大学の組織的な取り組みの工夫

共愛学園前橋国際大学における
eポートフォリオを活用した学修成果の可視化
〜エビデンス・ベースドの自己評価システムによる
自律的学修者の育成〜

後藤さゆり(共愛学園前橋国際大学 副学長)
佐藤 賢輔(共愛学園前橋国際大学 特任研究員)

1.本学における教育改善の取り組み

 本学は国際社会のあり方について見識と洞察力を持ち、国際化に伴う地域社会の諸課題に対処することのできるグローカルリーダーの養成を教育の目的としています。その教育方針は「学生中心主義」と「地域との共生」であり、学生の主体的な学びに注力し、地域と共に地域に学ぶ教育を展開しています。本学では現在、文科省の「スーパーグローバル大学等事業(GGJ)」、「大学教育再生加速プロジェクト(AP)」、「地(知)の拠点整備事業(COC)」、「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」の4事業に採択されており、海外でのPBLや地域でのサービスラーニングなど、より多様で実践的な教育プログラムの充実を図るとともに、本学の専任教員全員がアクティブラーニングによる授業を行っています。
 このような本学の独自性を活かした取り組みの一つとして、APを中心として組織的に展開している学修成果可視化の取り組みがあります。この取り組みでは、教育活動や学生生活を通して学生が身につけるべき力を学修成果指標として開発するとともに、eポートフォリオやステークホルダー調査によって学修成果を可視化し、教育改善につなげる仕組みを構築し、運用しています。地学一体化教育の体制が整っているという本学の強みを活かし、産業界と協働して学生を育てるという視点も取り入れ、その仕組みの運用強化に取り組んでいます。
 本稿では本学の取り組みのうち、学修成果を可視化するために導入された「エビデンス・ベーストの自己評価システム」と、そのシステムにおいて中心的な役割を果たしている本学のeポートフォリオKyoai Career Gate(略称KCG)の機能を中心に紹介します。

2.エビデンス・ベーストの自己評価システム

 本学では、学修成果の可視化と自律的学修者の育成に向けた取り組みにおいて「エビデンス・ベーストの自己評価」という考え方を重視しています。
 大学における学生の学びはどんどん多様化しており、学生は教室の内外を問わず様々な場で学び、成長を遂げています。授業内での各教員による評価や外部テスト等の客観的指標を足しあわせて分析しただけで、学生の多岐にわたる学修、成長の全体像を可視化することは容易ではありません。本学では、それら学びの総体を集約し、評価するための判断材料を最も豊富に持っているのは学びの主体である学生自身であると考え、学生の自己評価を可視化の一つの軸に据えることにしました。学修成果の可視化における重要なプロセスを学生自身の自己評価に委ねる上で問題となるのは、学生が根拠のない直感的な自己評価や偏った自己評価をしてしまうことです。本学ではこれらの問題をクリアするため、自己評価のための明確な基準と判断の根拠となる豊富なエビデンスを整える仕組み=エビデンス・ベーストの自己評価システムを整備しました。
 まず、明確な評価基準として、本学で卒業までに身につけるべき力をルーブリック形式で示した共愛コモンルーブリックを2015年度に制定しました。本学のディプロマポリシーと学士力を中心とし、社会人基礎力、OECDのキー・コンピテンシーといった汎用的スキルを加えて検討し、4つの軸・12の力としてまとめました(表1)。さらに本学と連携協定を結んでいる前橋商工会議所の協力のもと、地域の企業に求める人材像を尋ねるアンケート調査を実施し、12の力との整合性を検討した上で最終的なルーブリックを完成させました。完成した「共愛コモンルーブリック」には、明確な規準に基づく5つのレベルが12の力ごとに設定されています。学生は自らの学びを振り返り、自己の姿と共愛コモンルーブリックと照らし合わせることで、現在の自らの力を多角的に評価できるようになっています。

表1 共愛12の力

4つの軸 12の力 12の力の定義
識見 共生のための知識 多様な存在が共生し続けることができる社会を築いていくために必要な知識
共生のための態度 多様な存在が共生し続けることを尊重する考えや行動
グローカル・マインド 地域社会と国際社会の関わりを捉え、両者をつなぐことで、地域社会の発展に貢献する姿勢
自律する力 自己を理解する力 自己の特徴、強みや弱み、成長を正確に理解する力
自己を制御する力 ストレスや感情の揺れ動きに対処しながら、学びや課題に持続して取り組む力
主体性 人からの指示を待つのでなく、自らやるべきことを見つけ、行動する力
コミュニケーション力 伝え合う力 コミュニケーションにおいて、相手の意図を正しく理解し、自分の意図を効果的に伝達する力
協働する力 他のメンバーと協調しながら集団として目標に向けて行動する力
関係を構築する力 様々な他者と円滑な関係を築く力
問題に対応する力 分析し、思考する力 様々な情報を収集、分析し、論理的に思考して課題を発見する力
構想し、実行する力 課題に対応するための計画を立て、実行する力
実践的スキル 現代社会において必要な基本的スキルと自らの強みとなる実践的スキル

 一方、自己評価の根拠となる豊富なエビデンスの提示については、本学のeポートフォリオシステムKyoai Career Gate(KCG)を利用した取り組みによって実現されています。

3.KCGの機能と自律的学修者の育成

 KCGは試験運用期間を経て2015年度後期より本格的な運用を開始しました。KCGは本学唯一の全学共通eポートフォリオシステムで、成長を自ら評価し目標に向かって学び続ける学生の育成を目的として構築されたシステムです。2015年度の利用開始時には全学生を対象としたKCGの利用法に関するオリエンテーションを行い、専任教員にも授業でのKCGの活用を呼びかけています。
 KCGには、学内活動、学外活動、資格、読書記録等のカテゴリーに分かれた記録スペースがあり、学生は正課活動、正課外活動を問わず、自己の学びと成長に繋がるあらゆる学びのログを記録できるようになっています(図1)。また、個々の学びの経験を記録するスペースとは別に、共愛コモンルーブリックに基づく自己評価を記入するセクション、各年度を総括した振り返りと新年度の目標を記入するセクションがあります。2016年度から年度の始めに2年生以上の全学生を対象として、昨年度一年間の学びと成長を振り返るリフレクションの時間を設けました。このリフレクションの時間では、共愛コモンルーブリックを用いて12の力ごとに自らの学修成果を自己評価し、それを踏まえた新年度の学びの目標を立て、それぞれKCGに記入することを学生に義務付けています。その自己評価の際にKCGに蓄積された自らの学修記録を自己評価のエビデンスとして利用します。
 KCG上の学修記録が自己評価の適切なエビデンスとなるよう、KCGでは蓄積する学修記録に共愛コモンルーブリックの12の力の中から対応する力を選択しタグ付けする機能が実装されています。学生は個々の学修記録を作成する際に、その経験がどの力の伸長に繋がったかをその都度選択し、蓄積していきます。また、すべての授業科目について担当教員が「この授業で特に伸長が期待できる力」を12の力から複数個選択しており、これはシラバスに記載されるとともに、履修した授業に関するデータはKCGの個人ページに自動的に取り込まれます。リフレクション時、学生はKCGの横断検索機能を使い、特定の力と関連する学修記録を学内活動、学外活動などのカテゴリーをまたいで横断的に検索することができます(図2)。このタグ付け機能と横断検索機能により、学生は適切なエビデンスを参照しながら、自らの力を冷静に評価することができます。学生には自己評価の根拠としたエビデンスについてKCG上で説明することも義務付けています(図3)。また、ルーブリック上の力と関連付けながら学修記録を蓄積させることで、学生に自らの力の伸長と課題をより意識させるという効果も見込んでいます。

図1 Kyoai Career Gate学生用ポートフォリオトップ画面例
図2 Kyoai Career Gate横断検索ボックス
図3 Kyoai Career Gate自己評価とエビデンス記入画面例

 さらにKCGは、学修成果の学外への公開機能KCG+S(SはShowcaseの頭文字)を備えています。学生はKCGに蓄積した様々な学修活動と学修成果物の中から特に自らの特徴と成長を示す記録を「学びと成長のハイライト」としてピックアップすることで、自動的に個別の学外公表ページを生成することができます。このURLを伝達することで、特定の学外者に対して自らの学びの記録を公開できます。このKCG+Sは就職活動時における「公開履歴書」としての利用を想定していますが、同時に、学生に対してポートフォリオを活用する意義を明確にし、学修成果を自分の成長として客観的に意味づけ、他者を納得させるだけの成長のエビデンスを蓄積するよう意識づける役割も持っています。
 KCGを中心としたエビデンス・ベーストの自己評価システムは、学修成果の指標を学生自身が主体的につくり上げるという経験を通じて、自律的学修者としての成長を促すための仕組みです。成績をはじめとする他者から与えられる成果の指標も、成績にはあらわれない学内外での広範な学びの経験も、すべて自らの成長と課題を示す手がかり=エビデンスであるという認識を育むことで、経験から自らの姿を振り返り、課題を見つけ、次の目標に向かって自律的に歩んでいく「学び続ける力」を伸ばしていくことができると考えています。

4.これからの展開

 エビデンス・ベーストの自己評価システムを運用する上では、個々の学生の学びの振り返りやそれに基づく自己評価を当該学生と教員とが共有し、教員が適切なメンタリングを行うことが非常に重要であると考えています。現在も教員にはKCG上の学生の自己評価を指導、支援の指針として活用するよう呼びかけていますが、今後は、学生自身が自己評価を行った直後に学生と担当教員とが個別にリフレクション面談を行うことを必須化する予定です。12の力の自己評価やそのエビデンス、今後の学修指針に関する情報共有、議論を通じて、評価の妥当性を保証するとともに学生の自律性の育成を目指したより密な指導を行っていく予定です。
 また、学生の自己評価やその他KCGに蓄積された情報は、大学での組織的なIRの取り組みにも活用していく予定です。2015年度より個々の学生に紐付いた学修関連データを統合したデータベースを構築し、教育活動の点検、改善に繋がる様々な分析を本格的に開始しています。学生の自己評価データやKCG上の活動履歴から有用な情報を抜き出し、データベースに統合することで、より多角的な視点からの分析が可能になります。また、エビデンス・ベーストの自己評価の手続きの妥当性についても他の客観的データとの関連性の分析に基づき点検、改善していく予定です。
 KCGを活用した一連の取り組みは学修成果の多角的な可視化を可能にします。学生自身は日々の学修成果の蓄積とリフレクションによって自らの成長と課題を明確化できます。教職員はKCG上のデータの閲覧やリフレクション面談を通じて個々の学生の学修状況と学びに対する認識を共有することで、より適切なメンタリングをすることができます。加えて、KCGのデータに基づき個々の授業やカリキュラムの見直し等の教育改善を行うことができます。また、地域社会、ステークホルダーに対してもKCG+Sによって、学生自身が学びの成果を見せていくことが可能になります。KCGを活用して学生自身、教職員、そして社会に対して学修成果をより見えるようにする仕組みを構築し、IRなどの活動を通じてさらに仕組み洗練させていくという本学の組織的な取り組みによって、学修成果の可視化、カリキュラムの質保証、アカウンタビリティの達成といった大学の今日的な課題に対応していきたいと考えています。


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