建築学の教育における情報技術の活用

Web Learning Studioによる建築設計教育
〜ネットワークを活用した学外遠隔地非常勤講師との連携教育〜

衣袋 洋一(芝浦工業大学システム工学部助教授)



1.はじめに

 本稿は、2002年度第10回情報教育方法研究発表会及び論文誌「情報教育方法研究」で発表した「Web Learning Studioによる建築設計の教育〜ネットワークを利用した遠隔地の非常勤講師との実時間授業チャットによる試み〜」を基本に、新たに2003年度で試みている授業形式、内容等を追加したものです。


2.ネットワークによる学生同士、及び学生と教員とのコミュニケーション

 「教える教育」から「学ぶ教育」への脱皮が様々な教育分野で図られています。ネットワークを通じて外部資産(教材、卒業生、外部者等)を活用することで、時間と場所に拘束されずに遠隔地の講師(2002年度より公式採用)からの指導によって、最先端の知識や意見を学生に提供することができます。
 本テーマは「居住環境デザイン演習」(3年前期・選択)の第1課題(住居の個人設計)におけるエスキス指導、及びコーチ(専任教員、Web型非常勤講師、外部アドバイザー、TA)と学生、学生同士のコミュニケーションの充実をはかるために開発された「Web Based Trainingシステム」を利用した実時間授業チャット(図1)として行われています。
図1 「授業チャット」の風景
 なお、エスキスとは、漠然とした配置、機能、寸法、形態等が描きこまれた初期設計であり、多くの人からの評価や意見を踏まえ、より完成度が高められるものです。
 エスキス指導は本来、多くの人からの評価や意見により行われ、徐々に完成度が高められていくものであり、そのためには一箇所に人が集まり、長時間の議論が必要となります。また、最終的な設計は社会と整合する必要があり、こうした議論段階での非常勤講師としての社会人の役割はきわめて大きいと言えます。したがって、忙しい社会人にどのような形で授業に参加してもらえるかがこうした授業では重要となります。
 本システムを利用することで、外部の設計の専門家を非常勤講師として採用することが可能となり、直接大学に赴くことなく遠隔地の自宅、職場、出張先等からインターネット上でエスキス指導に参加し、最先端の知識や意見を学生に提供できるようになりました。また、学生はチャットとそのログを見ることで、自己の思考プロセスをいつでも確認することができ、あらゆるレベルのコミュニケーションが可能となり、「教える教育」から「学ぶ教育」への脱皮を図り、高い水準の授業を実現できたことが明らかとなりました。
 その結果、「学ぶ教育」を基本とした「いつでも・だれでも・どこでも」というユビキタス性を有する「Web Learning Studio」を建築設計教育へのシステムとして開発・利用すること、及び外部資産の活用として「遠隔地の非常勤講師(Web型非常勤講師)」採用は有効であると考えました。


3.外部遠隔地非常勤講師参加と指導内容の連携

 長年の課題であった、遠隔地より、インターネット上で教育を担当する非常勤講師の採用が2002年度より実現し、「Web Learning Studio」上で教育に当たってもらうことができるようになりました。担当コマ数は週2コマ。1コマは時間割に掲載された曜日、時間による遠隔地からの「授業チャット」、もう1コマは2000年度に開発した、学生、コーチの都合のよい時間にWeb 上に書き込みを行う「VDS」及び2002年度新たに開発した、コーチと学生間の時間調整(アポイント機能)によるWeb上での「個人チャット」(図2)の授業に割り当てました。
 なお、アポイントは、まずコーチが自分の可能な日時を書き込み、その後に学生が書き込むと言う方法をとっています。あくまでもコーチの時間が優先されています。
図2 「個人チャット」の風景

4.外部の遠隔地非常勤講師採用による教育効果

 第1課題終了後、プラグインとして組み込まれたアンケート作成・回答ページを利用し、
1) Web 上「授業チャット」による授業について
2) 「Web Learning Studio」と「学ぶ側」との相互関係について
3) 「Web Learning Studio」での授業展開について
4) 作業環境について
5) Web上「個人・エスキスチャット」でのエスキスについて
6) 「遠隔地の非常勤講師」制度について
等のアンケート調査を受講学生12 人に対して行いました。

 以上、「遠隔地の非常勤講師制度」に関しては、Web上「授業チャット」「個人・エスキスチャット」のアンケート中に述べられていた「実際に仕事をされている方と接する機会が持てた」「緊張感があった」等、ほとんどの学生が「よかった」「賛成」という意見でした。
 学生の評価内容は2000年度行った「Virtual Design Studio:VDSシステム」に対するアンケート結果とほぼ同じでしたが、不定期的な外部アドバイザーの参加よりも、2002年度実現した定期的かつ実時間参加の「遠隔地の非常勤講師」による「実時間・Web上の授業チャット」の方が責任、継続性、授業密度といった点で数段効果があり、優れた結果が得られたと言えます。


5.学内制度・支援体制・教材

 2000年度構築したVDSシステムでは、外部者アドバイザーはボランティアで参加してもらっていました。
 2001年度、「学ぶ教育」を前提とした「Web Learning Studio」システムへの更新を機に、「いつでも・どこでも」参加できる非常勤講師の雇用と制度化の実現に向けた実績づくりをはじめました。
 学生のアンケート結果から得られたシステム、外部者による教育への参加の有効性をもとに、2001年11月、学長に要望書として提出しました。その結果、2002年倒より今回の「遠隔地の非常勤講師」が実現しました。
 制度としては学内の「非常勤講師制度」にのっとり辞令が発せられていますが、通常の非常勤講師と違い、大学には授業時間割に沿って出校する必要はなく、Web上での授業を行うことが認められています。   
 さらに、本システムを維持していくためには上部組織(学術情報センター)のセキュリティ、アドバイス、研究室学生のシステム維持管理・更新等の支援があります。
 本授業に関する教材は、過去の作品、画像・文章(PDF形式)を全てWeb上で、参照、ダウンロード可能としています。


6.新たな試みと問題点

 実社会における設計体制は、施主より仕事が依頼され、プロジェクト長(所長、その他)が主体となり、スタッフを伴い施主とのミーティングを繰り返します。その結果をスタッフは設計図面という成果物にまとめ、プロジェクト長のチェック(エスキス)を経て、次回の施主とのミーティングに反映し、再度設計確認、チェック等々が行われます。
 実社会により近付くために、今年度の新たな試みとして、授業形式を、施主に大学院生(身元がわからないようにミーティングの際は動物等のマスクがかけられている)、所長にコーチ(専任教員、非常勤講師、外部アドバイザー)、スタッフに学生という役割分担で行い、名称も「Web Learning Studio」から「Web design office」としました。結果は良好で、「施主」の演技力が光り、学生は、自分の施主は誰なのだろうかと、探りを入れながら熱心なミーティングを数多く行っていました。
 今後は「施主」も外部者(地域住民で自分の住居に興味のある一般の人)に参加してもらう方向で考えています。
 また、公共機関に民間の機能と施設を導入し、より身近な地域施設を設計すること、つまり、公と民のコラボレーションを第2課題としたワークグループによる学習を予定しています。
 さし当たっての問題点としては、第2課題のワークグループの指導・進行方法及びCGシミュレーションから模型作成への義務づけを行うことです。



【目次へ戻る】 【バックナンバー 一覧へ戻る】