人材育成のための授業紹介

大教室における学修支援システムを
活用した基礎知識定着の試み

児島 完二
(名古屋学院大学経済学部教授)

1.はじめに

 大教室や多人数で授業を運営する課題には、学習環境の維持があります。学生の集中力が持続するのは15分程度と言われていますので、授業中の私語や遅刻、居眠りに苦慮している教員も少なくありません。すると当然、講義内容の理解度にはバラツキが大きくなります。一般に座学では学習環境の維持に加え、理解度の向上も課題となるので、学生を授業に参加させる工夫(アクティブ・ラーニングなど)が必要です。しかし、受講生の個別対応や他者との関わりを持たせようにも、受講生数が多いとかなり難しくなります。例えば、課題内容を精査しようとすると、その作業量は受講生数×課題数なので膨大になります。
 そこで、大教室におけるLMSを活用した授業運営を紹介します。多くの履修生を抱えながらも基礎知識の定着を図るために、スマートフォンやLMSから授業に参加させる事例を報告します。

2.学生を参加させる工夫:LMSの活用

 履修生を授業へ参加させるための工夫はさまざまです。例えば、

1)出席カードを兼ねた用紙を配り、

2)学生に短いコメントなどを書かせる。

3)レジュメ・講義資料を配付し、

4)穴埋めにしてテスト風にする。

5)また、授業中の質問に対して手を挙げさせたり、

6)授業の理解度を尋ねたりする。

7)学生の提出物を回収し、名簿にチェックする。

8)さらに、試験前にはレポート課題を出したり、

9)自習用の練習問題を与えたりする。

10)必要に応じて注意事項など受講生へ伝達する、などです。

 以上の1)〜10)の機能はLMSが備えています。名古屋学院大学ではCCS(Campus Commu nication Service)というLMSが付帯したシステムを構築し、2002年より稼働させています。前述の工夫はすべてCCSで実現でき、次の学修支援機能で対応しており、

1)出席カード

2)Minute Paper

3)教材BOX

4)小テスト

5)クリッカー

6)授業理解度調査

7)Web履修者名簿(総合評価)

8)レポート

9)自学自習

10)連絡BOX

から学修データがすべて記録・整理されます。CCSでは全開講科目に科目ポータルが用意されており、すべての教員が学修支援機能を自由に使うことができます。そこで、CCSの多彩な機能を駆使した実践事例として、毎年の履修者が80名〜150名ほどの座学形式である経済学部の講義科目「情報経済論」で説明します。

3.学習成果の確認:予習・復習の徹底

 毎回の90分の授業は表1のようなスケジュールで実施しています。学生はCCSから授業への参加が求められます。

表1 進行スケジュールと取得データ
○:教員のCCS設定、●:口頭説明、下線:学生のCCS参加

 まず、授業前の予習には、9)自学自習でのクイズを利用します。教員は、毎回の講義内容の基本事項や事前に必要な基礎知識を択一クイズ(10題)にします。学生には指定の学習範囲をCCSで提示(リンク設定)し、授業開始までに解いておくよう指示します。予習の最低要求は、用意した10題を全問正解するまで何度も繰り返すことです。
 次に、出席者の予習状況を確認するために、授業の始めに4)小テストを実施します。教員は自学自習クイズの設問から引用した小テストを用意し、講義前に予備知識の確認をします。学生はノートパソコンまたは、スマートフォンで小テストを受験します。きちんと予習をしていれば、誰でも満点を取ることができますから、予習状況は一目瞭然です。学生ごとに出題順が異なり、5分という短時間で毎回実施されるので、カンニングなどはほとんどありません。CCSで自学自習の達成状況も把握できますが、小テストとして数値化することで、予習のインセンティブを高めることにつながります。
 そして、講義内容の理解度を確認するためには、2)Minute Paperを用います。教員は、授業の冒頭で今回の主題に絡めた記述問題を提示します。学生は授業の最後に解答となる短文を作成し、同時にCCSで6)授業の理解度を提出します。授業の最後に「本日の講義の理解度」が問われるので、学生は4択のアンケート(よくわかった・わかった・わかりにくかった・わからなかった)を回答します。
 なお、授業の開始と終了時には、教室内のICカードリーダへ学生証をかざし、1)出席カードを提出させます。しかし、これは授業時間に教室に来たというデータであり、授業へ参加していることではありませんから重視していません。参考データとして扱い、平常点には含みません。

4.学習データの活用:モチベーションと授業評価

 以上のようなスケジュールを毎回実施すると、半期15回で学生一人あたり相当数の学習データ(自学自習:14回×10問、小テスト:14回×10問、Minute Paper:14回、授業理解度調査:14回)がCCSに蓄積されます。データの活用法を二つ挙げてみます。
 一つは、授業中における学生へのフィードバックに利用します。全体の予習状況(何名が全問クリアしている)や直近の小テストのクラス平均点を口頭で発表します。すると学生は自分の状況を振り返ります。また、Minute Paperの中で優れた回答例は、名前を伏せてCCSの画面を示します。これによって、紹介された学生はやる気を出し、その他の学生はどのように回答すればよかったかが理解できます。さらに、授業内容を理解できたかという判断は、アンケート結果である理解度調査の分布を提示します。このとき、理解が困難であった単元は、回答データの分布を示した上で、復習に時間をかけます。すると、受講生は授業進度が調整されたと思い、より正直に理解度調査で答えてくれるようになります。このように教室で発する教員のコメントやデータから他者を意識させることができます。
 もう一つは、学生の参加の度合いを数値化し、成績評価の平常点として扱います。シラバスに記載している通り、授業の成績は学期末試験の結果を重視しますが、これに平常点を付加します。平常点は、毎年、図1のような形状に近くなります。「毎回、きちんと参加」「時々、参加」「ほとんど不参加」という三つの集団に分かれます。なお、グラフの横軸に点数がないのは、学期末試験の結果で変化するためです。

 多人数の座学では、自分の取り組み状況が評価に反映されないという学生の不満があります。しかし、毎回、細分化された課題提出がきちんと管理・評価されていることを学生が理解すると、授業への姿勢が変わってきます。学生には、LMSでの参加と評価を「天網恢恢疎にして漏らさず」という諺を引用して説明しています。
 前記のようなCCSを活用した大教室での授業の効果を、大学のFD活動の一環として実施される授業アンケートの結果で示します。全22の質問項目のうち、以下の3問は大学全科目の平均からの差が顕著でした。表2から明らかのように「ややそう思う」「そう思う」という肯定的な回答が全体の割合に比べて際立っています。学生参加を促す授業形態へ変更した教育効果は、学生による授業アンケート結果にも如実に表れています。

表2 学生による授業アンケートの結果(一部)
※小数点の四捨五入により合計が100%を上回るケースあり

5.おわりに

 大人数講義での学びを促進する授業形態として、LMSを利用して確実に学習させる事例を紹介しました。受講生が多いと十分なフィードバックは困難ですから、コンピュータの支援で課題提出の管理や小テストの採点を自動化しています。こうして学生の参加の頻度を増やし、大量の学習エビデンスを取得できました。得られたデータを学生に対して効果的に見せることで、学習者のモチベーションを高めることができました。
 毎回は利用していないため、表1に未記載となっている機能では、受講生への「3)参考資料の提示」や「10)一斉連絡」があり、LMS機能として役立っています。また、CCSでのクリッカーやレポートの機能があります。これらは、どのようにインストラクションに組み込むのが最も効果的であるかを検討する必要があります。
 大教室におけるLMSを活用した授業が展開できるのも、BYOD(Bring Your Own Device)が実現しているからです。本学では全学生にノートパソコンを配付しているので、10年前からノートパソコンとCCSでこうした授業を目指してきました。端末や回線などの不具合からCCSへアクセスできない学生が一人でもいると、この授業の運用は煩雑さが増していました。しかし、近年、スマートフォンの所持率が100%に近づいたこと(2015年度の新入生の所持率:98.5%)によって、実施における困難はほとんど除去されています。
 今後の課題としては、全学的な取り組みからできるだけ多くの授業の学修成果を可視化することです。すでにこの授業「情報経済論」でもルーブリックを導入していますが、それよりもCCSで参加させる方が運用しやすいように感じます。学生にとってスマートフォンは最も身近なツールなので、学習道具としても受け入れやすいと思われます。ただし、大学教育としてスマートフォンという新たな教育イノベーションを受容するには、学内に十分な理解が必要です。CCSを活用した教育手法を大学での組織的な広がりにするために、FD活動などを通じて教員へ積極的に案内しています。
 紹介した対面教育でのネット参加型授業が増えてくると、個々の授業で教育エビデンスがCCSに蓄積され、大学全体として膨大な学修データを保有することができます。すなわち、一人ひとりの学生にとっては卒業までの学修ポートフォリオにもなり、また大学にとってはIRの基礎データになりえます。よって、学修成果の可視化に対して、組織的な取り組みの一つになるものと期待されます。

参考文献
[1] 児島完二:大規模講義におけるブレンド型授業の展開. 平成20年度情報教育研究集会講演論文集, pp.173-176, 2008.
[2] 児島完二, 三輪冠奈:クリッカーアプリの開発と試用. PCカンファレンス2012, p.355-358, 2012.

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