情報教育と環境

京都産業大学の情報教育と環境



1.はじめに

 京都産業大学は昭和40年に設立され、現在は経済学部、経営学部、法学部、外国語学部、理学部、工学部からなる学生数13,000名を擁する総合大学である。
 情報化への着手は早く、昭和42年に事務局長直属の組織として計算機科学研究所が設置され、大学全体の情報処理環境の方向性を見定め、その実行機関としての役割も担い、単に学内の情報化推進機関の要として存在したのみならず、広く学外の企業や社会全般に対して情報化推進のイノベーターとしての活動をしていたことは、文字どおり、時代の要請に即した「開かれた大学」としての姿であった。
 計算機が理工系の道具として盛んに利用された時代を経て、徐々に理工系以外の分野にも使われはじめたころ、コンピュータ言語教育(以下、「言語教育」という)からワープロ、スプレッドシートなどアプリケーション利用重視へと変化し、全学的な集中教育から学部学科毎に独立した教育が行われるようになった。やがてダウンサイジングを経てネットワーク活用がその素養として重視される時代になっても、学部毎に独立した情報教育への再検討が加えられず、大学全体で効率のよい基礎情報教育が実施されずにいたと考えられる期間があった。
 現在では、情報リテラシーにおいてネットワークを取り入れた新しい教育が試みられ実施されている。しかし、情報化はすでに日常に浸透しているゆえに、より何が重要かの判断は必要であるが、何は不要であるという方針決定には十分な検討が試されるべきである。伝統的教育と新しい教育はやはり並び立つものであり、それをもって情報リテラシー教育として位置づけることも必要と思える。
 大学において基礎教育から専門教育につながるカリキュラムは重要である。そうしながらも、情報教育は、その基礎である情報リテラシーが専門教育につながることを重視するあまり、社会が求める大学卒業生への資質を軽視することは避けなければならない。めまぐるしい変貌を遂げる情報化の波にあっても、むしろそうであるからこそ、真の情報教育の基礎教育は卒業後も数年は最先端として活躍できる素養を養わせ、到来する潮流を自ら予見できる能力を持たせうることを前提に行われることが望ましい。従って、現在のトレンドを追うだけでは単なる技能教習にすぎない。例えば、表計算ソフトの利用技能を教えるのではなく、表計算とは如何なるもので、その有効性と限界を知らしめることが中心課題であり、また、ダウンサイジングとは、クライアント・サーバとは何を目指し、同時にどのような問題を含んでいるかを学習させることにある。また、マクロ機能の有効性の認識と同時にマクロウィルスの驚異といったことまでも社会科学として学習させることに意味がある。
 こういった情報リテラシー教育の後、専門教育課程へと進むべきだと考える。


2.今後必要とされる情報リテラシー教育

 ここで本学が目指す情報リテラシー教育の方向とは以下のものである。

(1)アプリケーション利用技能への比重減少

 最近まではワープロ、スプレッドシートを代表とする文書作成能力がコンピュータリテラシーであると信じられていたが、今後、それらを操作できる能力自体に、それほど優位性は認められなくなる。基本的な事は教えるが、それ自体を目的とする必然性は無い。さらに特定の製品の操作法を教授することは大学で行うべき必然性を持たない。
 大学で行うとすれば、それら特定製品の操作技能修得は学生の自主的な学習に任せ、むしろ上述した「概念」を教授することだけで十分である。

(2)ネットワーク利用技術への比重増大

 さらに普及すると予測される企業等でのコンピュータネットワークにおいて、ネットワークを用いたコミュニケーションや資料収集や作成能力が社会における個人の生産性に密接に係わる。その状況下で高い生産性を得るには、現時点で例示するなら、電子メール、news、WWW (HTML文書)に代表される技術を使いこなせる能力、いわばネットワークリテラシーが大学卒業生に求められる。

(3)マルチメディア活用技術の習得

 音声や静止画・動画などのマルチメディア情報をネットワークで扱うことが広く一般化しつつあり、これらの情報を必要に応じて効果的に収集・蓄積及び発信するための知識や能力も重要となってくる。
 応用例としては、ほとんど注目されていなかった分野であるが、研究成果を発表するためのプレゼンテーション技術がある。社会においても企画の提案、商行為における効果的な提案にもすでにこの技術は必須となってきており、その中でも各種の静止画・動画や音声などの効果的利用へと向かっている。
 専用アプリケーションも存在するが、むしろHTML文書として資料を作成してWWWブラウザを用いて提示する経験を実習させることにより、将来必要となるプレゼンテーション技能を習得させることができる。さらにインターネット経由でプレゼンテーションを行うなど様々な技術の応用と基本概念の習得が考えられる。
 一方、静止画・動画・音声などを扱うマルチメディア技術は、社会に先んじてマルチメディアに関する教育環境を整備しなければならない。

(4)タイピング技能の比重増大

 社会の高度情報化に伴い、当分の間は電子的文書を迅速に生産できる能力、すなわちタイピング能力が基本的かつ重要な意味を持つ。これは訓練次第では初期の速度の数十から100倍近い差が生じることも珍しくなく、そのまま報告書や企画書などの生産能力に結びつく。


3.大学における情報教育の構造的理解

 いうまでもなく大学教育には基礎教育とそれからつながる専門教育が存在し、多くの基礎教育は専門教育の前段階として行われるのであるが、情報教育においては、社会的要請ゆえに、専門教育の前段階としての位置づけであるとしてしまうのは問題がある。むしろ情報教育は全学生を対象に行われ、すべての学部の卒業生が即戦力として社会で活躍できることが望ましい。
 本学では情報リテラシー教育として、コンピュータ基礎実習が開講されており毎年2,800名の受講者があるが、受講時間の関係から希望するすべて者が受講できているわけではない。現在の課題はこの教育を大学全体の共通教育として実施することである。
 こうした中で、情報リテラシー教育、専門教育、自学自習による教育、そしてそれを取り巻く、大学事務組織の情報化を伴う全体の情報環境が浮かび上がってくる。


4.キャンパス情報網による全学情報環境

 今後、大学における情報関連設備の教育にかかわる主要な利用目的はネットワーク活用に移ってくると考えられる。そのためのネットワークは整備されてきているが、それを利用する授業計画とそれを支援する事務機能はさらに整備されねばならない。そこで次世代情報教育関連設備の中核となる設備は、情報教育以外の教育をも含めた大学の教育環境を支援する基盤として位置づけられる必要がある。そのため以下のような方針をもって全体の計画を推進する。
  1. ネットワークを中心とした大学のあるべき姿を描き、その実現のため新しいキャンパス情報網を教員・事務職員および学生全体で構築する。
  2. 教員・事務職員・学生ともに情報リテラシーを身につける。
  3. 備えるべき基本機能の最も中心となるものは「ネットワーク利用」である。ネットワーク利用は、現時点では電子メール、news、WWWなどへの活用であるが、それにとどまるものではなく時流に柔軟に即応していかねばならない。
  4. 利用者への研修・支援環境を提供する。即ち、情報リテラシー修得を必要とする者への研修・支援を実施する。


5.それを支える設備構成

 本学では教育用コンピュータ600台程度を設置する新しい建物(以下「新情報設備」という)を建築中である。この設備は「全学共同設備」としての観点から既設の情報処理教室と関連させ以下の設備構成とする計画である。
 まず、学部毎の専門教育に高度に特化し、当該学部学科に占有的に利用されるべき既設施設を学部設備として配置する。これは必要とあらば社会科学系学部にも設置する。そのため、新情報設備には特定の学部・学科に高度に特化された設備、または特定の専門教育に占有的な利用を前提とした設備は設けない。情報基礎教育及び専門教育に特化しない分野の情報教育をこの新情報設備によって行う。さらに各建物に分散した情報処理教室を新情報設備との関連からサテライトと位置づけ、主に自習に利用させる。図書館のパソコンコーナなどはこの設備の一部と考えてよい。さらに、事務部門は学生・教員への情報提供、各種案内、支援、指導などを可能な限りネットワーク化し、教学を中心としたキャンパス情報網の整備と大学運営全般に係わる情報化を推進する。
 この新しい設備によって、学生が利用するコンピュータは学部専用設備とは別に1,100台程度になる。


6.設備概要

 1999年4月に新しい建物と設備が完成し授業が開始される。上述した教育を実現する設備の概要の一部をご紹介する。
 本学には3種の教育用クライアントが存在する。
 Windows NT、Macintosh、そして伝統的なUNIXである。NTは経済学部、経営学部など社会科学系を中心に利用されている。Macintoshは情報リテラシー教育に、そしてマルチリンガルの必要性から外国語学部で使われてきた。UNIXは理工系学部で使われているだけでなく、全学生の電子メール、news、WWWで利用されている。サーバ群はUNIXと一部Windows NTで構成している。
 集合教室では各コンピュータの状態を均一に保たなければ授業に支障をきたす。大規模な集合教室ではこれを維持することが重要課題となる。
 新設備のクライアントのデザインは少しの台数のMacintoshを設置し、残りの台数はAT互換機にWindows NTとUNIXクローンである Linux をインストールし、マルチブートを実現することとした。これによって2種のハードウェアで3種のOSを実現でき、教育における利用要求を満たしながら設備の稼働効率とメンテナンス性の両立を目指している。


7.Free PC-UNIXの採用

 Linuxを選定した経緯を少し述べると、本学にとって、このLinuxの採用は斬新だが、我が国でもFree PC-UNIXを大学全体規模の情報教育設備として採用するのは最初ではないか。
 Linuxが性能上UNIXワークステーションメーカの製品に比して遜色ないどころか、むしろ高性能であったこと。比較的利用者が多いMathematicaが既にリリースされていたこと。そしてUNIXワークステーションに比べ圧倒的に安価で導入できることにある。さらにワープロ・表計算・メール・プレゼンテーション・お絵描きといったアプリケーションソフトがパソコンにさほど遜色なく動作し、既にUNIXが特殊な技術を持った人たちのものではなくなったかのような感すらある。ソフトウェアといえば、GNUに代表されるフリーソフトをあげれば枚挙にいとまがない。
 一方、Free PC-UNIXはメーカの保証がないという危惧がある。メーカの製品を使い続けてきた我々としては、メーカ保証がどの程度のものであるかを知っている。バグの修正が次のバージョンまで待たなければならなかったり、その新バージョンの登場が1年後であったり、そして新バージョンの入手すらも有償である事実は、何度も経験してきた。Free PC-UNIXはこの点、できることとできないことが予め明瞭である。それを誰の責任にも転嫁できないことを招致しているので、新たな対応も納得の上で行える。バグ修正の速さはメーカの比ではなく、ソースコードすら提供されているので、ある程度対応できる。
 当面、情報リテラシー教育はMacintoshで行うが、このLinuxなら情報リテラシー教育が新入生を対象に行えるのではないか。そしてもし、アプリケーションソフトが多く開発されれば、すべての環境をLinuxに預けてしまえるのではないか。そのような考えすら我々に持たせてくれる。



文責:京都産業大学
 計算機センター事務長  坪内 伸夫

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