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−CALLを利用した語学教育の動向−
TESOL 2001学会に参加して


小林 ひろみ(文教大学国際学部教授)
生田 祐子(文教大学国際学部助教授)



1. はじめに

 2001年2月27日から3月3日、アメリカ合州国ミズーリ州セントルイスにて、TESOL(Teaching English to Speakers of Other Languages:英語を母語としない人への英語教授法)の年次大会が開催された。ミシシッピー川に臨むセントルイスのシンボルである巨大アーチは、今回のテーマ”Gateway to the Future”にふさわしく21世紀の英語教育への入り口を示唆しているように思われた。TESOLは、英語教育に関わる学会の中でも、20を超える理論と実践研究分野から成る、会員数と規模において最大の学会である。その数は、世界100カ国以上に約80の加盟団体と2万人以上の会員数を有する。米国が中心ではあるが、世界中でESL(English as a Second Language)とEFL(English as a Foreign Language) に携わる教員、SLA(Second Language Acquisition:第2言語獲得)、応用言語学等の研究者、教材開発者等が一同に会する情報交換の場でもある。今回は、延べ約7,000人の参加者があったと報告されているが、開催地によっては1万人を越す参加者が集う大会もある。今年度のプログラムには、基調講演、研究発表、ポスターセッションの他、ワークショップ、セミナー、教育施設の視察も含まれ、その合計数は、1,000件を越している。また、会場内にはElectric Villageと呼ばれるネットワーク教材やCD-ROM教材等のソフトウェアや最新のPCハードウェアを体験する会場、300を越すブースが入っている出版社、語学教育関連の展示会場が常設されている。今回は、文教大学の共同研究「CALL(Computer Assisted Language Learning)教育の効果」グループがこの大会を視察し、主にコンピュータ・マルチメディアを使った語学教育の実践の動向と研究報告ならびに最新の教材について取材を行った。


2.TESOLにおけるCALL SI(CALL Interest Section:CALL教育研究グループ)

(1)研究発表の動向

 CALL Interest Sectionの発表は、発表タイトルのキーワードは多岐にわたるが、大きくは次の4項目に分類できる。

  1. インターネット上のホームページサイトを利用した授業研究
    Web-based learning(サイトを中心とした学習)を目的とした授業に活かすホームページ作り等を紹介。音声の他、画像、映像を取り込んでいるのが特徴。
  2. インターネット上の電子メールとチャットを利用した授業研究
    電子メールとチャットを利用しながら、「教員」対「学習者」、「学習者」対「学習者」、「学習者」対「対象言語を母語とする人」、の間での発信型コミュニケーションの練習を行い、CMC(Computer Mediated Communication)談話分析、Cross-cultural communicationのパターン分析等を行う。
  3. CALL対応のCD-ROM教材を利用した授業研究
    コンピュータ上のテスト対策のための練習用ソフトの開発、主にセルフラーニング(自習)環境を想定した授業のアプローチを紹介。
  4. CALL上のマルチメディアを利用した授業研究
    Internet Conference(遠隔授業)、Cyberspace Discussion(海外の学習者との対話)、バーチャル体験でのコミュニケーション練習。
 その他に以下のような発表項目があった。
「CALLにおける学習者の心理的効果」、「CALL教室の有効利用方法」、「CALLを使った学生のプレゼンテーション」、「オンラインプロジェクト」、「Webサイトの文化」、「CALLにおける教師の役割」、「ワイアレスコンピュータ利用の授業」、「CALL教育への機会均等に関して」、「CALLに関わる教員養成プログラム」などである。
 興味ある例としては、コンピュータに蓄積された膨大な英語のデータを学生に直接利用させる手法があった。近年英語の辞書学の分野では、使用頻度順に並べた英単語リストや、その土台となる文章のサンプルなどを集めたコーパスが、コンピュータを使って急速に充実してきており、英語関係の辞書作成の際の重要なデータになっているだけでなく、英語学の基礎として幅広く利用されだしている。(これは現時点ではイギリス英語が中心で、どういうわけかアメリカ英語は遅れをとっているが、これから開始される予定である。)この生のデータを、研究者だけでなく学生にも直接利用させることにより、学習効果をあげようとする試みである。たとえば英作文をするときに、ある動詞がどの前置詞と結びつくかをチェックさせるのに、従来であれば辞書を使って調べさせるわけだが、スペースの関係で電子辞書でも例文がないことが多く、どの前置詞を使うのかがわかっても、今度はそれをどう使うのかがわからず、間違えてしまうことがある。よくある例としてはtoの後にくる動詞の使い方で、原型なのかing形なのかは場合によって異なるが、多数の例文を見ればすぐわかる。また“I am sorry.”を強調したいときは、どの副詞を使うのが一般的なのか、completely は使えるのかなどの疑問は、コーパスをみれば一目瞭然である。学生のレベルが低い場合は、教師がデータを整理して提示すればよく、こうして学生が自分が直接データにあたって覚えた英語は、当然、定着率が非常に高くなる。コンピュータという急速な情報処理の手段があって、はじめて一般化できる手法といえよう。
 筆者が出席した1995年当時の発表項目には、ハイパーカードを利用した教材で、コンピュータ単体で動くCALLソフトウェア使用の授業研究が多かった。またワークショップもコンピュータアプリケーション等の使用方法が主体であった。それに対して、2001年の今回は、ほとんどがネットワークに接続されたコンピュータ環境における授業・研究であることが顕著な違いと思われる。一方では、インフラが充分でない環境もまだ多く、教員からの教材一斉提示による形態や、一般のPC教室での電子メールのやりとりに留まっている場合や、授業外でパソコン教室を利用しているケースも多々みられる。インフラが拡充するにつれて、全マルチメディア対応のCALLシステムを使った本格的な語学教育の実践報告や研究が増えていくのではないかと思われる。インフラ以外の問題として、ネットワーク上に学生数だけの教材を用意することがコスト面で困難であること、また学生一人一人に持たせることのできる教材ならば、授業ではなくセルフラーニング(自学自習)の形態をとるため、授業として成立させるのには無理がある、などが考えられる。

(2)研究発表の推移

 Interest Section は、全部で20あり、その中のCALL IS(Interest Section)の数は、全体IS発表件数約1,100件のうち82件である。CALL ISが始まった1993年は、1割以上をCALL ISの発表が占めていた。また、この数字は1995年の69件、1997年の114件、2000年の80件と比較すると、特別にCALL IS(発表の分野)の数字が大幅に伸びているという印象は受けない。それは背後に、次のような理由があると考えられる。
 全般的に、授業研究においてコンピュータを利用するケースは年々増えており、特別にCALLを研究対象としていなくても、例えばWriting授業で、キーパル(電子メールの相手)との電子メールを使うプロジェクトを行えば、WritingのInterest Sectionに属して発表している。また、そのやり取りをデータベースとして残し、談話分析、プラグマティックス等の研究発表をしている。コンコーダンスに関する発表も語彙学習や語彙調査の分野にシフトしているように考えられる。事実、Interest SectionにおけるCALL以外の発表タイトルを読んでいくと、“computer”、“Internet”、“cyber learning”などというキーワードが多く含まれていることに気付かされる。発表分野をCALLと限定しない限り、CALL環境を使ってのテーマであっても、CALLには含まれないことが多い。また、TESOL全体で提出されるプロポーザルも年々増加していると報告されている。(今年度は2,000近くのプロボーザルが提出された。)そのため、他のInterest Sectionとのバランスを考慮し、また類似した研究から優れたもののみを採用とするなど、質的基準を高くし、発表数を制限しているとも考えられる。これらの様子から、コンピュータとマルチメディアを使った授業研究自体は、確実に増加しているにもかかわらず、CALLをInterest Sectionとして選ぶ研究は、少なくなり、将来的にTechnology in Education の研究内容として含まれるのでないかと推測する。一方では、Learning Strategies in CALL(CALLの学習ストラテジー)を扱っている発表数がまだ少ないので、語学学習効果の観点から、これからさらに研究が進む分野ではないかと考えられる。


3.CD-ROM ソフトウェア

 大会開催中、一つの会場が、”Electric Village : a state-of-the art learning center”と称し、インターネットと最新のコンピュータ機器を利用した英語教育のソフトウェアの紹介を行っていた。CALL教育に経験の豊富なフタッフたちが常時待機し、初心者の英語教員から教育サイトの開発をしている研究者に至るまでの参加者への対応をしていた。英語教育のソフトを紹介するフェアが毎日開かれ、展示会場で紹介されている最新の教材を試すことも可能であった。また、実際の利用者たちが集い、情報交換の場でもあるように見うけられた。米国のコンピュータ対応教材は、ハイパーカードの時代に始まりかなりの数が市場に出ているが、授業環境に柔軟に対応できる教材のみが生き残り、継続して使用されている。日本では、多人数クラスで、個人のレベルに応じた教材を使用できるメリットをCALLに求める傾向が強いかもしれないが、米国では基本的に語学の授業は、実質的効果の出る少人数(15名以下)で行うため、施設の形態も異なり教材のニーズにも差があるようにも思われる。
 教材の種類として、ネットワーク対応型、教材独立型、テキストベース型、Webサイト利用型、またこれらのコラボレーション型があると考えられる。複数の授業で用いるネットワークサーバにインストールする場合は、一般に価格が高いが、全体にCD-ROMの値段が下がってきていることは、利用者にとって朗報である。


4.CALL教育の現状と問題点

 筆者の大学が学生を送っているオーストラリアMonash Universityや米国Oregon State Universityなどにみられるように、 従来のLLラボ同様に授業の課題を各自で行う自習室の形態をとっているところが少なくない。日本の大学も同じであるが、CALLを共通のカリキュラムに取り入れているところは少なく、大多数は個人的な授業方法、また学生の学習方法の手段としてとらえているようである。
 サポート体制に関しては、個々の実態調査はできていないが、授業内容をサポートすることのできるTA(Teaching Assistants)は、大学院が併設されている教育環境では珍しくないように思われる。大学レベルのCALL教育環境ではテクニカルサポートを受ける職員・助手が常駐している場合が多いが、共通して言える問題は授業担当教員と技術関係者との人的割合が、必ずしも充分でないことである。CALLシステムを導入するにあたり、ハードウェアの側面に注意を払いがちだが、さらに多くの語学教員がCALL環境で授業を行うにあたり、人的な技術面でのサポート体制を含めたCALL教室の設計をしていくことが、最重要な課題とすら言えるかもしれない。


5.おわりに

 2月に行われた文部科学省の「英語指導方法改善の推進に関する懇談会」の最終報告には、小学校から一貫教育の枠の中での英語教育の必要性が語られ、大学教育については、「英語を学ぶ」のではなく「英語で学ぶ」という語学カリキュラム編成の転換の提言が含まれている。ここで問題となるのは、教員養成と授業の形態である。英語を母語とする教員採用には限界があり、日本人教員の研修のあり方や採用条件は大きな課題である。授業方法の内容には情報機器の活用が提案されている。今後、英語教員採用条件において、教育に活用するコンピュータリテラシーは必須となり、教職課程においても、CALLは履修科目となることが予想される。
 しかし、CALL教育環境ではコンピュータが教員に代わりえるということでは決してない。過渡期には、コンピュータでのプログラム学習法を利用していくことが中心となっていくかもしれないが、今回の学会発表にも見られるように、ティーチングマシーン的発想から、「コンピュータの機能を有効利用しながら、教育的な価値を高め、学習者の思考や能力を増幅するコミュニケーション媒体としてのCALL学習環境」[4]へ移行していくのではないかと考える。また、CALL学習環境では個別の学習が可能となるため、教師が個々の学生の学習記録をとることが容易であり、学習者へのフィードバックをより細かく行うことができる。ただし、このようなきめ細かい指導を行うにはクラス・サイズが重要なファクターであるため、語学学習授業の適正サイズといわれる15名ではなく、その数倍になる様な50〜60名の大クラスでは実施できなくなることを言及しておきたい。個別学習の形態をとる場合の利点は、学習者のニーズに合わせた学習内容を提供することができることである。つまり、苦手意識の強い学習者には周りから注目されているという「心理的負担(Affective Filter)」が少なくなるため、安心して自分のペースで授業に取り組める。逆に、積極的な学習者にとっては、コンピュータのネットワークを介して多数の相手との共同作業により学習の機会を拡大することも可能である。
 日本人は一般的に、心理的かつ文化的にコミュニケーションの練習が苦手であると考えられてきた。しかしながら、CALL教育環境を軸とした学習方法をとることにより、この苦手意識が克服され、日本人の英語コミュニケーション能力が急速に伸びていくことを期待する。

※この共同研究には、情報教育と統計学の立場からのアドバイザーとして文教大学情報学部助教授・中條安芸子氏が参加している。なお、この大会へは、平成12年度私立大学等経常費補助金特別補助「教育・学習方法等改善支援経費」 を受け参加した。

参考文献
[1] Egbert, J & Hanson-Smith,
E. (Eds.): CALL Environments: Research,
Practice, and Critical Issues. MD: TESOL ,1999.
[2] 大学英語教育学会SLA研究会編:
SLA研究と外国語教育. リーベル出版, 2000.
[3] Hanson-Smith,Elizabeth:
Technology-Enhanced Learning Environments, MD: TESOL, 2000.
[4] 町田隆哉・山本涼一・渡辺浩行・柳 善和: 新しい世代の英語教育
−第3世のCALLと「総合的な学習の時間」. 松柏社, 2001.
 
TESOL・CALL関連サイト
(TESOL)
 http://www.tesol.edu/
(EuroCALL)
 http://www.eurocall.org/
(Applied Linguistics Journal)
 http://www3.oup.co.uk/applij/
(JALT)
 http://jalt.org/jj/
(北尾謙治氏CALL関連ページ:CALLとインターネット特別室)
 http://ilc2.doshisha.ac.jp/users/kkitao/japanese/library/call/


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