人材育成のための授業紹介

ICT活用による中国語文法授業事例
〜体験型音楽語学教材の試用〜

山田留里子
(長崎外国語大学 国際コミュニケーション学科教授)
賀     南
(長崎外国語大学 非常勤講師)

1.教育改善の目的

 世界では災害、経済危機、紛争等の諸問題が深刻化する中、国内では学生の「海外留学離れ」が懸念されています。さて、本学の語学授業の到達目標として「語学力を磨き、コミュニケーション力をつける」、「知識を理解し、取り組む力の達成」等が掲げられています。しかしながら「中国語文法」における授業形態は全国的な主流である「知識の伝達に収束する単方向的授業」です。その結果として初級から中級へと引き続き学ぶ学生は減少する傾向にあり、“留学離れ”という内向き志向を引き起こす要因ともなりかねません。これらの問題を解決するために、ICT活用による学修を提案したいと思います。これは、授業以外の時間や場所でも、各自の生活スタイルに合わせ、課題や問題を確認するという主体的な学びを実現するという教育改善を目指しています。さらに、留学準備学修や各種試験の合格を自分の力でデザインすることが可能となり、中国語以外の外国語教育にも活用できるものと考えています。

2.問題の所在

 本学の中国語履修生へ「中国語文法授業」に関する独自のアンケートを自由記述式で実施し現状把握を行った結果、以下の問題が明確になりました。

1)文法知識を会話に応用するのが難しい。

2)文法それ自体を音として捉えにくい。

3)座学中心の文法が苦手。

4)就職に有利な資格試験とリンクしていない。

 上述の問題を改善するためには「新たな授業形態の導入」が急務であることが明瞭となったと言えます。さて、「平成25年度 私立大学教員の授業改善白書」[1]の調査結果によると、「効果を高める改善策としては、ICTだけに頼らず、対面授業を組み合わせて授業運営することが重要」とし、「授業中にメモを頻繁にとらせ提出を義務付ける、頻繁に小テスト等で学びを確認する、グループワーク等で対話を含む授業運営を工夫することが必要」とあります。つまり、双方向的授業によって教育の「質的保証」をし、これと組み合わせたICT活用による事前・事後学修によって教育の「量的保証」をすることが有効であると考えました。

3.教育改善の内容と方法

 中級へと引き続き学ぶ学生が減少する要因の一つとして、授業形態の改善に糸口があると考え、中国語文法(1年生)の授業に「体験型音楽語学教材+ICT活用+チームティーチング」という授業スタイルを導入したので、その具体的な内容と方法について述べていきます。

(1)開発した「体験型音楽語学教材」について

 座学に陥りがちな中国語文法を音楽と同期化したところに、本教材の最大の特徴があると言えます。中国語文法をリズミカルな音楽によって五感で学修し、自然に語学力とコミュニケーション力をつけることができます。文法を正しく使えるように「文法構造」を音楽に変換した教材で、電子黒板上に映し出され、教室内で学生と教員が同時に参加・体験できる教材で、双方向的授業を展開することも可能としています。の図1、図2は、電子黒板上に映し出された実際の画面で、動画もあり授業では臨場感溢れる体験ができます。2015年度には、海外からの多くの留学生も本学の学生と机を並べて学び合っていますので、分かりやすいように英語による説明も加えました。

図1 体験型音楽教材―テキストの本文
 
図2 体験型音楽教材―テキストの文法

(2)「ICT 活用+チームティーチング」による事前事後学修

 「体験型音楽語学教材」を効果的に実現するためには積極的な事前・事後学修が必要です。シラバスには「1単位における予習・復習時間を毎週1時間」としています。この時間量に最適な量の練習問題を中国語検定試験対策として、ドリル形式で作成しました。学生への主な配布方法としては、ICT教育支援室の「教材フォルダ」を利用します。パスワードがセッティングされ、学生は授業に出席することによってその情報を取得し、各自の時間に合わせ、学内外のパソコンで事前・事後学修をする教育環境を獲得します。その他の配布内容としては、「中国語検定試験対策模擬試験問題」、「文法のまとめ」や「振り返りシート」等で、これらを十分に活用することによって、学生は自分の評価を見ることができ、自己教育力と習熟度も確認することができます。さらに、ネーテイブ(中国人)と日本人専任教員が、チームティーチングでの授業スタイルを行っています。「中国語文法」に「中国語演習」(2015年度からは「資格中国語」)をリンクさせ、資格試験の一つである中国語検定試験の合格率をアップさせています。補助教材としては、オリジナルの『中国語検定試験対策ドリル』(準4級[2]・4級[3]・3級[4])も開発・出版し、大いに活用しています。
 図3には「ICT活用による学修過程」、図4には「教材フォルダの事前・事後学修の図式化」を掲示しました。

図3 ICT活用による学修過程
 
図4 事前・事後学修の図式

(3)双方向的授業スタイル

 教員は授業時間中、机間巡視を行うことによって、学生との対話を深め、双方向的授業を実現しています(写真1〜6)。これらは古い感覚のスタイルではありますが、教員と学生が顔を突き合わせ、直接にふれあうことが双方向的授業の教育効果には大切であると考えるからです。さらに、既習の文法をコミュニケーションツールとして応用するためのスキット作成なども、ペアやグループスタイルで行います。これにより、学生の主体的・能動的な学びを重視したアクティブ・ラーニングの試みとしての教育方法の改善も実現していると言えます。例えば、グループ技法に汎用性の高い「Think-Pair-Share」[5]を盛り込んだ写真3〜6からは、学生の生き生きと輝く「学ぶ楽しさや喜び」が伝わってきます。いわば学生の心に“学びの火”をつけ、モチベーションを上げることは、学生の自主性を育てていく要因となると言えます。これも教員の重要な役割であると考えます。

 
写真1 テキストのカード表示   写真2 机間巡視
 
写真3 ペアで話し合う   写真4 ミニボードに記入
 
写真5 ペアで発表   写真6 グループで発表

4.教育実践による改善効果

(1)中国語検定試験の合格者率・スコア別比較

 表1を参考にすると、各級の学修時間は、準4級は60時間から120時間、4級は120時間〜200時間とあります[6]。本学では各年次の到達目標を設定していており、例えば、表2のように1年生は準4級を6月に4級を11月に受験しています。図5〜6を見ると受講者(25名)各級の合格率は、2012年度と比較し顕著な伸びがあり、短期間で到達目標に達成していることが分かります。2012年度に比べ2013年度の受験者数が若干減少している原因としては、学生の受験申込時期のタイミングの度合いにより上の級に目標を設定するため、次回の検定試験に受験をまわす傾向による影響であると考えます。

表1 中国語検定試験準4級・4級概要[6]
(抽出抜粋後文字数調整のために簡潔化)
表2 本学の初級中国語履修科目と検定試験到達目標
図5 準4級合格率の伸び
 
図6 4級合格率の伸び

 さて、ここで注目したいのは、図7、図8〜図9における各級の得点分布図ですが[7]、本学のスコアは全国と比べ高得点に集中し、その結果として、図10〜図11のグラフから、合格率が全国と比較し高数値をマークしていることが分かります。これら合格率がアップした教育環境の背景として、教員の熱意や教育力等の要因も考慮に入れなければならないのは当然です。しかしながら「各自の学修到達度に合わせた課題を主体的に学び、その結果、学修意欲が向上し、さらにその学修過程によって各自に最適な学修方法などを獲得したこと」という結果から見て、これら学修システムが教育改善効果の顕著な向上に繋がったと言えます。これらの学修システムは学生の能動的学修を大きく開花させる可能性を秘めていると言えます[8]
 第82回(2014年6月23日実施)準4級スコアは平均点87.14点・合格率100%で、全国平均73.9点・合格率81.4%より高い結果を得ました。

図7 第80回準4級筆記&ヒアリング得点分布図
図8 第81回4級ヒアリング得点分布図
図9 第81回4級筆記得点分布図
図10 第80回準4級合格率(%)(全国・本学)
図11 第81回4級合格率(%)(全国・本学)

(2)公式授業アンケート(授業評価点・自由記述)

 表3からは、秋学期には評価点最高6ポイント中0.2ポイント上昇し、教育改善が顕著に認められ、また自由記述からも有効的回答が得られました。

表3 授業評価アンケート評価(有効回答者数18名)

5.まとめと今後の発展

 結果として中国へ留学する学生も短期・長期に問わず年々増加し、学生の学びに対する意識が高まってきたと言えます。今後の課題として「教材フォルダ」の使用頻度などの調査分析があげられます。数値を経年比較などによって分析すれば、さらにICT利用の教育改善効果が顕著になっていくと考えます。

参考文献および関連URL
[1] 公益社団法人私立大学情報教育協会: 私立大学教員授業改善白書 平成25年度の調査結果. 2014.
http://www.juce.jp/LINK/report/hakusho2013/hakusho2013.pdf(2014年8月18日参照)
[2] 山田留里子・長野由季: 中検合格力養成ドリル〈準4級〉. 郁文堂, 2013.
[3] 山田留里子・長野由季: 中検合格力養成ドリル〈4級〉. 郁文堂, 2014.
[4] 山田留里子・長野由季・賀南: 中検3級ファイナルチェック. 駿河台出版社, 2015.
[5] 山地弘起: アクティブ・ラーニングとは何か. 大学教育と情報, 2014年度 No.1, pp.2-7, 2014.
http://www.juce.jp/LINK/journal/1403/pdf/02_01.pdf(2014年8月18日参照)
[6] 一般財団法人日本中国語検定協会
http://www.chuken.gr.jp/(2014年8月18日参照)
[7] 一般財団法人日本中国語検定協会: 得点分布資料.中国語検定試験 第79回2013年3月24日実施分・第80回2013年6月23日実施分・第81回2013 年 11 月24日実施分.
[8] 公益社団法人私立大学情報教育協会: 「大学教育への提言」―未知の時代を切り拓く教育とICT活用―.
http://www.juce.jp/LINK/teigen.html(2014年8月18日参照)

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