政治学の情報教育

計量政治分析を通した政治学の情報教育


川上 和久(明治学院大学法学部教授)



1.政治学科専門科目の柱としての「情報分析」

 明治学院大学法学部政治学科では、「政治理論」「地方政治」「日本政治」「国際政治」と並び、「情報分析」を専門科目の柱として立て、この講座に該当する2名の専任教員をあてている。政治学科の中で、情報教育にあたる分野に2名の専任教員を配置しているのは、全国でも非常に珍しい。
 それは、地方行政において、ホームページ上からデータを取得しようとすれば、エクセルファイルを扱えなければならないし、国際政治において、必要な統計情報を取得しようとすれば、今や生データで提供されているものを自分で分析する時代になっていることにも代表されるように、政治学のさまざまな分野において、計量的なデータを取得・分析する能力が不可欠になってきているからである。
 具体的には、1年次の「情報学概論」に始まり、3年次以降の「情報メディア論」「政治心理学」「政策分析」「社会統計学」などの科目群で、計量データをはじめとする情報の解釈の仕方について体系的に学ぶ。その一方で、実際にパソコンを動かしながら、政治データの分析の仕方を体験していく授業も欠かせない。1,2年次科目として、一般教育科目の「情報処理」があるが、政治学科では、「情報処理」を選択したか否かに関わらず、3年次に選択できる科目として「計量政治分析」を設けており、この科目が政治データを実際に分析する過程を経験する科目になる。
 ここでは、私が担当しているこの「計量政治分析」の運用状況について紹介したい。


2.「計量政治分析」の年間カリキュラム

 「計量政治分析」は、1人1台のパソコンを前提にして行われる。本学の場合、もっとも広い実習室に28台のパソコンが設置されているので、最大限28名が履修できるが、パソコンを駆使してデータ分析をするという科目内容に対する学生の関心は高く、1学年約150名の学科であるが、抽選を行う状況である。同内容で2コマ開講されているが、抽選に漏れて履修できない学生が多数生じているのが現状である。
 履修する学生の状況について、指導上の参考に、授業の第1回目にアンケートをとっているが、その中でパソコン保持者は約6割である。ワープロ保持者を合わせれば、ほぼ全員がパソコンかワープロを保持しているが、OSがWindowsNTのため、この操作に習熟するために、最初のオリエンテーションの時間にWindowsNTの操作を練習する。
 第2回からは、実際の統計データ操作練習に入る。統計ソフトは、SAS、SPSSの双方がサーバー上にインストールされており、どちらを使用することもできる。どちらを使用するかは、分析に使用するデータファイルの形式によって決まっており、SASのデータセットとしてのプログラムが付随したデータを使用する場合はSASを、SPSSシステムファイルとしてデータが提供される場合にはSPSSを使用している。
 どちらの統計ソフトを使用するにしても、まず分析の手法そのものに慣れるために、質問項目もさほど多くなく、サンプル数も限られた、「サンプルデータ」を用いて、「コントロールファイルの作り方」から始まり、「データの加工・変容」「単純集計」「クロス集計・カイ2乗検定」「平均値・T検定」「相関係数」「因子分析」「重回帰分析」を演習形式で身につけていく。「社会統計学」を履修している学生にとっては、統計的な検定の概念も頭に入りやすいが、「社会統計学」を履修していない学生もいるため、有意差やカイ2乗分布など、ある程度講義形式で補足しなければならない部分もある。
 そういった側面以上に大変なのが、学生に実際にキーボードをたたかせた結果として生じるエラー対策である。何しろ、キーボードの使い方自体にも慣れていない学生もいるので、当初は細かいところでエラーが続出し、教員がエラーの出たパソコンの間を走り回り、一方で習熟度が高く、すぐに結果を出せる学生は時間を持て余し、インターネットに接続したりゲームをしたりして、最後の一人の計算が終了するまで待たされる羽目になるが、前期が終了するまでには、ほぼノーエラーで指示した結果が出せるまでになる。前期レポートは、こちらから指示したデータについて「クロス集計」「因子分析」「重回帰分析」の3つの分析をし、その結果を読みとったものをまとめることになる。
 サンプルデータを用いて一通りの統計をマスターした後、後期になると、実際の政治データの分析に進んでいく。実際の政治データは、担当教員がプロジェクト研究で得た「1992年参院選における世論調査データ」「93年総選挙における世論調査データ」「94年参院選における新聞・テレビ報道の内容分析データ」「96年総選挙における世論調査データ」「96年総選挙における新聞・テレビ報道の内容分析データ」などであり、各年度、なるべく直近の選挙でのデータを活用するようにしている。
 後期になると、担当教員が指示した課題について、コンピュータを回して結果を出すというよりも、自分自身で仮説を立て、分析していくことに主眼を置くようになる。こういった形式で進めようとすると、当然のことながら、統計分析の技術だけでなく、ある程度の分析の前提となるような投票行動理論の知識も必要になるので、「政治心理学」などの科目との連携が必要となってくる。各自の問題意識に応じて、適切な分析方法を指示し、試行錯誤しながら仮説の検証を図るべく指導していく。この時点でリテラシーが向上している学生は、積極的に多変量解析などの手法も駆使してより洗練された分析を試みようとし、コンピュータに対して消極的な学生は、クロス集計程度の分析にとどまることになるが、いずれにせよ、後期は400字詰め10枚程度の本文+図表でレポートをまとめることになる。


3.授業運営にあたっての問題点

 この「計量政治分析」の問題点もいくつか存在する。以下にその問題点を記す。
 第一に、統計学の知識がない学生の受講で、分析結果の解釈に粗さが生じる点である。これは、「社会統計学」を2年次科目にし、その単位取得を「計量政治分析」の履修要件とすることで、解決する方向が考えられている。
 第二に、特に初期のリテラシー取得期の能力差の問題がある。現状でも、パソコンに習熟している学生がチューター的に他の学生にアドバイスするシステムを実質上はとっているが、各自がリテラシーを取得するまでの間は、TAの導入を検討すべきだろう。
 第三は、4年次生の問題。就職活動で欠席が多くなるため、実質上就職活動している4年生の履修は認めていない。このようにいくつかの問題点はあるが、政治学科の学生がコンピュータを駆使して計量的思考を身につける上で、「計量政治分析」は多大な寄与をなしていると思われる。


【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】