新しい学びの扉

 自ら考え行動できる学力を生涯に亘り身につけられるよう、大学は教員による一方向的な教育から対話を中心とした教育に転換する必要があるが、組織的に推進されていない。そこで本企画では、初年次におけるアクティブ・ラーニングの先進事例として、Future Skills Project 研究会による企業・大学が連携したPBL型学習の取り組みを紹介いただくとともに、参加大学からもその試みを紹介いただく。

教育の質が向上することで、学生はどう変わるのか?
〜未来を創る「主体的な学び」を実践する
Future Skills Project 研究会の挑戦〜

平山 恭子(一般社団法人 Future Skills Project 研究会 事務局長

株式会社ベネッセコーポレーション 学校本部)

1.「Future Skills Project研究会」とは

 Future Skills Project研究会(以下、FSP研究会)は、「大学は社会で求める人材を輩出できていないのではないか」という声が根強いことを課題として、安西祐一郎氏(日本学術振興会理事長・慶應義塾学事顧問)を座長とし、6企業(アステラス製薬株式会社、サントリーホールディングス株式会社、株式会社資生堂、日本オラクル株式会社、野村證券株式会社、株式会社ベネッセコーポレーション[研究会事務局])と5大学(青山学院大学、上智大学、東京理科大学、明治大学、立教大学)で構成されています。このような背景をもとに産学で共に議論をする会として2010年7月にスタートし、2014年4月に一般社団法人として活動を新たにした組織です。

2.FSP研究会での議論

〜「主体性を引き出す」ことを目的に〜

 活動当初のFSP研究会での学生に対する見解は以下のようなものでした。

1)学生の多くは、自分の志向に合ったモノ、経験したことがあるモノに対しては、自発的かつ積極的に取り組む。また、採用現場や新人研修の場で感じるのは、むしろ課題解決の面では「優秀な学生」が多いという事実である。しかし、先行き不透明な状況で経験したことのないような課題に出会ったとき、もしくは何が課題なのかも不確かな場合に、「自律的に立ち向かう」とういう姿勢については足りないのではないか。

2)現状でも主体的に活動する学生は存在する。学外でのアルバイト経験やサークル活動といった体験を通じて学ぶこともあるだろう。しかし問題は、学生の多くを占める「指示されれば動くが、自分からは動けない層」をどうするか、である。こうした「沈黙の学生」の主体性を引き出し、学びに向かわせ、社会全体の底上げを行う役割こそが大学にもとめられているのではないか。

 こうした議論を背景に我々は、「課題解決能力やコミュニケーション能力等もさることながら、その基盤として必要なものこそが『主体性』であり、すべての能力を発揮するためのエンジンのようなもの。この主体性こそ、大学の学びで引き出すべき」との結論に至りました。そして、主体的な学修者とは、自分には何が足りないのかに自ら気づき、卒業までに何を学び、何を身につけるべきなのかを考えられる学生。つまり、大学での学びを目的化し、主体的に向き合い、学ぶことができる学生であると定義しました。
 しかし、「主体性」は教えたからといって身につくものではありません。「主体性」は育成されるものではなく、「引き出される」ものではないでしょうか。
 では、どのようにすれば主体性は引き出されるのか。我々は、学生が「答えのない」課題に対してゼロから考え、やり抜く体験こそが主体性を引き出し、体験を通じて学びの意欲を高めるのではないかと考えました。この考えのもと、まずは議論よりも実践によって検証するべく、2011年4月より複数大学で産学による実践講座(以下、FSP講座)の展開を始めました。

3.主体性を引きだすFSP講座の概要

 この講座は、企業からの課題に対し、学生がチームで議論を重ね、解決策やアイデアをプレゼンテーションし、それを企業が評価するという体験型学習(PBL:Project Based Learning) の形式をとっています。講座の概要を以下に説明します。
 この講座は、原則として全14コマ(表1)で展開します。学生が5〜7人でチームを組み、前半と後半で二つの企業から出される課題に取り組みます。一つの企業から提示される課題に、5週間(5コマ)で取り組み、最終回では課題解決策を、チーム毎に企業にプレゼンテーションをします。当然、授業中に議論や解決策の検討が完結することはほぼなく、学生は授業時間外にもチームで集まり議論を重ねます。またこの二つの企業の組み合わせは、前半がBtoCの企業から、後半はBtoBの企業からと、各課題のビジネスモデルが異なるように組み合わせています。複数企業の事例に触れることで、企業によって価値観が異なること、社会には自分の知らない企業もあり、それぞれに役割・位置づけが異なることを知り、より具体的に社会を知るきっかけとなるのです。

表1 FSP講座時間割

 この講座の最大の特徴は、原則として1年次前期に実施することです。これまでの大学教育は、1〜2年で講義型の授業を中心に身に付けた知識やスキルを土台として、3〜4年に演習やゼミなどに移るという流れが一般的でした(図1)。しかし、3・4年次で演習やゼミでの学びによって「自分はこんな力が足りない、こういう学びも大切だ」と気づいたとしても、卒業までに学び直す時間はもう残されてはいません。この講座では学びの順序を変え、1年次前期に課題を解決する経験をします。この経験によって、今の自分に何が足りないのか「気づき」をもたらし、大学での学びの重要性を理解し、授業への意欲が高まることを狙いとしました。

図1 大学教育の流れ

 また、この狙いを達成するために重視するのが「失敗」経験です。このFSP講座では、入学したばかりの学生は、知識も技能も教えないままに企業が抱えているリアルな課題に取り組みます(表2)。そのため、ほとんどのチームが十分な成果物を完成できず、企業からの手加減のない厳しい指摘を受けます。その厳しさに大半の学生は落ち込みます。一般のPBL型授業では、ここで終わりますが、FSP講座はここからが本番です。すぐに後半の企業課題が提示されると、前半企業の取り組み活動の反省を踏まえ、どのチームも前半企業の活動よりも深く議論ができ、チーム活動にも工夫が表れます。つまり、一つの講座の中で、失敗→内省→概念化→実践という学びのサイクルを回す仕組みになっているのです。

表2 FSP講座企業課題例(2012年度)

4.学生の主体性は引き出されたのか

 FSP講座の受講生を対象としたアンケート結果から、主体性が引き出されたと推察されるいくつもの傾向が見られました。ある大学での集計(図2)では、この講座のために使った一人当たりの授業外の活動時間の合計平均が75.8時間となりました。これを15コマで割ると、1コマ当たり平均5.05時間を費やしていることになります。また、個人活動と比べてチームミーティングの時間が長いのは、個人ワークでは自分が理解するだけでよいのですが、チームで一つの合議を出すとなるとチームメンバーを相手に自分の意見を理解させる必要が出てくるからです。また、特記すべきは、前半企業よりも後半企業のほうが授業外で活動した時間が個人活動、チームミーティングに増えていることにあります。後半企業は、前述した通りBtoBの企業であり、出される課題も学生にとってなじみのないもの。それにも関わらず、前半の反省を生かし、より主体的に取り組もうとする学生の姿が見えるのです。

図2 A大学における授業外でFSP活動にかけた平均時間(2012年度)

 また、この講座の最後に受講生が発言した内容にも触れたいと思います。「この講座から学んだこと」を分類してみると(図3)、最も多かったのは「コミュニケーション能力の必要性」であり、およそ3分の1の学生が言及しています。この言葉だけを見ると浅い感想に思えますが、その内実は「自分の意見をチームメンバーに伝え、理解してもらうことの難しさ」ということのようです。自らのこの講座での経験から、コミュニケーション能力とは、具体的に、自分の意見に説得力を持たせるための論理性や根拠、データに基づく裏付け、説得力などといった要素を含んでいると理解していました。その発言の一部(表3)を見ても、学生が自分の意見を持つことと、それを他者に伝え、理解をしてもらうことの難しさを講座から学んだこと、今後学んでいこうとする姿勢がうかがえます。

図3 講座で学んだことは何か
アンケートは全大学の受講生に行い、グラフは、複数選択の中の1位のみを集計対象として作成した。
表3 FSP講座を受けて学んだこと(全大学の回答から抜粋)

5.明らかになった「主体的な学修者」への変化とその後

 実践を重ねて4年が経過しました。過去の実践により、学生の多くが自ら学びに向かう大切さと、社会の広がり、自分に必要な学びに気づくことが分かってきました。そして2015年3月に、FSP講座1期生がいよいよ企業人として大学から社会へ巣立っていきました。ここでは、教育の質の向上を目指し実践した講座に対する学生達の反応を紹介します。講座を受講し、学生達がどのような変化を見せ、大学でどのように学び、社会に出でいくのか。彼らが進級するごとに行った追跡インタビュー調査をもとに考察します。

(1)講座直後(1年次)−限界まで挑戦した経験から生まれる「気づき」と「意欲の高まり」

 FSP講座を終えた直後の学生にインタビューをすると、発言の中にいくつかの発見がありました。彼らにこの講座を振り返ってもらうと「いま持っている自分の知識と能力を全部出し切った」「これまでに培った知識を“使ってみる”という初めての経験をした」「自分でも信じられないくらい本気でやった」という感想が口々に出てきます。この言葉から、大学入学段階で持ちうる知識と思考力の全てを持ってリアルな企業の課題に向き合い、手加減なしに限界までやり切っていることがうかがえます。
 さらに注目すべきは、その結果、「自分に足りていない知識が分かった」「もっと勉強したい」という“学びへの意欲の高まり”を口にすることです。これは、限界まで能力を発揮して取り組んだ経験で、自分に足りていない知識や能力に「気づく」ことができ、気づいたからこそ生まれた、学びへの「意欲の高まり」であると言えます。裏を返せば、こうした経験がないところで、いくら学びの重要性を説いたとしても、学生自らが、「何を」学ぶべきかを知る、つまり「主体的な学修者」になるには程遠いことを想像させます。

(2)2年次−学生が見せた履修行動の変化

 2年次に進学した彼らの中に見られた行動の変化で最も特徴的だったのが履修選択です。一般的には、入学時と同様に上級生の評判を鵜呑みにした、楽に単位が取れる“楽単”と呼ばれる科目と必修を組み合わせて履修選択をしているケースが散見されます。当然GPAなどを考えた場合、”楽単“と呼ばれる科目を履修した方が有利ではないか、と考えがちです。しかしこの講座を受講した学生は、“楽単”よりも“自分の興味がある科目”を主体的に選択していました。彼らは、「興味がある科目の方がテスト前に頑張れる」と言い、中には厳しい科目を履修した結果、“楽単”を選んだ1年次より成績は良くなった、という学生も現れました。また、3年次のゼミを選択する際に、俗にいう「鬼ゼミ」といわれる履修をするにも相当な労力を覚悟することを前提にされたゼミを好んで選ぶ者が多く、更なる学びへの「意欲の高まり」を示していました。

(3)3年次−彼ら自身の考えや体験に基づいた選択・行動基準

 1年次、2年次と、彼らは、更なる成長の機会こそがまさしく大学の授業であり、大学こそが「答えのない」課題を解決する訓練ができる場、つまりは高度な思考力を獲得する場であることを理解し、その後の履修行動や授業の受け方に変化を見せました。と、このような例だけを取り上げると、FSP講座を受講しさえすれば、学生は人が変わったように「主体的な学修者」になり成功しているように聞こえるかもしれません。しかし、FSP講座を経験した学生であってもほとんどは、学びながらも悩み、遠回りもし、寄り道もしながら後悔もし、少しずつ成長していました。決して直線的ではない成長を繰り返しているのです。ただし、そうした中での彼らの特徴は、「誰かが言ったから」「世間で言われているから」という理由ではなく、「自分に欠けている知識だから」「自分が得たいスキルだから」という、彼ら自身の考えや体験に基づいた選択・行動基準だということです。
 象徴的なのが以下のエピソードです。それは3年次になってやっと出てきた「とにかく本気で色々なことをやってみた、学んでみた。今思えば、無駄だったなと思うことも沢山ある。でも、色々と遠回りもした結果、自分の価値観や志向の輪郭がはっきりしてきた」という発言でした。FSP講座を受講した学生は、1年次のうちは「もっと学びたい。2年以降、どう学んだらよいのか指南して欲しい」と言います。しかし、どう学ぶかに王道はありません。常に誰かが教えてくれるものでもありません。それは自ら考えて欲しいと考え、突き放しています。この結果、「学び」を主体的とらえ、自らの考えで行動する学生が現れます。こうしたプロセスを経て、3年次になってやっと、各々の「個性」や「価値観」など、かけがえのない「自立した個」が確立されてくることが感じられました。この姿勢の変化は、大学での学び方のみならず、サークルやバイトなどあらゆる大学生活の中でも、どう行動すべきかを考え自ら実践する力強さも示してくれました。

(4)4年次−「主体的」行動がもたらした社会に出る「覚悟」

 4年次のインタビューは就職活動や卒論の提出を終えた11月に行いました。インタビューに応じてくれた学生に共通しているのは、今後の進路選択に際し、自分で考え自分で進路先を決めたという「自己決定感」が強いことです。学生は、自らの思考や体験に裏付けられた明確な理由と価値観で、彼らなりの就職活動を行っていました。ある者は徹底的に「人」にこだわり、数多くの人物に面会をすることで自分の価値観を明らかにし企業の選択をしていました。ある者は詳細な比較や研究をもとにした企業分析を行い、その意見を社員にぶつけてみることで、会社の対応や反応を確かめていました。彼らのいずれもが、マニュアル本などに記載された典型的な就職活動とは違う、主体的な就職活動を行っていたのです。また、どの学生の言葉にも、社会に出る「覚悟」がありました。「自分で納得いくまで調べ、人と会って決めた進路先だから、やるしかない」「不安もあるけど、失敗もするだろうけど、本気でやりたい」という等身大の彼らの言葉。そこから我々が学んだことは、「主体的」な行動こそが強い「自己決定感」につながり、「覚悟」を支えています。つまり、自分の人生を「自分事」と捉え、状況に対して主体的に考え、対峙しようとする姿勢です。まさしく、我々FSP研究会が目指した「社会で求められる人材」の輩出のきっかけになっていたことに5年間の研究活動を経て、やっと実感することができたのです。

6.最後に

 「教育の質の向上」をスローガンに、多くの大学が様々な改革に乗り出しています。しかし、その改革の内容は本当に学生に伝わっているのでしょうか。学生の「学修行動の変化」にどれほどの影響を及ぼしているのでしょうか。形だけのカリキュラム編成や、体系の見栄えだけを変えたり、奇抜な名称のコースやプログラムを作ったりすることだけで、本当に学生を「主体的な学修者」に変えることができるでしょうか。
 また、IRなど数値での検証が要求される中、どのような数値改善を見せたのか「わかりやすい」成果を出すことに、我々は追われがちです。
 しかし、教育的効果が全て測定可能な数値では語れないことも、我々教育に携わる者であれば知っているはずです。そのような騒然とした動きの中で、我々はじっくりと実践を積み上げてきた。FSP講座をきっかけに、幾人かの学生が「主体的な学修者」に変わり、大学での多様な学びの中から自ら選択し、豊かな4年間を過ごしていました。こうした活動を通じて、「個」が確立する機会を豊富に用意するのが大学であり、その先に、社会で必要とされる力を備えた人材が輩出されるという考えが、必要であることを我々は改めて確信しています。

7.今後の展開

 FSP研究会では、2014年度4月に一般社団法人化し、全国の大学で同様の取り組みが拡大することを目指すこととなりました。全国にこの活動を拡大するために必要な講座ノウハウの汎用化をはじめ、活動はまだこれからといってよいでしょう。また、前述したような学生の変化も、一部の学生の定点観測であり、全ての学生の「主体性」を引き出せたわけではありません。
 まだやるべきことは多くあります。だからこそ、少しでも多くの理解者と共に実践を続け、一人でも多くの学生に変化を起こすことができる、汎用性の高い講座を実現するために活動を続けていきたいと思います。「批判・批評より実践」「一部の教員の特別な授業より、一人でも多くの学生に変化を起こす」。こうしたコンセプトに誰もが取り組めることを目指し、我々研究会は活動を拡大して参ります。

※活動内容の詳細は、Future Skills Project研究会ホームページを参照ください。

http://www.benesse.co.jp/univ/fsp/


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