特集 授業の価値を最大化する教育のICT革新

3大学連携の
仮想患者システム、Web会議システム等による
地域連携医療教育の実践[1][2][3][4]

片岡 竜太(昭和大学 歯学部 教授)

1.はじめに

 中央教育審議会から出された「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」では、地域のニーズに応えるという観点から、それぞれの高等教育機関の強みや特色を活かした連携が推奨されています。また人材を育成する側と人材を活用する側で議論と理解を深めていく必要があり、学修の質を向上させる機会としての「インターンシップ」を充実することが提言されています。歯学教育においても、人材を育成する大学と活用する歯科医師会の議論と理解を深める必要があると考えられます。
 平成24年度から5年間文部科学省大学間連携共同教育推進事業の補助を受けて、超高齢社会に対応できる歯科医師を養成することを目的とし、北海道、北東北、関東の3連携大学が、ステークホルダー(9歯科医師会)と協働して教育プログラムを構築しました。本教育プログラムの下で、臨床をシミュレーションして学ぶために作成した3大学共通のICT教材を活用して、シミュレーション教育(医療面接、診察、検査、診断、治療ケアプランの立案など)を行った後で大学病院において臨床実習を行っています。インターンシップに相当する地域医療実習は、各地域で歯科医師会の指導の下で実施しています(図2)。

図1 超高齢社会に対応できる歯科医師の養成
図1 超高齢社会に対応できる
歯科医師の養成
図2 3連携大学と関連する9歯科医師会
図2 3連携大学と関連する9歯科医師会

2.ICTを活用した3年間にわたる教育プログラムについて

 平成24年11月に開催した第1回ワークショップでは、超高齢社会において、歯科受診患者の基礎疾患有病率・服薬率が増加する中で育成すべき歯科医師像について大学教員と歯科医師会が協議し、「全身と関連づけて口腔を診ることができる」「基礎疾患を有する患者の歯科診療を多職種と連携して安全に行うことができる」歯科医師を養成するために、以下のような学修目標の設定を行いました(図3)。

図3 超高齢社会において育成すべき歯科医師像
図3 超高齢社会において育成すべき歯科医師像

 本事業で構築した教育プログラムは、従来から歯学教育で行われている「一般歯科臨床コース」に、在宅地域医療実習をゴールとする「地域連携歯科医療実習コース」と、急性期医科病棟チーム医療実習をゴールとする「医・歯・薬・保健医療学部チーム医療演習コース」を加えて、超高齢社会の到来に対応できる歯科医師を養成するものです(図4)。

図4 教育の全体像と本準備教育の位置付け(本学歯学部)
図4 教育の全体像と本準備教育の位置付け(本学歯学部)

 本教育プログラムは3段階からなり、第1段階(Step1)は3年生が対象で、eラーニングを活用した「全身と口腔の関連についての基礎知識の修得」、第2段階(Step2)は4年生を対象に「コミュニケーション・臨床推論能力の養成」を目標に仮想患者教育(VP)システムも活用して、アクティブラーニングプログラムとしました。第3段階(Step3)は5年生を対象に、患者を担当する前に臨床をシミュレーションして学ぶことを目的として、ICT教材を活用した自己学修システムを構築しました。
 初年次から電子ポートフォリオシステムを活用して、授業前に目標を設定し終了後に振り返りを行い、「できたこと」と「できなかったこと」を明確にし、自己の成長を確認し、次に学ぶべきことをしっかりと記憶にとどめ、ゴールを目指して学び続ける習慣を身につけるプログラムを構築しました(図5)。図6に電子ポートフォリオシステムの概要を示します。学生は入学時から本システムを用いて、超高齢社会でどのような歯科医師になりたいかという長期の目標と、授業前にその授業を通じて達成したい目標を設定し、授業後にはその目標が到達できたかを自己評価する訓練を行っています(図7)。

図5 3段階からなる準備教育と電子ポートフォリオシステムの活用
図5 3段階からなる準備教育と電子ポートフォリオシステムの活用
図6 電子ポートフォリオシステムの概要
図6 電子ポートフォリオシステムの概要
図7 電子ポートフォリオシステムを活用した目標設定、振り返り、成長の実感と次の目標
図7 電子ポートフォリオシステムを活用した
目標設定、振り返り、成長の実感と次の目標

3.ICT教材を活用した授業の進め方

 第1、第2段階(3年、4年生)では、反転授業を応用して、3大学共通のICT教材(eラーニング、VP)を予習・授業中・復習に活用して能動型学修を促進しています。症例課題に取組むことにより、学んだ知識を臨床でどのように活用するか理解させ、学生に考えさせるような進め方ですべての授業を行っています(図8)。

図8 反転授業を応用した授業の進め方
図8 反転授業を応用した授業の進め方

 第3段階(5年生)では、臨床実習中に患者を担当する前に、臨床をシミュレーションして学ぶことを目的として、ICT 教材で自己学修を行えるようにしています。

4.大学教員と歯科医師会の協働により作成した3大学共通のICT教材

 3大学教員とステークホルダーである9歯科医師会メンバーで構成される4つのワーキンググループが、超高齢社会で特に重要になる1)口腔乾燥症、2)基礎疾患を有する患者の歯科診療、3)多職種と連携して実施する地域医療(急性期・回復期)に関して、学びを充実させる目的で、eラーニングや仮想患者システム(VP)教材などのICT教材を作成しました(図9)。

図9 3大学、9歯科医師会メンバーによるICT教材作成
図9 3大学、9歯科医師会メンバーによる
ICT教材作成

 第1段階から第3段階の教材と資料を図10〜12に示します。第1段階(3年生)では全身と口腔に関する基礎知識の修得を目指しますが、医療面接のビデオや内視鏡画像なども提示して、臨床との関連を意識し理解させるようにしています(図10)。第2段階(4年生)では、コミュニケーション・臨床推論能力を養成するために、仮想患者システムを活用しています。これは臨床現場をシミュレーションした形で、診療情報提供書を見ながら、仮想患者システムにチャット形式で医療面接を行い、検査法の選択や診察を行い、診断や治療ケアプランを立案するものです(図11)。第3段階(5年生)は臨床実習で患者を担当する前に、ICT教材を活用してシミュレーションを行います(図12)。

図10 第1段階(Step1)の教材例(症例ビデオ、eラーニング)と授業の様子
図10 第1段階(Step1)の教材例(症例ビデオ、eラーニング)と
授業の様子
図11 第2段階(Step2)の教材例(仮想患者システム)
図11 第2段階(Step2)の教材例(仮想患者システム)
図12 第3段階(Step3)臨床実習におけるシミュレーションICT教育システム
図12 第3段階(Step3)臨床実習における
シミュレーションICT教育システム

5.地域連携実習と歯科医師会との協働

 超高齢社会の到来に伴い、歯科診療所に通院することができない患者数の増加など地域歯科医療の現場や歯科医療の様々な側面に触れ、知識や技術に加えて人と人とのコミュニケーションの重要性の理解を深めることを目的とし、歯科医師会と協働して地域医療実習を実施しています(図13)。また臨床の最前線にいる歯科医師会の先生方に、学生の指導を通じて見えてくる大学教育について意見を伺うことを趣旨として意見交換会を開催しています。

図13 歯科医師会メンバーによる学生指導
図13 歯科医師会メンバーによる学生指導

 本実習に関連して、指導した歯科医師会メンバーにアンケートを行いました。実習時の学生の態度、積極的な参加、好ましい変化についていずれも高い評価が得られ、92%がこのような地域医療実習が必要であるとの回答でした(図14)。

図14 実習についてのアンケート結果(歯科医師会)
図14 実習についてのアンケート結果(歯科医師会)

6.3大学学生交流と3大学共通試験

 同じICT教材で準備教育を受けた学生が、それぞれの地域で高齢者を対象とした地域医療実習を説明する資料(パワーポイント)を作成し、Web掲示板上で感想や質問の意見交換をします。その後、Web会議システムを活用してディスカッションを行います(図15)。この3大学交流を通して学生は異なる地域の地域医療のあり方を学ぶと同時に、他校の良さを知り、自校の良さや地域の特徴などを知る機会を得ることができます。また、5年終了時に本教育プログラムで学んだ成果を確認する目的でeラーニングを活用した3大学共通試験を実施し、本教育カリキュラムの評価と改善を図っています。

図15 Web会議システムを用いた3大学学生交流の様子
図15 Web会議システムを用いた
3大学学生交流の様子

7.本教育プログラムの教育効果

(1)学生アンケート結果

 平成26〜28年度の学生アンケート結果からは、授業内容に興味を持ち、理解した学生数はStep1、2ともに増加し、Step1では90%前後、Step2では80%以上に認められました(図16)。

図16 平成26〜28年度IT連携授業アンケート集計結果(3連携大学平均)
図16 平成26〜28年度IT連携授業アンケート集計結果(3連携大学平均)

(2)平均正答率

 IT教材を活用した準備教育では、3大学平均正答率は、授業前後、同一学生群の3年生と4年生でいずれも70〜80%に上昇しました(図17、18)。

図17 授業前後の平均正答率 図18 同一学生群1年後の平均正答率
図17 授業前後の平均正答率 図18 同一学生群1年後の平均正答率

(3) 学生インタビュー

1)方法

 3連携大学の歯学部学生(計12名)に対して半構造化インタビュー(30分)を実施しました。インタビューは事前アンケート(自由記載)で得た情報を基に、授業の進め方、内容、IT教材の活用などについて、より詳しく学生の意見や感想を聞くために行いました。インタビューの実施とその質的な回析は、岐阜大学医学部MEDC今福輪太郎先生に依頼しました。

2)結果

 学生インタビューでは、以下の結果が得られました。学修アウトカムとして、①「IT教材」が学修に新鮮さや楽しさをもたらすことで学修意欲が向上し、アクティブラーニングの促進につながった。② 学修プロセスにおいて「予習・復習の重要性」を認識し、より「深い学修アプローチ」をすることができた。③ 学修成果として、チーム医療や全身疾患と口腔との関連づけの重要性といった「社会ニーズに対応する歯科医療に対する意識」「知識獲得・定着の実感」「コミュニケーション能力」「メタ認知能力」を向上することができた。④ 3大学共通のIT教材を活用した教育を基盤として、各大学で地域や大学の特徴を踏まえて実施している地域医療実習や学部連携臨床実習などで、学びの深まりを確認することができた(図19)。

図19 本教育システムでの学びに関するカテゴリー関連図
図19 本教育システムでの学びに関するカテゴリー関連図

 前述の本教育プログラムのゴールである「医科病棟チーム医療実習」では、歯学部の学生が医科病院病棟で、医学、薬学、看護、理学・作業学科の学生達と5人のグループを作り、1週間入院患者を担当しました。消化器内科病棟における4学部学生チームが協働して作成し、医療スタッフに発表したプロダクトと、歯学部学生が別途作成したプロダクト例を示します(図20)。

図20 医科病棟チーム医療実習で学生が作成したプロダクト例
図20 医科病棟チーム医療実習で学生が作成したプロダクト例
 電子ポートフォリオの解析から学生が到達できた内容を抽出すると、以下のような結果が得られました。① 口腔内の状態を患者や他学部生にわかりやすく説明できた。② 各専門領域で調べた内容をグループで共有できた。③ 患者・家族の問題点について、退院後を想定してグループでプロブレムマップを用いて多面的に抽出し、治療・ケアプランを立案できた。④ 全身状態と口腔内の状態を考慮しながら、治療計画を立案することの重要性を学んだ。

8.おわりに

 社会のニーズに応えることができる歯科医師を養成するために、異なる地域で歯科医師を養成する3大学と、卒業した歯科医師を受け入れる歯科医師会が協働して、新しいニーズに対応するためのICT教材を開発し、3大学で共通の教材を活用した臨床の準備教育を実践しました。協働して作成したICT教材は、歯科医師会から提供された動画、画像なども含めて臨場感があり、学生は興味を持って学ぶことができました。
 大学と歯科医師会が協働することで、議論をする機会が増えて、相互理解が深まり、準備教育を含めた地域医療実習を卒前教育の1つのゴールとすることができ、また卒後の臨床研修と連続性を持たせることができました。今後の発展性として、多様な地域の特徴を採り入れた教育システム、卒前卒後教育システムの連続性、歯科医師会を中心とした生涯学習システム、社会のニーズの変化に対応した教育システムの構築につなげていきたいと考えています。
 今後の課題は、ICT教材の更新にかかる労力と費用、患者情報を含むICT教材公開の難しさ、教員および歯科医師のICTスキルの向上、ICT教材作成時に生じる著作権の問題などであり、連携校や連携歯科医師会を増やすなどの対応が必要であると考えられます。

参考文献および関連URL
[1] 片岡竜太,越野 寿,豊下祥史,城 茂治,弘中祥司,佐々木勝忠:地域のチーム医療,在宅チーム医療で活躍できる歯科医師の養成,保健医療福祉連携,8:38?50,2015.
[2] 文部科学省:大学間連携共同教育推進事業「IT を活用した超高齢社会の到来に対応できる歯科医師の養成」,http://itrenkei.wdc-jp.com/(2020年8月12日参照)
[3] 片岡竜太:ICTを活用した超高齢社会に対応できる臨床能力の養成プログラム
老年歯科医学第33:427-433,2019.
[4] 平成24年〜平成28年度 文部科学省大学間連携協働教育推進事業「ITを活用した超高齢社会の到来に対応できる歯科医師の養成 成果報告書」2017年10月

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