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汎用教育・学習システムMELSoNEの開発と運用実験


岳 五一(甲南大学理学部応用数学科)
松本 茂樹(甲南大学理学部経営理学科)



1.はじめに

 高度な分散教育環境が実現しつつある中、様々なデータベースや実世界・実時間の情報に、いつでもどこでもアクセスできる教育環境と、これらの活きた情報による教育効果の向上が期待される。
 しかし、教育分野と教育方法が多様に存在する大学では、このような教育環境を提供するために不可欠な教育・学習システムを講師各自で開発することは困難であり、どうすべきか漠然としていることが多いと思われる。
 そこで、我々理学部応用数学科岳研究室を中心とする研究グループは、甲南大学および国内外他大学の教育環境、教育方法、学生の学習形態の現状や課題を調査、分析した上で、情報ネットワーク環境上で実現するマルチメディアを活用したリアルタイム、双方向コミュニケーションによる、教育・学習システム(Multimedia Education and Learning System on Network Environment、以下MELSoNEと略す)を開発し、運用実験モデルのマルチメディア教材を作成した。そして、甲南大学学内(教室やキャンパス内)、または家庭や他大学からアクセスして他のメディアとの統合ができる本マルチメディア教材の運用実験を行い、学生からの評価を分析し、適性と有効性を検証した。


2.従来の授業形態における改善すべき点と運用実験モデル

 従来の一斉授業の形態による理工系授業の問題点としては、次のようなものがあげられる。
  1. 板書では、数式、複雑な概念図、プログラムなどの説明は時間がかかり、補足説明や学生の理解度をチェックしながらの授業進行は困難である。

  2. 学生はノート写しで精一杯のため、授業内容を聞きながら理解することは難しい。

  3. 個々の学生の学力レベル・学習進捗状況などに応じた柔軟な教育を行うことが困難である。

  4. 学生の基礎知識の格差が大きく、異なる思考方法を持っているため、同じ授業内容の理解に要する時間がかなり違う。それによって生じた学生間の学習速度のばらつきが激しい。

  5. 大教室の場合、後ろの学生は板書の字やスクリーンがよく見えず、講義の効果が得られにくい。

  6. 多人数のため、課題の登録、学生のレポートの提出と評価の登録などの作業は、大量の時間を要する上、記入漏れなども発生しやすい。

 これらの問題点を改善するための策として、本研究グループはMELSoNEを開発すると同時に、運用実験用マルチメディア教材の開発も行った。
 運用実験用マルチメディア教材のプロトタイプは、理学部数学基礎教育の必修科目の「微分積分及び演習」、同学部情報科学系専門科目の「計算機工学及び演習」と、全学部共通科目広域副専攻科目の「国際化と情報ネットワーク」を取り上げた。これらの教材のプロトタイプは、本研究に係わる教員自身が担当している講義科目の一部である。
 本稿では「微分積分及び演習」の実例を紹介する。


3.汎用マルチメディア教育・学習システム(MELSoNE)

 MELSoNEでは、以下のことを工夫して開発した。

  1. インターネット上で学習ができるように、教材をWebページとして作成した。操作性がよく、使い易いWebページを作成するため、フレーム、テーブル、アンカーポイント等を容易に作ることができる多機能のホームページ制作ソフト「DREAMWEAVER J」や「FrontPage Express」を使用した。また、概念図を作成するためにほとんどのコンピュータにインストールしてある「MS-PowerPoint」を使い、画像の形式変換のために「MS-Photo Editor」、Windowsに付属の「ペイント」を使用した。

  2. 音声、静止・動画像、グラフや写真、ビデオなどをコンピュータに取り込み、また、ホームページ上で他の言語(Visual C++、Mathematica等)を起動できるブラウザなどを取り込んでいる。

  3. 講義要項・シラバス、授業内容のテキストを掲載し、学習目標と目標達成の計画を明示し、授業・試験情報、試験過去問題、模範解答を挙げている。

  4. 関連あるページにリンクを張り、3)の各項目にジャンプできるように設定している。

  5. 画像ファイルをGIFファイル(拡張子.gif)で保存する。これは、GIFファイルの容量が小さく、教材への接続にかかる時間や、学生が画像をダウンロードする時間の節約になるためである。

  6. CGIを用いて課題・レポート提出フォーム、クイズページ、掲示板などを用意した。課題・レポート提出フォームは書き込み後、ネットワークを介して教員宛に提出できる。クイズページは、データベースからランダムに問題が出題され、解答後、自動採点結果と正解が表示される。掲示板では、教師からは課題に対するコメント・質問の解答・連絡事項等が掲示され、学生からは質問、講義、課題に対するコメントが掲示される。さらに、学生の要望に沿うように教材内容を追加更新すること、返信機能で書き込みに対する個別な対応をすること、または即時的な対話機能により、教材に双方向性をもたせるようにした。

  7. 教員による課題の登録では、教員があらかじめ用意した定型フォームを指定することができる。定型フォームを利用すれば統一されたフォーマットで課題を受け取ることができる。学生による課題提出では、いかなる形式のファイルでも送信することができるため、文章だけでなく様々なマルチメディア情報を取り込んだ表現豊かなレポートを作成し、提出することができる。学生から提出された課題はブラウザ上で課題の評価、成績の登録、学生への課題に対するコメントの登録ができ、また成績一覧、課題提出状況をソートして表示することができる。そして成績ファイルをダウンロードすることも可能である。

  8. 講義室での一般授業はノートパソコン、液晶プロジェクターを利用して講義を行う。学生の解答にある問題を説明すると同時に、模範解答例や学生の発見的な解答について説明するなどの主要機能を備えている。

  9. 情報の信頼性を確保し、不正進入を防ぐために、講義受講者にはユーザIDとパスワードを配布し、「.htaccess」ファイルによるパスワード認証を行う。

そして、本システムを用いる教員側では、マルチメディア教材を以下のように作成できる。

  1. 各自今まで持っている講義ノートや講義プリント、その他OHP教材などを、スキャナーなどで取り込む。

  2. 講義ノートや講義プリントなどの文字はOCR(Optical Character Reader)ソフトによってテキストデータに変換する。

  3. 「MS-PowerPoint」または、「MS-Word」で作成した以前から使用している講義資料等はまずWordやPowerPoint で既存のファイルを開き、それをHTMLファイル(拡張子.htm)に変換する。

  4. PowerPointやWordの画像ファイルの処理に対して、使用される機種・ソフトでは性能不足の場合、ペイントソフトを使用し画像ファイルを作成して、ホームページ作成ソフト(FrontPage Express)に貼り付ける。

こうして得られたHTMLファイルをWWWサーバ上に転送することによって、WWW上でマルチメディア教材を提供することができる。また、学生や教員からの新しい要求に応じて、リアルタイムで日々更新される生きた情報に簡単に書き換えることができる。


4.ネットワーク時代の数学教育―運用実験例「微分積分および演習」

 大学の理工系の教育に必要な数学は、知識の詰め込みに終始しがちであることは否定できない。特に旧来の座学、板書による授業方式では、高校から勉強し始めた微積分自体の習得に新鮮味を欠き、また、極限の概念、関数の連続性や微分可能性、導関数や積分の公式などが口述されるのを受け止めるだけでは、その真意が理解しにくいなどの問題がある。このような数学教育現状を改善し、学生の論理的思考力・創造力・数学的知性を養成し、視覚に訴える方法を用いて、非線形現象や高次元空間における複雑な関係関数を理解させ、また、多くの実際問題を視覚と聴覚に訴える形で与えることにより、興味を起こさせることが必要であろう。したがって、本研究グループによって開発したMELSoNE上での数学汎用ソフトMathematicaを活用したマルチメディア教材「微分積分および演習」は、教材をWebページに載せて学習者がそれを読むという従来のマルチメディア教材に対して、以下の特徴がある。
  1. ホームページ上では講義・学習基本教材以外に、Mathematicaの習得マニュアルや、あらゆる状況に応じてパラメータの値が変更可能であるような計算やグラフィックスによって理解を深める演習課題を多く載せている。

  2. 学生がMathematicaを手持ちのコンピュータにインストールし、インターネットを介して学習を可能とする環境を構築していくことを進める。

  3. Mathematicaを用いて微積分の理論や実例の研究、課題の提出などを行う。

 Mathematicaには、グラフィックスの機能がついており、これが数学への応用の強力な武器になっている。手軽に使えるソフトのMathematicaをマルチメディア教材に取り込む本システムによって、画像やグラフ等を用いて直接的に視覚に訴えることが可能となるため、授業・教育方法の改善、学生の授業外における学習促進などの利点がある。そして、多くの微積分の課題をMathematicaに備わっている数式計算、数値計算、グラフィックス機能を利用して研究することができ、さらに連続的に変化する幾何学的イメージを表現するためのアニメーションを作ることもできる。これらの実践により、微積分の理論や実例の研究、或いは数学的な概念を応用した研究をするためのさまざまなアイデアが供給されるとともに、学生は自由に微積分を楽しむことができるようになる。こういったことは、紙の資料や黒板を使用した従来の授業方法では不可能である。また、学生が日常的にコンピュータを使って数学の新しい概念をとらえられるように学習し、数学の内容に広がりを持たせる以外に、人間の知的活動を補佐し拡大する道具としてコンピュータを使いこなす技術が身に付けられる。


5.むすび

 本マルチメディア教材の運用実験に参加した学生から多くの意見が寄せられ、教育内容の充実や教育方法の改善、独創力を生かした問題解決能力の向上が期待できると評価されている。 今後の課題については、以下の通りである。

  1. マルチメディアを活用した本研究をもとに、今後の教育のあり方、考えられる具体的な実現方法を提案する。

  2. 本システムは現在、利用エリアと利用者を限定して試験運用中であるが、新学期に向けて実用化される。そこで多くの利用者から意見を聞き、よりよいシステムになるように改善していきたい。

  3. 本システムの活用においては、暗号化と認証の導入による情報の信頼性確保、教員が教材のホームページを活用する場合の対面授業との相互関係や、学生がホームページを作成・利用する場合の情報倫理教育、規定・ガイドラインの作成が不可欠である。研究調査の上具体案を作っていきたい。

  4. 教育目的のコンセンサスを確立し、これまでの教育内容をよく吟味した後、ネットワーク活用を織り込んだ新カリキュラムを設計する。


謝辞

 本研究の一部は、甲南学園平生太郎基金科学研究奨励助成金、および甲南大学マルチメディア教育にかかわる開発企画助成金によるものである。また、開発にあたり甲南大学自然科学研究科情報・システム科学専攻修士課程2年の福井永年君をはじめ、同専攻修士課程1年の王暁明君、理学部応用数学科岳ゼミ4年の白井康博君、堀奨君と松本信也君に感謝する。


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