大学の組織的な取り組みの工夫

三重の保健医療を支える
未来の看護職者育成プログラム
〜三重県立看護大学 高大接続事業の取り組み〜

齋藤 真(三重県立看護大学 メディアコミュニケーションセンター長)

1.はじめに

 三重県立看護大学は、平成9年に三重県初の看護大学として質の高い人材を養成するとともに、社会に開かれた大学として開学、以来18年間1,500名を超える卒業生を輩出しました。本学は地域の高等教育機関として看護学の教育及び研究を推進し、さらにその成果を社会に還元することにより、三重県はもとより国内外の看護の発展並びに保健、医療及び福祉の向上に寄与してまいりました。
 本学は平成26年9月より5年間(その後6年間に延長)の予定で文部科学省大学再生加速プログラム(以下、AP事業)の採択を受け、図1に示すような高大接続事業「三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム」を展開してきました。今回はこの取り組みについて説明します。

図1 三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラムの概要

2.高大接続事業に取り組んだ背景

 本学が高大接続事業に取り組んだのは、三つの大きな理由がありました。まず一点目は、大学入学後の休退学防止に向けて看護職への理解や各自の適性を見極めることを目指した高校生のためのキャリア教育です。これは本学に入学するものの、進路指導のミスリードから休退学に至る学生が目立ったためです。本学は、平成22年度から文部科学省「大学生の就業力育成支援事業」の助成を受け活動をしてきました。当時は中央教育審議会答申にも高校生のキャリア教育が盛り込まれており、初等中等教育には重要な内容として取り上げられました。
 二点目は、本学卒業者の県内就職率の向上です。本学の設置者である三重県は、中期目標期間の数値目標として卒業生の50%以上を県内に就職させるように求めていたため、県内出身の学生を増やすことを目的としました。
 さらに三点目は、平成27年度入試から適用された高等学校新学習指導要領への対応にあります。新学習指導要領は、化学と生物が従来の構成とは大きく異なり、必修部分の内容が希薄になっているため補完教育をする必要が出てきました。
 これら三つの点を満足させることは、学力が高く県内志向の強い学生を入学させることにつながり、結果として休退学を防止することが可能であろうと考えました。また、この事業の実施をするのは、入試を扱っている教務・学生課や地域貢献を担当している地域交流センターではなく、学生募集を専門に扱うメディアコミュニケーションセンター(MCC)が担うことになりました。MCCは、図書館と情報センターの運営を行うとともに、外部評価、学生募集、オープンキャンパスをはじめと広報全般を行っている組織です。MCCを事務は事務局企画広報課が司っている関係上、本事業にはMCCからセンター長と企画広報課職員3名で対応しています。また、実施に当たっては高校生キャリアデザイン講座実施ワーキンググループ4名(教員)の支援を受けています。

3.高大接続から「大社接続」へ繋げる8つの事業

 本事業は、高大接続、そして大学から社会への接続を意味する「大社接続」という視点から、表1に示すように8つの事業を行っています。

表1 高大接続から「大社接続」へ繋げる8つの事業

1.高校生キャリアデザイン講座・1日みかんだい生
2.入学準備教育
3.県内高校・県教育委員会との意見交換会
4.看護職キャリアデザインサポート講座
5.三重の保健医療を支える未来の看護職者育成交流会
6.入学志望者実態調査
7.卒業生就労状況調査
8.FD・SD研修

(1)高校生キャリアデザイン講座

 高校生のためのキャリアデザイン講座は、本学教員が高校に出向き、看護職について理解を深めさせる「出前授業」と夏休みに本学で行うワークショップ「一日みかんだい生」があります。いずれも進学説明会やオープンキャンパスとは異なり、各生徒が看護職を理解し、進学することの意義を確認、意志を固めるものです。この講座を受講した生徒は、必ずしも本学に入学を目的としなくても、看護系であれば他大学への進学も可としています。この取り組みの目的は、「看護職者として生きる」という強い意思を形成し、自分自身の適正を再考してもらうことが目的です。

(2)入学準備教育

 平成27年度入試から高校の新学習指導要領にともなう新課程入試が始まりました。新課程の中で最も問題となるのは理科の生物と化学の単位数と内容です。旧課程は「I科目」、「II科目」がそれぞれ3単位であったのに対し、新課程では「基礎を付した科目」が2単位、「基礎を付さない科目」が4単位となりました。図2、3に生物と化学の新旧カリキュラムの対比表を示しました。
 基礎を付した科目である生物基礎においては「遺伝、遺伝子」、「生殖と発生」、同じく化学においては「有機化合物」、「無機物質」、「反応熱」などが削除されています。ここで問題となるのは、新課程では基礎を付した科目が必修ですが、それ以外は選択科目となったことで文系から進学する学生の多くは基礎を付さない専門系の科目を履修しないケースが多く、看護学を学ぶ上で十分とは言えないためです。

図2 生物I、II(旧課程)から生物基礎、生物(新課程)への移行
図3 化学I、II(旧課程)から化学基礎、化学(新課程)への移行

 そこで入学準備教育を行う必要があり、高校での教育経験を持つ高大接続特任教員を任用し、独自のテキストと動画を作製し、授業に活用しました。
 内容は、旧課程の生物I、化学Iの内容を基準に不足している単元を補うものです。動画は、テキストの内容をパワーポイントに移植し、教員が解説をしながら問題の解答と解説を行っていく学習方法としました。この動画をインターネットで配信するとともに、課題提出とスクーリングを2回実施しました。動画は、クラウドサーバーを用いたメディアサービス(Microsoft Azure)を用い、動画データ17本分(約60GB)を32人の入学内定者に配信しました。図4に生物と化学の入学準備教育の流れとスクーリングの内容について示しました。特にスクーリングは、高大接続特任教員が事前に各項目の理解度を調査し、理解しにくい項目を中心に授業を行いました。なお、動画製作からインターネット配信まで一連の作業は、本学情報センターが中心となって行いました。
 なお、図4に示す。第1回スクーリングでは「生物基礎」、「化学基礎」のみの履修者にもわかるように未履修の範囲(遺伝、有機化合物等)を中心に詳しく解説します。また、第2回スクーリングでは確認テストと理解度アンケートの結果をもとに理解度の低い単元を中心に解説をします。

図4 生物、化学の入学準備教育の流れとスクーリングについて

(3)県内高校や県教育委員会との意見交換会

 高大接続を行うには、高校の教育現場の事情をよく知ることが重要なポイントだと思っています。そこで県内高校の進路指導者会や県教育委員会との意見交換会を年1回以上行い、進路および入試状況、さらには新テストを視野に入れて情報交換を行っています。県内高校との情報交換は、入試に関する一方的な説明に終わることなく、アドミッションポリシーの内容検討や新テストへの高校の考え方など、広く議論を進めています。また、県教育委員会と連絡を密にすることで、高大接続事業の実施にあたって高校の状況を事前に知ることが可能なことや適切な助言をしていただけることなど、事業展開に際して多くのメリットがあります。

(4)看護職キャリアデザインサポート講座

 受験生の動向の鍵を握る保護者と高校の先生に対しては、看護職キャリアデザインサポート講座を平成28年度から実施し、県内の医療に関する理解と看護系大学に進学することの意義について説明をすることにしました。講座では、進学に限らず、看護職や就職の実際に至るまで理解していただくようにする予定で、進路選択時のミスリードを防止できるものと考えています。

(5)三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム交流会

 推薦入試で合格した入学予定者を対象に、入学準備教育及び県内保健医療の現状の説明、さらに県内医療施設の紹介及び交流会を行いました。特に県内医療施設との交流会は、入学予定者と保護者が卒業後にキャリアパスや医療機関の受け入れ体制などを理解してもらう絶好の機会となりました(写真1)。医療機関も早い段階で入学予定者と保護者とつながりを持ったことは、今後の就職対策に有意義なことであると思います。

写真1 育成交流会(個別相談風景)

(6)入学志望者実態調査

 入学志望者実態調査は、高校生のためのキャリアデザイン講座「出前授業」及び「一日みかんだい生」の取組をより効果的なものにしていくだけでなく、一般的な高校生の職業観や価値観などを把握し、学生の指導教育にも活用することが目的です。

(7)卒業生就労状況調査

 卒業生就労状況調査は、卒業生が就労後どのようにキャリアを形成しているか把握し、在学生に実施しているキャリアデザインに関する教育を「大社接続」の観点から検討し、卒業後のキャリア形成にまで視野を広げたものにすることが目的です。看護系大学の就職率は、一般の大学に比べて高いですが、卒業生に対してより満足できる就職指導ができるようにするためのものです。また、本学の卒業生は卒業後にあまり大学との接点を持たない者が多かったのですが、今後は卒業後のキャリア支援を行うために積極的にアプローチをしていく予定です。

(8)FD・SD研修

 各教職員の考え方に温度差があっては、AP事業も十分な効果を発揮しません。高大接続事業を円滑に進めるには教職員の理解と協力が不可欠ですから、年に1〜2回はFD・SD研修を共通して開催し、高大接続や入試改革について共通の認識を持つことも重要なことです。FD・SD研修は学内の教員を講師とすることの他、高大接続について見識の高い外部講師を招聘して開催しています。
 研修内容は、他大学の事例や新テストへの対応など多岐にわたっています。

4.成果の検証について

 AP事業を始めてこの夏で2年が経とうとしています。すべての事業が完成したわけではありませんが、いくつかの取り組みについて成果を報告、検証してみます。
 平成27年度の高校生のためのキャリアデザイン講座の「出前授業」は、県内23高校からのべ638人の生徒に参加していただきました。また、「一日みかんだい生」は、平成27年度は3日間で130名の参加者があり、ワークショップには積極的に発言するなど盛況でした。現在のところ、「一日みかんだい生」に参加してから本学へ入学した学生に休退学者はいないという結果です。入学前の適切なキャリア教育は、学生本人の看護職への理解を高め、さらにアイデンティティーの醸成を加速しているものと推察されます。今後は各高校と連携し、本事業の受講後、他大学へ進学した学生についても休退学の実態について追跡調査を行う予定です。
 次に入学準備教育の効果ですが、4月に実施した新入生の基礎学力検査において、推薦、前期日程、後期日程の各入試制度で比較すると、化学において統計的有意差は認められませんでした。また、生物では推薦入試で入学した学生のほうが前期、後期日程で入学した学生よりも統計的に有意に得点が高いことが示されました。これらのことから、入学準備教育の効果があったことが示されました。
 「現役生の高校生は12月から伸びる」と受験産業では言われていますが、まさにその通りです。従来11月末で合格を決めた入学候補者が大学入学までの3〜4ヶ月間をどのように過ごすか、これは非常に重要なことだということが改めてわかりました。今後の入学生についても、入学準備教育を行うことでこの期間を有意義に過ごしてもらうように指導したいと考えています。
 三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム交流会は、入学予定者および保護者からは高い評価を得ました。保護者が医療機関関係者でない限り、医療施設の現状を知る術はないため、入学前に開催したことは保護者にとっても大きな安心感を与えることもできました。「大社接続」の観点から、各医療機関からも将来の三重県の医療を担う人材確保に期待できること前向きに評価をしていただきました。
 FD・SD研修は、実施後のアンケート結果から高大接続事業の詳細や今後の展開について、肯定的に捉えている回答が多く、満足度も高いものでした。今後もFD・SDの研修には高大接続に関する研修を年に1回は入れていく予定にしています。

5.まとめ

 本学のAP事業「三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム」について、その取り組みの一部を紹介させていただきました。本学の高大接続事業評価委員会からは、これまでの事業が順調に推移していることを認めていただきました。
 今後は、AP事業による高大接続事業から得られた結果をもとにアドミッションポリシーの策定と入試改革が近々の課題です。本学の高大接続事業は、自分自身の将来を真剣に考え、さらに地域医療を担うべき人材となることを目標にした高校生に対し、進むべき道筋を明確にすることから始まり、迷うことなく進学ができるように高校と連携しながら指導を実践することと考えています。


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