特集−IT活用によるファカルティディベロップメントへの取り組み(2)
本特集は、前号(Vol.12 No.1)に引き続き掲載しています。

IT技術教育の改善と大学の新しい役割
〜東京サテライトの開設とブロードバンドの利用について〜


丸山 不二夫(稚内北星学園大学学長)



1.はじめに

 稚内北星学園大学は、2000年に全国で初めて「情報メディア学部」を立ち上げた、定員180名の1学部1学科からなる小さな大学です。過疎に悩む日本最北端の街に学生を集めるのに苦労しています。稚内北星学園大学は、2004年4月から東京にサテライト校を開設して、ブロードバンドを活用しながらIT技術者を対象とした社会人教育をはじめようとしています。
 ファカルティ・ディベロップメントは、大学という枠組みの中で所与の授業を「どのように」改善するのかということを、基本的な課題にしているように思えます。小論では、IT技術教育の分野では、「どのように」だけではなく「何を」学ぶのかという問題が重要であること、また、この分野では大学の教育的な役割が大きな転換点に差し掛かっていることについて述べようと思います。


2.IT技術教育とリカレント教育の必要性

 IT技術者の教育には、これまでの大学教育では顕在化することのなかったいくつかの新しい問題があります。IT技術の変化のスピードは速く、現時点での最新のIT技術でさえも、陳腐化を免れることはできません。IT技術の世界の拡大は大規模で、今までITには縁のなかった人が大量にIT技術の世界に引き込まれています。こうした変化のただ中では、大学で学んだIT技術が何年か後には役に立たなくなることもあれば、どこでも学んでいないIT技術を仕事の中で求められることもありうるのです。
 大学を頂点とする従来の教育システムは、基本的には、学問や技術の教育内容の相対的な不変性・安定性を前提とし、青少年期の一時期を「就学期」としてもっぱら学習に専念することで、世代間の知識・技術の継承が可能であるという想定で構築されています。残念ながら、こうした教育システムでは、少なくともIT技術の教育においては、十分な役割を果たすことは出来ません。問題は明確です。IT技術の教育では、大学にいる学生がその期間だけIT技術を学べばいいということにはならないのです。技術の変化と社会のニーズに従って、いつでも誰でも、IT技術の教育(再教育)が必要とされることがありうるのです。


3.IT技術教育の現状

 大学においてIT技術教育の問題が自覚されにくいのには、ファカルティ・ディベロップメントの議論の入り口のところで繰り返し指摘される、研究は重視しても実践的な教育は軽視するという日本の大学の一般的な傾向が、一つの背景になっています。
 Webサービスは登場してまだ3年しか経っていないのですが、私たちはそれらを現在のIT技術教育の重要なコンテンツと考えています。問題は、登場して5年を過ぎたXML、8年目を迎えたJavaでさえ、多くの大学のIT技術教育の中では、しかるべき扱いを受けていないように見えるということです。
 IT技術教育の現状では、もう一つ大事な問題があります。グローバルな規模を持つ巨大なベンダーを中心として、IT産業自身が、たくさんの資格制度や無数のセミナーの開設を通じて、自前の教育システムを、IT産業の内部にビルトインしようとしています。ITの分野では、Legacyとしての大学等の高等教育機関の外部に、巨大な産業教育の体系が構築されているのです。
 大学においてIT技術教育を担う私たちにとっては、不名誉な話ではあれ、IT業界がこうしたIT技術教育への志向を持つのは、先にみた背景を考えれば当然のことです。


4.IT産業との連携と大学の役割

 それでは、現実に進行している、IT産業自身が、技術者の教育を行うということが、IT技術教育改善のもっとも有効な方法なのでしょうか? 私たちは、そうは考えません。
 それには、まず社会的なコストの点から見て不経済なところがあります。ある時期存在していた、「大学ではコンピュータを勉強していなくても、会社に入ってから研修を受ければ大丈夫」という企業と大学の関係は、企業にとっても大学にとっても、無駄の多いものに違いありません。
 私たちは、IT教育の分野で、大学が社会的な教育機関として、進行中の変化にふさわしい役割を果たす余地があると考えています。大学とIT産業との連携によって、IT技術教育に必要な社会的なコストの合理的な削減を図ることは、きわめて重要な意味があると筆者は考えています。
 ベンダー主導のIT教育には積極面もある一方で、問題もあるように思えます。一般的には、私立大学の教育を含めて、大学での教育には、公共性があると考えられています。しかし、ベンダーの行う教育は、そうした「束縛」を受けません。企業の最終目的は企業の利益の最大化です。ベンダー主導のIT教育は、基本的には、自社製品への囲い込みという自明の境界で限界づけられています。


5.何を学ぶべきか?

 大学が、企業による自社製品への囲い込みの教育以上に「実用的で役に立つ」教育を展開することは可能でしょうか? 私たちはそれが可能であると考えています。私たちが注目するのは、次のような状況です。
 企業間の競争は、デファクトであれそうでないものであれ、「標準化」をめぐる戦いとして現象します。IT技術の不断の革新は、基本的には、新しい標準技術の継続的な成立によって特徴付けられます。ITの標準技術は、激しい企業間の競争のただなかで生まれながら、相対的な独自性と相対的な安定性を獲得しています。たとえ、それがどんなに巨大な利益を産み出すことが明白であっても、どんな企業も、TCP/IPやHTTPやXMLを、排他的な自社ブランドに囲い込むことはできません。ここには、IT情報教育のコンテンツをどう作るべきかという問題にとって、大きな示唆があります。


6.東京サテライトの目的

 稚内北星学園大学は、「最北端は最先端」をモットーに、大学に対する社会の要請を洞察し、急速に進展するIT技術の変化に、速やかに、かつ柔軟に、対応することが可能な、研究と教育のシステムを作り上げることを、大学の基本的な課題として設定してきました。
 稚内北星学園大学の東京サテライトは、Java/XML、Enterprise Java、IPネットワーク技術、Linuxといった、IT業界のオープンで基本的な標準技術を、IT業界で働く、あるいは、働こうとする社会人を対象に系統的に提供し、新しいIT技術教育(再教育)を展開することを目的として設置されます。
 東京サテライトは、IT技術者と大学との間の垣根を低くして、IT技術者が必要と感じたときに、できるだけ低い負担で大学に戻って、大学で学ぶことを保証しようとしています。同時に、この取り組みは、大学が常にIT技術教育の先進的なコンテンツの提供者としてありつづけるように、大学を再構築する試みでもあります。


7.情報教育コンテンツのブロードバンド配信

 稚内北星学園大学は、これまでも「稚内北星ビブリオン」(http://www.wakhok.ac.jp/biblion/)を中心として、インターネットのWeb上で、多くの情報教育のコンテンツをドキュメントの形で発信してきました。これらのサイトには、月100万ヒットを超えるアクセスがあります。稚内北星学園大学は、東京サテライト設置と並行して、ブロードバンド上で情報教育コンテンツの配信を開始します。
http://www.ctc-wakhok.tv/

 講義コンテンツは基本的にはアルヒーフとして整理・保存され、ユーザはブロードバンドを通じてユーザの都合のいい場所と時間で希望する講義の聴講ができるようになります。同時に、ブロードバンド上で稚内と東京サテライトを結んだ、リアルタイムでの講義の配信が可能なシステムが稼動します。Mpeg4等の画像圧縮技術とマルチキャスト等のネットワーク技術がブロードバンド上で結びついたこの遠隔授業システムは、可用性が高く先進的なものです。


8.新しい時代の新しい大学をめざして

 ただ、私たちが一番重視しようと思っているのは、実は、東京サテライトでの対面授業なのです。今春の大学設置基準の改定によって、「大学は、......、授業を校舎及び附属施設以外の場所で行うことができる」ことになりました。東京サテライトは、この規定を日本で初めて活用したものです。東京サテライトでの授業展開をメインに、それをサポートするブロードバンド配信、WBTを使えば、東京にいながら、稚内北星に編入して卒業することが可能となるのです。
 ITの世界での教育のニーズの高まりが、結果的には旧来の教育のスタイルを変えていくでしょう。こうして、大学の果たすべき役割も、その様態も変化を求められています。
 稚内北星学園大学は、都市部の他の大学との連携を視野に入れながら、新しい時代の新しい大学を目指そうとしています。本稿を一つのきっかけとして、積極的な対話・交流が生まれることを期待しています。

(筆者のメールアドレス maruyama@wakhok.ac.jp



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