被服学の教育における情報技術の活用


マルチメディアによるパターン設計


猪又 美栄子(昭和女子大学生活科学部教授)
高部 啓子(実践女子大学生活科学部教授)
芦澤 昌子(青葉学園短期大学人間生活学科教授)



1.はじめに

 著者らは被服設計に関する授業の中で、学生に人体形態と被服パターンとの関連についての理解を深めさせるために、マルチメディアの利用を試みてきました。既に実施しているそれらの授業や近い将来の可能性も含めて、IT授業モデルとして「パターン設計論」を設定しました。「パターン設計論」では、立体である人体を三次元座標値で捉え、それを平面展開することで、パターンの形状がなぜそうなるのか、なぜダーツの位置と量がパターンのようになるのか、体型によりパターンがどのように異なるのかなどを、実際のデータを使って体験的に学習させます。「三次元計測器による人体測定」、「コンピュータによる三次元モデルのシミュレーション」、「コンピュータとプロッターを使った平面展開図の作成」など、マルチメディアを使うことでより具体的に効率よく授業を展開できます。


2.授業のねらい

 一般的な被服の製作では、平面である布を裁断し、立体に組み立てるという手順をとります。被服を構成する被服パターンは、人体寸法に動作のためのゆとりやデザイン上のゆとりを加えて構成されます。さらに、被服が人の体を包むことを考えると、人体寸法だけでなく人体形状にも適合させる必要があります。個人個人に適合した被服パターンや、既製服の生産において異なる体型に適合したベイシックパターンを作成するためには、人体の立体形状の差異を平面で捉えることが重要です。この差異を具体的に捉える方法として、人体を平面に展開した体表展開図を利用すると効果的です。この授業では、体表展開図や人体計測値を活用して体型と被服パターンとの関連やグレーディングの意味を理解させることを目的とします。


3.授業の内容

 表1にシラバスを示しました。人体の3次元計測値から人体をワイヤーフレームで表現する自己開発ソフトを使用して、第4・5週に腰部形状の近似モデルを作成します。(3次元計測装置および計測点は図1、2、3を参照。) 第8週では、近似モデルから包絡面モデルをコンピュータ上に作成し、ワイヤーフレームを平面に切り開いてスカートパターンの基礎となる包絡面展開図を作成し、検討させます。包絡面モデルは布で腰を被った場合の形をスカートの基本の形として考えたモデルです。ストレートスカートとの対応を考えて、人体の前面では腹部の最突出点を垂直に下ろし、脇と後面では最突出点を腰部の位置から垂直に下ろした立体としました。(腰部形状モデルと包絡面モデルの対応は図4を参照。)
 マルチメディアを使用しない場合には、体型の異なったボディを作成し、立体裁断等によって体型別パターンの比較を行います。この場合、立体裁断の技術が必要であり、ボディ作成にも時間がかかります。初心者には、立体裁断の技術を習得するにも時間がかかり、半期の授業展開ではこの内容の習得は困難となります。しかし、マルチメディアを使用すると比較的短期間でシミュレーションをいくつも試みられることから、学生の理解を深められます。他方、学生にとってはすぐできてしまい、苦労して覚えないので、すぐ忘れる傾向があります。したがって、授業内容をよく検討し系統立てて、シミュレーションで深まった理解が定着するような工夫が必要です。

 第8週以外でマルチメディアを使用する例としては、第3週、第12週、第15週などがあります。第3週では、人体の個体差や体型による身体寸法の変化を検討します。身体計測をした後、ネット上に各自の身体寸法データベースを構築し、中から10例を取り出し個体差について検討します。10例の中で体型によって大きく変化する数値と、あまり変化しない数値で身体部位を分け、被服パターンのグレーディングの部位について理解させます。第12週では異なるサイズの被服原型パターンを重ね、サイズによる違いを理解させます。第3週で行った計測値からの結果と合わせてグレーディングについて理解させ、グレーディングの方法を検討させます。

表1 「パターン設計論」シラバス
科 目 名 学年・学期 授業形態 単位・時間 授業規模
パターン設計論 2年前期 演習 2単位・180分 30名
情報技術の活用 使用ソフト テキスト 履修前提条件 アシスタント
CAD
Data Base
デジタルカメラ
自己開発ソフト
Visual Basic
Power Point
プリント配布 被服構成学またはそれに準ずる科目(被服体型学等)を履修していること 2名
設備例: コンピュータ 31台 デジタイザー(A3) 6台 スキャナー 3台 プリンター 3台
大型プロッター 1台 液晶プロジェクター 1台
授業の目的
 人体を3次元的に計測したデーターから形態的特徴を把握し、被服を設計する場合の最も基本的な問題である人体形態と被服パターンの関係について学ぶ。3次元計測値に基づく人体近似モデルの観察や体表展開図と包絡面展開図との比較から、人体形態と被服パターンとの関連を考察する。
週数 授業計画 内  容
第1週 導入授業 授業のねらいおよび概要、計画について説明する。機器操作の説明と演習。
第2週 人体の形態をとらえる(1) 3次元計測装置やマルチン式人体計測器を用いて、人体の寸法形態を測定する。
第3週 人体の形態をとらえる(2) ネット上にデータベースを構築し、中からランダムに10例取り出し個体差について検討する。
第4週 人体近似モデルの作成(1) 人体計測値から、コンピュータ内に人体近似モデルを作成する。
第5週 人体近似モデルの作成(2) 人体計測値から、コンピュータ内に人体近似モデルを作成する。   
第6週 体形観察 人体近似モデルをディスプレイ上で観察し、身体寸法・体形、体つきの特徴を調べる。
第7週 体表展開図を作成 人体の体表面を切り開いた形の近似体表展開図を作成し、人体立体を平面に表す。
第8週 布で人体を覆った形の包絡面モデルを考える コンピュータで包絡面モデルを作成し、被服パターンの基礎となる包絡面展開図を描く。
第9週 人体形態と被服パターンの関係を理解させる 人体近似モデル、体表近似展開図と包絡面展開図を比較することにより、被服パターンのゆとりやダーツの位置と量などについて考え、理解させる。
Web上にのせた人体近似モデルの比較を行い、個体差を理解する。スカートを模した包絡面展開図と腰部形状モデルの展開図を比較しゆとり量の必要性を理解する。
第10週 被服原型の作成(1) 各自の寸法に合わせた被服原型を作成ソフトを用い作成する。
第11週 被服原型の作成(2) 各自の寸法に合わせた被服原型とを人体近似モデルと比較する。
第12週 グレーディングの意味 異なるサイズの被服原型パターンを重ね、サイズによる違いを理解させる。
いろいろなグレーディングの方法を検討する。
第13週 プレゼンテーションの準備(1) Power Pointを使用したプレゼンテーションの準備をする。
第14週 プレゼンテーションの準備(2) Power Pointを使用したプレゼンテーションの準備をする。
第15週 まとめ 発表。講評。
評価
 平常点・発表成果・レポートにより総合評価


図1 三次元計測装置
図2 腰部4水平断面の計測位置
図3 腰部4水平断面の計測点
図4 腰部形状モデル、包絡面モデルとそれぞれの展開図
大腿が横に張っている場合、腹・腰・大腿を布で被った形の包絡面モデルの周長が大きく、この例では腰囲と包絡面周長の差は8cmである。

4.授業の効果

1) データ入力してすぐに観察できることや、腰部形状モデルや包絡面モデルについては、自分では見ることのできない方向から観察ができ、好評でした。
2) コンピュータの使用により、学生が繰り返し試行し考えることができます。
3) 包絡面モデルとその展開図の作成を通して、身体の形と被服原型について理解を深めることができました。この場合は、ストレートスカートのシルエットを作るために必要なゆとり量を目で確認することができました。特に、様々な体型を比較することで、その効果は大きくなります。
4) Webを利用することにより、計測値をクラス単位でまとめ、比較することができるので、体型の個体差についての理解を深めることができます。

5.今後の課題

 Webを利用することにより、クラス全員の計測値の比較や展開図の比較を各自のペースで行い、体型の個体差や体型の差を衣服のパターンにどのように反映させたらよいか考えさせることができますが、人体計測値という個人的なデータを取り扱うので、個人情報が流出するのを防ぐ方法を検討する必要があります。
 今後は、さらにWebを効果的に取り入れることができる方法を検討したいと思います。



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