特集 モバイル等を活用したアクティブ・ラーニング

スマートフォンを活用した
大人数授業におけるアクティブ・ラーニング

大津 晶(小樽商科大学 商学部准教授・学長特別補佐(アクティブ・ラーニング開発担当))

1.はじめに

 筆者が勤務する小樽商科大学は、1911年に開校した小樽高等商業学校を起源に持ち、商学部のみ(4学科)に2,300名程度の学生が在籍する国立大学の中では小規模な大学で、「北に一星あり、小なれどその輝光強し」を標語として掲げています。
 小樽商科大学では平成24年度から全学的にアクティブ・ラーニングの推進に着手し、教室ならびに附属図書館の改修を中心としたキャンパスリノベーション、PBLや産学連携教育を含むアクティブ・ラーニング型教育モデルの開発と普及、アクティブ・ラーニングのためのICT環境の充実等の取り組みを順次進めてきました。現在は、これらの取り組みを通じた学修成果の測定と視覚化と学内外への普及を重点的に取り組んでいるところです。本稿では主として学生私有のスマートフォンを積極的に活用して大人数授業で質の高い多様なディスカッションを導入する具体的な事例とその成果について紹介したいと思います。

2.大人数授業におけるアクティブ・ラーニングの課題

 そもそもアクティブ・ラーニングの本質的な定義は、「学生がアクティブ・ラーナー(主体的学修者)になるために有効なあらゆる工夫と支援」とすべきですが、ここでは、狭義の「教員と学生/学生同士で双方向に意見交換しながら理解を深めていく講義形式」としておくことにしましょう。このような学修形態は、体系的な知識や技術を効率的に習得することよりも、多様な視点や価値観を共有したり、グループ活動等を通じた汎用的スキルを獲得したりする際に有効とされています。
 21世紀型スキルの育成が求められる昨今の大学では、こういった学修方法を全学的に導入する動きが見られますが、実際の教養教育の授業などでは、数百名の学生が受講する大人数授業を排することは現実的ではなく、これらの環境において有効なアクティブ・ラーニングを導入するのは、学修効果の向上ならびに授業運営の効率性の両面で困難な課題を有すると言えます。
 まず、受講者が100名を越えるような授業では通常階段型の教室を使用することになり、学生間のグループ作業や討論には向いていません。それ以上にこの規模のクラスでのグループ活動は教員の管理が不十分になりやすく、ともすると単なるコミュニケーション“ごっこ”になったり、多数のフリーライダーが生じたりしがちです。また、通常のグループ作業ではせいぜい数人の仲の良い学生との同調作業に終わり「多様な価値観との接点」は極めて限定的になってしまいます。
 多数の教員やT.A.を投入して、きめ細かく作業管理を行えば、このような質の低いディスカッションを防ぐことも可能ですが、そうなると、今度はコストの問題(端的に言えば人件費)が立ちはだかってきます。アクティブ・ラーニング手法の開発期に一時的に措置された費用が徐々に削減され、結果として普及・定着が進まないという課題が散見されるようになってきました。
 そこで、本学ではICTを積極的に活用することで大人数授業のこれらの課題を解決する試み「コミュニケーション・ラーニング」を開発・実践しています。コミュニケーション・ラーニングのポイントを整理すると次のようになります;

①LMS(学修管理システム)を活用した反転型授業構成

 グループ演習時間の確保とディスカッション内容の水準を維持するために、(株)朝日ネットが提供するクラウド型LMSのmanabaを用い、事前事後学修を徹底し反転型学修を導入しています。

②定期的でランダムなグループ替え

 事前に配付した座席票を用い、ランダムなグループが構成されるように座席をアサインしています。

③対面ディスカッションとオーラルプレゼンテーションの導入

 グループ内での役割(ファシリテーター、タイムキーパー、ドキュメンター、プレゼンター)を明確に指示し、役割が偏ることを防ぎます。

④スマートフォン(BYOD端末)を用いたリアルタイムアンケートの活用

 学生私有のスマートフォンに導入したアプリrespon[1]を通じて、リアルタイムにアンケート(選択式/自由記述式)を実施し、その集計結果を即座に視覚化・共有することで、クラスの“世論調査”と自分のポジション、学生同士の意見の相互参照を実現し、人数が多いことをメリットとして生かすことができます。

 次に「コミュニケーション・ラーニング」を導入した初年次キャリア教育の事例を紹介します。

○講義名:総合科目Ⅱ(大学の学びと社会)

○受講生:1年生342名(平成28年)/352名(平成29年)

○内容・題材:

写真1 「大学の学びと社会」
授業風景

 本講義では、事前課題として20分程度の映像資料の視聴および講義テーマについての事前学修を毎回必須としています(事後学修を含めた授業外学修時間の全受講生の平均は1回の講義につき77分(平成28年)→104分(平成29年)です)。
 その上で、指定された座席に着席して受講し(2週に一度席替え)、90分間の講義時間のうち、30〜40分程度をグループ演習時間として使用します。この間にresponを活用して学生の意見や演習の成果などをリアルタイムに集計し、教員によるコメントや学生間での相互閲覧を行っています。

3.大規模多人数同時参加型アンケートアプリ〈respon〉の活用

 本学では入学時にすべての学生が(株)朝日ネット社が提供するスマートフォン用アプリresponを私有の端末にインストールしています(スマホ非所有者にはタブレット端末を貸与)。

図1 responの提出画面

 講義の中でのresponの使い方はおおよそ以下の様に整理できます。

①講義冒頭でのチェックイン

 講義開始と同時に自修時間の確認等を兼ねたカードに提出を求めて、学生の「受講モード」へのスイッチを促します。同時に事前課題の内容と関係したアンケートなどを行って、受講準備を整えます。

②集計結果の視覚化と相互閲覧

 responはUIにアニメーションが多用されており、誰でも集計結果が理解できるように工夫されています。講義室のスクリーンに加えて、学生の端末でも集計結果や自由記入の内容を相互参照できるので、他の学生の自分の考えを相対化することが可能となります。

③ダイナミック/スケーラブルグルーピング

 responのアンケートは1回のカードで10個の問題を設定でき、集計結果を絞り込み表示する機能を実装しているので、この機能を用いて仮想的なグループを構成して意見交換を行うことが可能となります。例えば、性別や出身地といった学生の属性、選択問題で選んだ共通の答え、事前課題で与えられた資料精読のテキストなど、あらゆる区分で即座に匿名のグループを構成することができます。

図2 回答までの時間と入力文字数

 スマートフォンが“身体(頭?)の一部”となっている昨今の学生は、対面のコミュニケーションと画面上のテキストコミュニケーションの間を不自由なくシームレスに行き来するスキルを有しています。また導入当初危惧した自由記入の所要時間については、完全に前世代の杞憂でした。図2は平成28年度と29年度の同講義でまったく同じアンケートを実施した際の回答所要時間と記入文字数の分布です。平均すると1分間に平均して35〜45文字を、速い学生は200〜250文字を(内容を考えながら)入力していることが分かります。
 この講義を受講した学生がresponの利用についてどのように受け止めているかについても紹介しておきたいと思います。図3はすべての講義終了後に「ICT機器およびmanabaやresponの活用の程度と内容の理解度の関係」についてのアンケートをまとめたものです。これを見ると、ICT活用の程度については「ちょうど良い」と答えた学生が6割弱、やや多い/やや少ないも合わせれば8割を越え、そのことによる理解度への影響はやはり8割が「効果があった」と答え、5割は「非常に効果があった」と回答しています。

図3 ICT機器等の活用と講義内容理解度

 また、自由記入のなかで特にICT活用に関するコメントとして、「周りの人の反応や意見を簡単に見ることができる点が良い」という肯定的な意見が多かったが、他方で「資料はやはり紙の方が読みやすい」という声もありました。また、「学生からも質問(アンケート)を出せるようにすると面白い」というさらに進んだ活用方法を提案する声も少なくありませんでした。

4.おわりに

 本稿ではICT活用による大人数授業の高度化を中心に紹介しましたが、他方で一人の教員が6名×60グループ演習を適切に管理しつつ、学生に参加実感を与えており、効率化/生産性向上という観点でも評価可能です。ますます枯渇する教育資源の制約の下で教育の質の維持・向上を図るにはICTの積極的な導入・活用が欠かせません。
 遠くない将来、教員がAIの支援を得て高度な教育を展開し、学生は生涯に亘る詳細な学修記録を蓄積・活用する教育ブロックチェーンが実現するでしょう。responを使った授業は、そんな未来の教室を少しだけ先取りしてさせてくれる刺激的な体験であったことも記しておきたいと思います。

関連URL
[1] responの詳細はhttps://respon.jp/を参照

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