地理学の教育における情報技術の活用


奈良大学におけるGIS教育の歴史


碓 井 照 子(奈良大学文学部地理学科教授)



1.奈良大学におけるGIS教育の歴史

 奈良大学におけるGIS教育は20年ほど前からはじまり、わが国でも最も早く実施された大学の一つであり、その歴史は古い。故水津一朗学長が代表者になり、1988年に文部省科学研究費総合Aで総額1200万円をかけてPC-ARC/INFOとGIS機器のフルセットが購入されると、GIS実習を伴った本格的なGIS技術教育がなされるようになった。その当時としては、高度なGISソフトによるGIS実習が西日本では最初に実施されたのである。カリキュラム上は、地理学演習という科目名であったが、その後のカリキュラム大改訂以降は、地理情報システム概論Iと地理情報システムII、地理情報システム技法、地域分析法、画像処理・リモートセンシング等のGIS関連科目が充実し、3名の教員(1名は非常勤講師)が担当している。地理学科教員9名の内、2名の教員(碓井、酒井)がコンピュータ実習を担当する計量地理学者であり、学科開設以来コンピュータを使用した基礎実習(必修)や応用実習(選択必修)が充実していたことも、GIS教育への以降がスムーズに進行した理由でもある。また、1990年から1年間、碓井が、英国のGIS教育の先進的大学であるエディンバラ大学へ留学し、GIS教育実態の視察とGIS研究に1年間従事したこと、文部省科研費重点領域研究でARC/INFOのUNIX版ソフト(1991年)を購入したことも奈良大学地理学科におけるGIS教育推進拡大の契機であるといえる。


2.GIS教育環境の整備と研究プロジェクト

 奈良大学におけるGIS教育は、1992年以来奈良大学情報処理センターで実施されている。1992年にはSUNのワークシテーション35台が導入されたが、1997年からは情報処理センターのWindows機への移行に伴い、GIS教育もWindowsベースに変更し、オブジェクト型GISソフトであるインフォーマティク社のSISを10セット購入した。1998年からは、文部省科研特定研究Bの東京大学空間情報科学研究センターのGIS研究推進の「人文社会研究における空間解析手法の開発」プロジェクトに参加し、地理学科だけでなく、文化財学科、奈良国立文化財研究所との提携研究として、考古学GISによる研究(研究代表者:泉拓良教授)も開始された。年間1,000万円の研究予算で6年間継続される計画であり、主に、考古学・歴史データのGISデータベース化をはじめ、東京大学空間情報科学研究センターの研究者と共同で遺跡の3次元GISによる保存景観・遺跡研究や考古学データのメタデータ作成および、クリアリングハウス構築等の研究を実施している。1998年には、このプロジェクトで人工衛星画像解析ソフトEARDAS(5ライセンス)も購入し、ラスター型GISソフトも充実した。また、この科研費で1999年にはインターグラフ社のGeomediaを5セット購入した。東急不動産との地価GIS構築の研究プロジェクトでは、70セットの「地価DATAmap」の寄贈を受け、現在、GIS教育に利用している。その他、企業との共同研究で寄贈されたGISソフトも多い。 奈良大学のGIS教育研究活動は、このように主に文部省科学研究費や企業との研究プロジェクトによりソフト面が整備され、コンピュータのハード部分は主に奈良大学情報処理センターの設備を利用してきたのである。しかし、最近では、自宅でのGIS教育にも重点をおくようになってきている。


3.英国のチュートリアル制度をとりいれたGIS教育

 奈良大学のGIS教育は、現在、阪神・淡路大震災の復興データベース作成という社会的課題と連動して実施されており、社会的実践教育を目指している。1995年の1月17日の兵庫県南部地震は、死者6,000人を越す大都市直下型の巨大地震であったが、この震災を契機にGISの社会的重要性が増大した。奈良大学では防災調査団を組織し、被災地域の定期調査を5年間連続して実施してきた。地震で倒壊した建物の解体撤去後の復興状況を3年間3か月ごとに、それ以降は6か月毎に現地調査し、GISデータとして作成している。1999年10月の調査で22回目になる。
 このGISデータベース作成は、碓井ゼミナールの3年生の学生、約20人から25人がチューターになり、4人から5人の下級生(1−2年生)のGIS技術指導を通して実施する。
 使用するGISソフトはArcviewとSISで、これらの入力指導は、情報処理センターの自習室で実施される。チューター制度により、碓井ゼミ生のチューターが授業時間の空いているときに下級生数人を技術指導し、授業の空き時間や放課後に実施されるのある。課外学習であるため、単位取得とは関係ないが、5年間述べ600人を越す学生が自主的にこの作業に従事し、GISの基礎的な技術を習得してきた。とかく大学の授業はカリキュラムベースであるが、学生たちの自主的参加に任せたGIS教育は、阪神・淡路大震災のボランティア学術活動として、社会的接点を有しているゆえに実現しているのである。大学の情報処理教育において、この種の自主的課外活動による情報処理教育などが単位化される必要があろう。時間割というタイムテーブルで教科書に即して実施される大学教育は、とかく画一的になりがちであるが、この種の学術ボランティア研究は、社会的な接点が明確であるため、学生たちの研究意欲が高く、自主的参加によりその教育効率も高い。
 21世紀の高齢化社会の日本において、地域福祉と連動したGIS教育の実施や環境問題とGIS教育など、GIS教育はこの種の社会的接点を有する情報処理教育をより身近かなものとして実現させる可能性を有している。


4.GIS教育の質的変化

 奈良大学のGIS教育の歴史は古いが、その中でGIS教育のスタイルも変化してきた。その主な要因は、GISソフトの質的な変化にある。インターネットとオブジェクト指向GISの発展は、GISソフトが使えるというソフト操作法の習得だけではなく、GISソフトのカスタマイズ技術が社会的に必要とされてきたからである。GISソフトがコンポーネント化する今日、VBやC++などのオブジェクト指向プログラミングの教育が不可欠のものとなっている。これらの言語の習得とGISソフトのカスタマイズが現在の奈良大学におけるGIS教育(主にVBが中心)の中心課題である。そこでは、多種類のGISソフトの特性を良く理解し、自分の研究に最も適したGISソフトから部品のようにアプリケーションに組み込めば良い。したがって、奈良大学のGIS教育では、多種類のGISソフトを5−10セット規模でそろえている。急速に進歩するGISソフトの多様性に応じて、学生が多種類のGISソフトを利用してGISの本質を理解するように考慮されているといえよう。
 現在そろえているソフトは、米国(Arc/info、Arc/view、Mapobject、Geomedia)、英国(SIS)および国産ソフト(EarthFinder、地価DataMap、Geobase)などである。この種の教育のためには、学生が自宅でも日常的にGISソフトを利用する環境が必要である。GIS企業には、日頃からワープロ感覚でGIS利用の必要性を訴えており、インフォーマテック社は1999年の11月からSISの定価の1/10価格にあたる学生用タイムライセンス付き特別割引ソフト(38,000円)の販売を開始した。これなどは、大学の教育現場からの声が製品開発に生かされた例である。
 インターネットやコンポーネント化の波はGIS教育を質的に変化させているといえる。大学におけるGIS教育では、かつての画一的な一斉教育というパターンを時代のニーズに合わせて変化させていく必要があろう。



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