心理学の教育における情報技術の活用

体験を通して学ぶコミュニケーション学と心理学の接点

吉田 弘司(比治山大学現代文化学部助教授)


1.はじめに

 四年制大学としての比治山大学は平成6年に比治山女子短期大学(現比治山大学短期大学部)の一部を改組して開学し、現代文化学部という一学部の中に言語文化学科とコミュニケーション学科が設けられました。私は、平成8年より、コミュニケーション学科の一教員として専門教育にあたってきましたが、本稿では、本来、知覚・認知心理学を専門とする私がコミュニケーション学科の専門教育の中で行っている体験的・実験的授業の事例を簡単に紹介しながら、コミュニケーション学と心理学との接点、および情報機器等を利用した大学における体験授業の意味を考えてみたいと思います。


2.コミュニケーション学と心理学

 「コミュニケーション」という言葉は、情報化社会といわれる現代における重要なキーワードです。たとえば、企業が大学新卒者に対して採用時に求める要素として、コミュニケーション能力は常に上位にランクされますし、家庭においても学校においても、コミュニケーションの大切さが叫ばれています。世間で騒がれているIT革命も、元を正せばインターネットや携帯電話の普及に代表されるような情報通信技術の進展に伴う人間のコミュニケーション形態の革命的変化ととらえることができます。
 このような時代背景からか、近年、「コミュニケーション」という言葉を名称に含む学部や学科をもつ大学も増えてきました。しかしながら、同じ言葉を含んでいても、それぞれの教育目標やカリキュラム内容は様々であるように思います。情報通信技術を学ぶこともコミュニケーション学の一部ですし、外国語習得を含む言語コミュニケーションも、マスメディアの役割や広告戦略を学ぶことも、あるいは、コミュニケーション活動の背景にある人のこころ(心理)を学ぶことも、すべてコミュニケーション学であるといえます。コミュニケーション学の特徴は、よく言えば「バラエティに富んでいる」ことであるし、悪くいえば「一貫性がない」ことだとさえいえるかもしれません。
 コミュニケーションという言葉がいろいろな立場から解釈される理由は、それが人間の極めて幅広い活動であるからに他なりません。人が存在すれば、そこには情報の伝達であるコミュニケーションという活動が必然的に発生するわけです。このことは、人が存在するところすべてに人のこころが影響を及ぼすことから、心理学が極めて広い領域をもつこととよく似ています。しかし、心理学が独自の学問・研究領域として学問体系の中で位置づけられているのに対し、コミュニケーション学には明確な位置づけがありません。その理由は、コミュニケーション学が学問・研究における既存の「領域」から派生したものではなく、人間および社会における特定の活動を主題(テーマ)として指向することによってできたものだからと考えられます。独自の領域をもつ学問では、研究を行う際のアプローチの仕方に一貫性があるのが一般的で、たとえば心理学では、こころの仕組みを調べるのに「行動」を通してアプローチするのが特色です。それに対して、コミュニケーション学のような「主題指向」の学問においては、研究を行う際のアプローチの方向性は示されません。したがって、一つの主題に対して多面的なアプローチが可能という魅力がありますが、その一方で、やはりどこかに足場を置かないと、研究手法で行き詰まったり、一般論に終始してしまったりすることも少なくありません。特に、コミュニケーションは、それ自体がとても日常的なテーマであるがゆえに、まだ知識の浅い学部生では、それに対する科学的・理論的な視点を見失いがちです。逆にいうならば、学生にある一定の方向性をもった科学的視点を抱かせることが、私たち教員の役割だともいえます。


3.実感を通して学ぶ基礎心理学

 俗に「見ざる、聞かざる、言わざる」というように、情報の入出力経路を断てばコミュニケーションは成立しません。つまり、「見る」、「聞く」、「言う」はコミュニケーション成立のための基本要因といえます。視聴覚を通して得た情報がどのように認識されるのかという問題は、まさに知覚・認知心理学の問題ですから、私の授業ではこれらの心理学領域のトピックを多く扱いながら、コミュニケーションの基礎過程について学んでいます。しかし、心理系ではありませんので、学生は多くの知識をもっているわけではありません。また、「見る」あるいは「聞く」というような知覚・認知過程は、一般に自動的かつ無意識的に行われる過程ですので、我々が日常で意識して考えることはあまりありません。視覚や聴覚に特別な障害をもたない限り、見たり聞いたりすることは当たり前のことのように感じられ、問題にされないのが一般的です。そこで、授業においては、知覚・認知というこころの働きを自身で実際に体験し、その体験を通して、日常は意識していないコミュニケーションインタフェースの特性を学ぶように心掛けています。
 体験的に授業を進めるには、視聴覚機器を活用するのが効果的です。ここでは、授業教材の作成と提示に限って、私の活用例を簡単に報告したいと思います。

(1)従来の視聴覚機器の代替物としての利用

 授業で利用できる視聴覚機器として、従来からスライドやOHP、ビデオレコーダなど、さまざまな装置が使われてきましたが、最近では、ノートPC1台でこれらの機能を代替できるようになりました。私も、授業での教材提示にはMicrosoft社のPowerPointを中心に用いていますし、動画も長時間にわたるものでない限り、PCのディスク上にビデオクリップとして用意したもので済ませています。また、PowerPointはHTMLの出力も容易ですので、授業資料をWeb上にも掲載することで、学生が予習・復習のため随時閲覧できるようにしています。

(2)DirectXによる自作プログラム

 プログラム次第でいかようにも使えるのがコンピュータの大きな利点です。静的な図版の提示や時間制御に厳しくない刺激提示であれば、PowerPointなどで提示しても十分ですが、フレーム単位での画面制御を必要とする運動刺激や瞬間提示のためには、それなりの工夫が必要です。私は、このような動的な教材提示のためには、Microsoft社のVisual C++とDirectXを使ってプログラムを自作しています。DirectXは、ゲームプログラムの作成によく用いられるプログラミングインタフェースです。自作プログラムとしては、空間周波数とコントラスト感度、空間周波数と知覚の時間的特性、視覚マスキングとメタコントラスト、仮現運動、運動残効、運動による立体知覚、両眼立体視、等輝度条件下の運動視、注意と反応時間、注意の瞬き、線運動の知覚などに関したものを作成しています。

(3)既存ソフトウェアの利用

 プログラムを自作するのは慣れないと大変ですが、市販のプログラムやフリーウェア、シェアウェアを活用することでも、様々な教材の作成が可能です。たとえば、安価なシェアウェアでも、音声のスペクトル解析をリアルタイムで行うことができるプログラムがあります。このようなツールを使うと、音の高さ・大きさ・音色と音声波の周波数・振幅・波形の関係を見たり、母音による基音成分の違いを実際に見たりすることが可能です(図1)。経験的に、聴覚や音声についての授業において、目で見ることのできない音声を可視化しながら解説することは、学生の興味を高めるだけでなく、理解を大きく促進させるように思います。また、3次元CGを作成する市販プログラムもいくつかの教材を作成するのに有効で、私は、生物学的運動、運動視におけるベクトル分析、陰影による奥行き知覚、hollow-face錯視などのビデオクリップを作成しています。これらは、私のWebページ上でもビデオクリップ(AVI形式)等を見ることができます(図2)。

図1 母音の音声スペクトル例


図2 知覚心理学関連教材


4.おわりに

 極めて稚拙な試みですが、私の事例を紹介してみました。心理学の専攻であれば、1・2年次に実験実習などを必修授業として設けることが通常であり、そこで学生は心理学の研究法やいくつかのトピックを体験を通して学ぶことができます。それに対して、私どものような非専門系の学科はそのような実習授業をもっていませんので、学生はまだ実感として心理学を学んでおらず、あいまいな印象しかもたない者も多いようです。
 しかし、現在では、小型のノートPCとプロジェクタを持ち込むことで、講義室を簡単な実験室に変え、授業内容の奥行きを増すことができるようになったと感じます。今回は紙面の都合および動的な内容のため、自作プログラムの詳細については紹介できませんでしたが、これを機会にWeb上で公開できるように整理していこうと思っております。

URL http://ipr.hijiyama-u.ac.jp/~hyoshida/
E-mail hyoshida@hijiyama-u.ac.jp



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