政治学の情報教育

コンピュータの高度利用に向けた体制づくり


谷 藤 悦 史(早稲田大学政治経済学部教授)



1.はじめに

 政治学の学習にとって、情報教育は不可欠のものになっている。それは単に、政治現象に関わる情報やデータの収集や処理のために、そしてまた授業における各種のレポートや論文の作成のために、コンピュータ利用が不可欠であるという理由だけではない。現代政治学は、20世紀に入って、政治哲学や法制度の研究を中心としたものから、実際の政治現象や政治行動の分析と解明に、多くの努力を費やすようになった。結果として、この流れは、社会学、心理学、統計学、数学などとの学問的交流を活性化し、政治学の研究方法や手法を大きく変えることになった。例えば、投票行動や選挙研究では、選挙制度の問題のみならず、特定の制度の中で、人々がどのように政治的意見や態度を形成して投票行動をするのかに焦点が当てられることになった。政治社会調査が頻繁に用いられ、大量のデータの収集と処理が一般的なことになり、そのために統計学や統計数学の知識が不可欠のものになった。公共選択、公共政策そしてまた国際政治の分野でも、数学の基礎知識や数学理論に対する教養が必要なこととなっている。情報教育は、情報やデータの収集・処理のみならず、コンピュータを用いた高度な分析のためにも欠かざるものになったのである。


2.政治経済学部政治学科における情報教育

 政治学の学としての発達、政治学に対する時代の要請などから、政治学自体の専門化と細分化が著しく進行している。政治学科に入学した学生が驚くことは、科目数が極めて多いことである。現在、政治学科が用意している政治学ならびにそれに関連する科目は、4年間で64科目にもなっている。地域研究などの科目は、1科目として数えてあるが、実際には、東南アジア研究、東欧研究、ラテンアメリカ研究、アフリカ研究などと細分化されているので、それらを加えると、総科目数は80科目近いものになる。これに、いわゆるゼミナールと称される約30の専門演習が加わり、総数は100科目を超えることになっている。政治学は、高校において専門的に教えられているわけではないから、詳しい内容を知らずに、漠然と日本やアメリカの政治のことを知りたい、国際政治を勉強したいなどと考えてきた学生たちにとって、細分化された専門的な政治学のメニューは、混乱を生む原因にもなっている。こうしたことから、本学では、系統的な学問研究を行うために、二つの柱からなるカリキュラム編成を行っている。一つは、基礎的な研究から高度な研究へと段階的な学習をするように、各科目を「基礎科目」「コア科目」「関連科目」に分けて配置していることである。今一つは、学問研究の対象を明確にし、系統性と方向性を持たせた学習を進めるために、政治学科を「政治学コース」「公法行政コース」「国際政治コース」の3コースにわけ、各科目を配置していることである。
 このカリキュラムの中で、基礎的な情報教育に関わる科目は、自由選択科目として位置づけられ、どの学年においても選択できることになっているが、政治学科では、独自の講座を開設していない。早稲田大学では、メディアネットワークセンターが、全学部の学生を対象にした共通科目として、コンピュータ利用と情報処理の基礎的な知識に関わる科目を設置しているので、政治学科では、情報処理の基本的な知識の修得については、メディアネットワークセンターの「情報処理入門I」、「情報処理入門II」、「情報処理入門III」、「情報化社会概論」、「コンピュータ応用」などの講座に委ねている。学生が、同センターの設置科目を履修した場合、4単位を上限として卒業必要単位数に組み込むこととし、それ以上履修した場合には、卒業単位数には組み込まないが、証明書には履修単位として記載している。1997年度におけるメディアネットワークセンターの各講座に対する政治学科の受講生は、延べ人数で249名、政治学科全学生の16%程度が受講している。
メディアネットワークセンター講座の
政治学科の受講者数
 
情報処理入門 I 182
情報処理入門 II 36
情報処理入門 III 6
情報化社会概論 13
コンピュータ応用 12
合    計 249
 学生は、大学内の各箇所におかれているコンピュータを自由に利用できるが、政治経済学部では、コンピュータを利用した授業と学生の自主的な研究を主な目的としてコンピュータ教室を独自に開設している。この教室は、「計量政治学」、「計量経済学」、各演習など、授業での利用を優先しているが、授業で使用しないときには、オープン利用となっている。利用対象者は、政治経済学部の学生ならびに教職員で、メディアネットワークセンターの授業などを受講し、コンピュータについて基本的な知識を有している者に限定している。コンピュータ教室の目的は、専門科目での高度利用を目的として開設されているからである。コンピュータ教室のハードウェア構成は、パーソナルコンピュータ43台、プリンター2台、UNIXサーバー1台である。さらに、来年度にPCを80台増加する予定である。ソフトウェアは、基本OSとしてMS-Windows、ワープロのMS-Word、表計算のMS-Excel、統計解析のSPSSとSAS、数式処理のMapleV、計量経済分析のRATS、通信ネットワークのNetscape Navigator、Win/Yatなどである。教室の運営については、大学院政治学研究科と経済学研究科の学生からなる18名のTAが登録されていて、常時2名が在室するように勤務体制が組まれ、保守管理をするとともに、学生からの各種の質問に答えるようになっている。「経済学のための計量分析入門」、「計量経済学」の授業が定期的な利用を行い、政治学関連では、「社会調査」、「政治過程論」、「政治意識・世論研究」、「政治コミュニケーション研究」等の専門演習の授業が、不定期に利用している。また来年度から、「計量政治学」、「政治行動論」が新たに設置されるが、同科目での利用も予定されている。専門演習に参加する学生たちが自主ゼミナールを作り利用している場合もある。


3.問題と展望

 政治学におけるコンピュータの利用は、今後も拡大すると思われる。それに伴い情報教育の必要性も、さらに高まるであろう。情報処理の基礎的な知識の修得については、今後もメディアネットワークセンターの講座に委ねることになるが、問題は、コンピュータを利用した高度な政治分析のための知識や情報処理技術を、どのように修得させるかである。政治経済学部では、幸いなことに、数学、統計学、統計数学、解析学、社会調査などの科目がすでに設置されているので、政治学の計量分析や数理分析に関心の高い学生に対しては、それら学問と情報処理技術の修得の必要性を早い段階から認識させ、系統的に科目を履修させるような指導が望まれていると言えよう。それには、科目担当者が連携強化し、政治学にとってどのような数学や統計が必要であるのか、さらにまたいかなる情報処理技術が必要であるのかを、相互に理解し、系統的な科目配置をさらに進めることを検討している。


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