特集

情報化時代の教育



数学教育におけるデジタル教材

杉 田 公 生 (東海大学理学部数学科教授)




1.経 緯

 近年、初等中等教育の次期カリキュラム改定において行政側の「ゆとり」という方針に関して、数学・理科教育の各方面から「単位(時間)の削減は学力低下を招く」という批判が相次いでいる。大学教育でも「数学力の低下」という問題に関して警告が発せられ、幾つかの調査・研究も行われているが、限られた時間内で何を重点的に教育するかについて決定的な意見がない。一方、教育方法については「確かな教科書を用いて、生の教師が板書で時間をかけて定理を説明し、問題を目の前で解いて見せるという従来のやり方の方が、 OHP を使用したり、マルチメディアを活用したりという方法より実績がある」というのが主力的な意見である。数学五千年の歴史で、三千年は同じやり方でやってきたという訳である。
しかし、現実は以上のようなある種の理想的な状況にはない。工学部の基礎教育では数百人という学生を対象に講義する場合もあるし、単位だけ必要な学生は90分のノートを取る忍耐を持っていない。改革の声が姦しい中で、数学教育も多少は効率化を考慮しなければならない。相反する学生の要求を両立させ、多様な教材を提供するためにも数学教材のデジタル化と学生への公開は考慮に値すると考える。


2.実践内容と課題

 最初のディジタル化の例はコースウェアを用いた CAIであろう。私の教室では、基礎数学、線形数学、微積分について CAIによる講義が開講されている。コースウェアを使用している先生方は、実行の環境と言語の急激な変化に対応するのに苦労されているようである。私は電子計算センターが用意した記号計算のプログラムを利用して、CAI 微積分という2単位の科目を設けている。教材は残念ながら従来のテキストである。問題点はこのプログラムでは関数記号に通常の数学記号とは異なるものを使用していることで、学生に無用な混乱と困難を起こすことである。この演習の話題として、与えられた問題を解くだけでなく類題を自分で用意して解くという課題を与えているが、これが難しいようである。シミュレーション程度までは構想に入っているが、現状の学力では何時実施できるか予定が立たない。同じような話題は他の大学でも聞いた。
 次の例は、計算用のデータや資料を Web を通じて配布したり取得することで、これは上記のものに比較して講義や演習の質や内容を変える可能性がある。私の場合は、計算データの他にグラフ文法で定式化した仕様書を Web により配布することを試みている。構想としてはプログラミング教育環境をネットワーク環境でする予定であるが、Javaのバージョンが変わったために対応ができていない。また、自分でデータを提供するための anonymous ftp には起動しておく必要があり、ネットワーク管理者へ負担の、PDFの場合はファイルサイズの問題が見られる。他に、統計の講義で、データを政府機関よりダウンロードして本物のデータを用いた学習により、内容に真実味を加えることができたという例もある。データをダウンロードすると、対応するプログラムが自動的に起動されるので、学生には感動的なようであるが、統計処理済みのデータまで持ってくるために講義内容の変更を求められているそうである。
 教材データベースの簡単なものとして、無構造のテキストと全文検索機構とを組み合わせたものが考えられる。さらに、ハイパーテキストの活用というものが考えられるが、本格的な教材デジタル化のためには数学の構造を表現するのに適した UMLのような普遍的な枠組みの研究が必要である。手始めに、微積分や線形代数等の基礎教育の部分だけでも、数学用語関係の体系化が必要であると考える。
 次に、特殊な例であるが、知覚障害者とのインターフェースに使用する例がある。数学については数学の点字表示が確立してないようで、全面的に頼ることができない。正しい点字が打ち出されたかどうかの判定をできないことも問題である。
 最後に、研究環境のネットワーク化をしようという研究が Committee on Electronic Information and Communication(CEIC) の名称で国際数学連合( IMU)のもとに始められた。このような活動に日本の数学者の批判だけでない貢献が望まれる。



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