特集 反転授業を導入した授業改革の取り組み

教養教育・文系授業科目における反転授業の実践

鹿住 大助(島根大学 教育・学生支援機構教育開発センター准教授)

1.島根大学における反転授業プロジェクト

 島根大学では、2013年の夏に反転授業に関するプロジェクトを立ち上げ、学内の有志教員からなる「反転授業ワーキンググループ」を組織しました。筆者が所属する教育開発センターは、全学の教育プログラムの開発や、FD・学修支援を推進する組織として存在しています。反転授業のプロジェクトも本学の教育改善に資するものと位置づけて実施していますが、これまでのFDとは異なるかたちで進めています。
 従来のFDでは、授業の教授法をどのように工夫するのかについて、講義やワークショップで参加者の教員が研修を受けるというスタイルが一般的でした。しかし、大学の教育改善に関する日常的な取り組みが進む中で、どのように学生の主体的学修を促し、その成果を上げるのかという学修法を探求する方向にシフトしてきました。
 本学の反転授業プロジェクトでは、FDセンターが教員に反転授業の方法を教授・指導する、という方法をとっていません。プロジェクトの目的は、反転授業を本学の様々な授業で実践し、実践者の教員で知見を共有するとともに、本学の教育にとってどのような効果があるのかを研究することにあります。島根大学という研究のフィールドを設定することで、反転授業という学修方法が、どのような学生にとって、どのようなカリキュラムにおいて、どの程度有効であるのか、具体的に明らかにしていくことができると考えています。ひいてはそれが大学教育の改善につながると考えています。
 反転授業を実践する教員に対して、特段の授業支援があるわけではありませんが、同じプロジェクトのメンバーから動画の作成方法や、対面授業や授業時間外学修の実施方法に関する知見を獲得し、自らの授業でも取り入れています。また、e-LearningのLMSについては、教育開発センターが管理・提供するMoodleを多くの教員が使用しており、そのサポートを行っています。
 筆者も本学のワーキンググループの一員として、担当授業の中で反転授業を実践しています。以下では、筆者が担当し、反転授業を導入している授業について実践事例とその結果について紹介します。

2.反転授業導入の目的

 筆者が反転授業を導入している授業科目名は「大学で学ぶ世界史」です。この科目は、本学の全学共通教育の教養育成科目という科目区分で2012年度から開講しています。いわゆる教養教育の授業科目であり、文系・理系を問わず、すべての学部・学科の学生が選択履修する科目です。
 授業名からお分かりのとおり、この授業は「世界史」を学修することを目的としています。「世界史」と言えば、高等学校の必修科目ですが、これを大学でさらに学修する必要があると考えて開講しています。高校までの授業での世界史の学習法、自宅での大学入試対策の暗記中心の学習法では、大学入学後に世界史の知識が薄れていって、次第に断片化していってしまう。経験上、そのような学生が多いと考えています。歴史家や大学で歴史学を専攻する学生であれば、過去の人間が残した史料を用いて当時を再構成し、他者に語る行為を通じて、歴史に関する知識を自ら構築していくことができるでしょう。そのような経験を、歴史学を専門に学ぶ学生以外にもしてもらうにはどうしたらよいかと考えて、「大学で学ぶ世界史」を開講しました。
 したがって、授業ではグループ学修等の方法を用いて、学生自身が獲得した知識に基づいて、能動的に世界史を「語る」時間を多く取り入れたいと考えていました。しかし、2012年度にこの授業を開講した当初、40名から50名程度の学生が履修登録するだろうと想定していましたが、165名が受講する大人数の授業となり、グループ学修の管理が困難になってしまいました。また、受講生の間に高校までに獲得している世界史の知識に大きな差があり、その差を半期15回の授業の中である程度埋めていかなければならないことにも気がつきました。そのため、初年度はどうしても筆者が講義によって知識を伝達するスタイルの授業が増えてしまい、「語る」時間を確保して、対面授業での能動的学修の質を高めることがうまくできませんでした。
 どうしたらよいだろうかと悩んでいたところで出会ったのが、反転授業の学修方法です。反転授業であれば、学生は必要な知識を授業時間外に獲得することができ、対面授業で「語る」時間を多くとることができるのではないか、そう考えて「大学で学ぶ世界史」に導入しました。

3.授業のデザイン

 ただし、「大学で学ぶ世界史」では15回の授業のすべてを「反転」したわけではありません。いわゆる反転授業の方法を用いたのは、授業回のうちの2回だけに過ぎません。2014年度の授業内容は表1に示すとおりです。なお、この年は受講者数に制限を設けたかわりに、同じ授業を2回連続で行いました(履修登録者数は89名)。
 表1に示すとおり、15回の授業は大きく二つに分かれます。

表1 「大学で学ぶ世界史」授業内容(2014年度)

 前半、9回目までは「世界史叙述の通史」として、古代から第二次世界大戦後まで、ひととおりの通史を学修します。前半の授業回については、教員による講義と、簡単なワーク、隣同士の意見交換によって対面授業が進んでいきます。なお、講義とワークの時間の割合は、7対3程度です。学生には事前学修用の資料を配付し、次回までに読んでから授業に臨むよう指示しますが、予習してくる学生はあまり多くありません。
 後半の10回目から14回目までの「世界史のまなざし」は、より能動的な学修をとりいれた授業回です。12回目から14回目まではジグソー法によって、分割された資料に記された内容を統合していくことを試みています。そして10回目と11回目、比較史の方法について学修する授業回で反転授業を実施しています。
 まず、10回目の授業では明治維新とフランス革命の比較を行いながら、比較史の方法や、その結果からわかる両者の特徴を学修します。学生には、9回目の授業で、事前学修用の資料(高等学校世界史教科書の抜粋)とワークシートを配布し、Moodle上の動画の視聴を指示します。動画は15分程度で、比較史とは何かについての解説と、事前学修の課題についての説明が含まれています。事前学修の課題は資料を読み、明治維新とフランス革命それぞれの原因や展開、結果についてワークシートに記してくることです。
 その上で、10回目の対面授業では、3名から4名でグループを形成し、自分たちが作成してきたワークシートの内容を発表します。その後、明治維新とフランス革命の類似点と相違点についてグループで意見をとりまとめ、その結果から、それぞれの出来事の特徴とは何かを考察します。考察した結果については、授業時間終了後にMoodleのコースに各自が提出して10回目の授業が終わります。
 11回目の反転授業も同じような流れで進みます。授業では、比較することの問題について学修するために「ドイツ歴史家論争」を取り上げます。ナチのホロコーストと歴史上の他の虐殺事件との比較可能性について、動画の視聴と論争を紹介する論文の読解による事前の個人学修と、作成してきたワークシートに基づく対面授業でのグループワークによって学修を進めます。
 このように「大学で学ぶ世界史」では、事前学修による知識の獲得と、対面授業における獲得した知識に基づく意見交換や相互補完によって反転授業を実施しました。対面授業において教員はほとんど講義せず、グループワークの進行についての説明をするのみでした。90分の授業時間のほとんどを学生が歴史を「語る」時間にあてることができ、反転授業を導入した当初の目的は達成できたと考えています。
 なお、成績は前半の通史学修の授業回も含め、毎回Moodle上で提出する課題(授業時間中のワーク課題)の内容と、期末試験(小論文)で評価しました。それぞれの評価の割合は50点ずつであり、個人に対する評価です。反転授業を導入した2回についても、対面授業時間中のグループワークを踏まえ、個人で提出課題をまとめさせています。

4.学生による評価と教育効果

 反転授業を2回実施した後、受講者を対象に、高校までの学習経験や大学入試の経験、本授業の理解度を問う調査票を配布しました。調査の目的は、高校までの世界史学習の経験が、大学での学修にどのような影響を与えているのかを明らかにすることです。調査実施日は2014年12月19日の授業回(12回目)であり、授業時間中に出席者に回答してもらい、授業終了後に調査票を回収しました。回答者数は55名であり、回収率は12回目の授業回の出席者(70名)の78.6%でした。なお、調査票の設問は表2のとおりです。

表2 「大学で学ぶ世界史」アンケート

 調査票の「問7」では、「講義+ミニワーク」(非反転授業回)と「グループワーク」(反転授業回)のどちらが面白かったかを問いました。その回答結果は図1の通りです。
 図1ののグラフのとおり、回答者の40%は「講義+ミニワーク」で進めた授業回の方が面白かったと回答しました。一方、「グループワーク」「その両方」と回答した学生を合わせると56%であり、授業方法としてはある程度学生に理解されていたと解釈しています。
 ただし、回答結果を高校までの世界史に対する好悪の印象(調査票「問1」への回答)で分けた場合、高校世界史が「好き」と回答した学生については、のグラフのように62%の学生がグループワークへの関心を見せています。他方で、「嫌い」または「どちらでもない」と回答した学生については、のグラフように「講義+ミニワーク」が面白かったと回答した学生が50%と、半数に達していました。
 このように高校までの世界史の学習経験によって、対面授業の学修方法の嗜好に影響が現れていることがうかがえる結果となりました。
 「問7」のように回答したのはなぜかを自由記述で問うたところ、「グループワーク」または「その両方」と回答した学生によく見られたのは、「他人の意見を多く聞けるから」や「自分にはない視点を知ることができ新鮮に感じられた」などの感想でした。一方で、「講義+ミニワーク」と回答した学生の自由記述では、「ちゃんとした知識を教えてもらえるから」や「グループワークでは人それぞれの意見が多くて正確かどうか迷う」などの意見が見られます。
 仮説ですが、高校世界史に自信を持っている学生は、対面授業での能動的学修において、自分の意見と他者の意見とを相対的に捉えながら知識を獲得することができているのに対して、苦手意識を持つ学生は「正しい」「間違いがない」知識を他者に求めていると言えるのかもしれません。
 なお、成績評価については、最終的な判定を見ても、反転授業回だけの評価を見ても、高校までの学習経験との相関は見てとることができませんでしたが、調査項目を見直し、もう少しサンプルを多くとることができれば、学生自身の学修スタイルが反転授業の学修効果に影響を及ぼす可能性を明らかにできるのではと考えています。

 
調査票「問7」への回答(回答者全体)
 
調査票「問7」への回答(問1で「好き」と回答した学生)
 
調査票「問7」への回答(問1で「嫌い」または「どちらでもない」と回答した学生)
 
図1 対面授業の学修方法に対する嗜好

5.教員に求められる能力

 反転授業を実践してみた結果、筆者が認識を新たにしたことが二つあります。
 一つは、教員の目の行き届かないところでの学修をどのように設計するか、ということです。これまで、筆者の授業では予習用の資料を配付し「次回までに読んで来るように」と指示はしますが、実際には読んできても、読んでこなくても対面授業ですべて教えることができるという設計で授業を行ってきました。そのため、講義中心の授業では、学生の予習時間は軒並み30分程度にとどまっていました。そして、その30分の学修は教員からブラックボックス化されていてもまったく構わなかったわけです。
 ところが、反転授業の授業回については、1時間から2時間程度予習したと回答する学生が多くなります。動画・資料を見て、ワークシートを作成するわけですから、長くなるのは当然のことですが、この事前学修にかける時間で何を理解させるか、考えさせるかを具体的に設計しなければなりません。ブラックボックスの中身を想像して、学修を設計することになります。そうでなければ、対面授業でのさらに高次な能動的学修についていけなくなってしまう学生が出てしまうからです。
 「大学で学ぶ世界史」11回目の授業回については、事前学修用に指定した教材(論文)が1・2年次の学生には多少難しい内容であり、ワークの課題も回答が難しいものでした。対面授業で学生のワークシートを見て回ったところ、期待したような水準の回答が記されておらず、グループワークの合間に教室全体に向けて補足説明を加えたりしました。これは反省点ではありますが、反対に学生の学修行動や理解度を観察しながら授業の進行速度や難易度を調整できるような自由度があったという点では反転授業の長所なのかもしれません。
 二つ目は、対面授業における学生の知識の獲得・構築についてです。一般的に教養教育での歴史授業の面白さと言えば、これまで教科書等で学ばなかったような事実を教員から聞くことの新鮮さであったり、あるいは異なる視点である出来事を眺めることで歴史認識を一新させることであったりします。授業における「発見」の主体は学生ですが、「発見させる」のは教員であり、知識の獲得は教員への依存度が高いものであったと言えます。
 一方で、筆者が行った反転授業では、教員は「発見」を演出することはできても、「発見」することができるかどうかは基本的には学生に委ねられています。観察していたところ、特に歴史認識に関わるような難しい問題に対しては、学生は既に持っている認識にいくつかの知識を付け加えて自らの主張を強化することはあっても、認識を一新させる、価値観を転換するということは起こりませんでした。反転授業だから、というわけではありませんが、能動的な学修を行う場合、歴史教育における教員の役割を再考したり、教授法の設計を再構築する必要があるのかもしれないと感じています。

6.今後の課題

 前節で述べた教員に求められる能力については、どのような事前学修と対面授業を設計するかによって変わり得るものでしょう。反転授業だからといって、必ずしも能動的学修を対面授業で行う必要はないからです。事前学修で学んだことを踏まえて、さらに高次の内容を講義することもあり得るでしょう。また、反転授業だから事前学修が必要なわけではなく、講義であろうと演習であろうとそれが必要であることに変わりありません。事前・事後の学修をブラックボックスでもよしとしてきたことが問題なのかもしれません。そうしてみれば、反転授業は目新しいものであるとは言えないと思います。事前から対面、事後の学修を含めたトータルな授業設計はこれまでも教育現場で課題とされてきたことだからです。
 ただし、反転授業を導入するメリットは、その課題へのアプローチの仕方にあり、より学修者中心の授業設計を意識せざるを得ないという点にあると考えます。自らの授業を省みるという教員なら誰でも行うであろう行為において、知識獲得の主体としての学修者をより強く浮かび上がらせることは、授業の改善に役立つはずです。筆者が実践する反転授業での課題は、その学修者の学修履歴・経験を踏まえて授業設計にあることが少しずつ浮かび上がってきました。今年の授業でもさらに検証してみたいと思います。


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