まえがき

 情報社会には、光りと影のあることは多くの人が感じ取っている。たしかに、光の部分は日常生活のなかで、直接、身近かにそれを利用し、恩恵を受けている。しかし、影の部分についてはどうであろうか。「ある」ということは理解しているものの、はっきりと事実を認識している人は少ないのではなかろうか。
 その影の部分に光を当て、情報社会を「秩序ある社会」とするには、技術や法制度を超えた人間の基本的問題に根ざす課題が存在すると考えた。この問題を検討すべ〈社団法人私立大学情報教育協会の「情報教育研究委員会」のなかに、平成4年度から分科会を設けて研究を重ねた。発足した当時には、「この問題は、研究課題として考えられるが、教育の場に持ち込むことは難しいのではないか。」という意見があった。しかし、分科会の討議において影の部分についての事例研究を行ううちに、驚くような事実と、その背景が浮かび上がってきた。われわれは、 情報倫理」の存在と、その必要性を痛感した。分科会としては、それらを積極的に推進しようとする姿勢のもとに、種々の討議を経て、かつ、この問題について、広く意見を聴取し、平成6年3月に 『情報倫理教育のすすめ』として、わが国最初の情報倫理教育に関する報告書を取りまとめた。その後、この報告書に対して、各方面から多くの意見が寄せられ、これを教育の場で使用できるテキストにまとめてはという要望もあり、今回の出版の運びとなった次第である。
 本書の骨子については、『情報倫理教育のすすめ』で提案した力リキュラムに沿って、情報社会の特性と問題の所在、情報セキュリティ、個人情報、情報操作、知的所有権やコンピュータ犯罪の6章で展開した。
 まず、情報倫理である以上、情報社会それ自体の特性、その成立を理解することが前提になる。それらの解明をふまえると、情報技術の華麗な進歩の裏側の諸問題に気づくのである。それらを技術で補うことも考えられる。すなわち、「技術対技術」で情報社会の安定を図ろうとすることである。しかし、それだけでは割り切れない人間の本質にかかわる基本的課題が残ってくる。われわれは、そこに情報倫理の存在を確認したのである。
 そのためには、第一に、情報システムの脆弱性にかかわる情報セキュリティについて掘り下げて検討しなければならない。現在の情報技術の進歩に応じてセキュリティ技術も変化してきている。それらを理解するとともに、情報システムにかかわる担当者の倫理が重要になることは当然なことである。
 第ニには、個人情報とそのプライバシーが問題となる。それを収集する者と情報を収集される者との信頼関係が最も重要な基盤となる。この問題の事例を検討すると、われわれの気づかない多くの問題が浮上し、情報倫理の存在が確認できる。 第三には、情報操作、いわゆる情報発信者の倫理が問われることは当然である。同時に、情報受信者自身の判断も大きな要素となる。これについて、事例を通して、情報倫理を理解させなければならない。
 法的側面からみると、人間の創造的活動は、知的情報として、その価値を認め保護してゆかなければならない。これは法的問題として取り上げられることはいうまでもない。特に、コンピュータプログラムの創造物のような技術革新の発展に対する法的な対応は重要である。なかでも、マルチメディア時代の法的対応は、今後の課題として残される。
 反倫理的行為としてあげられるのは、コンピュータ犯罪であろう。典型的の事例を挙げ、コンピュータ犯罪の内容を検討することにより、情報倫理の認識を深めることは重要である。これをめぐるわが国最初のシンポジューム(1970年開催)で、「将来の情報処理技術者は、検察官、裁判官に勝る倫理性が要求される」という提言は、真剣に受け止めなければならない。
 以上のように、情報倫理には、多方面からアプローチがなされ学際的様相をもっている。それだけに、この問題は、社会の情報化の進展に伴って、常に問い直されるべきであり、その時代での新しい価値観を背景に継続的に見直されることを前提としている。したがって、固定的な捉え方をするのではなく、誰でもが何時でも自らの問題として意識するように努めることが肝要である。このような情報倫理とその教育の問題に対して、教育の実践を通して、多くの意見を寄せられることを期待するものであ る。
 最後に、本書の刊行に際して、情報教育研究員会第3分科会の芦葉浪久氏(十文字学園女子短期大学)、梅本吉彦氏(専修大学)、熊谷惟明氏(東京農業大学)、室伏武氏(亜細亜大学)、安田寿明氏(文教大学)の各委員をはじめ、本協会事務局長の井端正臣氏の真塾なご尽力に対して感謝する次第である。

平成7年4月25日

情報教育研究委員会第3分科会
主査  後藤玉夫    
(拓殖短期大学)