ェ. Widal反応による抗体価測定 (目的) 今回の実習では、感染症の血清学的診断における抗体価の意義を理解するため、腸チフスやパラチフスの診断に用いられるWidal反応を行う。この反応は細菌凝集反応の1つで、腸チフス菌とパラチフスAおよびB菌を抗原として用い、患者血清中の凝集素価(抗体価)を測定する。今回の実習では患者のペア血清について、腸チフス菌とパラチフスA菌のO抗原に対する抗体を測定する。この実習を通して、抗体価とは何かを知り、さらにはペア血清測定の意義を理解する。 (材料) 抗原: チフス菌浮遊液(TO) 10ml パラチフスA菌(PAO) 10ml 被検ペア血清(2検体) 1組 希釈液:生理食塩水 18ml 器具: 小試験管(1列7本4列分) 28本 試験管立て 2台 1mlメスピペット 8本 シリコンキャップ 4ヶ (手技)  患者血清は非働化(56℃、30分)し、表ェ-1のように希釈する。実際には予め非働化し、20倍希釈した被検ペア血清(2検体)を配付するのでそれぞれを希釈する。ペア血清1検体につき1組(2列分14本)の小試験管を準備する。各組とも、1列をチフス菌との反応、もう1列をパラチフスA菌との反応に用いる。 手順(各班で1ペア血清を検査する) ^希釈の準備:小試験管を7本ずつ4列並べ各試験管に番号を記入する。さらに検体番号と抗原名を記入する。 _血清の希釈: @ペア血清の各々を2列ずつ40倍から1280倍まで2倍連続希釈する。この場合、2列を同時に希釈するため、各組とも片方の列の試験管の1〜6に、希釈用に1mlの生理食塩水を入れておく。 A配付された被検血清の一つから1mlとり1本目の試験管(1mlの生理食塩水が入れてある)へ加え混合する(40倍希釈)。 Bそして0.5mlだけ片方の列の1本目の空の試験管に移す。 C残りの希釈血清から1mlを取り2本目の試験管へ加えて80倍希釈にする。 Dそして80倍希釈液0.5mlを片方の空の2本目の試験管へ移す。 Eさらにその1mlを3本目に移し160倍希釈にする。以後同様に6本目まで操作する。 Fその結果、1列目の6本目の試験管には1280倍希釈液が1.5ml入っているのでそのうちの1mlを捨てる。2つの列の7本目にはそれぞれ生理食塩水0.5mlのみを入れておき対照とする。 Gもう一つの被検血清についても同様に操作する。 `抗原の添加:第1列にはチフス菌を0.5mlずつ7本目から1本目まで加える。第2列目にはパラチフスA菌を0.5mlずつ加える。この操作はペア血清の何れでも実施する。十分に混合したら、アルミホイルでふたをして37℃の孵卵器に入れ反応を進行させる。 a判定: @保温2時間後に観察し、冷蔵庫内へ移す。 A翌日、肉眼で、透過光を利用して管底像に基づき判定する。ただし、管底像だけではなく試験管をゆり動かし、凝集塊の有無を確認し、最終判定を行う。紛らわしい凝集はとらない。明らかな凝集(+1)を示す最高希釈倍数を抗体価とする。 表 ェ-1. 被検血清の希釈法 試験管 1 2 3 4 5 6 7 希釈倍数 1:40 1:80 1:160 1:320 1:640 1:1280 (対照) 第1列 (TO用) 血清(1:20) 1.0ml 1.0 1.0 1.0 1.0 1.0    生食水 1.0ml 1.0 1.0 1.0 1.0 1.0 0.5ml 1.0ml捨てる 第2列(PAO用) 0.5ml  0.5 0.5 0.5 0.5 0.5    生食水 0.5ml 各抗原浮遊液 0.5ml 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5 0.5ml 良く混合して37℃で2時間保温する。2時間後に菌体の沈降の度合と管底像を観察する。強い凝集の起きる場合は菌体が早く沈み、凝集した管底像が観察される。 観察後冷蔵庫へ移し、翌日ふたたび観察し判定する。 図 ェ-1 被検血清の2列同時希釈法 (観察の要点) 先ず試験管の底の凝集像(管底像)を観察する。この時内容物が動かないように静かに観察する。菌体が管底に広がり、その周囲が襞状を示していれば凝集陽性である。ただし、試験管を回転またはゆり動かしたとき、凝集塊(小さな、あるいは大きな塊)が舞上がれば凝集陽性で、小さくとも明確な塊が多数見える場合を+1とする。塊が大きく2〜3個あれば+3とする。一方、凝集陰性の場合は、ゆり動かしたとき、菌体が煙のように液内を上昇しやがて均一に白く濁り塊はほとんど見えない。時には微小な塊があるように見えるが、7本目の対照の状態を観察しそれと同じであれば陰性とする。菌液自体が粗く見える場合もある。 (結果の解釈) 凝集素価(抗体価)は診断上の目安となるが、同一患者について1週間または10日間の間隔で少なくとも2回採血し、ペア血清として検査し、得られた抗体価に4倍以上の上昇が見られる時診断的価値が高い。通常、発症の2〜3週後より上昇し、4〜5週後に最高値を示す。Vi抗体価以外は再現性が必ずしも良くない場合もある。しかも過去の炎症や予防接種、化学療法、免疫抑制剤の投与による影響を受ける。Vi抗体価は非感染者では5倍以下であり、薬剤の影響も受けにくいので、抗体価が20倍以上であれば診断価値が高い。 (参考) Widal反応 この反応は腸チフス症、パラチフス症の血清学的診断法であり、細菌凝集反応の1つである。腸チフスに罹患すると、発症2週以降患者血清中にチフス菌に対する凝集素(抗体)が出現し、その値が上昇してくる。したがって、チフス菌を抗原として患者血清と定量凝集反応を行い、血清中の抗体価を定量すると腸チフス症の診断の一助になりうる。Widal反応は腸チフス菌のO抗原とH抗原(あるいはVi抗原)、パラチフスA菌、B菌のO抗原とH抗原を持つ菌体浮遊液を用いて抗体を定量する。このうち、H抗原に対する抗体はワクチン接種でかなり上昇するので、通常はO抗原とVi抗原を用いて検査する。O抗原にはチフス菌(加熱処理してH抗原を失活させた菌体のS. typhi)、パラチフスA菌(S. choleraesuis serovar Paratyphi A)ならびにパラチフスB菌(S. choleraesuis serovar Paratyphi B)を、Vi抗原にはシトロバクターV型菌 (Ballerup M) を用いる。このように4種類の菌液を用いるのは、菌種がそれぞれ複数の抗原決定基(群)を持ち、その一部は別の菌種に共通の抗原として存在し、かつその組合わせは菌種によって異なるため、感染した菌種によって出現する抗体が異なるので感染者の血清中にどの型の抗原に対する抗体が出現しても、検出を可能にするためである。なお、Ballerup菌はサルモネラ属ではないが共通のVi抗原を持つので使用されている。Vi抗原はO抗原と抗体との凝集を起こしにくくしているが、菌体の加熱により除くことができる。O抗原は菌体抗原、Vi抗原は莢膜様物質、H抗原は鞭毛抗原とされている。