化学の教育における情報技術の活用


Web対応のCAIを用いた授業実践


及川 義道(東海大学理学基礎教育研究室講師)



1.はじめに

 筆者は、1993年からCAIを用いた化学の授業を担当しています。この授業は、新入生の学力差が拡大してきたのを受けて、通常の講義の補助として始まりました。現在では学部学科を問わず、広く学生を受け入れる授業として開講されており、2001年度からは工学部の専門基礎の授業としても開講されています。
 開講当初は、BASICで自作した教材をフロッピーディスクに保存し、それを教材として学生に配布していましたが、この方法は制約も多く、管理・運用も煩雑でした。そこで、学内LANが整備されたのを機に、Web上で利用可能な教材やその運用システムの開発を進め、現在ではすべての教材をWeb上で配信しています。


2.授業内容

 CAIを用いた化学の授業は、一般教養向けと専門基礎の2種類が開講されています。一般教養向けは、対象学生をまったく限定しておらず、履修者の所属する学科や学年等を考慮して教材を提供しています。一方、専門基礎の授業は、対象学科ごとに開講し、履修者全員に同じ教材を提供しています。その一例を表1に示しました。
表1 対象別学習教材の一例
対 象教材名
一般教養文系学生全学年※化学を学ぶために 空気の化学 水の化学 生活の化学 材料の化学 エネルギーの化学 環境の化学 生命の化学
専門基礎工学部1年次生※ 化学変化とその表現 原子構造 電子配置 量子論と化学 化学結合 気体 液体 固体 化学変化とエネルギー 反応速度 化学平衡 溶液 酸と塩基 酸化還元 電池 金属とその化合物 非金属とその化合物 エネルギー資源と化学 炭化水素 炭化水素の誘導体 有機化合物の反応 高分子化合物 生体と化学
※ 東海大学ではセメスター制ですが、学年制に対応させて表記しました。
 授業は、CAI教材による自学自習を中心に展開されます。学習の形態は自由で、一人で黙々と学習する学生もいれば、グループを形成して互いに補いながら学習する学生もいます。また、基本的には試験日までに所定の範囲を学習すればよく、各自のペースで学習を進めます。ただし、教材ごとに課題が用意されていて、その課題を提出しなければ学習の終了が認められません。なお、各教材の内容量は、1回の授業で消化できる程度に設定してあり、90%以上の履修者はこちらが想定した進度で学習を進めています。


3.教材について

 教材は、各種の素材から作成されたテキスト、演習問題、課題、参考資料から構成されています。これを学生の学習状況に応じて、適宜Web上で配信します。素材の中心は、他のWeb上の情報と同じく、HTMLで書かれた文書情報です。これに、イラストやアニメーション、ビデオ、シミュレーションを組み合わせて利用しています。
 各学生が学習すべき教材とその順序、問題・課題の量および難易度に関しては、対象別に別途定義ファイルが用意されていて、教材実行時に読み出される仕組みになっています。この仕組みにより、同じ素材を、異なる目的の教材として容易に組み直すことができます。
 教材の配信は、著者が独自に用意した小型のコンピュータを学内LANに接続して行い、教材の再生は、各実習室に設置されたコンピュータ上のブラウザを用いて行います。実際に教材を表示すると、図1のようになります。
 画面中央に表示されているウィンドウが教材のテキスト部分です。テキストには文字情報のほか各種の情報や機能が貼り込まれています。例えば図1のテキストの場合、物質の構造を表示した部分には、マウスを操作することにより自由に視点を変更できる機能が設けられています。また、学習者が現在何について学習しているのかを見失わないようにするため、テキストの内容は、画面上に用意されたメニューを操作する以外変更できないようにしてあります。補足説明やリンク先の情報は、全て別途用意されたウィンドウに表示されます。
図1 教材実行画面の例
 演習問題・課題も、テキストを見ながら解くことができるように、別ウィンドウに表示されます。演習問題は、学習者自身が解説を見ながら自己採点する形式、課題は、所定の用紙に解答を記入して提出させ、添削の後返却するとともに、解説を後日Web上で公開する形式をとっています。なお、問題の解法に必要な定数や物理データは問題文中に表記しておらず、学習者自身が参考資料から調べるようにしています。


4.授業での利用

 現在、筆者の担当している授業は、一般教養向け1クラスと専門基礎2クラスです。一般教養向けのクラスは履修者が約50名、専門基礎のクラスは約30名で、どのクラスもTA等は利用せず、教員1名で対応しています。(同じ教材を利用して、100名以上のクラスを担当している教員もいます。)
 一般教養向けの授業では、履修者の学部や学科、専攻等に幅があり、それに応じて異なる教材を提供しているので、学生は各自Web上の教材を利用し、不明な点などを個別に質問することになります。この授業では、学科や専攻から1名しか履修していないケースも多いので、継続して参加しやすい雰囲気づくりに努めています。
 学科ごとに開講している専門基礎の授業では、その日の要点を説明した後に教材を利用させています。学習中は、実習室内を巡回しながら、添削済み課題の返却、質問への応答、補足説明などを行います。また、化学の話題について学生と雑談を交えたり、理解の速い学生には、より高度な問題や課題を与えて考えさせたりします。教材による学習終了後、課題を提出した学生から退室します。現在担当しているクラスでは、授業終了時刻の前後10分間に、全員が学習を終了しています。


5.おわりに

 このようなシステムは、使い古された言葉ですが、インターネットを利用できる環境さえあれば、時間や場所を限定せずに教材を提供できるわけです。その有用性から、既に多くの方が同様のシステムを使用されていることと思います。筆者も実際に授業で利用して、それなりの手ごたえを感じています。しかし、そのための手間は計り知れません。特に教材の作成には相当の時間が費やされ、それを個人で負担している方も多いのではないでしょうか。筆者の場合も、イラスト、アニメーションなどの素材の作成から、シミュレーションの作成、果ては管理・運用ソフトウェアの開発・管理までを一人で行っており、そのために多くの時間を費やしているのが現状です。
 今後さらに多様化が予測される学生のニーズに対応できる教材やその運用システムの開発は、個人レベルでは不可能であり、専門スタッフの確保、協力体制の確立が不可欠だと痛感しています。筆者も人的資源を確保して、組織的な開発を手がけたいと考えています。



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