特集

Campus on Web −米国におけるデジタルキャンパス



インターネットによる教育環境の変化 −イリノイ大学−

穂積 和子(神奈川大学短期大学部助教授)




1.はじめに

 インターネットによりオフィスでの仕事の仕方が変わろうとしている。それは効率の面、戦略の面としてである。IBMが専用のWebのページを設置し、顧客に技術的な質問についての答えをWeb上で探させ、サポート要員にはもっと複雑な質問を答えさせることによって今年は約6億ドルの節約をしたという[1]。さらにインターネットで社員教育を行うことにより年間1億ドルの節約ができるとしている。さらに今年は120億ドル分の物資をインターネットで調達し、500万ページの書類を破棄することになるそうである。このように企業のインターネット利用は顧客サービス及び顧客開拓、自社内組織改革を目的としているといえる。
 このような取り組みは大学においても十分通用することである。アメリカの大学ではWebの利用により事務処理や教室が変わろうとしている。大学内のほとんどの情報がWeb上におかれ、手続きをはじめとしてほとんどのことがWebを介して行うことができるようになってきた。携帯電話やポケベルからインターネットに接続された教育環境を学生が利用できる環境が既にある。自分の必要なときに必要な情報にアクセスできる「オンデマンドな情報環境」は、当たり前のことになりつつある。
 筆者が米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校[2]に滞在していたときには多くの情報が大学のWeb上に提供されていた。(1)ネットワーク接続されたコンピュータが1台あれば、オフィスでも自宅でも居ながらにして必要な情報を得ることができ、また手続きをも行うことができた。まさに電子化されたオフィスに居た思いであった。本稿では米国の一つの大学でどのような情報がWeb上で発信されていたか、またどのような利用がされていたかを紹介する。


2.情報の種類と利用形態

 この大学はシカゴから南西に150マイルの所に位置する州立大学である。大学院生を含む学生数は約3万6千、教員2千2百、そして1万7千人以上の生涯学習の履修者がいる。ここはILLIACが開発された大学であり、NCSA(National Center for Supercomputing Applications)という米国の基幹ネットワークシステムの研究機関を持ち、またインターネットの爆発的な利用の引き金となったMOSAICが開発された大学でもある。
 拙稿[3]に述べたようにイリノイ大学では学生はデジタルキャンパスの様々な情報環境を享受している。イリノイ大学のトップのWebページも年に数回更新されるほど内容は年々充実しつつある。1999年9月現在で600の学部や委員会などが作成した約30万のWebページがあり、それ以外に学生達の160程の組織のページがある。大学内にあるほとんどの紙媒体の情報がWebに載っていると言っても過言でないほどである。これらのWebページの管理運営は情報処理センター的役割を果たすCCSO(Computing and Communication Service Office)と広報課(マーケティング、出版、広報)と学生の代表チームが行っている。これらのWebページの作成は作成者の意思に任せられており、言論の自由を尊重するためにページをそのままにしているという。
 これらのWebの情報はどのように教育を支援することができるのであろうか。情報の利用形態として三つ考えられる。一つは大学の様々な情報を誰でもいつでも見ることのできる「情報の参照」として、Web経由で手続きを行う場合や登録を申請する「情報の提出」として、また掲示板システムのようにWebを通して学生と教員がインタラクションをとる「双方向型」情報利用に分けることができる。
 Web上の情報の利用者としては、1)学生、2)教職員、3)学生と教職員、4)市民の利用者、5)学外者に分けられる。また情報の種類としては、1)入試・教務・広報・学生課などの事務情報、2) 教材やシラバスなどの教育情報、 3)コンピュータの利用などの技術情報、4) 図書・文献情報、 5)その他の情報に分けることができる。大まかな内容を表1に示す。
 次節以降はこれら利用者がどのように情報を参照・提出・双方向に利用しているかを具体的に示す。


表1 Web上の情報の種類と利用例


3.学生のWeb情報の利用

(1)事務の情報

 受験生は大学選択時に大学のWebページを見てその大学の特徴や学部学科が提供している講座や図書館やコンピュータなどの学習資源を知ることができる。大学受験時に必要な得点などの情報を参照するのはもちろんのこと、どのような分野に得意な教員がいるか、シラバスをも参考にして大学を選択することができる。大学見学会に参加するためのスケジュールを見て日程を決め、大学への交通手段と地図、宿泊ホテルやレストランの情報も同じページから参照することができる。大学見学会に参加できなくてもWeb上のビデオを見たり、大学の建物の写真を見てバーチャルツアーに参加することができる。
 大学に入学した学生は教室やオフィスの場所や電話番号をWebで調べられる。履修登録を行うためにWeb上のシラバスや時間割を調べ、大学が管理する個人情報として個人名、所属学部、電子メールアドレス、個人のURLアドレスなどをオンラインで登録する。個人のホームページを作って履歴書を発信するための方法については、CCSOが提供しているWeb上の作り方を参考にすれば容易に作成できる。履修登録だけでなく、成績証明書の発行、奨学金申請などもオンラインで申請ができる。

(2)図書の情報

 授業が始まる前には授業スケジュールを見て、Web上の教材を読んでおく。購入しなければならない図書は大学近辺にあるどこの本屋が安いか、場所はどこかをWebで調べて買いに行く。指定された参考文献が必要ならオンラインで図書館にアクセスして、講座番号や教員名で必要な資料を検索する。
 文献検索については、WebベースのFirstSearchを用いてデータベースの最新の情報を手に入れることができる。検索した結果のフルテキストを自分宛の電子メールに送れるし、有料ではあるがファックスや郵送でフルテキストをオンラインで依頼できる。大学内の図書館の資料だけでなく、800もの地域図書館や大学図書館からの借り出しも可能である。
 図書館のWebには図書館での貸出し手続き、本の購入要求などの手続き、検索する方法、利用上のFAQ集などの情報、辞典、年鑑、論文作成用ガイド、デジタル情報資源、国会図書館や政府・国会・法律・著作権の情報、250ものサーチエンジン、さらに電話会社の無料電話番号も検索できるし、映画番組や株の情報も提供されている。
 大学図書館だけでなく学部や研究所の図書館Webには各学部に関連する学会や組織の情報だけでなく、関連の新聞や資料へのリンク集が整備されており、学部図書館Webを見ればその分野に関連することを学習することができる。

(3)教育の情報

 教員のページには授業に関する教材や参考文献以外に関連Webへのリンクが多く張られている。Web上に教材を熱心に作成している教員のWebには150以上の関連教材へのリンクを張っているものがあったり、自筆の市販本のフルテキストを載せているものがあったり、その研究分野のリンク集の内容と豊富さで表彰される教員もいた。教材としてはCAIやシミュレーションもあり、学生はWebから講義以外のことを各自で学習する環境がある。
 教員の業績やどのような助成金や表彰を受けているか、また学内で教育が上手であるという表彰を受けているかの情報は事務の情報として載っている。教員のWebページには各自のフルテキストの論文や趣味の情報、写真集なども載っている。これらの情報は学生の履修選択の情報ともなっている。
 授業内容が分からなければ、電子メールで教員に質問するかまたはサイバーオフィスアワーに教員と連絡を取る。授業には議論フォーラムが用意されており、それを利用して学生同士、教員、TAなどとディスカッションをする。課題や宿題はWeb経由で提出し、その評価についてもWebに載っている。これは学生が自分でつけた架空の名前での成績表であり、教務課が管理している成績表とは異なる。
 学生は課題として出された分担分の文献資料の要約と各自の意見をフォーラムに載せ、それに対して授業が始まる前までにその他の学生がフォーラムで意見を述べる。それをもとに授業が進められる。
 個人またはグループでのプロジェクトの最終成果のレポートもWebに載っている。何年にもわたる学生の成果をWebで参照できることはその講座での歴史が分かり、これらの情報も学生の履修選択の情報として、またこれから学生が取り組むプロジェクト考案のための資料として機能している。ある授業では学部内の学生の個人ページの参照頻度と、どこの国から参照されたかのWebの統計情報を載せ、学生へのWebページ作成の動機付けとして、また有用なWebページ作成の手本として利用していた。

(4)技術の情報

 授業に必要なコンピュータソフトの使い方を知らなければCCSOが開く講習会のスケジュールをWebで参照して、Webで申し込んで講習会に参加する。ソフトの利用法が分からなくなったらまずWeb上のバーチャルヘルプディスクのデータベースにあるFAQ集にキーワードを指定して検索する。もし無ければWebに載っている宛先に電子メールを送れば、返事がもらえると同時にその質問はFAQ集に載せられる。授業で利用するソフトを持っていなければ、大学がライセンスした製品のソフトウェアライブラリからダウンロードすることができる。フリーウェアやシェアウェアのディレクトリもあり、興味のあるソフトをいつでも手に入れることができる。学内にあるCCSOが管理する九つのコンピュータ施設の利用時間帯や場所も分かるし、CCSOが用意しているオンラインのドキュメントからコンピュータに関連する多くの情報を得ることができる。モデルネティズンになるための文書や、セキュリティに関する情報、利用規約、電話回線からのダイアルアップ接続だけでなくポケベルや携帯電話から電子メールを送る方法など、様々な情報がある。これらは本としても出版されている。コンピュータ室での拾得物もWebに掲示してある。

(5)その他の情報

 さまざまな議論フォーラムやニュースグループがあり、大学の行事案内、アパート賃貸情報、車や日常品の売買、ACMの組織別の学生グループなどもある。フットボール観戦のグループもあるし、試合のスケジュールを見ることもできる。生徒会長を決めるためのオンライン投票も行われている。
 学生が毎日発行している無料の新聞、大学内にある美術館や体育館で行われるイベントや音楽会のスケジュール、地域や州の催し物情報、新聞やテレビの案内、映画館、交通機関の時刻表、不動産屋、病院、旅行会社、官公庁の情報などにもリンクが張られており、社会で生活していくためのほとんどの情報をWebで見ることができる。


4.教職員のWeb情報の利用

 週末には次週に学部で行われる講演会や連続セミナーなどのスケジュールが講演者名とその履歴書、講演アブストラクトとともに教職員や学生に電子メールで送られてくる。事務連絡やコンピュータ利用上のお知らせなども適宜送られる。これらの情報はスケジュールのWebにも載っている。朝一番に行うことはアカデミック・イベントのスケジュールを見て今日の予定を確認することである。
 提出された学生の課題や宿題内容を見て学生にフィードバックのメールを出したり、議論フォーラムを読んだり、学生からの質問メールの返事を書いたりの作業を行う。必要なら学生の成績を見ることもできる。
 委員会の通知や委員会の議論フォーラムや助成金の情報なども参照できる。教材作成についてのアドバイスを依頼したり、コンピュータに関する学生教育をCCSOに依頼することもできる。CCSOの提供している様々なソフトウェア利用やネットワーク管理の講習会への参加もWebで申し込めるし、オンラインコンサルタントを受けることもできる。新しい技術の情報、コースウェア作成ソフトの利用法などの技術情報もWebから得ることができる。


5.市民のWeb情報の利用

 イリノイ大学は州立であるため市民へのサービスも様々なものがある。遠くて大学に通えないイリノイ在住の市民や、キャリアアップを図りたい就労者はテレビを通じた市民大学講座を受講していた。テレビでは行えない双方向の教育環境として、また学習者の好きな時間に利用でき、職場からでも受講のできるWebを利用した遠隔教育は必須のサービスとなっており、現在は多くのコースが利用できる。
 図書館情報、コンピュータサイエンス、教育学、電子工学、機械工学部の大学院プログラムを履修することができるし、単位を取得するためにWeb上に提供されているコース毎の受講もできる。現在は学期毎に大学院レベルで約100クラス、学部レベルで約130クラスがあり、その中から選択できる。
 これらのコースの中には高校生対象の数学の授業もあり、利用者は市民に限らず、世界中のどこからも利用することができる。


6.おわりに

 イリノイ大学を例としてWeb並びに電子的コミュニケーションツールを利用した教育環境が大学のあり方を変えつつあることについて述べてきた。
 大学が単に多くの情報をWebで公開しているというだけでなく、学生が大学に来なくても様々な手続きをWeb経由でできること、教員からのフィードバックをいつでも得られることは、学生サービスの本来の姿であると言えよう。
 学生や教職員の利用者にとって、分からないときにいつでも調べられる情報環境は効率の面でもやる気の面でも重要である。大量の情報が発信されている今日では必要な情報をすぐに得るために、多くの利用場面で検索サービス、FAQ集の整備が必要である。これらはWebを介して「いつでも」、「誰でも」、「必要なときに」情報にアクセスできる「オンデマンドな」情報環境作りに貢献するはずである。
 これらの環境を作るためには教員にとっても組織にとっても多大な労力が必要である。しかしこのような環境を作成することにより、第1節に述べたように顧客サービス、顧客開拓、組織内改革として費用面での効果を得ることができる。拙稿[3]に述べたようにイリノイ大学ではトップの方針の元に、多数の教材作成支援チームやCCSOの存在がこのような環境づくりを支援できる体制を作っている。
 インターネットによる大学の情報発信は大学と市民との関係も変えつつある。大学のページに入りさえすれば、大学生活だけでなく、市民の日々の生活のために必要な情報をほとんど得ることができるからである。これは大学に限らず地域、官公庁、企業などでのWebによる情報発信があることによっている。市民にとっても大学のページは情報を参照する出発点の基地としての役割を果たしている。Webによって、大学は市民生活にかかわる情報や企業、官公庁との情報の共有化が実現できているといえる。
 イリノイ大学には世界中のどこからでも手続き・参照・対話のできるWebベースの教育環境ができあがりつつある。社会に開かれた大学としてこのような環境は日本の大学においても必須のものとなっていくだろう。

(1) 神奈川大学在外研究員(1997年8月から1年間)
   
参考文献と関連URL
[1] BIG BLUE CASTS ITSELF AS BIG BROTHER TO BUSINESS ON THE WEB,
http://www.nytimes.com,NEWYORK TIMES,1999.9.22.
[2] イリノイ大学のホームページ http://www.uiuc.edu/
[3] 穂積和子:米国と日本におけるキャンパスのデジタル化.
第13回私情協大会資料,私立大学情報教育協会,p.9-14 ,1999.

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