心理学の教育における情報技術の活用


心理学研究法でのコンピュータ利用


唐澤 真弓(東京女子大学現代文化学部コミュニケーション学科助教授)



1.はじめに

 心理学研究とコンピュータは、密接な関わりをもつ。コンピュータが発達しはじめた60年代、心理学は人の心をコンピュータにたとえ、認知科学として発展した。それは、コンピュータの発達とともに隆盛を極めた。例えば、人の声の認識過程を理解することが、新しいソフトウェアを可能とした。心理学はコンピュータと相互に発達し展開してきたのである。また、理論的側面だけでなく、技術的側面でもコンピュータを始めとする情報技術の革新は心理学に新たな研究方法を提供してきた。提示刺激や条件コントロールをコンピュータによって容易にし、大量のデータ分析が可能となったのだ。
 こうした流れから心理学的研究方法の授業を行う際にも、実験刺激、装置の作成からデータ分析まで、コンピュータは不可欠なものとなっている。研究技法としてのコンピュータ利用は、実験刺激作成、データ分析といった実験者メリットと回答を簡便にするといった被験者へのメリットとがある。ここでは、私自身の授業の中で行っている上記二つのメリットを考慮した実験の具体例を挙げ、心理学研究法の授業におけるコンピュータ利用の可能性を述べることとする。


2.実験者としてのコンピュータ利用

 私が行っている授業は心理学的測定法という学科で、コミュニケーション研究方法を学ぶ選択必修科目のうちの一つである。この授業では学内UNIX上のSPSSによるデータ分析ができるようになることが、その第一の目的である。多くの心理学専攻の学生にとって、データ分析、統計は困難な科目の一つである。そこで、実際に自らが被験者や実験者となりながら、データ分析を学ぶよう工夫している。学生は実験者となったり被験者となったりして、データを収集し、それを入力、分析することに取り組んでいる。実験のうちの一つは、音声と単語の内容によるストループ課題(1)である(Kitayama& Ishii, in press)[1]。この実験では、音声ファイルと単語のファイル、教示をMachintosh上のSuperLabでコントロールし、画面と本体に接続したヘッドホンから、刺激を提示する。被験者は画面上に提示された単語の意味と音声の高低などを手がかりにし、単語または音声の好悪についてキーボードを押して回答する。被験者の回答と反応時間は、Excelファイルとなって記録される。学生は条件ごとの回答と反応時間の平均値を整理し、データをSPSS上で分析する。 実験者としては、コンピュータの前に被験者を座らせ、ファイルをRunさせると実験が稼働し、データ入力まで終了するというように、コンピュータ上ですべての作業が可能となるメリットがある。さらに、ノート型のパソコンにこれを収納すれば、実験場所のモビリティが高まる。


3.被験者としてのコンピュータ利用

 最近の情報技術の革新は、被験者からのデータ収集方法にも変化をもたらしている。例えば、SeattleのWashington大学のGreenwald教授は、Web上に自己認識についての実験ファイルを置き、そのサイトをヒットする不特定多数の人からの回答を得ている。さらに、インターネット上のサイトにアクセスし、子育てについてのインタビューをし、電子メールでの回答、データ収集を行う研究も増えてきている。こうしたことは、データの信頼性また被験者の母集団をどのように想定するかといった問題を持つものの、被験者自身に回答しやすい形式が工夫されてきていることを示すものである。
 被験者へのメリット、回答しやすさを考えたものとして、最近PDA(携帯情報端末)を利用した質問紙を実施している。これは、PalmIII上にソフトウェアPilotForm で作成した質問紙を載せ、被験者にスタイラスペンで入力させるものである。具体的には、感情についての日常的経験をとらえるために、1日3時間、4回(12時、15時、18時、21時)、その3時間の間に経験した感情をリストの中からチェックさせ、続いて、その感情についての質問に回答させる。これはExperience Sampling法として、近年いくつかの研究が行われてきている研究を基にしている。この方法は被験者の日常生活に近い形での情報を得ようとするもので、これを、紙を用いた質問紙で行うと、被験者は1週間分28枚からなる質問紙に答えなければならない。これは心理的に負担が大きい。また、3時間おきに回答しなければならないのに、それらの質問紙を持って歩くことも困難である。PDAを用いると、そうしたデメリットが解消できる。被験者は鞄からPalmを取出し、スタイラスで質問をチェックするのに3分とかからない。また、現在のところ、PDA自身が興味深い対象商品であるため、被験者が回答することに積極的である。さらに、被験者の反応が時間で記録されるため、データの信頼性も高くなる。入力されたデータはExcelファイルでコンピュータ(Macintosh, Windows)に転送できる。実験者のメリットだけではなく、被験者としてのメリットが期待できる方法である。


4.これらの問題点

 これらの方法は、とても魅力的であるがそれぞれに問題点がある。まず、SuperLabの実験においては、その作成に多くの時間を要する。また学部学生が自分自身で実験をコーディネイトするには、きちんとした実験計画が理解されている必要がある。また、このPDAを用いる方法の問題は、費用、オペレーティングの手間とソフトウェアに限界がある。PDAは低価格のものが出たとはいえ、1台3万円程度の費用を必要とする。被験者100名を目標にすると機器代金だけでも300万円かかってしまう。もちろん、何度も使用できるのであるし、被験者をいくつかのグループに分けることも可能であるが、まだコスト的に十分なものとはいえない。また被験者自身にPDAを利用させるため、プログラムやデータの保護が重要となってくる。せっかくのデータが壊れてしまう可能性は高い。さらに、ソフトウェアによる質問項目数の制限である。現在30項目で回答させているが、こうした1週間分28回までのものではそれが限界である。
写真1:Experience Samplingに用いたPDA


5.おわりに

 以上のような問題があるものの、今後情報技術の発展により、これらは解決可能となってくると考える。心理学における情報技術の利用は、実験者としても被験者としてもメリットが期待される点において、今後盛んになっていくであろう。しかしまた、情報技術によって、おもしろい実験を行うアイデア創成のトレーニングが最も重要であることは、心理学の教育にとって変わらないものでもある。


参考文献
[1] Kitayama, S., & Ishii, K(in press) Word and Voice: Spontaneous attention to, emotional utterances in two languages.Cognition and Emotion
 
(1) この実験ファイルは京都大学大学院石井敬子氏が作成したものである。


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