機械工学の情報教育

WWWによるインタラクティブ教育システムの検討
計算力学教育におけるインターネットの利用について


角田 和巳(芝浦工業大学工学部機械工学科講師)



1.はじめに

 大学や官公庁における学術研究の情報インフラとして発展してきたインターネットには、教育現場での運用に適した通信技術が豊富に備えられており、情報先進国の米国などでは、様々な教育レベルにおいてインターネットの活用が積極的に試みられている。このような教育現場におけるインターネットの普及は、ハイパーテキストとマルチメディアに対応したWWW(World Wide Web)の登場によるところが大きいが、ユーザーの立場からすると、コンピュータ初心者に対して比較的敷居の低いブラウザ(Netscape Navigator など)の提供されたことが、インターネットを利用した教育活動の実現へ拍車をかけたとも考えられる。その結果最近では、シラバスや講義ノートのブラウザによる閲覧、FTP による講義資料のダウンロードサービス、関連サイトへのリンクによる情報検索などが講義の補助手段として利用され始めており、情報発信型教育プログラムの構築におけるWWWの有効性が認識されつつある。しかしながら、これらはあくまでも情報提供手段の一つとしてインターネットサービスを適用しているにすぎず、WWWの持つインタラクティブな機能が十分には生かされていない。
 本報告ではこの点を考慮し、WWWの双方向通信機能を利用した教育手法の一例として、筆者が行った計算実習を紹介する。これは、学部3年生を対象とした「計算力学」の講義において実施したものであり、実際の演習を通じて得られた経験から、WWWによるインタラクティブな教育システムの可能性と課題について検討する。


2.実習内容

 筆者の担当している計算力学では、数値計算に対する学生の理解を深めるため、差分法に関する計算実習を実施してきた。この実習では、モデル方程式を数種類の差分スキームとクーラン条件のもとで解き、その結果を厳密解と比較することにより、差分法の有用性と問題点について考察することを目的としている。したがって数値解と厳密解との比較が容易に行えるように、モデル方程式には定数係数の双曲型一次元波動方程式を採用した。
 今回作成した実習プログラムは、(1)計算プログラムの実行、(2)計算結果の確認、(3)計算結果に対する考察の提出、に大別される一連の処理をすべてWebサーバー上で行うことにより、(1)〜(3)の作業を効率的に実行しようとするものである。このような手法を実現するためには、ユーザーからの入力を受けてその結果をユーザーに返すという作業が必要になるが、WWWではインタラクティブなデータの受け渡しを実現するための機能がいくつか用意されている。今回はCGI(Common Gateway Interface)を利用して、計算実習用のsh(Bourne Shell)スクリプトを作成した。図1はプログラムの実行に必要なデータを入力するためのWebページである。学籍番号の入力はユーザー認証を目的としたもので、すべての作業は履修者ごとに用意した個人用ディレクトリで行われる。プログラムを実行するためには、使用する差分スキームとクーラン数を設定した後、ページの最後にあるEXECUTEボタンをマウスクリックするだけでよい。計算が終了すると、計算結果のグラフをインライン・イメージとして含むWebページ(図2参照)がCGIスクリプトによって自動的に作成されるので、ユーザーは数値解が時間発展する様子をただちに確認することができる。パラメータを変えて再度計算を実行するためには、図1のページに戻って入力データを変更するだけでよい。実習では、数値解と厳密解とが一致するような差分スキームとクーラン数を調べ、その理由について説明することを課題として与えたが、上記の作業を繰り返せば各差分スキームでの数値解の挙動を把握することができるので、問題を解決する際の糸口となる。
 課題の提出も、レポート提出用のWebページを設けてネットワーク経由で受け付けた。過去には電子メールでのレポート提出を実施したこともあるが、利用するメールソフトが各人で異なり初心者に対する指導に時間が割かれること、メールが受信されたことを確認する手段を講じていなかったことなどの問題が生じた。ここではこのような事態を避けるため、レポート提出用のWebページとして、学籍番号・氏名・解答を記入し、記載されたデータを送信するCGIスクリプトを作成した。さらにこのページとリンクさせて、入力された学籍番号と氏名をもとにレポート提出者と提出日時の一覧表をCGIスクリプトによって処理し、データがWebサーバーに受信されたことを確認できるよう配慮した。以上のように、プログラムの実行からレポート提出までをすべてWWWで行うようにしたところ、数値計算の体験という本質的な部分に十分な時間を割けるようになり、従来よりも効率的に実習を行うことが可能となった。
図1 数値計算を実行するためのデータ入力用Webページ


図2 計算結果を確認するためのWebページ


3.WWWを用いた教育システムの可能性と今後の課題

 本報告で紹介した実習プログラムは、本学に敷設されている学内LANと研究室のワークステーション(Webサーバー)を用いたもので、学内ネットワークが整備されている環境であれば実行可能なシステムである。またソフトウェアもFORTRANコンパイラのみが有料であり、グラフィックス等はフリーウェアで処理しているため、コスト的な問題はほとんどない。ただしCGIによるプログラミングを行う際にはセキュリティー・ホールが発生する危険性もあり、慎重な取り扱いが必要となる。
 公開したWebページに対しては、休日や深夜に学外からアクセスした学生も多く、正規の講義以外の時間帯、教室以外の場所において学生の学習を支援する方法となりうることが確かめられた。さらに興味深いのは、Webサーバーに残されたアクセスログに各学生の思考過程が反映されていることであり、これを効果的に利用すればよりインタラクティブなシステムの構築が可能であると思われる。いずれにしろ、インターネットで提供されている種々のサービスにはそれぞれ長所・短所があり、目的に応じた使い分けが望まれるところである。


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