大学の組織的な取り組みの工夫

カリキュラムマップと連動する
達成度自己評価システムを軸とした
学修支援と教育改善の取り組み

小森 道彦(大阪樟蔭女子大学 教務部長)
下山 貴宏(大阪樟蔭女子大学 事務部長代理)

1.はじめに

 本学では、以下の二つの目標を実現するため、「達成度自己評価」の記録・分析システムを中心としたeポートフォリオを開発し、2014年度に運用を開始しました。

(目標1)学生に対して:カリキュラム全体に おける個々の授業科目の位置づけを理解し、履修計画を立て、履修後の自己評価を通して新たな目標設定につなげるという「学びの自己点検サイクル」を学生自身に確立させ主体的・積極的な学修姿勢を身につけさせる。

(目標2)教員(授業科目担当者)に対して: 学生の理解度情報をもとに授業改善・カリキュラム改善に必要な情報を収集し、カリキュラムを充実させるためのPDCAサイクルの確立に役立てる。

 運用開始後2年が経過し、取組みの評価も確定したところではありませんが、本稿では「達成度自己評価」の仕組みやその運用について、また、「達成度自己評価」を軸とした学修支援・教育改善の取り組みについて紹介します。

2.導入の背景と経緯

 中央教育審議会答申『学士課程教育の構築に向けて』(2008年)の後、本学は学部教育の制度的改革を急務と捉え、学士課程教育の全学的な実施体制を確立すること、またすべての学生に対し質の高い学士課程教育を行うことを目的に「学士課程教育センター」を2012年に設置しました。
 学士課程教育センターでは、これまでの教養教育に代わる、充実した初年次教育と本学のミッションを実現する教育プログラムとしての「学士課程基幹教育科目」の開発を手始めに、「入学前教育」、「教養教育と専門教育の連携」、「キャリア教育の充実」をはじめ複数のテーマに取り組みました。
 その中で、「学修支援体制の整備」、「教育プログラム評価の基準と仕組み作り」への解法として、当時分散していた学生向けWebシステムの統合を図ろうとする流れの中、「学修支援」、「教育改善」、「教育プログラム評価」を支援するツールとしてのeポートフォリオ開発を進めることになりました。開発にあたっては、学士課程教育センター、教務委員会で課題を整理しながら、事務局との協働でこれを推進しました。

3.本学eポートフォリオの概要

 本学のeポートフォリオは「履修状況表示」と「達成度自己評価」で構成します。
 「履修状況表示」は授業科目ごとの履修状況・成績、卒業要件の達成度、諸資格課程の単位修得状況等を、学則・履修ルールと関連付けて数値とグラフで表示します。さらに学修指導に必要な個人情報を載せ、「学生カルテ」の機能を実現しています。
 「達成度自己評価」はカリキュラムマップを基にした授業科目ごとの達成度自己評価と学修活動の目標設定・振返りの記録を蓄積する学修支援ツールの機能と、達成度自己評価と成績評価データを集計・表示する教育成果の分析ツールの機能を合わせ持ちます。

(1)「達成度自己評価」の機能1:学修支援ツール

 本学では、4月当初に配付する冊子体の『履修ガイド』に、学科・コースごとのカリキュラムマップを掲載しています。学生がシステムにログインすると、これと同じカリキュラムマップが画面上に表示されます。授業科目の到達目標、授業科目の位置づけ、科目群で養成しようとする「身に付けるべき力」(=ディプロマポリシー)をマップ上で確認できます(図1)。
 授業科目名をクリックするとその科目の「到達目標」(3〜5項目)が表示され、学生は達成度を5段階で自己評価します(図1)。表示される到達目標は、シラバスと連動しています。

図1 カリキュラムマップ表示と自己評価入力

 自己評価した科目ごとの到達目標への達成点を「身に付けるべき力」ごとに集計し、レーダーチャートで表示します。一方で、授業科目の「成績評価」を同じ括りで集計し同様のレーダーチャートで表示し、二つのチャートを比較できるようにしてあります(図2)。

図2 チャートで確認

 学修活動の目標設定・振返りシートである「将来の夢・目標」では、学生はセメスターごとに「将来の進路・目標」「それを目指す理由」「過去半年間での達成度」「次の半年間での目標」を入力することで、将来の目標やその達成度を意識化します。

(2)「達成度自己評価」の機能2:分析ツール

 教員アカウントでログインした時のみ「統計情報」のタブに自身が担当する授業科目の一覧が表示されます。「到達目標」について、受講した学生が入力した5段階の自己評価の平均値と標準偏差が目標ごとに示され、合わせて学生の自己評価と教員の成績評価の相関が数値化して示されるとともに分布がグラフで示されます(図3)。

図3 分析ツールの表示

 このグラフからわかることは、教員の成績評価と学生の自己評価との間に乖離があるかどうかです。(0, 0)と(5, 100)を結ぶ直線より上に位置する学生は、成績は良いが自己評価が低い。直線より下の学生は、反対に成績よりは自己評価が高いタイプの学生と解釈することができます。
 極端な乖離がある場合は、教授法や授業内容の見直しにつながります。また目標によって、学生の自己評価のグラフにばらつきが見られることがあります。分散している場合は学生の理解がまちまちで理解が表面的にとどまった可能性があります。次年度には授業配分を改善して学修内容の定着を図るなど改善が必要かもしれません。

4.達成度自己評価システムを軸とした学修支援・教育改善の取り組み

(1)学びの自己点検サイクルの生成

 「達成度自己評価」では、学生自身に、将来の夢と大学での学修の関係性を整理・確認する機会を定期的に提供し「学びの自己点検サイクル」を実現することで、学生が主体的に学び続ける力を育成しようとしています(図4)。

図4 取組み概念

 「達成度自己評価」では、学生に提供される教育課程がカリキュラムマップで示され、学生がマップ上の学修項目のどの部分をどれだけ達成しているかが明確に表されます。履修ガイダンスやアドバイザー教員による履修指導時には、今の学びが将来のどのような力につながるかを整理して学生に提示することにより、学生自身が「学ぶ意義が確認しやすくなる」とともに、「学びの計画が立てやすく」なります。
 これまで本学で取り組んできたアドバイザー教員による定期的な面談指導に、このeポートフォリオシステムを組み合わせることで、学生の学修状況・学修成果をより精密に把握することができ、これまで以上にきめ細かい指導が可能となりました。アドバイザー教員は担当学生の達成度自己評価のチャートと、学生が「将来の夢・目標」に記入した内容を確認した上で面談に臨みます。学生からは見えないコメント欄や「教員メモ」を使って、学生の個別の課題やアドバイザーとの面談記録を教員間で共有し蓄積することで、面談内容をより適正なものにすることができるようになりました。

(2)学生の理解度自己申告情報と教員の成績評価 との比較分析をもとにした個々の授業改善への取り組み

 「達成度自己評価」では、授業科目ごとに教員が設定した「到達目標」について、受講した学生が入力した自己評価(達成度・理解度)の平均値が目標ごとに示され、併わせて学生一人ひとりの評価と教員の成績評価の相関がグラフ化して示されます。これにより、到達目標ごとの理解度を、受講した学生の全体傾向として把握することや、学生個々の理解認識と教員の評価のズレを発見することができます。
 「達成度自己評価」で得られる学生の理解度情報に加え、「授業改善のためのアンケート」で得られる授業の内容や進め方についての評価、「学生の授業外での学修状況を把握するためのアンケート」で得られる学生の授業時間外の学修の時間・内容のデータを加え、授業科目担当者は、到達目標の内容・レベルの調整、授業計画の配分、準備学修の指示内容検討、教材・装置の選択、授業方法・評価方法の検討を行い、次期の授業に向けて改善を進めます(図5)。

図5 達成度自己評価システムを軸とした教育改善サイクルのスケジュール

5.学内連携体制の整備

 eポートフォリオに限らず、新しい教育のツールを導入する際には、その目的、効果、手法について十分な周知が必要です。また、その運用を支える周辺の制度を整備しておくことが不可欠です。
 「達成度自己評価」の実施に不可欠だったのが、カリキュラムマップを完成させることと、カリキュラムマップの中で示す「身に付けるべき力(=ディプロマポリシー)」やシラバスの中で示す「授業科目ごとの到達目標」を漏れなく定義することでした。2013年度の教務委員会では「カリキュラムマップ作成を通じたカリキュラムの見直し」を事業計画に上げ、2014年度入学生のカリキュラムマップ作成に取り組みました。授業科目ごとの到達目標の定義については、2014年度シラバス作成にあたりシラバスのフォーマットを改訂し、全ての開講科目に箇条書きで3〜5の到達目標を記載しました。シラバス作成マニュアルも、教員・学生双方にとって評価しやすい具体的で簡潔な目標を設定してもらえるよう工夫しました。 システムと連動させて実施する学生への履修指導については教務委員会で調整を取りながら、確実な実施が可能なようにしました。学生との面談の時期・回数については学科により異なっていましたが、学期初め年2回の実施に統一しました。「将来の夢・目標」への教員の指導コメントはアドバイザーの義務として明確化しました。面談後のカルテ記入事項についてはどの程度の内容を記入すべきか、また共有の範囲をどうするかについて検討調整しました。
 カリキュラムマップの作成やシラバスへの到達目標の明記は、制度・ルールとして徹底できましたが、その意義、教育システム全体の中での役割・効果について、全ての教員に充分な理解が得られるまでには時間がかかります。FD・SD活動推進委員会では年に2回実施するFD研修会で「シラバス」「カリキュラムマップの活用」について取り上げ、教員の理解を深める取り組みを継続的に行っています。分析ツールを活用した個々の授業改善の手法については、授業改善アンケートのデータ活用も合わせた取り組み事例を積み上げ、FD・SD活動推進委員会で研修を進めていくことを考えています。

6.活用状況および今後の課題

 「達成度自己評価」を中心とした学修支援の取組みは3年目に入り、学生の学修成果の情報の蓄積が進んできました。個々の学生の学修成果の伸長はアドバイザー教員が実感しているところだとは思いますが、この取り組みへの評価は4年を経過した時点で行う必要があります。
 学士課程教育センターでは、本学のミッションに基づき設定した「学士課程教育の成果指標」を開発しました。ベンチマーク評価の試行を終え、2016年度より全学で実施予定です。このベンチマーク評価は「達成度自己評価」に統合される予定です。
 また、このシステムをさらに活用し、データに基づく分析→改善のサイクルを回していくためには、データ活用のノウハウの共有が必要です。FD・SD活動推進委員会が実施する研修等で活用事例・改善事例の発表・情報交換などに取り組みたいと思います。
 さらに、活用事例の発掘・収集・公開などの作業を受け持つ教育支援のスタッフの設置も、システムを運用していく際に整備すべきものの一つであると考えています。


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