新しい統計教育への取り組み

統計・計量経済の教育と普及のための新技術

−Web教材の共同開発を通して−



渡 辺 美智子(東洋大学経済学部教授)



1.Web教材共同開発プロジェクト発足の経緯

 インターネットによる情報収集やメールによる情報交換の社会的普及が顕著である。これに伴い、これまで所属教員の研究利用に限られていた私立文科系大学のネットワークシステムが、ここ数年、在校学生全員を対象にしたものへと環境の改善が進められている。例えば、東洋大学では、1998年度より商業系プロバイダBIG-LOBEとの共同開発による教育研究用ネットワークシステムToyoNetの運用を始め、 立教大学でも1999年度よりプロバイダIIJとの共同開発でバーチャルキャンパスを目指すV-Campusの運用に入っている。
 この結果、講義にインターネット上の情報資源を組み入れる形態が比較的容易になり、同時に個人や研究施設単位でインターネット上での多様な教育リソースの開発が進行している。統計・計量経済系の専門教育に関しても、海外では、Java applet 教材やその他グラフィックスを多用した動的な教育資料がMuller (1998年)[1]、de Leeuw(1997年)[2]、 the GASP homepage (West,1997年)[3]等によって公開されている。国内でも、青木(群馬大学)[4]、阿部(高崎経済大学)[5]、大西(上智大学)[6]らをはじめとする個別のページで系統的な講義解説がオンラインで利用できるようになりつつあるが、今後のインターネット人口の増加や将来的な大学間の教育ネットワークの整備を見込めば、学習者の各応用分野や知識レベルに応じた統計データ分析法のオンライン教材の必要性と需要はさらに高まるといえる。
 この視点を踏まえ、インターネット上でオンライン利用可能な教育資料の共同開発と共同利用を主目的に、複数の私立大学で経済・社会学系の統計・計量経済・情報関連科目を担当する教員グループによる教育プロジェクトを組織し、1998年8月より活動を開始した。本編は、そのプロジェクト概要の報告である。


2.プロジェクトのねらいと内容構成

 現状の大人数を対象とした大学講義では、すべてオンライン資料で大教室講義を進行することは難しく、従来のテキストを併用した講義形態が効率的である。そこで、本プロジェクトでは、まず、共著テキスト「インターネット時代の数量経済分析法−基礎からニューフロンティアまで−」(多賀出版,1999年)を刊行し、刊行と同時に、授業補足の観点から「Web版:インターネット時代の数量経済分析法」という同タイトルのWebサイトhttp://stat.eco.toyo.ac.jp/econo/ を立ち上げた。
 計量経済分析技法の1980年代以降の進歩はめざましく、特にミクロデータの活用を前提とした新規の諸手法が、金利予測や信用リスク評価など金融・財政分野における現実諸問題の解明にその有効性を発揮している。同時に、国内外を問わず諸種の経済データベースの整備・充実が進み、それらへのインターネットによるアクセスが容易になった現在、従来の理論偏重型の統計・計量経済教育から、より実践型の数量経済データ分析教育が可能になってきている。またこれは、金融グローバル化が顕在化しカネ・サービスの計量分析的管理が問われる現代社会が文科系大学に求める切実な要請でもあるが、同時に数学を入試で必修としない文系学生の基礎学力と意識・意欲にバラツキが大きく、従来のテキストや配布プリントを中心とした一律かつ一方向的な大学講義形態では十分に教育し得ない領域でもあった。
 Web版では特に、学生参加型の数量経済分析教育資源の共同開発と教育での共有化を目的とし、具体的にはテキストの内容に即し実践的なデータ解析技術への理解を促すため、キーワード検索や補足説明、実習データや講義スライドのダウンロード、参照サイトへのリンクや練習問題データベースの提供、Q&Aコーナーなど、書籍の範疇ではカバーできない機能の提供を目指している。トップページから各章ごとのページにとぶ構成とし、学生にとって、テキストからWebへ、また、Webからテキストへと関連の方向性が明確になるように配慮している。
 内容は2部構成とし、パート1「数量経済分析の基礎」では、経済データの分析を具体的に始める際に必要となる基礎的な道具として、第1章:インターネットで始める情報検索(各種統計資料とのリンク)、第2章:エクセルと付き合おう(エクセル基本操作画面)、第3、4章:初歩からのデータ分析 (記述編と推測編)、第5章:回帰分析の基礎理論、第 6章:TSPによる実証分析入門、第7章:産業連関分析を、また、パート2「ニューフロンティアへの誘い」では、現実の経済問題を分析する最先端の分析技法の紹介として第8章から第13章にわたり、リスク分析と企業評価、時系列データの分析と季節調整 、金融時系列分析、確率過程と計量経済モデル、ニューラルネットワークと公定歩合予測 、空間統計学と地域計量経済などの話題を取り扱っている。文章による詳細な解説はテキストに委ね、Webページでは、活字離れが顕著な学生に統計分析や計量経済の本質的な概念を直感的に理解してもらえるようカラー、ハイパーリンク、画像、動的なグラフなどを多く含めるよう工夫している。


図 「時系列分析と季節調整」ホームページ


3.Webサイトの管理

 現在このWebサイトの作成・管理は、各章単位で個々のプロジェクトメンバー(必ずしもテキスト執筆担当者と同一ではない)が担っている。そのため、各自の大学のサーバ上に各章のコンテンツを置いているが、トップページおよび検索エンジン、連絡用メーリングリストなどの管理用ネットワークサーバとして東洋大学朝霞校舎の個人研究室のPCを1台当て、学部のDNSにホスト名の登録をして使用している。利用ソフトウェアは、FreeBSD2.2.6(OS)、apache(wwwサーバ)、namazu(検索エンジンと索引データベース構築)、wget(ミラーリング)、またハードウェア概要は、CPU=266MHz 、メモリ= 32M バイト、ハードディスク総容量 = 3G (このうちミラーリング・索引データベースに割り当てている領域 =2G、現在の使用量 103M、現在の索引データベースの大きさ 11M)である。


4.プロジェクトの評価

 プロジェクト内容に関し、国内外の統計関連学会で報告を行い、その際の講演スライドおよび予稿・論文をトップページから閲覧できるようにしている。また、日経金融新聞紙上でネット時代にふさわしいアプローチとして社会人向けに紹介されている。学生からの評価もWeb上から、および講義におけるアンケート調査によって適時、取りまとめている。詳細は省くが、書籍による参考書指定と異なりオンライン上でフリーに閲覧できること、コンピュータの自己操作によって学習への参加意識が高まること、現実経済データへのアクセスが容易なため各自の興味と統計分析との接点が見出しやすく、学習への動機付けと意欲の継続が得やすいことなどが利点である。


5.今後の課題

 本サイトは、学生(学習者)を対象とすると同時に教員を対象とした教材提供サービスの機能も意図されている。そのためには豊富かつ相互利用可能なコンテンツが必要となるが、プロジェクトメンバーのみでその提供を行うのは非効率的である。そこで、広く一般に相互リンクによる教材提供の協力を仰ぐため、今後も国内・国際学会での論文報告を通してプロジェクトの有用性を呼びかけたい。同時に海外サイトの日本語化による紹介も重要で、現在、ドイツ・ハーゲン大学のH.J.Mittag教授[7]の統計入門サイトと国際協力の話を進めている。また、マルチメディアによる積極的なビジュアル化には今後まとまったファンドも必要となろう。

<現段階でのプロジェクトメンバー>
渡辺美智子、門間麻紀(東洋大学経済学部)、
櫻井尚子(早稲田大学アジア太平洋研究センター)、
橋本紀子(関西大学経済学部)、
浅野美代子(大東文化大学法学部)、
祷道守(日本経済新聞社電子メディア局)、
山口和範、井上達紀(立教大学社会学部)
 
参考文献と関連URL
[1] Muller, M:Proc. of COMPSTAT, p.77 - 88,1998.
[2] de Leeuw, J:Bulletin of the International Statistical Institute,
51st Session , Book 2, p.55-58,1997.
[3] West, R.W:Bulletin of the International Statistical Institute,
51st Session Book 2, p.7-10,1997.
[4] 青木:http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/lecture/index.html
[5] 阿部:http://www1.tcue.ac.jp/home1/abek/htdocs/stat/index.html
[6] 大西:http://econom01.cc.sophia.ac.jp/
[7] H.J.Mittag:http://www.fernuni-hagen.de/STATISTIK/


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