特集 教学マネジメントの試み(3)

学生自身による学修のPDCAサイクルの確立
〜東京理科大学〜

満田 節生(東京理科大学 教育開発センター・ICT活用教育推進小委員会(理学部 物理学科 教授))

1.はじめに

 東京理科大学は学部に限っても平成28年4月時点で8学部34学科からなる理工系の総合大学です。本学では「東京理科大学の中長期計画(6ヵ年計画)」[1]を策定し、その中の「東京理科大学における教育・研究のあるべき姿」で、文部科学省の各種答申等を踏まえ、教育の質保証、教育の次世代化のための様々な施策を掲げています。学生の学修をサポートするICT環境として世界標準の学習管理システム(LMS)であるMoodleを基盤とした「LETUS」[2]が導入されて既に5年が経過し、オンラインでの教材配布、課題提出などが多くの教員に定着しつつあり、学内無線LANが近年格段に整備され、学生の持つ(スマホからPCに至る広義の)携帯端末を前提にした学びの設計ができる基盤が整ってきました。
 そのような状況のもと、本学は「アクティブ・ラーニング」と「学修成果の可視化」の二つのテーマを持った平成26年度の複合型でAP補助事業に採択されました。AP補助事業では、図1に示したように、「授業収録配信システムの整備によるアクティブ・ラーニングの促進」ならびに「学修ポートフォリオシステムの導入による学修成果の可視化」の2本柱を加えることで、各種答申等の趣旨や本学における中長期計画の実現をさらに加速させ、学生の主体的学びを促すことを目的としています。

図1 東京理科大学におけるAPの概要

 より具体的には、『開講科目全体を見通して、その年度に何を学ぶべきかといった授業の履修計画を学生自らが立案(Plan)し、それに基づいて実際に授業を受講した(Do)後、自らの学修した内容や成果を確認し、振り返りを行うこと(Check)を学修成果を可視化させることで実現させ、それらをもとにして、さらに主体的に学ぶ(Act)』といった「学生自身による学修のPDCAサイクル」を実現させることを目指しており、取り組みは始まったばかりですが、本稿では本学のAP補助事業における2本柱について紹介させていただきます。

2.学修ポートフォリオシステムの導入による学修成果の可視化

 『学生自身が課題を発見し学びを向上させていくために、学修過程や学修成果を、継続的に収集・蓄積したもの』と定義されている学修ポートフォリオは本学全体では未経験のものでしたので、先行事例等 [3]にある、その意義を確認することから始め、1学生が4年間の成長プロセスを俯瞰できるという「学修成果の統合化」、2継続的な学修の定着につながる「学生によるPDCAサイクル」の確立、3学生の視点である学びの視点と教員の視点である教育の視点を可視化・共有することにより繋がってゆく、学びの深化と教育改善をシステム導入の目的としました。よく言われるように、振り返りを山登りに例えると,『自分の現在地(つまり学修到達度)と、山頂(スキルやコンピテンシー等などの学修目標)までのこれからの経路を確認しつつ、登ってきた経路(つまり学修履歴)を振り返ること』と言えます。よって、山頂までの経路を指し示す地図として、教育工学で知られているルーブリックが必要となります。
 本学では、4年間に到達すべき目標として、学科のディプロマポリシー(DP)が示されていますが、一例として所属学科のDPの2番目の文言を出してみますと『2. 物理現象の奥にある普遍性と本質に迫る思考方法の涵養を通じて、問題発見と解決の能力を身に付けたもの』とあり、学生が自身の学修成果を振り返るためには、かなり抽象的です。また、達成すべき能力を培う学科カリキュラムの構造を、4年間にわたる授業の関連性・学生が身につけるべき能力が示めされている「科目系統図」[4]などで学生には示していますが、両者は、ある意味、解離していて、学生が自身の学修成果を振り返るための材料としては不十分であり、学生の学修に対する意識は、下手をすると、卒業に必要な単位を取ることだけに向いてしまいがちかもしれません。
 そのような状況を踏まえて、学生が自身の学修成果を振り返るために、学科のDPを適切に分解して、評価規準(Criteria)と評価基準(Levels of performance)の軸からなる学科固有な「TUSルーブリック」により、4年間に獲得すべき能力を具体化、定量化して定義し、さらにその定義された能力が、どの授業により、どのような重みで担われるかを表す「授業科目対応表」を導入することになりました(図2を参照)。

図2 TUSルーブリックと授業科目対応表

 この対応表により、評価基準の達成度をシステムが計算し、半期ごとに膨らんで行く「客観評価レーダーチャート」が示され、同様に、TUSルーブリックを見ながら学生が自身の学修到達度を自己評価をして、半期ごとに徐々に膨らんでいくであろう、「主観評価レーダーチャート」が示されることになります(図3を参照)。

図3 主観・客観レーダーチャート

 学修ポートフォリオシステムに、TUSルーブリックや授業科目対応表を導入することにより期待できることとして、一つは「その修正を含めて、(ある意味、作文になりがちな)DPをより実質化できること」、もう一つは「DPの達成を担うべき、授業科目群のありかた自身を再考するきっかけになること」があると考えています。このようなエンジン部分を持つ学修ポートフォリオシステムを、前述したLETUS(Moodle)と親和性の高いMahara(マハラ)とよばれる同じくオープンソースシステム上に構成しました。
 平成27年度入学の学生からを対象としてすべての学部・学科において半期ごとに、「自己評価と成績ベースでの客観評価を比較しながら」、「振り返りを言語化して成果物とともに蓄積し」、「次の半期の目標設定をして」、「その集団内で必要に応じて、それを共有させる」というプロセスを廻し始めました。これも所属学科の例ですが、1年生前期・後期のコア科目を指定し、コンセプトマップを添付して自身のふりかえりを言語化することを求めています(図4を参照)。

図4 ふりかえりの学生への指示の例

3.授業収録配信システムの整備によるアクティブ・ラーニングの促進

 2本柱のもう一つである「アクティブ・ラーニングの促進のための授業収録配信システム」においては、大学教育の質的転換の中で国が求めている、教員の一方向的な「知識伝達型教育」からの脱却において効果的な手法であると考えられている「反転授業」[5]の導入が背景にあります。本学においても反転授業が注目され始めた2013年頃から草の根的な試行 [6]があり、それらの中では「停止、巻き戻し、再生などが、何度でも自由にできて、落ち着いた環境で視聴できるという動画コンテンツの特性は評価できるか?」や「それらは授業の復習やテスト勉強にも活用できたと思うか?」というアンケートに対してきわめて肯定的な結果が得られており、少なくとも事前オンライン学修については、その動画視聴型の特性により、幅広いスペクトルを持つ集団に対して効果的であることが経験的には判明していました。
 しかしながら、AP補助事業として多くの教員を巻き込んでいくためには、対面授業時間における効果的なアクティブ・ラーニングのあり方や、その理論的な枠組みについて学ぶ機会を設けることが急務と考え、学修研究としての反転授業の第一人者である関西大学の森朋子先生に本学のAPアドバイザーをお願いし、AP事業2年目である平成27年度の前期に2回、「アクティブ・ラーニングの質を高めるための反転授業」、「アクティブ・ラーニングを推進するための授業デザイン」といった題目の学内FDセミナーを開催して、反転授業とアクティブ・ラーニングの理論的な枠組みを学ぶところから始めました。
 これらのFDセミナーで学んだことは、反転学修とは、『事前学修での内化で作った「わかったつもり」を対面授業における外化であるアクティブ・ラーニングにより揺るがせて「わかった」を作っていく授業デザインであったと思います。そこでは、「学んでから教える」や、「個人による内化」から「集団を利用した外化」を経て、「さらに個人に戻って内化を行うというプロセスを短い間隔で往還する点が強調されていました。
 筆者自身の経験ですが、従来の講義形式では一気に話をするため、学生が思考を活性化する時間もないまま、どんどん話が進んでしまい、結局は学生の頭のなかには、実は、ほとんど残らないといったことがあったものが、反転授業形式に変えて、森先生のFDセミナーで学んだ内化‐外化‐内化という枠組みにそって展開してみると(グループワークの部分はまだ改善すべき点が多々あると思っていますが)知識伝達のプロセスの中で、最適なタイミングで演習問題を解かせて、間髪入れずに、その解説をするといった、内化‐外化の短いサイクルを1回の授業の中に複数、埋め込むことができ、自由度の高い授業展開が可能である点を改めて実感し、反転授業の背後にある学修理論を知ることの重要性を教学マネージメントの文脈で強く認識しました(写真1を参照)。

写真1 物理学の授業における内化・外化・内化

 そのような準備期間を経て平成27年度の後期から、授業収録システムを導入し、初期目標の50授業での活用を全学に求めました。導入した授業配信システムは、メディアサイトという会社のレコーダーと呼ばれる製品で、研究会等のパワーポイントベースの発表を記録するには適した持ち運びのできるシステムです。神楽坂、葛飾、野田の3校舎に整備され、1週間前までに予約を完了させ、事務局が手配する外部委託の「撮影補助者」がついて、教室での授業をライブで収録するものと、システムが置いてある倉庫を兼ねた、スタジオで収録が行われる二つのモードで運用を始めました。
 ふたを開けてみると、反転授業に活用されたもの、演習問題の解説に活用されたもの、学生の復習に活用されたもの、さらには教員の振り返りに活用されるといった、多様な使われ方があることがわかりました。

4.現状と当面の課題

 本学におけるAP補助事業が2年目を終える年度末(平成26年2月)に成果発表会が開かれました。
 まず学修ポートフォリオシステムについては、平成27年度の前期分の利用が終わったと思われる時点で利用状況を見てみると、入力状況は平均で30%とかんばしくなく、70%以上の入力率を達成している学科は約3割にとどまり、学部・学科により大きなバラツキが見られました。一つには平成27年度前期からの施行であったため半年足らずしか期間がなく、学生への周知方法も含めて学科単位に任されている運用についての準備に十分な時間が取れなかったことが理由に挙げられます。
 一方、日本技術者教育認定機構(JABEE)の認定制度を使っている2学科からはJABEEの経験を踏まえて「破綻しないシステムの構築(単純で面倒でないしくみ)」や学生面談や保護者会での蓄積したデータの有効活用、現行のシステムに今後期待することなど、建設的な意見を多く聞くことができました。
 定期的に、自身の学びを自身の言葉で記録するという高度なメタ認知作業を通して、主体的な学修に繋げていくことの「意義」と「ベネフィット」を、学生と教員が共に感じられるようになることが大事な点であり、その上で、卒業に必要な単位とその成績評価結果だけに、向いてしまいがちな学生の学修に対する意識を変えていくことが、本学の学修ポートフォリオに問われているのだと、改めて思っています。
 次に、反転学修における授業動画コンテンツ(言わば未来の教科書である「電子教科書」)の活用方法についてですが、多くの学科に共通に見られるような、初年次の基礎教育科目の共有化に関する水平展開と、教学集団である学科の中で、コアになる授業を学年にわたってどのようにリンクしていくのかという垂直展開について今後、議論していく必要があると考えています。
 現在、本学の基幹基礎科目の教育に使用するための「TUS オリジナル教科書シリーズ」の刊行が始まっています。水平展開における、電子教科書と言える授業動画コンテンツはオリジナル教科書シリーズと同じ文脈にそったものと言えますが、本質的な難しさが内在しているように個人的には感じています。
 一つは、通常、1冊で講義のレベルや範囲を満たすこれといったテキストがなかなかないといった事情があること、もう一つには、それらを使って、自身の味を出す講義プログラムを作りづらいという心理が教員には少なからずある点です。しかしながら、AP補助事業の実践を通して水平展開について議論していく中で何かの進展があることも期待したいところです。
 また、反転学修は学生にある程度は負担をかけるため、垂直展開においては個々の教員がバラバラに展開するのではなく、教学集団である学科の中で、学生の限られた時間資源を念頭に置き、コアになる授業をどのようにリンクして、必要に応じて立ち戻らせるのか?といったカリキュラムマネージメントの視点から考えていく必要があります。
 平成28年度の後期からは、メディアサイト社のレコーダーだけによらない、「TAによる撮影補助」や「自前のカメラで撮影すること」も導入し、これまでの、教室でのライブ収録、スタジオでの収録に加え、さらに、PCベースのスクリーンキャスティングソフトなどを用いた 多様な収録、コンテンツ作成手段への拡大と、その整備について進める予定(図5を参照)になっており、それにより授業動画コンテンツ作成の障壁が下がり、 本学における反転授業をベースとしたアクティブ・ラーニングの裾野が広がることを期待します。

図5 授業収録の多様な展開

 最後に、一般に大きな総合大学では、こういった試みは(例えば経済学部で)小さく始めてその効果を見極めてから次(例えば理学部)に移りながら全学展開していくことが鉄則であると言われていますが、本学の場合では(AP補助事業として迫られているという境界条件付きではありましたが)全学同時展開がむしろ正解であるように感じています。
 本学は(細かい差を別にすれば)考え方が似ている理工系だけの学部・学科から構成されており、ある意味、他の学部・学科の動きが良くわかるため相互に共鳴しやすい特徴があり、発火すれば一気に事例が広まりやすい特性を有していると考えられ、それに期待したいと考えています。この4月からAP補助事業が3年目に入ることになり、相撲で言うなら今まさにカド番であると言えます。

参考文献および関連URL
[1] 東京理科大学の中長期計画 (6ヵ年計画)
https://www.tus.ac.jp/info/foundation/pdf/chuchoki.pdf
[2] 東京理科大学の教育支援システム(LETUS)
https://letus.ed.tus.ac.jp/
[3] 大学教育と情報 2013年度 No.4 「eポートフォリオを活用した教育改善」
[4] 東京理科大学 科目系統図(学部)
http://www.tus.ac.jp/fac_grad/fac/system/
[5] 大学教育と情報 2015年度 No.1 「特集 反転授業を導入した授業改革の取り組み」
[6] 1例として、大学の物理教育 20(2)、 66-70 「理学部 初年次の物理学における反転授業の試み」

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