附 録
翻訳は、米国のEDUCOMの許可を受けて広報委員会翻訳資料分科会が行ったものです。

宇宙の画像づくり


Imaging the Universe

Roger S.Foster*
Educom Review January/February 1996,p.16-19.



 分散したコンピュータによる計算と高度な新ソフトウェアの利用により、電波天文学者は一層強力な眼で宇宙を調べられるようになるだろう。

 宇宙からの電波を調べるために、ニューメキシコ州ソコロ西方のサンオーガスティン平原に置かれた27個の望遠鏡の超大アレイが用いられる。
 高性能計算を行うのに、もはや最新型のスーパーコンピュータにアクセスする必要はなくなった。そうするかわりに何十台、何百台、あるいは何千台といった速いプロセッサをリンクして得られる複合頭脳力が、難問中の難問をさえ解決してくれるのである。過去において天文学者は大きな計算課題を解くのに高価なスーパーコンピュータに頼らざるを得なかったが、今日では数多くの小さなワークステーションをインターネット上で結んでつくった一大集合体が未使用のコンピュータサイクルの莫大なリソースを提供してくれる。適切なソフトウェアがあれば、大型のアプリケーションは利用可能なコンピュータをインターネット上で自動的に検出し、これら自由状態のプロセッサーに計算タスクを割り当てることができるであろう。いいかえれば、ネットワーク全体が一つのコンピュータに変身するのである。
 米国海軍研究所と国立電波天文台の電波天文学者達は、大規模な科学的問題を解くためにこの分散型計算という構想の実現に向けて努力を続けている。近い将来、スケーラブルな科学計算に必要なツールと同じものが、現在では想像もつかないような仕方で他のアプリケーションにも使われるようになるであろう。またコンピュータのサイクルタイムは電気と同様に売買され、小口のユーザは実際に必要なときに計算代だけを払って集中的にアプリケーションを走らせることが可能になる。莫大な容量の大型コンピュータを所有する人達はそれで採算がとれ、ひいてはハードウェアへの拡大再投資へと向かうであろう。
 大型コンピュータに加え、電波天文学者は電波宇宙をマッピングするための大型望遠鏡を必要とする。検出した微かな電波信号を56頁に示したような広視野画像(大パノラマ式画像)という形の美しい図に変換するには、複雑な計算を行わねばならない。私たちの電波宇宙をマッピングするのに用いられている主要な装置の一つが、ニューメキシコ州ソコロ西方のサンオーガスティン平原に置かれた電波望遠鏡の超大アレイ(Very Large Array、以後VLAと略す)である。
 全米科学財団との契約下にアソシエイティッド・ユニヴァーシティ社が運営する国立電波天文台により保持されているこのVLAは、口径25mの電波望遠鏡27個を高地砂漠の全長35kmに渡って並べて建設したアレイである。大きな距離を隔てて設置されたVLAの多重アンテナにより、天文学者は大型コンピュータを用いて非常に高い分解能で天体を観測することができる。VLAは爆発している星、分子雲、超新星残骸、パルサー、電波銀河、活動銀河中心核、さらにビッグバンの宇宙残光などに関する綿密な観測を定期的に行っている。主にハードウェアとソフトウェアの両面における計算能力の進歩のお陰で、VLAはいまや1980年の開設当時に比べて電波のシグナルを観測する効率が100倍近く度向上している。それにもかかわらず、広視野画像を作製するという最も厳しい仕事でVLAの能力をフルに引き出そうとすると、さらに大きな計算能力が必要である。


高性能計算

 歴史的に見ると、計算能力の増大に伴い天文学者はより複雑なアルゴリズムの組み込みと一層大規模なデータの処理ができるようになったのであるが、そのことがまた最終的に得られる画像の忠実度と科学的な成果を向上させた。ここ2、30年に見られたマイクロプロセッサーの絶えざる性能向上は、計算コストがそれに比例して減少したことを意味している。とはいえ、非常に大型の問題を解くには、単一の最新型マイクロプロセッサーのスピードをもってしてもまだまだ十分ではない。例えば広視野画像を作製するという極めて難しいアプリケーションの問題を解決するには、大規模の並列コンピュータ(あるいは互いに連結されたワークステーションから成る大ネットワーク)が必要である。分散型計算の発達と応用は、高性能計算機能・通信開発計画(High Performance Computing and Communication program、略してHPCC)に対する政府の援助によって大きく前進するものと思われる。
 このHPCC計画は、クリントン大統領とゴア副大統領により1993年2月22日に提唱された国家情報インフラストラクチュア(National Information Infratructure、略してNII)イニシアチブの一部であるが、この発議は「情報スーパーハイウェイ」という通称で広く知られているものである。計画の中のHPCCに関わる部分は、ハイエンドのコンピュータテクノロジーをより大々的に有効利用するため、三本立てアプローチに従って遂行される。まず第一に、このプログラムは廉価なマイクロプロセッサーからスケーラブルコンピュータを作り出すといった形で、マイクロプロセッサーの廉価さという利点をうまく利用した大型の計算システムの開発を支援する。第二に、迅速なコミュニケーションを達成するため、政府は将来汎用目的で全国的に散開され使用可能になる高速ネットワークを助成する。第三に、この発議はネットワーク上の異種コンピュータでシームレスに利用可能なスケーラブルソフトウェアの開発を公約している。
 これらの三つの要素は全体で国家安全保障、教育、健康管理を強化し、とりわけ全世界的な環境改善を行うために多様な新ユーザーに高度な計算力を提供する目的で立案された。実際には、現世代の大型並列コンピュータが分散型計算の育成を増進させる力になるであろうが、先ずはそのためのアプリケーションの開発をする必要がある。

 この美しい広視野画像を創り出すのに、VLAと高性能コンピュータが使用された。類似カラーの電波画像はSNRW28(画像上端付近にある大型のアーク状をした部分)と「アヒル(Duck)」のニックネームでよく知られているG5.4-1.2(下段)という二個の超新星残骸が見られる広大な、10平方度の天空領域を示している。

20,000年前に起こった超新星の爆発さなかに、「アヒル」から一個のパルサーが猛烈な勢いで射出され、今や、爆発点を中心に球殻状に膨張する残骸気体の中ほど(左側)には、「干潟星雲」という名でよく知られ、肉眼でも見える有名なメシエ天体M8がある。


ソフトウェア危機

 全ての高機能ブラットフォーム上そして分散したコンピュータのネットワーク上で使用・共用できる強力なソフトウェアツールを開発することは、HPCCの三本柱と無関係ではない。今まで、高性能計算機能開発計画はハードウェアとネットワーク化の面に焦点を合わせ成功を収めてきたが、これらの資産を適切な形で利用するには、ソフトウェアが決定的な要素となる。実際のところ、必要とされるソフトウェアには開発用ツールと末端ユーザーのためのアプリケーションという確固たる二種類のものが含まれる。HPCC基金は分散したコンピュータ環境で用いるための数多くの試験的なツールを助成してきたが、遺憾ながら末端ユーザー用のアプリケーション開発にはそれ程までの助成を行わなかった。開発計画担当官吏や政策立案者がソフトウェア開発は商業市場で行うもの、あるいは少なくともアプリケーションを必要とするプログラムのスポンサーが支援すべきものと考えていたからである。しかし、プログラムスポンサーは商品として極めて短命でしかも特殊化されているプラットフォームのソフトウェア開発に対しては、なかなか資金を出すものではない。加えて、商業用ソフトウェアの取扱業者は、商品を搭載できるプラットフォーム数の少ない伝統的なスーパーコンピュータ用にプログラムを書くということについてはほとんど関心がない。
 高度な計算機能が短期間で達成できるかどうかは、主として優れたソフトウェアが欠如しているという理由のため、相変わらず不透明な状況にある。高性能コンピュータの目ぼしい販売業者は、それぞれ自分の専売するハードウェアシステムを最大限に利用するためのソフトウェアを開発してきた。その結果、それぞれの高性能プラットフォームで、違ったスタイルのプログラミング言語やプログラミング環境がサポートされるようになってしまったのである。この状況は設計様式のトポロジーが似ているシステムの場合でさえも、それらの相互間でコンピュータコードを交換するのを困難にしてしまっている。「一つのスーパーコンピュータ会社の半減期は、スーパーコンピュータ用の典型的なアプリケーションをひとつ開発するに要する時間より短い」という、このよく引き合いに出される社会現象は、そうした状況をさらに一層複雑なものにしている。


電波天文学のための
新ソフトウェアツールの開発

 ソフトウェア問題は今や電波天文学の分野にアプリケーションの危機を引き起こしている。天文学者が取り組みたいと思っている数多くの画像処理計算は、今や肥大し過ぎて単一のワークステーション上では実行不可能な状況である。異種プラットフォーム間で動くコンピュータコードの開発を支援してくれる優れたツールが存在しないため、分散型計算環境や高性能計算環境で使用するアプリケーションの開発が余り速やかには進んでいない。米国海軍研究所の研究者で高性能計算の経験を持つ者は、このアプリケーションソフトウェアの危機状態を克服するために骨身を削っている最中であり、単体から数十台、数百台、あるいは数千台のプロセッサーにいたるまで自由自在にスケールする、多種多様な高性能計算システムのための新しいコードを開発しつつある。
 米国海軍研究所におけるスケーラブルソフトウェア開発の努力が目指しているのは、リソースがネットワーク上の何処かで空いたとき、それらをアプリケーションがいつでも使用できるようにするという、真に分散型の計算環境を創り出すことである。アプリケーション開発とツール開発とを関連させることにより、双方での努力が高性能計算界全体に一層望ましい形で役立つことになる。つまるところ、電波天文学者に空前の解像度で電波宇宙を撮像できるようにしてくれる、まさにそれと同一のテクノロジーを、インターネット上で走る分散型コンピュータという次世代の高性能コンピュータを通じて世界中の人々が有効利用できるようにするために一役買うことになるのである。

 米国海軍研究所におけるリモートセンシング部門の任務は、遠隔探査で得られる情報を利用した海洋、大気、宇宙環境といった、最も広い意味での地球規模の応用を目的とする研究・開発、あるいはそうした目的を果たすための遠隔探査システムの研究・開発を行うことである。この部門が行う活動の幾つかに関する実例を知るには、http://rsd-www.nrl.navy.mil/にあるホームページを参照されたい。計算用リソースは国防総省高性能計算近代化計画より提供された。



Roger S.Foster
Washington D.C.にある米国海軍研究所のリモートセンシング部門所属の電波天文学者である。E-mail:foster@rlra.nri.navy.mil


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