社会に研究成果を還元しています。
 また、グローバル化が一段と進展している今日の社会情勢において、広く世界に知識を求める好学心を有する人材の育成をベースとして、自ら学び、自ら思索し創造することにより、知識と知識を連結し行動プランの中で活用できる応用能力、さらに、異なる意見や多様な価値観を理解し、発展的発想に結びつけることができる、自由闊達、機智縦横な人材の育成を念頭に、目標を設定して教育を行っています。
 大学としてFD(Faculty Development)にも積極的に取り組んでいます。すべての授業を対象に、「授業満足度調査」を行い、その結果を集計して全教員へフィードバックする他、各教員が授業を振り返り「授業改善点検書」を作成して提出することとなっています。さらに、本学教員の授業に対する様々な取り組みを発表する場として、 毎年FDフォーラムを開催し、その場で高等教育を専門とする外部講師による講演も行っています。
 教育研究環境へのICT技術の取り込みも積極的に行っております。2005年には、いち早く多機能ICカード型学生証を導入し、2007年には、各教室に設置された端末に学生証をかざすことで遅刻や早退を管理できるシステムが導入されました。
 最近では、2013年度から全新入生と全教職員を対象にタブレット端末(Apple社 iPad mini)の貸与を始めました。これは、基本的には学生と大学をつなぐコミュニケーションの活性化を図ることが目的です。今後、毎年新入生に貸与することで、4年後にはほぼ全ての学生がタブレット端末を持つことになります。また、それに合わせて学内システムの見直しを行い、コミュニケーションの活性化やペーパーレス化に積極的に取り組んでいます。これによって、ほぼすべての講義でタブレット端末が利用できるようになるだけではなく、いつでもどこでも自律的に学修できる学生を育てるための環境を整えることができると考えています。本稿では、この取り組みと、それに合わせたインフラなどの整備について紹介します

3.タブレット端末の導入

 2013年度の新入生は約2,600名でした。さらに専任の教職員が約500名います。さまざまな検討を行った結果、新入生にはWiFi版のiPad miniを、専任教職員にはセルラー版のiPad miniを貸与することとしました。貸与にあたって、使用上の制限は特に設けていません。また、アプリケーションのインストール等に必要なApple IDについては、学生、教職員ともに各自で取得してもらっています。
 iPad miniを貸与したことによって、大幅なペーパーレス化を実現することができました(図1)。今までは入学と同時に新入生に冊子体の学生便覧や時間割を配布し、ガイダンスにはそれらを持参して来てもらっていました。これがiPad miniだけになったのです。また、教職員に対しても、教授会などの会議資料は毎回、紙で印刷したものを配布していました。これらをすべて電子化して配布するようにしました。

図1 学内ペーパーレス化
図2 情報伝達手段としてのタブレット端末

 同時に、学生に対するさまざまな掲示を、従来からある掲示板の代わりにiPad miniに通知するようにしました(図2)。これにより学生に対する掲示を一元化でき、学生はiPad miniを持参していれば、いつでもどこでも情報を得ることができるようになります。さらに、大切な情報は通知情報で配信することも可能となります。
 iPad miniの導入に伴い、学内SNSおよび学生ポートフォリオを導入しました(図3)。すべての機能をiPad miniだけで利用できるわけではありませんが、例えば教員は指導記録や課外活動記録などを学生ポートフォリオから見ることができます。また、メンター制度では、メンターと学生、あるいはメンターとクラス担任の間での情報共有に学生ポートフォリオを活用していました。学内SNSでは、学科単位やクラス担任からの指導などの目的で、自由にコミュニティを形成し、その中で情報の共有や配信を行うことができます。
 例えば、入学直後に実施される学科ごとのオリエンテーションで新入生向けのコミュニティ設置をアナウンスした学科もありました。この学科では、SNS上に質問スレッドを中心としたコミュニティを作成し、新入生の導入時期の疑問への対応を行いました。最初の2週間で、質疑応答のやり取りは62タイトル、その後10月までの約半年で106タイトルに及んだということです。また、当初は教員などのスタッフが主に回答を行っていましたが、徐々にスタッフの回答を減らすことで、自助グループとしての運用が行われるように試みた結果、学生の自発的な情報交換の場を形成できたとのことでした。
 当然ながら、コミュニティも学生同士で作ることもできるので、学生の孤立化防止にも役立てることができると考えています。
 タブレット端末の良いところは、わざわざPCの前や演習室などに出向かなくても、自由にこのようなSNSを利用できる点にあると思います。 また、過去の質問に対する回答などを蓄積でき、それをいつでもどこでも確認できる、というメリットは非常に大きいものであると考えます。

図3 コミュニティ支援

 通常の講義や演習では、今までは学生が演習室や自宅のPC、あるいは研究室などのPCを利用しないと電子的な学修教材を十分には利用できませんでした。このため、講義中に電子的に資料を配布することができませんでした。学科によっては入学時に学科推奨のノートPCを購入してもらうようにするなどしていましたが、これらはどちらかというと演習環境やレポートなどの作成環境として考えられていたように思います。これは、学生が端末を持っていたとしても、ネットワークが学内のどこでも使える、というレベルでは整備されていなかったことも原因の一つであると思われます。
 そこで、iPad miniの配布に合わせて、学内無線LAN環境を整備しました(詳細は5章)。これにより、学内であればほぼどこでも無線LANが利用できるようになり、同時に予習・復習用の教材配布を受けられるようになりました。これは、例えば講義室だけではなく、食堂、談話室、クラブ活動の部室などでも教材配布を受けられるということを意味します(図4)。

図4 学修教材の配布環境の変化
 これにより、既に導入されていた授業支援システムをより活用できるようになりました。さらに、学外においても、全国35万ヶ所に設置されているソフトバンクWi-Fiスポットが利用可能です。これらを利用すれば、学外からでも授業支援システムを利用可能になります。もちろん、自宅に無線LAN環境があれば、自宅での学修も容易に行うことができます。

4.導入ソフトウェア

 図5に、本学で導入したアプリケーションを示します。ここで、一番下にあるMDMとは、必要なアプリケーションや情報配信等が一元管理できるソフトウェアです。例えば、学生がiPad miniを紛失してしまった場合や、不正利用が発覚した場合等に、管理者側からリモートでロックすることや、遠隔消去により工場出荷状態に戻すこと等が可能となります(図6)。

図5 導入アプリケーション
図6 MDM

5.学内LANの整備

 ここまでに書いてきた環境を整備するのに伴い、学内LANの整備も行いました。
 その一つが、10年間の稼働実績のある「光ファイバー直収型ネットワーク」の改良です。一般にネットワーク設計は、建物ごとや部署ごとなどを階層的に考え、それにしたがって、ネットワークも階層的にスイッチを配置します。この場合、スイッチの数が膨大となり、その管理は各部署で行うか、あるいは、多くの専門職員が全体を分担して行うことが必要です。これでは、人的なコストが膨大となりますし、また、スイッチが多いことは、全体の故障率も大きくなると考えられます。そこで、図7に示すようにネットワークのスイッチをコアに集約したのが「光ファイバー直収型ネットワーク」です。

図7 光ファイバー直収型ネットワーク

 この構成を生かしつつ、BCP(Business Conti nuity Planning:事業継続計画)を考慮し、大学の事務システムのデータセンターへの移設や、学生へのタブレットの貸与を有効にするための無線LANの拡充が必要でした。
 例えば、教務、就職、広報などの各部局が所持していたサーバ類は、その多くを既に学外の様々なデータセンターに移設していました。しかし、一部の基幹となるサーバ(DNS、LDAP等)を学内に残していたため、これらのサーバが停止すると結局外部のサーバに繋がらないという問題もありました。そこで今回の更改では、この学内LANの基幹サーバ類を信頼性のあるデータセンターに預けることで、学内LANの停止を防ぐようにしました。検討の結果、国立情報学研究所(NII)が構築、運用しているSINET4とそれに接続可能な商用プロバイダーのホスティングサービスを活用することにしました。
 二つのキャンパスとクラウドのデータセンターをSINET4の10Gの専用線(ダークファイバー)で三角に接続し、たとえどちらかのキャンパスの回線が不通になったとしても、もう一つのキャンパス経由でネットワーク基盤サーバへの経路が確保できるように考慮しています。
 実際に移設したサーバは以下の通りです。

[外部向け]
DNS、メール送受信ログ、学認連携、Google Apps連携、パスワード変更の各サーバ

[内部向け]
DNS、DHCP、Syslog、Netkids、LDAP、AD/Radius、メタディレクトリ、無線LAN管理の各サーバ

 また、データセンターでのサーバについては、ホスティング形式とすることで、サーバハードウェアのメンテナンスなどが不要になり、資産的な管理も不要となりました。
 これらのサーバ群と学内のクライアントからの接続速度を測定した結果、

1)学内クライアント間 3〜4ms
2)外部Google サーバ 30〜40ms
3)クラウド基幹サーバ 18〜20ms

となりました。DNSやDHCPなどのアクセスには十分な速度であると思われます。
 また、無線LAN(IEEE802.11n、接続速度450Mbps)のアクセスポイントを学内530カ所に増設しました。この際、教室棟においては、図8に示すように各教室の無線強度を測定し、干渉への対応を行うとともにJuniper社のRingMasterによる管理を行っています。これらのアクセスポイントはiPad mini以外からの利用も可能ですが、大学が配布したiPad miniの接続を他のPCやスマートフォンよりも優先するように、MAC認証や接続VLANを分けるなどの工夫を行っています。

図8 無線強度の測定

 認証については、教職員・学生ともに学内IDを一元化し演習室やクラウド上の様々な学内サーバに接続可能とするとともに、図9に示すように学術認証やGoogle Appsへの連携も行っています。

図9 学外とのID連携

6.運用の状況

 2013年9月より新学内LANを運用し、約6ヶ月が経過した時点で、大きなシステムダウンは発生していません。
 管理・運用は、これまでと同様に津田沼キャンパスはシステム課職員4名(管理職含む)が演習室等も含めて行っており、新習志野キャンパスは無人です。構築業者の常駐もなく、保守はすべてオンコールにて行っております。
 利用状況について見てみると、無線LANの接続は全学で約5万件/日と非常に多い状況です。
 全学的なトラフィック量については、インターネットへの接続量が平均36.6Tbyte / 月であり、津田沼キャンパスからプライベートクラウドサーバへの接続量が平均68.8Gbyte/月、新習志野キャンパスからが平均50.8Gbyte/月でした。基幹サーバ群へのアクセスがインターネットアクセスに阻害されることなく順調に稼働しているといえます。

7.おわりに

 本学では、iPad miniを貸与するのに合わせて、ネットワーク基盤の整備、サーバ類の管理形態の変更などを行ってきました。工業系大学とはいえ、学生、教職員を合わせると一万人超という規模であり、一気に全員にiPad miniを配布し、システムをすべて変更すると、コストの負担も大きく、また、トラブルが発生したときの影響も大きくなります。
 そこで、新入生から順に貸与するという形となりました。しかし、新入生および教員のペーパーレス化のメリットは想像以上に大きいと感じています。また、現代の学生のコミュニケーション手段として、SNSなどの活用は非常に進んでおり、学内SNSのようなシステムの導入は比較的スムーズに行うことができました。一方で、これらのシステムを使う上でのリテラシーやモラルなどについては、十分であるとは言えないように思われます。この点に関する対応は今後引き続き検討して行く必要があるように思います。
 講義については、新入生からのタブレットの貸与ということで、過年度の学生がいる講義等では積極的にタブレットを使うことができないという問題があります。これについてはこれから解消して行くとともに、講義などでより積極的にタブレットを使う手法を検討・実践して行く必要があると思っています。

文責: 千葉工業大学 情報科学部学部長
図書館・情報メディア委員会委員長 屋代 智之

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