特集 オープンな学びを提供するJMOOCの取り組み

放送大学MOOC「NIHONGO Starter
(にほんご にゅうもん)」の開発

山田 恒夫(放送大学教養学部教授)

1.はじめに

 放送大学は、放送局を有する通信制の大学・大学院で、国から生涯学習のナショナルセンターの役割を与えられた公開大学(open university)です。このため、公開教育(open education)の理念を推進することが期待され、これまでも公開教育資源(Open Educational Resources、OER)運動にも積極的に関与してきました。そうした流れの中で、2012年北米にxMOOC(Coursera、Edx、Udacity)が出現すると、新たな公開教育の持続可能なモデルかどうか見極める必要が生じ、MOOCのプラットフォームおよびコンテンツのプロバイダーとして実際にMOOCを立ちあげ、技術的・ビジネス的課題を検討することになりました。
 そこで、放送大学では、公開教育の手段としてのMOOCの可能性、そしてMOOCの公開大学に与える影響を検証するため、MOOCのパイロットコースを立ち上げることになりました。あわせて、JMOOCに参加し、国内外のステークホルダーとの連携を検討することになりました。

2.放送大学MOOCプラットフォームの特徴

 JMOOCでは、複数のプラットフォームを公認していますが、放送大学は、OUJ-MOOC(1)を採用し、以下を基本的な仕様とすることにしました。

  1. 1) 技術的には、MOOCおよびSPOC(Small Private Online Course、非公開の、場合によっては有償のコース)のプラットフォームとしても利用できるMOC(Massive Online Course)プラットフォームであること
  2. 2) 既存のサービスを必要に応じて組み合わせる(マッシュアップする)Joint型プラットフォームであること
  3. 3) マルチメディア電子教科書と学習管理システム(LMS)の組み合わせが基幹となっていること
  4. 4) ビッグデータ収集機能に重点をおいていること、予算が限られているためスクラッチから開発することはできませんが、途上国での利用形態も考え、従来のLMSだけでは構成できないような仕様も組み込むこと

 プラットフォーム開発のパートナーとして、特定非営利活動法人TIESコンソーシアムおよび株式会社mokhaを選びました。TIESコンソーシアムは、CHILOコミュニティとして日本で最古参のオープン教育コミュニティとして実績がある団体です。こうしたパートナーとの協議を経てできあがったプラットフォームの基本概念を図1に示します。まだパイロット段階にあるため仕様は固まっていませんが、図1は2014年10月に終了したCLASS 3当時のものです。

3.放送大学MOOCのコンテンツ

図1 OUJ-MOOCプラットフォームシステム基本構成(CLASS 3当時)

 放送大学MOOCで提供している無償コースは、2014年10月現在で2科目です。その一つは、岡部洋一・放送大学長による「コンピュータのしくみ(日本語)」、もう一つは放送大学+国際交流基金コースチーム(主任:山田恒夫)による「にほんご にゅうもんNIHONGO STARTER A1 Part1(英語)」です。
 「コンピュータのしくみ」は、放送大学教養学部の正規放送番組科目をベースに開発され、その内容は同等です。15回のフルコースで、開始終了とも受講者のタイミングで行うことができました。
 「にほんご にゅうもん NIHONGO STARTER A1 Part1」は、もともとは留学生の渡航前研修のために開発された、入門レベルの日本語学習教材です。国際交流基金がヨーロッパ言語参照枠(CEFR)をベースに開発したJF日本語教育スタンダードとそれに準拠したコースブック『まるごと―日本のことばと文化―入門A1』(国際交流基金、2013)に依拠するかたちで新規に開発されました。10回のショートコース(「まるごと」A1レベルの約半分)で、開始終了とも受講者のタイミングで行う「自由型」と1週間2回、計5週間のペース配分で行う「期間設定型」のクラスが用意されました。1回分の想定学習時間は45分ですが、非漢字圏の学習者ではもう少し時間がかかるようです。

4.中間報告:「にほんご にゅうもん NIHONGO STARTER A1 Part1」

 MOOCとして始めたコースでしたが、「大規模性」という点で苦戦しています。xMOOCsやJMOOCの他のプラットフォームでは、最低数千、通常万単位の登録者があるといわれていますが、本科目では1クラスあたり数百から千数百の登録者です。このため、通常MOOCでは短期間で同一内容のクラスを繰り返すことはしないのですが、本科目の場合2014年度は数回クラスを開講することにしており、2014年10月に終了したCLASS 3までの延べの登録者は2,700名程度(CLASS 3終了時点)です。
 本科目は海外向けの英語版ですが、やはりJMOOCや放送大学MOOCの海外での知名度はまだまだで、MOOCと名付ければ登録者が集まるわけではなく、ブランド力を含めた広報戦略が不可欠です。CLASS 3では、受講登録1,495名に対して、10回すべてを合格し修了証(Open Badgeの「大バッジ」、希望により別途電子修了証も交付)を取得したのは97名で、修了率は低めです。これはショートコースとはいえ10回分の内容をこなすには相当の学習時間を割く必要があるからですが、この間の動機づけの維持が今後の課題です。
 これとは別に、コミュニケーションをとる手段としてのFacebookでは、科目サポート用のページがあり、そこでの掲示に関して「いいね」をフィードバックできます。これは、日本語学習コミュニティや関連するMOOCコミュニティからの支持の程度を表していると考えられますが、こちらは同じ時点で、「いいね」が6,200に達しています。こうしたファン(「いいね」というポジティブなフィードバックを返したユニークなユーザ数)は世界数十か国に分布しますが、国別と言語別のトップ10を示したのが表1です。予想に反して英語圏からのアクセスが少ない一方で、これまで潜在的学習者に到達しにくいといわれていた国や地域からのアクセスが多いのは注目すべき点で、MOOCが日本語教育の普及に有効な手段になりうるということを示すとともに、多言語化の必要性を示唆するものといえます。また、一般に、MOOCの学習者は、男性のほうが多く、若年層ばかりでなく中年層にかけて広く分布するという結果が多いのですが、本科目の場合若年の女子が多いという違った分布を示し、やはりユーザの属性はコンテンツに依存することも明らかになりました。

表1「いいね」を返したユニークユーザの数
(国別・言語別、2014年10月26日)

 大量に集積されたデータの解析はこれからですが、こうしたデータの計測(Metrics)や解析(Analytics)の共有再利用を含め研究を進め、コースや教育システムの改善を活かす予定です。

(1) 本プラットフォームの特徴は、CHiLOブック(TIESコンソーシアム)に由来するところが多い。「コース登録」は、FacebookやGooglePlayのアカウントをもって自動的に、あるいはOUJ(放送大学)-MOOCの登録サイトで行う。本コースのFacebookページには、電子教科書CHiLO Book(EPUB版かiBook版、いずれも無料)のダウンロード先が記載されていて、自分の使用するデバイスやOS(iPhone/iPad/Android/PC)にあわせて、電子ストアやクラウドサーバからダウンロードする。電子教科書ではクイズ(自習問題)や自己評価をおこなうこともできるが、実際の処理はバックエンドの学習管理システム(LMS)「Moodle」でおこなう。講師に質問したり学習者同士で情報共有する場合にはFacebookのグループやMoodleのフォーラムを利用する。そして、基準に到達すると「バッジ」(修了証に相当)が発行されるが、ここではMozilla OpenBadgeを使用する。本プラットフォームの特徴の1つは、一からすべてを開発するのではなく、すでに運用されているオープン/商用サービスを組合わせる、マッシュアップ(mashup)という方法がとられている点である。
参考文献および関連URL
[1] 国際交流基金: JF 日本語教育スタンダード2010[第三版].2010.
https://jfstandard.jp/pdf/jfs2010_all_3e.pdf
[2] 国際交流基金(編著): まるごと 日本のことばと文化 にゅうもん A1. かつどう p.148, りかい p.200, 三修社, 2013.
[3] 山田恒夫: MOOCとは何か:ポストMOOCを見据えた次世代プラットフォームの課題.情報管理, 57(6), pp.367-375, doi:10.1241/johokanri.57.367, 2014.
http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.57.367
[4] 山田恒夫: MOOCの進化と質保証. 大学マネジメント, 10(8), 2014.(印刷中)
[5] Yamada, T., Okabe, Y., Hori, M. & Ono, S: OUJ MOOC Platform: Features and outcomes. Proceedings of AAOU 2014 Annual Conference (in printing). 2014.

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