教育・学修支援への取り組み

教育・学修支援を目的とした湘南工科大学におけるLMSの活用
〜授業における教員利用の現状と課題〜

1.はじめに

 湘南工科大学は、工学部に機械工学科、電気電子工学科、情報工学科、コンピュータ応用学科、総合デザイン学科、人間環境学科の計6学科を有する、収容定員2,100人、専任教員77名、大学職員75名の小規模な単科大学です。キャンパスは湘南海岸や江の島に程近い神奈川県藤沢市辻堂に位置し、同敷地内には附属高等学校も設置されています。1963年の開学以来、『工学に関する学術の教授及び研究を行うとともに、実践的、創造的な能力を備えた人間性豊かな技術者の育成を育成することを目的とし、併せて我が国、産業界及び地域社会の発展に寄与することを使命とする』との教育理念及び目的を掲げ、社会に有為な人材を多く輩出してきました。
 しかしながら、近年の社会と産業構造の変化に伴い、入学者の資質や意識と卒業生に対する社会の要求が大きく変わる中で、教育の内容と方法を根本的に見直すべく、2013年度から本格的な教育改革を推進しています。学長を議長とする教育改革実行会議を最高決定機関とし、その下に学部と大学院それぞれの部会を置いて、トップダウン方式で迅速な計画、実行、改善ができる体制を整えました。それによって、この2年の間に三つのポリシーの策定からシラバスの全面改訂、ルーブリック評価の導入、授業改善のための強力なFD研修の導入[1]、様々なICTツールによる教育支援体制の強化、など多くの施策を実施することができました。授業においては、『厳しく、仲よく、身につく』を標語に教育の質保証と主体的な学びの場の実現を全教職員の目標とし、全面的にアクティブ・ラーニングの要素を取り入れて、双方向性と協働性に配慮する方針で意識共有を図った結果、授業出席率と授業外学修時間の増加、単位取得率とGPAの改善、退学率の減少といった形で、その成果が既に数字として現れてきています。
 それらの施策の中でも、実際に重要な役割を果たしているのが、ICTツールの活用です。例えば単位制の基本となる学修時間を担保するため、IC学生証と専用端末を利用した電子式出席管理システムSAMSを運用し、学生本人が履修科目の出席状況をWeb上で随時確認できるようにしました。また、大学eラーニング協議会に加盟して、そこで提供されているeラーニングシステムCIST-Solomonを、各授業の予習復習や基礎学力の補完に用いることを推奨しています。さらに、クリッカーの利用や、電子黒板機能付きマルチプロジェクタと一人1台のタブレット端末を無線LANで結んだICT教室(コラボレーションルームII)の設置によって、双方向性を高めた授業を全学的に増やすなどの取り組みも進めています。その中で本稿では、教育・学修支援を目的としたLMS(Learning Management System)の活用事例として、Moodleが本学でどのように認知され、実際の授業でどのように活用されるようになったのか、教員アンケートの結果などに基づき、その実績や効果について紹介します。

2.LMSの活用

(1)環境整備

 本学では、これまでもLMSが導入されていましたが、学科ごとに異なるものが利用されていたため、学生側から見てID認証をはじめとして統一的に扱えるものではありませんでした。また、管理・運用の面でもそれぞれ管理者を据える必要があるなど効率的ではない部分もありました。そこで、2013年度からの大学教育改革の取り組みの一つとして、「全学的LMSの整備・構築」を大きなテーマとして設定しました。
 2013年10月には教員と職員からなるLMSワーキンググループが編成され、利便性と効率の高いMoodleの活用を促すこととし、バージョンアップ(1.9から2.X)を機に広く学内に周知しました。実はMoodle自体は数年前から導入され、使用可能な状態になっていましたが、非常勤講師を含めてもごく一部の教員にしか利用されていませんでした。その大きな理由は、新しいツールを使うことに対する単純な抵抗感や不安感と、活用法が十分理解されていないことと推測されました。
 そこでワーキンググループでは、初めて利用する際の手間を軽減できるよう、独自の簡易マニュアルを作成するとともに、認証は既存のLDAPサーバにより統一的に扱えるものとし、あらかじめ年度内の全ての開講授業に対して「コース」を設定しておき、教員が自ら新規作成しなくてもいつでも利用できる状態にしました(図1)。

図1 Moodleログイン後の画面

 その上で、2014年9月には全常勤教員が参加するFD研修会でMoodle利用説明を行い、(半ば強制的に)実際にPCを使って試してもらいました。授業にはPCを使用しない座学も多くありますが、そういった場合でも活用方法があることを知ってもらう狙いもありました。その結果、この研修会に出席した教員に対するアンケートで、後学期から利用してみたいという回答の割合は80%を超えました(図2)。

図2 教員へのMoodle利用アンケート

 もう一つ、忘れてはならないのが学生の側の受け入れ準備です。いくら教員が作り込んでも、学生がうまく使えなければ意味がありません。そのため、2014年度には新入生ガイダンスにおけるMoodle使用法の説明に加えて、1年次全学共通必修科目の「修学基礎」や「コンピュータリテラシ」の授業で、Moodleを使用する機会を極力設けるようにしました。授業での利用率が高くなった現在では、一般的な機能であれば個々の授業での特別な説明なしに使えるようになっています。

(2)授業での利用状況の変化

 2014年度前学期終了時に行った常勤教員向けアンケートでは、利用率は33%で、実際に利用されていた授業形態は、PC教室などでの演習・実習授業が52%、PCを利用しない座学授業が43%でした。思ったより座学での利用率が高かったのは、課題提出を従来の紙での受け取り方式からMoodle経由に変えた教員が多かったためと推測されます。履修人数40〜70人規模の授業を中心に利用され、平均すると履修者の62%、PC教室での授業ではほぼ100%が積極的に活用していました。
 使用してみて良かった点としては、学生が自宅から利用できる、予習復習の指示として使える、印刷コストと時間の大幅節約、欠席学生への伝達、提出物に対する時間厳守の意識の高まり、オフラインで学生・教員間のやり取り、などが挙げられていました。一方、問題点・改善すべき項目には、成績入力や出席状況の教務システムとMoodleのシステムがリンクしていないため二重の手間がかかる、教員の質問に対するフォロー体制が不安、より洗練されたユーザーインターフェースを望む、などがありました。また、授業で使ってみたい機能は、表1に示す順となりました。

表1 Moodleで使ってみたい機能

 これらの状況を踏まえて、前学期終了後に先述のFD研修会を実施した結果、後学期のMoodle利用率はさらに上昇し、後学期終了時のアンケートから、常勤教員の半数以上が利用するに至ったことがわかりました(図3)。また、授業形態は通常授業が半数を超え(図4)、20〜40人の比較的小規模な授業での利用が大きく増えた一方で、100人を超す大人数授業での利用も少ないながら全体の4%ありました。

図3 前学期と後学期のMoodle利用率の比較
図4 Moodleを利用した授業のタイプ

 実際に利用された機能は図5のようになり、表1と比較して資料配布と課題提出・回収の割合が高くなっています。その中で、授業時間外での予復習のために、小テストなどの機能を活用した例もいくつか見られました。教員の自由記述では、「小テストの結果表示(無記名)により学生の競争心を刺激することができた」、「学生個別の努力状況を詳細に計れる」など使えて良かったという意見が多くありました。また、前学期と比べ「フォーラム」機能の利用が増えた点も注目されました。
 「フォーラム」では電子掲示板としてのやり取りや、コース参加者同士でテーマについて議論や評価をするなど、授業時間外学修の充実につながる活動が行われていました。

図5 Moodleの機能の活用状況

 これに対して問題点としては、他人の提出物をコピーし名前だけ変更して提出する学生がいることが指摘されていました。このことは電子システムに限ったことではありませんが、不正防止の仕組みを考慮しておく必要があります。また、動画など大容量データを載せるとサーバがダウンしてしまう問題も生じましたが、システムとは異なるサーバにファイルを置き、リンクを辿って再生することで解決することができました。
 一方、利用しなかった教員の意見には、図6に示したものの他、「さらに詳しいマニュアルが必要」、「メリットが感じられない」などがありました。しかしながら、利用しなかった教員の半数以上は、「今後利用するかもしれない」と答えています。上手に活用すれば教育効果を上げるために役立つツールであることは確かですので、担当する授業の一部ででも試してもらえるよう、さらなる支援を進めたいと考えています。

図6 Moodleを利用しなかった理由

(3)LMS導入の成果

 全学的にLMSの普及を図ったことにより、特に学生の授業時間外学修の増加と授業の質向上という目標に対して、短期間で相当の成果を上げることができたと考えています。その他にも、例えば1年次必修「修学基礎」の授業で課題提出をMoodle上で行ったことで、提出物の期限厳守の意識を徹底させる効果がありました。また、提出に際してのトラブル(出したはずのものを受け取っていない、など)の減少、フィードバックに要する時間の短縮、欠席者への確実な伝達など、学生のフォローという面でも良いことが多々ありました。さらに、学科によってはフォーラム機能を活用し、学生間同士で提出されたレポートを評価しあうようにして、授業外でも他者との関わりを通じた学びを促すことにつなげていました。
 2015年度開始の時点で、Moodleは本学の教育システムの中に含まれることが当然のツールになっています。今後、個々の教員が工夫を重ね、さらなる成果を上げていくことが期待されます。一方で、教員側も環境を整えることや利便性に注力し過ぎて、無理にLMSに合わせることをしてはいけないと思います。学生が表面的な作業で満足してしまい、本質的な内容理解に至らないことも懸念されます。ICTの活用により情報伝達・収集や評価データを得ることは容易となりましたが、学生に有意義な学修体験をしてもらうという根本を忘れず、しっかりとPDCAサイクルを回していくことが大切と考えています。

3.おわりに

 本学の教育改革への取り組みは、今のところ順調に推移しています。もちろん、急激な変化にともなう歪みや消化不良の部分が生じていることも事実ですが、実際に学内の雰囲気や学生の様子がよい方向に変わりつつあることを皆が実感しているため、幸い大きな問題にはなっていません。今後は適切なフォローによってそれらを解消する一方で、さらに先を目指す施策として、それぞれの教育効果を定量的に検証するための仕組みづくりや、eポートフォリオなど新たなICT支援ツールの導入を進めていく予定です。
 また、本学では2015年度から附属高等学校に技術コース(定員80名)を設置し、7年間の高大一貫教育によって社会に貢献する技術者を育成するための取り組みを始めました。技術コースの高校課程での教育にも、同様のICTツールによる支援を積極的に取り入れていく予定です。それによる教育効果の向上はもちろん、利用方法に習熟した学生が大学初年次教育の核となってくれることを期待しています。

関連URL
[1] NPO法人NEWVERY大学プロフェッショナルセンター
http://www.nv-professional.jp/
文責: 湘南工科大学
コンピュータ応用学科准教授 本多 博彦
人間環境学科教授・工学部長 木枝 暢夫

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