コミュニケーション学の情報教育

コミュニケーション学科におけるマルチメディアとインターネット


小田 浩一(東京女子大学現代文化学部助教授)



1.はじめに

 インターネットやコンピュータは、コミュニケーションの新しいメディアである。コミュニケーションのコストや方法の変化を利用して、人間は急速に新しい可能性を切り開きつつある。このこと自体が、コミュニケーションの重要性を示すのであり、コミュニケーション学の注目すべき対象となっている。そこで、東京女子大学のコミュニケーション学科における情報教育は、情報教育というよりも、新しいコミュニケーションのメディアについてリテラシーを付けることから始めている。1年次からコンピュータを使った文書作成や通信を必須科目として導入したのは1988年で、現在では全学に広まっている。現在の内容は、電子メールやネットニュース、WWWの閲覧とHTMLの初歩、Windows/X-WindowのGUIの利用、ワードプロセッシングや表計算、ファイルやフォルダの操作といったもので、これらを半年で教える欲張りかつコンパクトなものになっている。この基礎の上に、以下に述べる教育プロジェクトが進行している。


2.マルチメディアを活用できる学生の育成研究

 1995年から、日本私学振興財団の助成を受けて5年プロジェクトで行われている。学生が自分の想像力を働かせて、さまざまなアナログ素材を集めてデジタルに変換し、あるいは直接デジタルで記録して、それをパーソナルコンピュータでデジタル編集し、作品を作れるようにしようとするものである。作品は、CD-Rに記録したり、Web ページに公開したりしているが、紙やビデオテープなどのアナログメディアに書き出すこともある。機材を詳細に記すと紙面をいたずらに消費するので、概要を述べると、Apple社のMacintoshを10台程度学内LANに接続してあり、そこにいろいろなdigitizersやアナログ再生・記録装置を接続して、デジタル編集ソフトやオーサリング・ツールをインストールしてある。この設備をいくつかの授業でも利用しているが、授業時間だけでは学生は十分に使えるようにはならないので、講義の合間にも学習しやすいようアシスタントを外部委託で配している。成果の一部は毎年1枚の作品集CD-R(写真)に記録し、Webページで申し込んできた人に実費頒布している。このプロジェクトを通じてWebページの編集やCD-Rの制作などの仕事をするようになった学生などがあり、一定の成果を収めている。プロジェクトはすでに3年を経過し、折り返し地点を過ぎた。プロジェクト終了時に、学科の教育の中にどう位置づけるか、毎年の経常経費をどう捻出するかに課題がある。


3.インターネットを利用したセミナー

 学科専門のセミナーの中には、学生と教員、卒業生を登録したメーリングリストによって連絡やディスカッションを行っているものがある。このセミナーでは、レポートや資料をWebページによって公開している。電子メールによる連絡や議論は、体調を崩して長期間自宅から出られなくなった学生が遠隔で指導を受けて卒業論文(以下卒論)を書き上げるのを可能にしたり、セミナーに欠席の学生がキャッチアップするのにも有効であった。
 Webページに公開したレポートは、学外の関係者から批判や助言、励ましを得ることも少なくなく、学外の資源が研究を促進している。ページの更新を繰り返すことにより、次第に最終的な論文に近づいていくはずなのだが、実際にはHTML形式で編集する負荷が高いので、論文は別途書き上げられることがほとんどであった。このセミナーでは、インターネットに関連したテーマを扱った卒論も少なくなく、その場合には、当然ネットを経由して多くの素材・教材・人材が利用された。
 学内の他のセミナーにおいてもインターネットの利用は、次第に増えており、大学教育に新しい自由度と資源を与えていると言える。ただ、ページの公開には、著作権や肖像権といった細かい注意を必要とする権利がともなう。他人のこれらの権利を侵害したり、その他の社会的に問題のある行動をしたりしないような教育が必要になる。この点については、関係者が委員会を作ってホームページガイドラインを作成し、これを徹底させる教育をはじめようとしている。


4.卒業論文CD-R

 1994年度から始めた卒論のCD-R記録は、以下に述べるように学生への教育としても、また、卒論や卒業研究のデータをより有用な資源とするためにも、意味のあるプロジェクトとなっている。当初、電子化されたデータとテキストだけでなく、閲覧に都合が良いように、論文自体がExpand Book形式で統一再編集された。2年目は、閲覧する機種を問わないHTML形式で記録するようにに変更し、CD-RのフォーマットもISOとHFSのいわゆるHybrid形式にして、現在に至っている。卒論の作成を指導するマニュアルにも、CD-R記録に都合良いように、論文を電子的に編集する際の注意点が加えられ、現在はすべての学生が希望すれば記録できるような体勢に移行している。この過程で、ワープロ専用機と一般的な情報交換の容易なコンピュータの違い、機種依存の文字とJIS規定の文字セットの区別、図表とテキストの分離、画像ファイルのフォーマットなどのいろいろな概念が、学生に具体的手順と関連して教示され、電子編集についての良い導入にもなっている。ただ、全員が卒論をCD-Rに記録できるまでには、課題も多い。その1つは論文の形式をそろえる編集やCD-Rへの記録を外部委託するコストである。現在のHTML形式への統一には、著しくコストがかかるので、次回からは、学生の提出したファイルから直接PDF形式に書き出すことを検討している。


5.おわりに

 以上は、どれもコミュニケーション学に特定される情報教育とはいえず、次第にすべての専門領域が取り入れるであろう。インターネットをはじめとする新しいメディアによる人間のコミュニケーションの変化が、人間の社会や行動に与える影響を専門研究として扱うカリキュラムが、情報教育と十分な関連性を持って盛り込めているとは言いがたい。そこが今後の課題であり、また、コミュニケーション学という学問分野が確立するために必要な発想の転換点になると思われる。


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