特集 ネットワーク時代の教育を考える

武蔵大学におけるネットワーク利用教育の現状と課題


今井 英彦(武蔵大学情報処理教育センター長・経済学部助教授)



1.武蔵大学のネットワーク環境

 武蔵大学の情報処理教育は、1980年代はミニコンあるいは汎用機に専用端末やPCを接続したシステムにより、FORTRAN等の言語を中心とした授業という形で実施されていた。その他はいくつかのゼミ・演習でワープロと表計算ソフトが使われている程度であった。1993年に現在の情報処理教育センターが発足し、5か年計画が策定され、その年にTRAINに接続、翌1994年までにFDDIを中心とする基幹LANとWS設置教室1、PC設置教室が2つオープン、さらに教員の個人研究室がネットワークにつながった。
 現在では情報機器設置教室数は大小あわせて6、機器はワークステーションが32台、PC約200台であり、対外接続は512Kbpsとなっている。運用上の特色としては、
  1. 入学時に全学生にアカウント(したがってインターネットアドレス)を発行
  2. 授業がないときは自由に利用可能(平日20時、土曜17時まで)
  3. どのマシンからでもホームディレクトリにアクセスできるファイルシステムの構築
  4. 「パワーユーザー」の学生、大学院生をStudent Assistant(SA)として雇い、授業補助と自習利用者の質問の受け付けに当たらせる制度の導入
などがあげられる。


2.ネットワークを利用した教育の試み

 経済学部では1996年度からカリキュラムが改定され、3学科中2学科で半期ないし通年のリテラシー教育が必修となり、残る1学科でも3/4の学生が選択必修として受講している。人文学部でも受講枠が拡大してきている。1993年から94年にかけての整備以来、学生ユーザー数は急増してきており、それとともに、情報処理関連科目以外の授業での利用も徐々に増加してきている。
 私自身は経済学部で経済統計学という科目を担当しているが、94年から試行錯誤で授業でのネットワーク利用を試みてきた。

(1)教材提示ツールとして

 その日の授業内容のポイントと例題からなるファイル(主として表計算)をネットワーク上に置いておき、授業冒頭に配布(学生がコピー)、例題の実施後に解答と追加説明込みで再配布、といった形で授業を進めている。また、必要に応じて、ワークステーション上の統計言語を使い、例えば標本平均の分布がサンプル数が増えるにしたがってどうなるか、といったシミュレーションをスクリーンに映し出し視覚的に説明している。

(2)学生とのコミュニケーションツールとして

 レポートは電子メールでのみ受け付けるようにしている。レポート課題は主に表計算ソフトを使うものであるが、それとメールの窓とを切替えながら、ひとつの画面で完結しているが、その奥行きが深遠である世界での思考方法とスキルの獲得を目的としている。もちろん、レポート提出の有無についての集計がスクリプト一つで済んでしまう教員側にとっての効率性という魅力も非常に大きい。
 さらに重要と感じているのは、授業に関する質問をメールでやりとりすることだ。学生にとっては先生がなかなかつかまらない、といったことがないし、教員側も仕事に集中しているときに響くノックの音に中断を余儀なくされることも減る。また質問内容によっては受講者全員に回答を送信する事も容易である。

(3)体験型・試行錯誤型学習ツールとして

 学生に意欲さえあれば、わからなかったこと、あるいは欠席した授業内容を、過去に遡って追体験しながら理解すること、さらにはそこで得たものをネットワーク上にある他のデータに適用する、あるいは他の授業に応用し役立たせる、といったことが可能な仕掛けになっている。授業時間外に学生同士が教えあっている場面をよく目にするが、その意味も大きいと考えている。
 このように、周到で華やかなWEBページを作っているわけではなく素朴な利用法ではあるが、私個人としてはネットワーク敷設前の授業と比べ教育効果は確実にあがっていると考えている。

図1 武蔵大学キャンパスネットワーク


3.自己評価と今後の課題

(1)ハード環境の整備

 武蔵大学がインターネットに接続した当時は、すでに慶應義塾大学湘南・藤沢キャンパスや筑波大学でのインターネットを利用した教育についての事例が伝わってきていた。そこでまず小規模なLANを作りTRAINに接続、実際に学内でネットワーク利用の実験、評価検討が行われた。その結果、情報収集、コミュニケーションツールとしてのネットワークの持つ可能性に触れ、ぜひネットワークを教育に採り入れてみようということになったという。
 このことと、クライアント−サーバー型のネットワークが普及するにつれて、情報処理を学びスキルを身につけた文化系学部学生に対する社会的要請も増大するとの見通しのもと、冒頭で述べたように汎用機を捨て、現在のようなシステム採用の意思決定がなされた。

(2)ユーザー支援体制の整備

 当時はまだコンピュータに触ったことのない学生が大半であった。学生達が情報処理科目だけでなく生活のツールとしてあたりまえのようにネットワークに触れる、そのようなキャンパスを目指して、開設当初からセンター主催の講習会を精力的に開催してきた。担当はセンタースタッフ(2名のインストラクター、コンピュータ科学の学位取得者、大手メーカーSE経験者)である。その際、既存の授業科目との関係を明確にする必要があったという。前センター長のもと、授業はeducationであり、講習会はexcersiseであると位置づけられ、幸い学内の合意が得られた。
 学生ユーザーの急増とともに、そしてカリキュラム改定によるリテラシー教育の充実とともに、情報処理科目以外の授業での通年あるいは臨時利用も着実に増加してきている。実際にコンピュータを学生に触らせながら実施する授業を担当していて痛感するのは、SAを含む授業支援要員の重要性である。これなくしては教員は「操作法」の指導に走り回ることになり、授業の内容がどうしても薄くなってしまう。

(3)今後の課題:教材作成支援体制は?

 武蔵大学で進行中のもう一つの大きな変化といえるのは、大型スクリーンと情報コンセントを備える中・大教室(学生用のPCは設置されていない)の利用希望が増加してきていることだ。例えばファイナンス系のある授業では、先生がノートPCを持ち込み、プレゼンテーションソフトと表計算ソフト、それにWEBブラウザを切替えながら講義を進めている。黒板に字や式や概念図などを書くだけでは、どうもイメージすらわかない学生が増えてきているのでは、といった感想を持つ教員も少なくないはずだ。
 ネットワーク利用の教育効果がわかっていて、しかも基本的なスキルを持つ教員がそのような授業に踏み切れないとしたら、その理由は実現のための具体的なノウハウの不足と多忙であろう。ネットワーク環境の整備と授業時間中の支援体制の整備の次に求められているのは、いわば電子的教材作成に関する支援体制作りなのではと感じている。
 しかしながら、センターとしてこのような教員の潜在的ニーズに個別対応していくのは、そのニーズの多様性や発生のタイミングを考えると、要員計画一つをとっても自ずと限界があるように思う。例えば、データベースから抽出した結果をブラウザに表示させる、複数の画像を連続して表示させる、あるいは学生による入力結果を先生の元に転送する、それを集計する、このようなことを実現するためのソフト上の「部品」は、HTMLにせよCGIにせよJAVA Appletにせよ、教員間で、そして大学の枠を越えて共有し、蓄積しうる性質のものだと思う。そのような教育用の「部品」群からなるアーカイブがネットワーク上のどこかにあって、利用しあい、そして育てていく、そのような場が求められているのではないだろうか。


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