特集 教学マネジメントの試み

シラバスと修学指導への取り組み
〜金沢工業大学〜

河合 儀昌(金沢工業大学情報処理サービスセンター所長)

1.はじめに

 近年、教学マネジメントの重要性が指摘されています。大学の教育理念実現や教育改革の実行、また学生の修学状況改善など、教学マネジメントが目指す方向性は多様なものがありますが、ここでは、「大学教育再生加速プログラム」(AP)に採択された教学マネジメント実践の一例として、教員によるシラバス点検と評価、IRに基づいた学生修学指導への取り組みをご紹介します。

2.シラバス作成の目的

 本学では、1995年に始まった教育改革が第五次教育改革まで進み、各段階で特色ある取り組みが行われてきました。教育改革の過程で進められるカリキュラム改訂や、新しい教育プロセスの導入などを進める際には、全学で共通のモノサシが必要となりますが、その一つにシラバスがあげられると考えられます。本学ではカリキュラムを通じて大学の教育理念・教育改革を実践するにあたり、シラバスに各授業科目の目的、学修・教育内容、成績評価方法等を明示し、学生自らが積極的に学修できるような「学生中心型の教育」の展開を図っています。
 また、大学における自己点検・評価の一環として、シラバスを通して授業内容を公開し、教育機関としての責任を明確にするものでもあります。
 これらの目的を実現するため、本学では、シラバスの内容について教員相互による内容確認を行うとともに、授業内容に関する自己点検評価もシラバスと関連して行っています(図1)。

図1 シラバスと教学マネジメント

3.シラバス点検と評価

 シラバス作成時の点検・確認について例を示します。教育改革の中で、新たな学修プロセスを導入する際、学修評価内容を始めとしたシラバス記載内容の改訂を行ってきました。試験、ポートフォリオ、レポートなど複数の評価方法が採用されているのか、またその割合が科目の総合力を表す指標として適切であるのか、といったシラバスの記載内容について教員間で確認を行ってきました。また、全学で進める「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」の「地域連携」について、その活動が関連する科目のシラバスに提示されているのかといった確認も行っています。
 これらは、シラバスを登録するWebシステムにおいて、科目担当者が内容登録をした後に各教育課程の主任教授が確認を行い、問題がなければ登録が完了するという流れの中で行われています。
 次に、シラバスに記載されている各科目の学修教育目標(学生の行動目標)は、授業アンケートの学生自己評価項目として、各自が達成度自己評価を行っています。また、教員の授業点検においてもシラバスの内容について点検を行っています。シラバスが科目の履修者・提供者共通の点検評価項目として活用され、カリキュラムを通した教学マネジメント実践の一つとなっています。
 また、シラバスを学修の起点として、eラーニング教材、学修課題、ポートフォリオ、授業教材配信などの機能を盛り込んだeシラバスの運用も準備しており、学修支援はもとより学修成果の可視化につなげる予定です。

4.修学指導への取り組み

 「教育付加価値日本一」を目指している本学ではありますが、すべての入学者を最大限成長させて社会へ送り出せている訳ではありません。ここでは、IRデータを活用した修学指導による教学マネジメントの取り組みについてご紹介します。
 平成20年前後から、本学では修学状況が厳しい学生が増加する問題が表面化してきました。そこで、問題解決にあたる組織横断型の「対策会議」を設立して対応を開始しました。この会議体は、学生部の教学組織教員をリーダーとして、大学事務局、進路部門、産学連携部門、カウンセリング部門、情報システム部門、IR部門など、教員と職員の教職協働プロジェクトとなっています。このようなプロジェクト体制を取っていることで、各部署から様々な情報が集まりやすく、スピーディな対応・意思決定が可能となりました。
 活動当初は、留年・休学・退学者を減らすことが活動の目的でしたが、一定の成果を挙げたことで、その目的を修学困難状況にある一部学生への対応から、普通の学生が直面する修学上の問題解決まで含めた幅広いものとし、最終的には学生一人ひとりと向き合った修学指導体制の実現を目指す「修学指導対策会議」(図2)として活動しています。

図2 修学指導対策会議の体制

5.IRによるアプローチ

 修学指導対策会議では、以下のアプローチでIR情報の活用を図っています。

1)修学支援に関連する事象の検知と共有

2)関連するIRデータの分析と検証

3)具体的指導対応策の検討と実施

4)IRデータによる効果確認と対応策再検討

 これは、対策会議内で情報を集め、問題点の協議を行い、そこから得られた仮説と裏付けとなるIRデータを分析、そして具体的な対応策を検討・実施して、その効果をIRデータから検証、次のアクションに繋げる、一連の教学マネジメント・サイクルの実現が図られています。
 次にIRデータの準備と取扱いを、図3に示します。全学共通の学事系システムから定期的に目的別データ抽出を行い、そこからレポートや分析資料等を作成し、修学指導対策会議を中心に修学指導で活用をしています。

図3 IRデータの準備と取扱い

 具体的な活動例を示します。図4は、学年毎の修学状況を表したもので、各学生の修得単位数を横軸に、QPA(GPAと同じ)を縦軸にしたものです。

図4 学年別修学状況

 紫色で示す1年生から青色の4年生まで、各学年の修得単位数上に現れている太い縦軸は、進級条件単位数で、それより左側の学生は留年生となります。ここからいくつかの推論を行いました。例えば、1年生左端の修得単位数と成績が極端に低い集団に着目をします。この集団の入学前情報、修学状況、進路状況などをIRデータから分析した結果、1年生の段階でこの集団に含まれる学生は、様々な問題を内包していることが判明しました。そこで、早期の修学指導を実施すべきと判断し、1年生前学期終了後、保護者も含めた修学指導を行っています。
 また、単学期の修得単位数がある一定以下を経験した学生は、留年・休学・退学の修学困難状況に陥る可能性が高いことが判明しました。他にも、3年生進級時の修得単位数があるレベル以下の場合、次の4年生への進級、卒業や進路の状況が厳しくなることがIRデータから判明しています。このような修学リスクを抱える学生のパターンが幾つか判明したので、1〜3年生までのクラス指導を担当する修学アドバイザーに対して、クラス内で修学リスクの高い学生を提示し、個別指導を行うの際の参考情報として提供しています。
 その他にもIRデータをもとにした様々な仮説検証アプローチを行ってきました。入学から卒業まで、入試区分、修学状況、進路状況などの各要素の相関分析、科目別単位取得状況と困難学生の相関分析など、対策を講じることで成果を挙げているものがあります。

6.学生一人ひとりへの事前指導

 本学では、様々な状況の学生群に対して、個別の対応策を実施しています。留年生に対しては、特別ガイダンスで各自の状況を自己診断させるとともに、対策会議でその後の修学状況の経過観察を行っています。また、特定科目で躓く学生群がある場合、その担当教員と協力してガイダンスや指導を実施しているケースもあります。
 授業への出席は、学生の修学状況を良好に維持していく上で重要であり、逆に欠席がある割合を超えることで状況が悪化していくことがIRデータから検証ができています。そこで、各授業の出欠情報をシステムで把握し、欠席状況が基準値を超えた学生に対しては、直接指導とその保護者へ通知を行って、修学状況悪化の未然防止を行っています。
 これまでは、成績が確定した学期末に修学指導を行っていました。これは、結果に対する指導なので、途中で改善できる可能性に対してアプローチができていなかったこととなります。
 これに対して出席情報を活用した指導は、図5のように、状況変化に対応した早期指導を行うことで悪化の防止になっています。この指導を受けた学生は、学期中再度指導対象となることが少ないことからも、早期指導が学生自身の自己反省を促して改善に繋がっていると思われます。また、出席不良の学生は、何らかの問題を抱えていることが多く、個別指導を通してこのような学生へ早期にアプローチしていることも、修学指導上の付帯効果となっています。

図5 個別事前指導

7.修学指導のKPIと業務フロー化

 これまで、様々な修学指導を試行した中から、修学指導上のKPI(Key Performance Indicator)が得られてきました。例えば、前術のような出欠情報の活用や単位修得状況に応じた指導をすることで一定の効果を得ています。また、留年・休学・退学等の学生数もあるレベルを定常値(目標値)のKPIとして認識し、現状の確認ができることも重要だと考えています。
 出欠情報からの個別指導、特別ガイダンス、単位低取得者への指導など、効果が明確な指導については、指導実施をフロー化し定常業務として行う体制となっています。また前述のKPIについても、対策会議内で定期的に確認を行い、修学指導上の漏れがないような体制を敷いています。
 このように、修学指導をフロー化し、KPIによるチェックを定常的に回すことで、大学全体の学生修学状況が把握できる教学マネジメント・サイクルが確立できつつあると考えています。

8.まとめ

 教学マネジメントとして見たとき、本稿の取り組みは、他と比べて目的を絞り込んだ限定的な内容と認識しています。ただ、修学指導に特化して進めたIRのように、明確なモノサシ(目的)を持って活動を進めたことが成功要因の一つだと考えられます。様々な要素が絡み合い複雑化する教学マネジメントにおいて、取り組みの目的を明確にすることは重要な成功要因だと思われます。
 これまでの活動から得られた課題の中には、目の前の対応策では解決ができない、根本的な原因への対応が必要な事柄も出てきました。早い機会にこれらの解決を図るとともに、継続的に教学マネジメントの充実を進めていきたいと考えています。


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