経営工学の教育における情報技術の活用


生産システムの実態を理解するためのマルチメディア教材


細野 泰彦(武蔵工業大学工学部助教授)



1.はじめに

 経営工学は実学だから、まず現場を見なければならないはずです。経営工学の適用分野が工業生産中心の時代なら、工業化を推進してきたわが国で見に行くべき現場は身近にありました。今日の高度情報化社会では、技術開発と製品設計は国内に留まるものの製造拠点は海外へと展開される例が多く、製造現場の観察は次第に難しくなってきました。同時に経営工学の対象領域は、生産システムから情報システムへと様々な問題を扱うに至りました。
 このような状況下で経営工学を教育するには、インターンシップや企業実習などの体験学習がますます重要になっています。とはいえ、経営工学の多様な応用例を知るには、あまりにも時間が限られています。したがって種々の授業科目において問題の解き方を教授する前に、対象とする現実の問題は何か、実際にはどのような多数の要素があり、それらがどのように互いに絡み合っているか、現実から切り出したモデルはどの部分を切り落としてきたかという対象の実態理解を補う必要があるでしょう。
 人体の仕組みを解剖学で理解させるのと同様、製造現場に遠い学生に対して、生産工場の実際を具体的に知らせることが、これに関わる技術を教育する前提として非常に重要であると思われます。本稿では、生産システムの実態を理解するために作成されたマルチメディア教材について紹介します。この教材は、授業を補完する補助教材であり、学生が必要に応じて自由にコンテンツを選択し、視聴して、生産の実態を短時間で容易に把握しうるように意図されています。ただし、今後もコンテンツ充実と水準の向上を目指して、長期的に継続して教材開発に取り組む予定であることを付記しておきます。


2.生産システム実態理解のためのマルチメディア教材

 ここで紹介するマルチメディア教材の主なねらいは、次のとおりです。
  1. 教科書と板書が主体の講義形式授業に対する補助教材であり、教室だけでなく自宅でも利用可能とする。
  2. 実際に生産現場を撮影したリアルな映像を主体として、写真や説明図とともにナレーションによる解説によって、できるだけ容易に視聴できる形式とする。
  3. 見やすさと分かりやすさを優先し、将来の情報通信環境とコンピュータ処理能力の進歩を期待して、動画等のメディア容量はできるだけ制限しないものとする。
 作成された教材の内容は、図1に示す(a)および(b)に関するコンテンツであり、今後は(c)を含めて内容を豊かにしていく必要があると考えられます。
 図1の(a)は、特定の製品を取り上げ、その製品が生産されるプロセス、すなわち原材料から完成品に至るまでを生産順序に従って、7、8分程度の短い動画で説明する内容です。工場見学と同様に、物の流れに沿った説明であり、場面ごとにそこで使われている作業や管理技術を知ることができます。動画再生中にポイントとなる専門用語を表示していき、動画が終了したあと、それぞれを解説した写真付き説明文を見ることができ、また専門用語に関する本編中の動画を再生することも自由にできます。
 図1の(b)は、生産システムの専門用語をリアルな映像によって解説する内容です。専門用語の説明には、経営工学用語辞典や生産工学用語辞典を利用する場合が多いですが、活字での説明にはどうしても限界があり、図や写真を利用しても、短時間で的確に理解させることはなかなか難しい。そこでこの部分は、動画とナレーションを主体に2、3分程度の比較的短時間で解説する、いわば専門用語動画辞典です。ただし抽象的概念を表す専門用語は、どのように映像化していくかが鍵となります。
 (c)のコンテンツは、講義内容のテーマを映像によって解説する教材であり、上記の(a)と(b)は入門的内容であるのに対し、具体的な専門分野の技術に関する内容です。理論的側面は教科書や板書によって明確にできるため、この内容は実際的側面を扱い、特に対象とする問題が生じる現実的場面や解決策の適用場面を映像化しようとするものです。このようなコンテンツによって、学ぼうとする専門知識はより具体的に理解されると考えられます。
図1 生産システム実態理解のためのマルチメディア教材


3.作成されたマルチメディア教材の内容

(1)マルチメディア教材の構成と作成方法

 マルチメディア教材を作成するために適用した手順は、次のとおりです。

  1. 全体構造の決定
     全体のシナリオ、動画を表示するブラウザ、再生する動画のフォーマット、利用者の操作方法および配布方法に関して、汎用性を多少犠牲にしても表示品質、操作性の観点から全体の構造を決定しています。利用する装置はDOS/Vパソコンとし、Internet Explorer上で、動画はQuick Time形式のFlashファイルに集約し、当面はCD-ROM媒体で、将来Web上で配信するものとしました。
  2. 台本の作成と映像の取材
     製作意図に協力をえた企業の生産現場に基づいて、基本的なあらすじと撮影ポイントをまとめた台本を作成し、実際の生産工程をminiDV形式のビデオカメラで撮影しました。具体的な取材にあたり、大学近郊の地域では撮影に適する生産工程を選定することが次第に難しくなるようです。
  3. 素材の編集と改良
     撮影された動画を含め、作成された図表や収録されたナレーションなどの各種の素材は、動画編集ソフトウェアPremiereなど各種のアプリケーション・ソフトウェアを連携させて加工し、コンテンツを作成しています。作成されたマルチメディア教材は約20名の学生に視聴させ、実施された教材評価に基づいてほぼ全面的に作り直し、教材としての完成度を高めています。
     図2は、全体の入り口であり、製品の生産工程解説や専門用語解説のどこからでも自由に開始できるようビデオ・オン・デマンドの教材として構成されています。図3は専門用語を選択するページです。教材の階層構造は、多くとも3段階のシンプルな構造としています。

(2)製品の生産プロセスを解説する教材

 製品の生産工程を解説する教材では、製品としてビール、低周波治療器とハム・ソーセージが取り上げられています。それぞれ「専用ラインによる連続生産システム」、「手作業による組立工程」、「多品種少量の生産システム」の事例として解説されます。これらの教材は、いずれも1)原材料と製品の説明、2)工程経路図の表示、3)各工程の説明、4)用語の解説で構成されています。
 図4は、製品の生産工程を解説する教材の中から「手作業による生産システム」のひとコマです。

(3)生産システムの専門用語を解説する教材

 生産システムの専門用語を解説する教材では、加工設備である「旋盤」、「フライス盤」、「NC旋盤」、「マシニング・センタ」、「フレキシブル生産システム(FMS)」の五つの用語と、工程に関する「運搬機器」と「検査」が取り上げられています。各用語は、映像を中心に、ナレーションとテロップで手短に説明されています。図5と図6は、専門用語を解説する教材から「フレキシブル生産システム」と「運搬機器」とのそれぞれひとコマです。

図2 教材の開始ページ
 
図3 専門用語の選択ページ
 
図4 手作業による生産システム
 
図5 「フレキシブル生産システム」
 
図6 「運搬機器」


4.教材の効果と今後の課題

 経営工学科1年生123名および2〜3年生47名に作成された教材を収録したCD-ROMを配布し、各自が利用できるPCによる自習形式で視聴させました。その際、80項目の教材評価を行っています。現状では、学生のPC環境は様々であり、大学の設備を利用したケースも少なくありません。
 その結果の反応は、予想以上のものでした。「動画を見て、実際に工場見学に行ったのと同じ感覚を味わえたのがとても良かった」、「教科書などで学ぶのと違い、作業の流れ、現場の雰囲気、ナレーションのタイミングなど飽きずに見れて楽しかった」、「生産工程がこんな風になっていたとは正直、三つとも驚き、知らないことばかりだった。人の努力というものをいろんな意味で感じた」など、生産システムの学習に動機付ける効果が認められます。ただし画質優先のため、高性能なPC環境を要する点や、説明量と方法、画面デザイン・音質・音量などに工夫の余地もあります。まだ不十分な教材ですが、それだけでもマルチメディア教材のメリットは極めて大きいことが実感されました。
 マルチメディアを授業に利用する場合、題材を適切に選択し、教材をうまくまとめるには多くの時間と労力がかかり、次々と進歩するハードとソフトを使いこなしていくスキルを磨く必要があります。生産システムにかかわる専門教育は、技術進歩が急速で多様化や高度化が著しい分野です。限られた時間内で重要なアプローチや考え方を着実に教育するためには、マルチメディアの活用によって授業を補助することが重要であり、そのための教材開発が喫緊の課題です。今後、マルチメディア教材のコンテンツを充実させ、より効果的な教育を実現するために、継続的に開発していく所存です。

 ご協力いただいたユニオン医科工業(株)、麒麟麦酒(株)、相模ハム(株)、(株)牧野フライス製作所、大肯精密(株)、ご指導をたまわった武蔵工業大学薩川氏、経営工学情報教育研究委員会の村杉前委員長、渡辺委員長と各委員の方々に感謝申し上げます。教材作成に協力いただいた平成12年度生産システム工学研究室学生諸君に感謝いたします。なお、教材開発に本学特別研究費の援助をいただきました。



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