特集 教学マネジメントの試み(2)

社会で認められる大学での評価を求めて
〜関西国際大学における「産業界と協働したインターンシップの
プログラム開発と評価」の実践〜

橋本 健夫(関西国際大学 AP事業担当副学長)

乾   正憲(関西国際大学 キャリア支援課)

1.はじめに

 学校法人濱名学院は、昭和25年度に設立した愛の園幼稚園と尼崎幼稚園教員養成所を起点として、昭和62年度には三木市に関西女学院短期大学を創立し、平成10年度には関西国際大学経営学部を開設して、幼児教育から高等教育に至る学校教育の充実に貢献できる体制を構築しました。さらに、平成19年度には教育学部、平成25年度には保健医療学部を増設して、幅広い分野の高等教育を実施するとともに、これからの高等教育のあり方を追究してきました。この背景には、建学の精神である「為愛以園」即ち「愛を持って園と為す」に示される「人の心を受け入れる姿勢と思いやりの精神こそが人格形成を行う教育の根本精神である」との強い想いがあります。
 そして、平成18年の濱名篤現理事長・学長の就任以降、世界に通用する大学を目指しての教育改革に力を入れ、日本で初めてとなる様々な教育システムを確立し、現在に至っています。

2.主体的な学修システムの構築

 ここ10年の教育改革は、学生の主体的な学習を如何に実現させるかに焦点をあてて取り組んできています。表1はその歩みを示しています。

表1 主体的な学修システムの構築の歩み
平成10年度 日本で最初の学習支援センターの開設
平成11年度 初年次教育の開始
平成17年度 ポートフォリオの開始(19年度にeポートフォリオに移行)
平成18年度 全学共通の到達目標指針であるKUIS学修ベンチマークの制定
平成19年度 アクティブラーニングの開始
平成21年度 ベンチマークの評価基準となるルーブリックの明確化
平成22年度 リフレクションディの設定、実施
平成23年度 ベンチマークと対応させたカリキュラムマップの作成
平成26年度 AP事業(大学教育再生加速プログラム)への応募、採択

 この流れは、大学としての主体的な学びを実現する教学マネージメントシステムの構築に結実しつつあります。振り返れば、日本初の学習支援センターの設立は、大学は学生の学びの場であり、教職員全員でそれを支えるという意思を示したものであり、主体的な学修実現への具体的な一歩として大きな意味を持ちます。

 一方、全学共通の到達目標であるKUIS学修ベンチマークは、卒業時に獲得すべき能力として制定されましたが、昨今強調されている社会人基礎力などとほぼ同一のものであり、それが10年前に具体的に掲げられたことは、本学の先進性を示すものです。これは、次の五つの項目から成り立っています。

○自立できる人間になる

○社会に貢献できる人間になる

○心豊かな世界市民になる

○問題解決能力を身に付ける

○コミュニケーション能力を身に付ける

 これらの項目は、表2に示すように、さらに具体的な中項目に分けられ、学生に示されています。

表2 KUIS学修ベンチマークの一例

 学生は、各能力をどの程度身に付けることができたかをルーブリックで判定します。これは、各学期末に設定されているリフレクションディ(2日間)の中で行われます。このように、学生自身が主体的に自己を振り返り、次の目標を設定し、努力していくシステムが4年間のカリキュラムの中に編みこまれています。

3.学生の成長

 このようなカリキュラムで育った学生は、自分の学びをどのように分析しているのでしょうか。本学は、IRコンソーシアムに参加し、そこで実施される学生調査を毎年行っています。この中で、本学の学生の諸能力の伸びは、参加大学の平均を上回るものが多くなっています(図1)。これは、自己評価をもとにしており、絶対的な能力の獲得を示すものではありませんが、学生が各能力の伸びを自覚していることは、大学の教育に対する満足度を示すものと受け取ることができます。この意味で、本学の教育改革の歩みは彼らの信頼を得るとともに、主体的な学修に向けて進化していると考えることができます。

図1 IRコンソーシアムの学生調査結果

※当データは大学IRコンソーシアムの許諾を受けています

※大学IRコンソーシアムにおける2014年度上級生調査結果

※全大学とは大学IRコンソーシアムにおける2014年加盟の30大学

4.AP事業の基盤としてのキャリア教育

 本学で企業就職が中心になるのは、経営学科と心理学科からなる人間科学部です。ここでのキャリア教育は、図2に示すように1年次から体系的に行われています。この体系を側面から支えるのは、海外や地域での体験学習を積み重ねるグローバルスタディとコミュニティスタディです。その結果、経営学科においては、平成26年度の就職率が100%を達成することができ、人間心理学科においても96.5%と高い数値になっています。さらに、その就職先に関しては、第1希望が66.8%を占め、第二希望までを含めると86.8%という高い満足度を示すものとなっています。

図2 キャリア教育と支援システム

5.AP事業の背景としての課題意識

 これまでに述べてきたように、教育改革を体系的に、かつ継続して行ってきた結果、本学の学生は主体的に学修に取り組み、各能力を向上させることによって、彼らは就職戦線で大きな成果を挙げています。しかし、これは企業が設定するいくつもの試験や面接を乗り越えての結果でもあります。企業が大学に頼らず独自の観点から選抜するという姿勢を変えていないからです。
 昨今の大学教育改革は、社会の要請によって始まり、着実に進行しつつあります。そして、社会が望むような人材が卒業する状況になってきています。しかし、就活前線が示すように、依然として大学と社会の間に、学生個人に対する評価の差が存在しています。これは、知識獲得を重視してきた伝統的な大学の評価への社会の不信の表れですが、大学は大きく変わろうとしているのです。この時代に大学と社会が評価の視点を共有して、大学での評価が社会で通用するようにしなければ、大学教育改革の意義が薄れてしまいます。この課題に挑戦したのが、本学のAP事業です。

6.AP事業の展開

 大学と社会の評価観を一致させるためには、大学と社会が協働する場を活用していかなければなりません。そこで、インターンシップの場に注目して、大学と社会の評価観を調整する作業を行うことにしました。
 評価観を統一するためには、双方が認める評価項目と、その評価基準が必要になります。これらを新たに作ることも考えましたが、外部評価委員からKUIS 学修ベンチマークをルーブリックとして用いてはどうかとの提案がありました。そこで、趣旨に賛同する企業を募り、それらを活用してのインターンシップでの評価を試みました。平成27年度は約50名の学生がインターンシップに参加しました。その一部を表3に示しています。

表3 AP事業でのインターンシップ例
インターンシップ
受入先
主な実習内容 参加
人数
実施期間
A社
(戸建住宅建設業)

「土地、町、家にまつわる価値を見出し、伝える」

  • 紹介パンフレット作成にかかる調査
  • 企画会議
  • プレゼンテーション
1名 8/1〜8/10
(実質10日間)
B社
(販促支援)

「実店舗でアイカメラを使って集めたデータをもとに売れる店舗づくり提案に挑戦」

  • 店舗調査
  • 企画立案
  • プレゼンテーション
3名 8/18〜8/27
(実質10日間)
C社
(システム専門商社)

「課題解決型営業を知る」

  • 営業同行、施設見学
  • 提案書作成
  • 教育機関向けのサービス企画の立案
  • プレゼンテーション
1名 8/24〜9/4
(実質10日間)
D社
(衣料リサイクルショップ運営)

「日本の衣料リサイクル率を3.9%アップさせる新規店舗コンセプトの提案」

  • 街頭調査
  • アンケート分析
  • コンセプト検討会議
  • プレゼンテーション
2名 9/1〜9/12
(実質10日間)

 また、これらに参加した学生が何を学んだかについての彼らの記述の一部を表4に示しました。このインターンシップでの評価は、KUIS学修ベンチマークとルーブリックを組み合わせた評価表を作成して、企業の担当者に配布し、評価にあたってもらいました。また、インターンシップ中の支援は、eポートフォリオシステムを活用する形で担当教員と企業担当者が行いました。

表4 インターンシップにおける学生の感想
  • グループで作業することが多く、意見が衝突した際にお互いが納得できる妥協点を見つける努力をすることが大切であることを学びました。
  • 金銭面だけで仕事をするのでは、長続きすることなく、充実した仕事をすることは難しいですが、自分の好きなこと、その仕事でやりがいを感じることで仕事にも繋がるし、自分の成長にも繋がるということを学びました。
  • インターンシップに参加して自分の欠点や課題が多く見えたので、それらを克服し活かせる環境で発揮していきたい。
  • このインターンシップで、社会問題の解決をビジネスで取り組むソーシャルビジネスを学んだので、これから身近な問題を解決することをビジネスの視点で考えていきます。
  • 最後のプレゼンで社長から「伝えるために必要なものをもうちゃんと持っているから大丈夫」とお言葉をいただき、嬉しかったと同時に、自信になりました。

 この事業に対する参加企業の意見はアンケート調査で集約しました。その一部を表5として示します。表5に示されているように、企業には積極的に本事業に協力しようという姿勢が見られ、評価観の統一の必要性についての認識も育ちつつあると判断しています。

表5 本事業に関する参加企業の意見

Q1.本学学生に対する気付き

  • 与えられた事項に積極的に取り組み、自分なりの考えや工夫を試す姿勢が見られた。
  • 前回の反省点をふまえて行動に反映できる点はすばらしいと思う。小さなことでも成長が見られ、うれしく思った。
  • 学生は、手を抜くことなく一所懸命に課題に取り組んでいたので、好感が持てました。留学生やサッカー部など多様な学生がいることが分かりました。

Q2.評価で用いたKUIS学修ベンチマーク(インターンシップ・ルーブリック)等について

  • 「多様性理解」「共感的態度」弊社のインターンシップでは評価しづらいと感じた。
  • 言葉を簡単にする必要があると感じました。レベルでゼロも必要かと思います。
  • 「主体性(意欲)」、「実行力」、「創造力」、「状況把握力」、「発信力」等を加えてはどうか。

Q3.本事業のインターンシップについて

  • 学生との交流は大変良かったので、これからも受け入れさせていただきたいと思います。
  • 今回のような地域活性化に若者が取り組み、向き合う機会を積極的に作っていただき、若者の意見・提案をどんどん発信していただきたい。
  • 学生に対して「君たちは企業の人材としてどういう良い点をもっているか」を示してやれれば、大きな励みになるだろう。

 ただ、KUIS学修ベンチマークを用いて評価を行った社員から、そのまま評価に使用するには難しい部分もあるとの意見が出されました。これについては、今後の検討課題となっています。
 この事業の成果発表会は、外部評価委員も出席して12月に行われましたが、学生や企業側から本事業に対しては好意的な発言が多く、大学と社会の評価観の一致に向けた一歩を踏み出すことができました。

7.おわりに

 現在行われている大学教育改革の帰結点の一つは、大学と社会の評価観の一致です。この想いをもとにAPの事業を展開してきましたが、まだまだ道半ばです。参加企業の意見にも見られるように、KUIS学修ベンチマークに含まれていない視点、現ルーブリックでは曖昧にならざるを得ない達成レベルなど、課題解決に向けた大学と企業の意見交換が続くことになります。しかし、企業も大学も評価を統一できればという想いが芽生え育ちつつあることは、将来に向けた明るい希望です。


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