大学の組織的な取り組みの工夫

「学修成果の可視化」への取り組み
〜新潟工科大学の例〜

飯野 秋成(新潟工科大学教授 教育改革加速チーム チーム長)

日下部 征信(新潟工科大学教授 教育改革加速チーム 副チーム長)

1.本学の「AP事業」採択の意味

 「大学教育再生加速プログラム」(通称、AP事業)は、わが国の大学改革を強力に推し進めながら世界の動きにキャッチアップしようとするプログラムです。国内の大学改革のモデルケースを打ち出すべく、2014年度に文部科学省より新設され、初年度は全国254の大学・短期大学・高等専門学校からの申請に対し、本学を含むわずか47の教育機関のみが採択されました。
 本学が取り組むAP事業のテーマは「学修成果の可視化」です。学生は「学びのPDCAサイクル」を、教職員は「教学マネジメントのPDCAサイクル」を、それぞれしっかりと回します。学生1人ひとりの学修成果を常に見えるしくみを作り、これを起点とすることによって、強固なPDCAサイクルを構築することがゴールイメージです(図1)。

図1 本学で取り組むAP事業のゴールイメージ

 本学の採択の背景には、①設立当初より、地域の産業界との太いパイプ(新潟工科大学産学交流会)が存在し、学部・大学院の授業、研究開発、そして就職活動などにおいて既に実質的な連携があったこと、②3つのポリシーを全教員合意のもとに早くから策定し、成績評価や学位授与の基準として公開・運用していたこと、③設立当初から学生数、教職員数はほぼ一定で肥大化することがなく、事業効果が表れやすいスケールメリットのある土壌であったこと、などがあると思われます。わが国の大学改革のパイオニアとなるべく、学長ガバナンスの考え方に基づくスピード感のある取り組み、そして、取り組みの成果の適切な情報発信、の2点を強く求められている重責を感じながら、チームの活動を進めています。
 本学は、地域の産業界からの多大な支援の下に設立された工科系大学であることから、「産業界及び地域の発展への貢献」は、本学の建学の精神に明記したとおり、本学の主たる使命です。大学改革のあり方についても、常に地域の産業界に開示をしながら、様々なご助言をいただく形で進めています(1)

2.「実感・成果・戦略」を中核に据えた「NIIT達成度自己評価システム」の開発

 AP事業の採択から約3年半の活動において、「学修成果の可視化」に関する様々な試行を重ねながら開発したのが「NIIT達成度自己評価システム」です(2)(NIITは本学英文名Niigata Institute of Technologyの略)。株式会社ハウインターナショナルのバックアップを得ながら開発を進め、2015年度後期に運用を開始しており、現在は利用率100%を達成しています。ここに、「実感・成果・戦略」の枠組みとともに、このシステムを紹介します。

(1)振り返ることによって成長を「実感」する

 新入生の前期必修科目「工学ゼミⅠ」は、PBLのテーマにじっくりと取り組ませる授業です。今年度前期の初回課題は「卵落とし」。3mの高さから卵を落下させても割れないような紙パッケージングを、学生一人ひとりに考案させ実作させるものです。自動車のエアバッグによる頭の衝撃緩和、人工衛星のソフトランディングなど、工業デザインにおける多様なステージに通じる課題ともいえます(写真1(a))。今年度前期は、卵を割らずに着地に成功したのは全作品の約25%でした。実施年度によって、成功率はやや変動しますが、自ら専門書を調べるなどの努力、そして、友人らとの真摯な意見交換といった活動がプロジェクトを成功させることにつながることを、学生たちは事後の振り返りによって実感し、その後の課題の完成度の高さへとつながっていく仕組みです。
 そして、今年度から新たに開講した3年前期「工学ゼミⅤ」では、「耐久性とデザイン性を兼ね備えたダンボール車いすの制作」というテーマに取り組んでもらいました。車軸などの一部を除くすべての車いすパーツをダンボールで設計して実作し、最終回のレースでは学生1名が乗車、1名が後ろから押しながらコントロールし、規定時間内にゴールできるかどうかを競う、というものです。比較的長めのコースに耐えうる強度をどう担保するか、ダンボール+ガムテープが主体となる作品にどうデザイン性を盛り込むか、など検討すべき項目はかなり多く、各グループで頭を悩ましながら団結力を徐々に高めて、最終的に3分の2のグループが規定時間内に完走できました(写真1(b))。半期の振り返りは、事後すぐに「NIIT達成度自己評価システム」で実施させています。

(a) 1年前期工学ゼミⅠ
「卵落とし」のトライアル
(b) 3年前期工学ゼミⅤ
「耐久性とデザイン性を兼ね備えたダンボール車いすの制作」のタイムトライアル
写真1 「工学ゼミ」におけるPBLテーマ実施の様子

(2)積み上げた「成果」を可視化する

 本学のディプロマ・ポリシー(以下、DP)に掲げる項目は、学生達に確実に理解されなければなりません。毎期の初めに、学生達は、開講する授業科目をどのように積み上げれば到達目標に達するのか、を客観的に提示した「カリキュラムマップ」をにらみながら、履修計画を立てさせる必要があります。また、毎期の終了時には、授業課題の完成度を学生自身が自己評価したり、教員により報告された成績と自己評価結果との関係を考えたり、というステージがあるなど、DPを繰り返し意識する機会があることが望ましいと考えます。
 本学の「NIIT達成度自己評価システム」は、学生1人1台無償配布しているタブレット端末からいつでもアクセスできる仕様であり、必要な情報は一元管理しています。目標管理やスケジューリングが得意でない学生達にこそ、積極的な学修の支援ツールとなることを意識して設計しました。例えば、年度ごとの累計GPA(GPT)をDPの項目ごとに色分けで表示したり、成績に基づくDP達成度と自己評価によるDP達成度を、レーダーチャートによって並列させたり、といった工夫をしています(図2)。

図2 「NIIT達成度自己評価システム」画面の例

 さらに、「NIIT人間力セルフチェック」によって、毎学期の終わりごとに人間力を自己評価させています。24の設問(各4段階評価)に短時間で答えさせることで、挑戦力(Challengability)、創造力(Creativity)、コミュニケーション力(Communicativity)の「3つのC」を測ります。測定の仕方は、24項目の設問を4択のラジオボタンで回答させ、また、感じた場面を任意に入力させます。そして、入力結果は即集計できるしくみになっています(図3)。大学での学びが進むにつれて「自己評価の物差しが変化する」ため、必ずしも上昇トレンドを描きません。このことを学生本人がどうとらえるのか。次期の「戦略」を彼らが考える上で、そこには重要な示唆があるように思います。

図3 「NIIT人間力セルフチェック」の画面の例

(3)社会の求めを知り「戦略」を考える

 毎年冬季に開催する「対話型企業技術・要素会」は、「新潟工科大学産学交流会」の全面的な協力のもと、多数の企業の方々に来学いただき、本学工学科の1〜3年次学生の大部分と直接対話していただきながら、学生達に今学んでおくべきことを考えさせる場です。興味のある企業で活躍するにあたって必要となる技術・知識や人間力の項目を丹念に聞き取り、そして記録に残すことで、今後の大学での学びに活かすよう、学生達にアドバイスをしています。学生達からは、毎年、「受講している授業の重要性や、就職後の活かし方が理解できた」などの声が聞かれます。写真2の「振り返りシート」を書いた学生は、「CGが重要」との企業の方からのアドバイスに奮起し、VRに関する卒業論文で学内表彰を受けるに至っています。

写真2 「対話型企業技術・要素会」の振り返りシートの記入例

 さらに、参加いただいた企業の方々には、毎年、求める学生像や在学中に身につけておいて欲しい基礎学力など、やや踏み込んだアンケートを実施させていただいています。昨年度1月の実施時には参加企業42社からのご回答をいただきましたが、「工学分野で基本となる数学や物理の習熟の必要性」、「今後のグローバル展開を見据えた英語の読む・書く能力のスキルアップも重要」、といった声が、前年度に比較して一層多く聞かれるようになってきました。
 これらの「企業人による生の声」は、4月の授業開始前に開催する「企業が求める基礎学力到達度テスト」(以下、到達度テスト)という形に昇華させました。工学分野で必須の「数学」、「物理」に加え、グローバル社会に向けた「英語」を含めた3科目について、企業側へのアンケート調査結果を参考にしながら出題内容を検討しています。実施後約2週間後の結果返却の際には、多くの企業が身につけておいて欲しいと考えている3科目の中の学修項目を、業種別に集計して、学生達にフィードバックする仕組みとしています(写真3(c))。
 また、到達度テストの結果を、教員や友人たちと共同で振り返る時間を、前期「工学ゼミ」の初回の授業枠内に設けています。到達度テストの成績をシステム画面で確認しながら、入学時から現時点までのS, A, B,…のランクを「振り返りシート」に丁寧に転記させることによって自覚させ、そして教員や友人たちとオープンに確認し合ってもらっています(写真3(a)、(b))。例えば、数学の成績がCランクからAランクに伸びた学生は大きな達成感を感じる一方、SランクからAランクに下がった学生は焦燥感を感じることにもなります。こうした相互確認の機会は学生たちの次期のモチベーションアップにつながる大切な機会となるとともに、学生たちの前期授業の履修登録を行う際の資料として活用させています。

(a) 到達度テストの結果を転記させる振り返りシートの例
(b) 得点に応じた学修のアドバイスの例
(c) 「対話型企業技術・要素会」の参加企業向けアンケート結果の
学生向け配布資料(数学の学修項目)の例
写真3 「企業が求める到達度テスト」受験後の指導用資料

3.IRに基づく教学マネジメントの達成に向けて

 IR(Institutional Research)を用いた教育改善についても、教職協働の議論を進めているところです。学生に関する様々な情報を基に、退学を未然に防いだり、より円滑に次のステップ(進級や卒業、就職)に進めるよう支援体制を整えたりするアプローチは特に重要と位置付けています。今年度からは、IRに基づく分析結果を用いて、以下のような教職協働による全学の研修会やワークショップ(WS)を進めています。

(1)中退予防や入試のあり方に関する研修会

 過去に本学に入学した全学生について、AO、推薦・一般の入学試験区分ごとに、入学後の成績の追跡調査を進めました。その分析結果を在学生に当てはめることにより、中退や留年の可能性が高いと考えられる在学生をある程度絞り込むことができます。その結果は、教職協働の研修会で情報を共有するとともに、助言指導のあり方に関する議論につなげています。また、AO入試のあり方についても、高等学校の調査票に基づく「知識・技能」、および面談による「思考力・判断力・表現力」と「主体性」について、それぞれ重点的にチェックする方法にシフトさせるための議論を進めています。

(2)学生をDPまで連れていく戦略に関するWS

 現在、カリキュラムマップに基づくアセスメントを試行実施しながら、多くの学生がつまずきやすいと考えられる科目の抽出を進めています。そして、本学カリキュラム全体にわたって難易度を調整すべく、今年度は「学生をDPまで到達させるための戦略」に関する教職協働WSを年間数回にわたり開催中です(写真4)。

写真4 「学生をディプロマポリシーまで連れていく戦略」に関する教職協働ワークショップの様子(2017.7.25)

 アセスメントの方法そのものについても、今後議論しなければならない部分があると考えています。学力(基礎学力、専門力)そして人間力それぞれの客観評価(成績等)と自己評価(達成度自己評価システム内の各種データ)が一通り蓄積されつつある現段階において、より的確な分析と学内の情報共有に一層尽力したいと考えています。

4.おわりに

 本学APチームのこれまでの取り組みを、「学生目線」でまとめた動画を制作して、昨年度末に一般公開しました[1]。PDCAは、必ずしも誰もが実行できるものではないからこそ、「達成度自己評価システム」での振り返りが、次の夢・目標を切り開くことにつながる、ということを、学生のうちにぜひ体感してもらいたいと考えています。
 一方、教職員のPDCAサイクルの達成には、授業科目の到達目標の策定や成績評価方法に至るまで、自主的な努力を要求する面が多くあります。そこには「足並みをそろえる」というハードルも存在しますが、IRを主軸とした粘り強い取り組みによって「新潟工科大学モデル」たりうる仕組みを各々の教職員が実感として共有し、胸を張れるもの昇華することで糸口を見出せれば、と考え、日々の業務に取り組んでいます。

(1) 本学AP事業のこれまで取り組みについては下記の参考文献・関連URL[1]〜[4]にも詳しく掲載しています。
(2) 「NIIT達成度自己評価システム」は、ラーニングポートフォリオ(DP達成度の可視化、学業成績の客観・主観評価、夢・目標の設定)と、キャリアポートフォリオ(人間力セルフチェック、SNSコミュニティ)の2つのシステムにより構成されます。本学AP事業における開発対象は前者です。後者は、2010〜11年度「大学生の就業力育成支援事業」、および2012〜14年度「産業界のニーズに対応した教育改善・充実体制整備事業」の一環で開発したものです。
参考文献・関連URL
[1] 「新潟工科大学大学教育再生加速プログラム(AP事業)」動画;
https://www.youtube.com/watch?v=uHDCf_zvuwk
[2] 「新潟工科大学AP事業」Web;
http://www.niit.ac.jp/ap_business/
[3] 森本康彦他;教育分野におけるeポートフォリオ(教育工学選書II),ミネルヴァ書房,pp.117-119,2017
[4] 飯野秋成;学修成果の可視化がもたらす「実感・成長・戦略」,ホクギンマンスリー,2016.6

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