特集 教学マネジメントの試み(2)

基本姿勢は“For all the students”
〜福岡工業大学〜

高原 健爾(福岡工業大学 工学部電気工学科教授)

小田部貴子、宮本知加子(福岡工業大学 FD推進機構)

1.はじめに

 近年では、大学卒業生の質保証が強く求められ[1]、大学教育の場は大きく変化しています。特に、大学に求められる教育研究上の目標は、建学の精神などに代表される抽象的な内容から、具体的で到達度を測定できるようなものへと変化しています[2]。工学部での教育の主たる目的も、一部の大学を除いて工学の教授から技術者養成に変化し、学生には“技術者”であるための素養をいかに身に付けさせるかが大きな課題となっています。
 本稿では、まず技術者としての素養を身につけさせるために、2007年度に導入した電気工学科でのコミュニケーション教育について述べます。次に、その電気工学科のコミュニケーション教育がもとになり、全学共通に水平展開されているキャリア教育とアクティブ・ラーニング(AL)の内容について紹介します。それらの取り組みの中で、教育改善のために種々に行われている教学マネジメントの一部について触れます。また、全学共通でのカリキュラム上で、学科の独自性を活かすための方法についても紹介します。

2.電気工学科でのコミュニケーション教育

 福岡工業大学電気工学科には、いわゆる多様な学修履歴を有する学生が多く、以前から数学と物理に関する高校と大学との接続教育を行っていました。しかし、その理解度は十分でなく、「何がわからないのかがわからない」として知識を整理できない学生も多くいました。これに対して、基礎学力向上には、自分が「理解できないこと」や「理解のために必要なこと」など、現状の整理と対処・実践を行う必要があり、他者だけでなく自己対話を含むコミュニケーション能力の育成を行う必要があると考えました。特に、本学科出身の卒業生は電気設備関係の仕事に就く者が多く、日本の基盤を支える場面で活躍しています。したがって、しっかりとした知識や技能無しには、安全・安心にそれらの仕事を果たすことはできません。
 そこで、電気工学科では、2007年度入学生から情報処理コミュニケーション科目群を設定し、1年から3年までの継続的なコミュニケーション教育を開始しました[3][4]。それは、スキルだけでなく、対話を通じて学生の内面を成長させるプログラムとし、技術者倫理をその科目群の最終科目に設定しました[5]。一連の科目では、まず主張の訓練を通じて他者の主張に触れさせ、続いて自分の主張を他者と比較・反論することで、自分の考えに対する気づきが起こるようにしました。また、グループ作業を通じて異文化(他者)と自文化(自己)との違いに関する気づきを深めるとともに、効果的な文書やスライドの作成、プレゼンテーションを実践させました。そして、身に付けた表現技術と専門知識に基づいて「技術者倫理」を考えさせるようにしました。
 一連のコミュニケーション教育では、電気工学科教員だけでなく、全学的な教職員の協力が得られました。例えば、学生には毎週生活の自己点検シートを作成させ、学科教員でその内容をチェックしました。また、すべての授業で、全教職員に呼びかけて公開授業を行い、学生は講義室が一杯になる中でディベートなどを行いました。技術者倫理では、企業関係者の協力[6]も得て、ポスター形式での発表・討論に参加していただきました。教員以外の参加者からの評価やコメントは、学生に大きな刺激となり、一連の教育を受けた学生の成長は目覚ましいものがありました。

3.キャリア教育と全学的なALへの展開

 本学では、2010年度に文部科学省の「就業力育成支援事業」、2012年度には同省の「産業界ニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」の支援を受け、「4つの力」育成によるキャリア形成支援に取り組んでいます。「4つの力」とは、「志向する力」、「共働する力」、「解決する力」、「実践する力」であり、それらを体系的に学ぶことができる就業力育成プログラムを全学共通のカリキュラムとして提供しています[7]。具体的な科目を図1[8]に示します。

図1 就業力育成カリキュラムの構成

 このキャリア教育プログラムは、企業が求める人材像と教育目的との整合という視点で構築されており、コミュニケーション教育の全学的展開を図ったものです。その内容は、学内での教育だけでなく、一般企業から市役所など官学連携でのインターンシップを加えた、より実践的人材の育成を目指すものとなっています。そこでは、ディベートを中心としたコミュニケーション教育を中心として、大学入学の目的を見つめるところから始まり、段階的に将来の職業人としての在り方を自分で考えるような構成となっています。これらの学びをサポートするものとして、キャリアポートフォリオやスケジュール管理シートなど、電気工学科のコミュニケーション教育で実施されていたものがベースとなったツールが洗練された形で用意されており[9]、学生はよりシステマティックに学ぶことができるようになっています。さらに、インターンシップと組み合わせ、社会との接点を強く意識させ、就職に結びつけるような仕掛けがあることも特徴の一つです[10]
 上述のキャリア教育では、「実践型人材」(自律的に考え、行動し、様々な分野で創造性を発揮できるような人材)育成を目指しています。そのような人材となるためには、学生自身が「知識を定着」し、「能動的な学修態度を身につけ」なければならないことは言うまでもありません。すなわち、学生が「卒業後に実践型人材になること」にのみ目標を定めるのではなく、まずは目の前にある大学での学びをしっかりと実践して充実させることができるように指導・支援する、という点が極めて重要になってきます。キャリア教育を通じて、学生は確かに社会への関心を深め自己対話を行う機会を通して多くの気づきを得ています[7]。しかしながら、学生一人ひとりがそれらの気づきをもとに、自分自身の行動に照らし合わせ、学びの中で実践(例えば、専門科目について基礎から勉強したり調べたりする、学修時間を十分に確保する、異年齢の他者に自らコミュニケーションをとる努力をするなど)していくためには、就業力育成プログラムにおけるコア科目の改善や強化だけでは不十分です。もっとも、専門についての基礎知識すら十分ではない初年次の学生にとって、そのような実践を求めること自体が酷というものかもしれません。本来、学修や勉強は能動的なものであり、学修者自身が知識を求めて様々に活動するもののはずですが、種々の理由により昨今の学生の多くはそのようなことに慣れていないので、陳腐な表現ではありますが、「教授方法の質的転換」が必要と言われています。そこで、本学では、就業力育成プログラムと専門カリキュラムで、ちょうど車の両輪のように、学生自身が「知識を定着する」ことと「能動的な学修態度を身につける」ことを促進できる体制を築くことにしました。この体制を築くために、専門科目でのAL導入を全学的に宣言し、2014年度文部科学省「大学教育再生加速プログラム事業」の助成を受け、現在AL型授業推進事業に取り組んでいます。図2には、本学のAL型授業推進事業の概要を示します。

図2 AL型授業推進プログラムの概要

 本学では、AL型授業は、基本的な形態として次の五つの要件うち一つ以上を満たすものとしています。

1)二人以上のグループを学修単位とする。
2)ミニッツペーパー等による短いレポートを求めている。
3)議論や発表等学生の意見表明がある。
4)グループ単位で学修成果の共有を促している。
5)その他、教員と学生との双方向性が確保されている。

 図2に示すように、本学では数値目標としてAL型授業科目数を80%以上とすることを掲げています。これらの要件は、これまで各教員が授業改善に取り組む中で実践されてきた内容が参考にされており、ほとんどの授業で実践できるものでしょう。一方で残念なことに、これらの取り組みを「実践していることにする」ための方法もいくらもあると思われます。したがって、ALを形骸化させないためには、担当教員だけでなく大学全体としての覚悟が求められます。

4.教職協働

 電気工学科でのコミュニケーション教育が、全学共通のものとして展開されてきた理由の一つには、多くの教職員に参加してもらった公開授業を積極的に行ったことが挙げられます。学生が所属する学科の教員だけでなく、他学科教員や職員とのコミュニケーシの場を作ることが学生を成長させることにつながることを、公開授業を通じて実感してもらえたからであると考えています。ただ、それが可能な背景には、本学には学生と教職員との距離が近い風土が元々あったからでしょう。本学の職員はその部署に関わらず、学生の顔と名前をよく覚えており、対応も丁寧です。例えば、新入生は入学直後に一斉面談を受けて新生活の不安や悩みなどを相談できます。また、多欠席学生の呼び出しや面談などは、教員だけでなく事務局でも積極的に行われており、電気工学科では必要に応じて学生の情報共有の会合を事務局と開くこともあります。すなわち、本学では、”For all the students”の姿勢が学内全体に自然とでき上がっています。本学のITは充実していると言われますが、一番充実しているのは「至れり(I)尽くせり(T)」かもしれません。
 そのような文化の中で、様々な形で教学マネジメントが実施されており、ここでは特徴的な取り組みについてのみ紹介します。

(1)AL推進のためのクラスサポーター(CS)研修合宿[11]

 ALをより効率的・効果的に実施するために、受講生に与える先輩の影響は大きいと思われます。修学上のアドバイスなどは教員よりも先輩からの方が受講生は受け入れやすい傾向にあります。したがって、CSはその役割や意義をしっかり理解し、受講生からの質問などに対して答えを教えるのではなく、適切なアドバイスで学びを活性化できるようでなければなりません。そこで、CS研修合宿を行い、種々の状況を想定して課題解決や学修環境作りの訓練を行っています。写真1は課題解決ワークの様子です。研修を通じて、後輩の学修が活性化されるサポートについて体感することで、日常的にも必要なサポートについて考えられるようになり、CS自身の学修の進化が期待できます。

写真1 CS研修合宿での課題解決ワークの様子

(2)全学共通教育と学科毎の専門性との整合を図る取り組み

 キャリア教育が全学共通となったことで、その目的は電気工学科で実施していたコミュニケーション教育の目的であった「基礎学力の向上」とは異なるものとなった感があります。学科ごとに育成したい人材像が異なるので、そのエッセンスのみを取り出せば、専門性に関わらず中堅的な職業人などと抽象的な表現にならざるを得ません。しかしながら、学生の将来は個々の専門性を活かすことのできる職業人であるはずであり、知識の定着は不可欠です。AL型授業がそれを担当していますが、専門性や専門知識の大切さをキャリア教育の中で実感させることは必要だと考えられます。これに対して、初年次のキャリア教育の中で、学科毎に就職を意識した講演を開催したり、研究室訪問を行ったりするなど、受講生に知識が実際に使われる場を体験させています。また、議論のテーマとして学科毎に異なる内容を用意し、専門知識の大切さを実感させるなどの取り組みがなされており、試行錯誤が続けられています。

(3)ティーチング・ポートフォリオの作成ワークショップ(TPWS)

 2014年度から、佐賀大学と共同でTPWSを年に2回開催しています。教育改善というと、教育内容に関心が集まりがちであり、その振り返りは授業PDCAサイクルを回すことで可能です。しかしながら、より深い教育改善とするためには、教員の教育に対する考えや姿勢を振り返ることも重要です。本学の研修施設を利用し、2泊3日の合宿形式でティーチング・ポートフォリオの作成を行っています。ティーチング・ポートフォリオの作成を通じて、組織として育成を目指す人物像と自身の教育理念との整合性を図り、具体的な教育内容として学生に還元することができます。

5.おわりに

 電気工学科が導入したコミュニケーション教育がきっかけとなり、キャリア教育、AL型授業の推進と本学の教育システムは発展を続けています。それらは、すべて“For all the students”という基本姿勢に則って積み重ねられてきた結果です。その思いは教職員共通のものであり、本学の学生にとっては、様々なチャンスが色々な場面で用意されています。一方で、それらの教育のお蔭で、学生の専門知識の定着が大きく改善されたということはまだ実現できていないのが現状であり、システムだけでなく教職員の意識が変わっていく必要もあると考えています。しかしながら、先述のように案外教職員と学生との距離が近いことから、For all the students”の姿勢で、教職協働で教育改善が続けられていくと確信しています。
 本学での教育改善の取り組みは、文部科学省から2010年度に「就業力育成支援事業」、2012年度に「産業界ニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」、2014年度に「大学教育再生加速プログラム事業」の支援を受けて行われています。

参考文献および関連URL
[1] 文部科学省: 大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について(答申), 2002.
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020801.htm
[2] 文部科学省中央教育審議会: 学士課程教育の構築に向けて(答申). 2008.
[3] 中野美香, 高原健爾, 梶原寿了: 電気系学生のコミュニケーション能力の育成を目的とした教育設計. 電気学会論文誌A、129, 5, pp.379-385, 2009.
[4] 高原健爾, 中野美香, 梶原寿了: 議論による学生の意識・態度変化のプロセスに基づいた理系学生のコミュニケーション教育. 電気学会論文誌A, 130, 1, pp.87-94, 2010.
[5] 高原健爾, 梶原寿了: 継続的なコミュニケーション教育を土台とした技術者倫理教育. 電気学会論文誌A, 131, 8,pp.602-607, 2011.
[6] 高原健爾, 坂本孝行, 山田路子: 企業人との協力で作る技術者倫理. 電気学会教育フロンティア研究会, FIE-13-033, 2013.
[7] 小田部貴子, 宮本知加子: 就業力育成科目「キャリア形成」の授業実践による「4つの力」の変化. 福岡工業大学FD Annual Report, 3, pp 61-68, 2012.
[8] 福岡工業大学 就業力育成プログラム
http://www.fit.ac.jp/sogo/kyouiku/fd/gp/program/index.html#h4_01
[9] 宮本知加子, 小田部貴子: 「キャリア教育」の講義概要と実践報告. 福岡工業大学FD Annual Report, 3, pp. 53-60, 2012.
[10] 宮本知加子, 小田部貴子: 福岡工業大学におけるインターンシップの現状と課題. 福岡工業大学FD Annual Report, 5, pp. 67-76, 2014.
[11] 宮本知加子, 小田部貴子: クラスサポーター合宿の実践報告. 福岡工業大学FD, Annual Report, 4, pp. 66-73, 2013.

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