特集 データサイエンスと教育

武蔵野大学データサイエンス学部(開設予定)
の挑戦:スマートクリエイティブな
データサイエンティストの育成

上林 憲行(武蔵野大学 データサイエンス学部学部長(就任予定者))

1.はじめに

 2019年4月、本学では、人工知能(以下、AI)の技術進化がもたらすシンギュラリティ(Singularity)時代を先取りする有意な人財を育成するデータサイエンス学部を開設します。創立94年の歴史を持つ本学は、現在では、9学部18学科、10大学院研究科、通信教育部、20研究所・センター、学生数約8,700名を擁する総合大学となっています。本稿では、何故、データサイエンスなのか?、本学が目指すデータサイエンスと教育の特長などについて概説します。

2.データサイエンスの社会的ニーズと新潮流

 ここでは、データサイエンスに関わる社会的ニーズや新潮流について概説します。

(1)データサイエンスはイノベーションの民主化に寄与する

 動画配信サービスのNetfrix社の共同創設者でCEOのリード・ヘイスティングスは、「私はスティーブジョブズのような天才肌のイノベーターにはなれないが、データドリブンのコンシューマサイエンスを武器に、イノベーションを起こして行く」と述べています。まさに、Netflix社の驚異的躍進は、属人的な勘と経験に依拠するイノベーションから、データサイエンスが駆動するイノベーション時代の到来、つまり「イノベーションの民主化」を牽引するものとして期待されています。

(2)21世紀はビックデータが価値の源泉となる

 内外の多くの識者は、20世紀は石油の時代、「21世紀の石油はデータである」とデータの持つ21世紀の社会や産業界に対する衝撃に言及しています。現に、2018年現在の世界における株式時価総額ランキングの上位の企業は、リッチなビックデータを扱う企業となっています。Amazon、Google、Facebookなどがその代表格です(ちなみに25年前は、石油メジャーが上位に)。このように、データは、21世紀における価値の源泉であると広く認知されて来ています。

(3)データサイエンティストは21世紀の最も魅惑的職業である

 データサイエンティストと括られる人材ニーズについては、Harvard Business Reviewの2012年10月号において、「データサイエンティストは、21世紀で最も魅惑的な職業(Data Scientist: The Sexiest Job of the 21st Century)」として紹介されています。近年、米国では「データサイエンティト」は、職種ランキングで1位、直近5年間の人材ニーズの高騰率でも、機械学習エンジニアと並び1、2位を占めています。

(4)人工知能がもたらすシンギュラリティ時代

 AI技術の驚異的な進化は、人類にとっても未体験、未知の領域に踏み込むことになります。特に、広義の機械学習技術の進化は、人間が持つ環境認知能力や高次判断能力を実用レベルで代替できることになりました。またこの能力は、オープンソースソフトウエアとして誰でも利活用できる状況にあり、多くの人が、AI技術の恩恵を、自ら課題解決の当事者として直接享受できる時代となって来ました。

(5)政府の人材育成策

 日本においても、政府は、最近閣議決定した「未来投資2018―「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革―」においては「理系、文系も含めて全ての大学生が一般教養として数理・データサイエンスを履修できるよう、標準的なカリキュラムや教材の作成・普及を進める」と明記し、データサイエンスの重要性を具体的に指摘しています[1]

3.本学が目指すデータサイエンスと人財像

 前章で述べた社会的な要請や新潮流に呼応する学問領域としてデータサイエンスが脚光を浴びています。データサイエンスは、伝統的に統計学をベースにした学問として誕生してきた歴史がありますが、近年、従来の統計学の手法に加えて、AI分野の驚異的な発展の恩恵を積極的に取り込んだアプローチも注目を集めています。

(1)スマートデータサイエンス

 本学部の設置に際しては、これらの動向に鑑み、AIの可能性を全面的に取り込み、従来のデータサイエンスの枠組みを超えたビジョンを探索してきました。基本構想として、機械学習などのAI技術を全面的に取り入れることを前提とした「スマートデータサイエンス」のビジョンを掲げることにしました。このスマートデータサイエンスでは、データサイエンスとAIを双発のエンジンとしてリアルな実践知を重視し、社会的な価値を創出することを目指します。

(2)スマートクリエティブなデータサイエンティスト育成

 また、統計学をベースにデータを分析する専門家(分析知)というデータサイエンティスト像を乗り越えるべく、世界的な先端企業群が掲げるスマートクリエイティブな人財像を目指した教育を推進して行きます。スマートクリエイティブ人材に要求される汎用的能力(コンピテンシー)は、「専門性」「創造性」「ビジネスセンス」「行動力」などです。これらのコンピテンシーを兼ね備え実践創造を志向するデータサイエンティストを輩出すべく挑戦を進めて行きます。データサイエンスの専門力を身に付けたスマートクリエィティブは、世界的な先端企業で希求されいますが、その裾野は広く、様々な業界や職種で必要とされます。

4.21世紀型の学びの先導的推進

 21世紀に要求される能力を身につけてもらうために、データサイエンスという学問領域の新しさに加えて、学びのあり方についても、21世紀に相応しいアプローチを構想しています。本学部では、教壇型授業スタイルを前提としないプロジェクト型学習またはワークショップ型学習を中心軸に据えた学びの体系を模索していきます。エティエンヌ・ウェンガーなどの提唱する[2]「学びの実践共同体」、「状況学習理論」などを教育指針として、企業における人材育成の良い点(OJT的要素)も大胆に取り入れる予定です。さらに、本学が掲げる「アクティブな知」の教育理念に呼応して、学びの場も、教室を超えて、学びの触発・実践の場を、国内外を問わず用意し、リアルな現体験や実践知を豊かにする教育を目指しています。

(1)学びの理念と基本構造

1)学びの基本公式

本学部の学びの基本公式を、図1に示します。

図1 学びの基本公式

 実世界イシューとは、「世の中で未だ決着のついていない本質的な課題や論点」と考えています。

① 選ぶ:学生は、実世界イシューを、自ら「選ぶ」ことを目標にします。具体的にその選ぶ力を育むために、様々なプロジェクト型学習、社会連携活動などの世界体験プログラムを通じて、実世界イシューを自ら、発見、発掘を応援します。

② 学ぶ:データ工学およびAI工学については、講義、演習を通じて、カップリングされた理論・実践知をスパイラルアップ的に学びます。データ工学では、多彩なデータのライフサイクルをハンドリングする実践知を学びます。AI工学では、最先端のAIツールを目的に応じてハンドリングする実践知を身につけてもらいます。実践知は、文脈に沿った統合知であると考えていますので、統合知のレベルをスパイラルアップして学びます。

③ 創る:最後に、自ら選んだ実世界イシューを、学んだデータ工学やAI工学を活用して、教員のアドバイスを得ながらまたは企業や社会と連携して、実世界イシューを解決し、新しい価値を創出するリアルで文脈的な実践知と価値創出に関わる体験知を獲得すること目指します。

2)学びの理念と具体的な特徴

学部の教育方針や特徴は、以下の通りです。

① 三位一体教育

 図2に示すように、講義・演習・ゼミなど全ての学びにおいて、以下の3つの能力要素が有機的に組み込まれた学びのスタイルを全面的に導入します。

図2 学びの理念:学習体験価値+汎用能力+専門力の統合化

※ 学びの体験価値の提供:学びの原体験は、面白さや知的好奇心が喚起された体験だと考えています。21世紀型企業にとってUX(ユーザ体験価値)こそが、商品・サービスを通じて提供する価値であると広く認識されて来ています。その考えを、大学の教育現場に当てはめて考えると、学生(とそのステークホルダー)に提供される教育サービスにもこの体験価値の考えが必要になります。学生の体験価値をSX(Student eXperience)と規定して、提供する教育サービスのSX(学生体験価値)を向上させます。

※ 学びの遂行過程で獲得される汎用能力(コンピテンシー):論理的思考、創造性思考、批判的思考、協働的思考など21世紀に要求されるコンピテンシーを副次的に身につけてもらい、その能力を明示的に発揮、活用する機会を豊富に提供します。

※ 専門的な知識の文脈的理解:目的や活用局面を想定した文脈的理解を踏まえた学修アプローチを全面的に取り入れ、知識の身体化を目標にします。

② プロジェクト型学習重視

 学びのための学び、他律的受動な学びの状況を根本的に改善するために、学生が自律的能動的に関わり、多様なメンバーと協力して、ものごとを達成する学修スタイルであるプロジェクト型学習を教育の基軸にしています。プロジェクト型学習は、大学での学びの醍醐味であるゼミや研究室での活動、企業におけるOJTなどに代表され、課題や目的を持ち、主体的にコミットし、試行錯誤的に進めて行くものです。その良さを全面開花する教育を志向しています。具体的には、1年後期から、ミニ卒研としての位置付けで未来創造プロジェクト科目が配置され、3年後期の卒業研究指導教員決定まで、4期間に亘って受講してもらいます。

③ 多彩な世界体験と実践体験

 グローバル社会を見据えた教育の観点からも、大学のキャンパスを超えて、世界の現場に、学びの場を拡大することの重要性は論を待たないことです。そのために、教育・研究においても社会連携活動を強力に推し進めるための科目群(社会連携活動)を用意します。国内外の企業・大学・パブリックセクターと連携してインターン、エクスターン、コーオプ、サービスラーニング型などの様々なスタイルの社会実践の機会提供を行います。さらに、併設されるアジアAI研究所の研究者ネットワークを通じて国際的プロジェクトや海外連携プロジェクトに参加することができます。

④ 先端ツールの活用、先端企業との教育連携

 データサイエンスやAI分野では、様々な最先端のツールやサービスが、オープンソースソフトウエアの形で利活用できます。さらに、優れた教材なども無料で提供されており、世界水準の先端ツールや教材が利活用できる状況にあります。本学部では、世界的な最先端企業が研究・開発現場で実際に使っているものと同じツールやサービスを全面的に取り入れた教育を志向します。その中で、データサイエンス分野での世界標準とされるプログラミング言語であるpythonも本学部では徹底的に学べます。

⑤ カリキュラム基本構造と専門履修コース

 データサイエンスのコア科目群は必修として、データサイエンスの基礎力、データ工学力、AI工学力、プログラミング力などについてスパイラルアップ的な学修を通じて知幹力と専門力を鍛えて行きます。未来創造プロジェクトや社会連携活動科目では、学生は、自ら参加・参画するプロジェクトを選び、主体的にコミットして実践的活動を体験します。さらに、2年生後期からは、多様な可能性のあるデータサイエンスの中から、さらに自分のキャリアを志向して計画的に履修と学びを進めることを応援する意味で、3つの専門コースを準備しています。学生は、主コースと副コースを各自の将来のキャリアデザインを考え、それをゴールに大学の後半期間の学びを体系的にかつ計画的に進めてもらうことを意図しています。(図3)

図3 データサイエンス学部の専門履修コース

3)スマートクラスルームと学修コミュニティ支援

 サイバー・フィジカルな空間が前提となり都市、企業、家庭が様々な変化が到来する時代になってきました。教育分野でもサイバー・フィジカルな環境を前提としたIoTやAIの能力を取り込んだEdTechが注目されています。本学部でも、新しい教育テクノロジーを取り込んだ、「スマートラーニング」ビジョンを掲げ準備を進めます。スマートラーニングコミュニティでは、学年、研究室、社会を横断したサイバー・フィジカルな学修コミュニティのベースを提供し、居場所の提供、学びの実践共同体活動をエンカレッジするとともに、これらを通じて本学部の文化遺伝子の揺籃の場として行きます。

5.教員、アジアAI研究所と研究者ネットワーク

 情報処理学会、AI学会、データベース学会などの理事や会長などの要職を歴任した教員とエッジのきいた若手の教員、海外からの専任の招聘教員を組み合わせ、多彩でオープンな教員コミュニティを準備しています。学生には、教員の多彩さを通じて、データサイエンス学部の間口の広さと奥行きを直接感じてもらうことができると考えています。
 学部の開設に先立ち、本年4月に、本学にアジアAI研究所を設立し、アジア圏を中心に国際的な研究者ネットワークの醸成及び企業との教育・研究連携協力活動の拠点として機能すべく活動を開始している。

6.入試、教育、キャリアデザインについて

 政府や多くの識者が指摘するように、データサイエンスへの期待は、高度なスペシャリストを育成するだけでなく、21世紀を生きる人々が、情報・数理の基礎を身につけ、データに基づき合理的な判断を行えるようにする実践知を身に付けてもらうことです。21世紀においては、こうした知識やスキルを持った人財は、業界・職種を問わずあらゆる局面で必要とされるものと確信しています。
 その意味で、理系・文系の枠組みを超えて、多くの高校生にチャレンジしてもらうために、理系型、文系型、文理融合型など入試の間口も広くします。また、データサイエンス=数学というイメージを持たれていますが、本学では、数学が得意ということを前提としない教育を志向します。具体的には、最優先で秀逸なツール群を徹底的に使いこなせることを重視し、先ず問題解決を図れることの醍醐味を味わっていただき、その上で数学的な裏付けもできる人材を育成して行きます。具体例の一つとしては、データサイエンスの数理的な基礎の学修もpythonのプログラミング言語の学修と組み合わせて、理論と実践をカップリングした演習スタイルを導入する予定です。

7.おわりに

 本学の「世界の幸せをカタチにする。」ビジョンに呼応すべく、データサイエンス学部では、データとAI技術を駆使して、実世界イシューに挑戦し、新しい幸せの価値をカタチにするというミッションを掲げています。さらに、AIの進化を前提としたスマートデータサイエンスを通じてデータサイエンス分野の進歩にも貢献するとともに、21世紀型能力を身につけたスマートクリエイティブな人財を輩出して行きたいと考えています。

参考文献および関連URL
[1] 未来投資2018―「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革―
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/miraitousi2018_zentai.pdf
[2] エティエンヌ・ウェンガー他、「コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践」 、Harvard Business School Press、2002

【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】