教育支援環境とIT

美術教育における情報技術と教育支援のありかた
−名古屋造形芸術大学における取り組み−



1.はじめに

 社会全般にわたる情報化の波はもちろん美術教育の世界にも波及しています。しかも今、デザインやアートの世界においては単に社会的に必要とされる時代のリテラシーとしてそれを捉えるだけでなく、表現行為の中核となる部分で積極的にそれを活用し表現の一部としていくことが求められています。情報技術が単なる便利な道具を可能にする工学的な技術にとどまらず、社会や文化の本質的な部分に対する影響力を持つに至っているように、デザインやアートにおいても単なる表現媒体や技法としてだけでなく、表現行為の本質的な部分を左右する可能性と問題を持っていることが明らかだからです。そうした意味で、美術大学においては、情報技術を用いてどのような方向での環境整備を行い、どのような形で教育支援を考えるかということが重要であるといえるでしょう。


2.美術教育における情報技術

 今日のデザイン及びアートに関わる情報技術の領域は非常に多様化および高度化しています。先端的な作品制作を実現するには、非常に広範囲かつ高度なハードウェアおよびソフトウェアの整備が必要となります。逆に言えば、それほど今日のコンピュータ利用の可能性は広がってきているということになるでしょう。しかし、そうした高度な機器設備が、必ずしも素晴らしい作品制作を保証してくれるわけではありません。むしろ特定の機能に特化された高額な機器を少ない使用頻度で死蔵することは、本学のように規模の大きくない大学では、許容されるものではありません。
 また、実技教育が主体である美術大学の場合、教育支援が意味する内容も、一般的な理解とは多少異なった性格を持つことになります。テキストをデータベース化してWeb上に用意することや、動画など次元の高いメディアで教育用コンテンツを作成することが教育支援であるかのような常識は、実際の制作行為を前提として新たな発想や創造性を学ばせようとする美術教育の場では必ずしも有効であるとは限りません。そうした定型的なやり方とは異なる側面から教育支援を考えることも必要ではないかと考えます。


3.整備方針

 上記のような背景から、本学における情報技術に関する環境整備および教育では、その重点を学生の自由な制作環境と積極的な情報発信においています。学内の教育環境においては、特に昨年度からメディア系の新クラスが2つの学科で新設され、既存の学科やコースにおいても情報機器を用いた授業時間数が年々増加しているなどの状況があり、この数年は毎年コンピュータ室を整備する結果になっています。整備の際には、できるだけ広範囲の利用を想定して対応が可能なシステムとすること、ネットワークの有用性を最大限生かしたシステムとすること、維持管理が容易なシステムとすること、の3点を基本的な方針として行っています。工学系の大学のような専門的な知識が乏しい本学の利用者環境では、維持管理が簡便なインタフェースによって可能であることが重視されます。
 また、本学は学校法人同朋学園に所属する大学として他の2大学および高等学校、幼稚園などとグループを形成しているため、学園内での効率的な運営という観点から、異なるキャンパスに位置するこれらの教育機関との情報共有が必要です。


4.情報教育環境整備

  本学の施設設備を共有する機関としては、大学および短期大学部、大学院があり、各専門領域の違いによってその利用形態が大きく異なるため、情報基礎教育およびマルチメディア教育、DTP、CADや2Dおよび3DのCG、メディアアート、データ解析などの多岐にわたる用途が想定されます。美術教育全体が、コンピュータを表現手段の一つとして積極的に位置づけ活用することを求められているため、多くの実技カリキュラムが何らかの形でコンピュータを用いる状況が発生しています。したがって共有される情報機器環境には、従来以上に柔軟で多様な教育が行えるような形態が求められます。そしてそのような状況では、学生一人一人に対するきめ細かい対応が必要とされるため、効率的で高いユーティリティーを持ったサーバクライアント環境が構築できてこそ、高い教育効果が得られると考えます。また美術分野においては、目的によって複数のOSの連携が必要とされる場合があり、クロスプラットフォームでの作業環境を確保しておく必要があります。
 こうした状況を踏まえ、本年度は主に基礎教育用のコンピュータ室と応用制作用のコンピュータ室を整備しました。本学内のコンピュータ室としてはこの他、デザイン学科および美術学科が個別に管理するコンピュータ室として4室が整備されており、さらに次年度以降も増設する計画になっています。これらの教室は同一ネットワーク下にあるため、どの教室からでもメインサーバ上にあるユーザー各自のデータディレクトリにアクセスすることが可能となっています。ユーザーはどの端末を使用しても自分が構築した環境を呼びだして作業することができます。このようなサーバクライアント環境を構築することにより、学生個々の習熟度に合わせた、きめ細かい対応が可能となると考えます。


5.教育支援サービス

 教務をはじめとする事務的な情報の共有を図り、円滑な教育の実施を支援するシステムとして、学園全体で情報共有システムを運用しています。情報の共有は既述のように単に本学内のみでの活用では不十分であり、本システムによって離れたキャンパスに存在する各機関の情報共有が実現しています。さらに文書のデータベース化による管理、利用のために、文書管理システムを運用しています。このシステムも、文書のスムーズなデータ化と登録および利用を実現することによって、学園全体として教職員間で共有すべき文書情報の共有を実現するものです。これらのシステムの活用によって、教育領域を異にする学園内の他の教育機関との情報共有が進み、効率的な業務の推進が可能になるだけでなく、これまでになかった新たな創作活動の契機として教育支援に結びつくことが期待されます。


6.学生向けサービス

 学生に対する情報提供サービスとして、NZUNet’sを運用しています。個々の学生に対する連絡や、主に就職情報の提供などのために、パソコンまたは携帯電話によって学生個人ごとに対応した情報を提供することが可能です。そして本学が教育支援において重点的に考えている学生の情報発信のために、大学公式のホームページ上に本学関係者の公的な展覧会情報を掲載するページ(図1)を用意するとともに、大学としての公式な情報になじまないような学生個人の展覧会などの自主的な情報発信のためには、展覧会掲示板(図2)を設置して情報発信の環境を提供しています。このような環境作りの結果として、作品の制作や公開に関するメールニュースの配信を自主的に始める学生も出るなど、本学内における積極的な情報発信の環境作りが定着しつつあります。こうした情報発進の場を提供することが、美術作品の制作に関する学生のモチベーションを高め、教育効果を高めることに繋がるものと考えています。もう一つの重点である自由な制作環境という点では、学生の時間外制作の自由をできるだけ確保することや、学生が自由に利用できる端末をできるだけきめ細かく整備することで、情報機器の利用による自由な制作環境の実現を推進しています。
図1 展覧会情報のページ
 
図2 展覧会掲示板


7.現状と課題

 コンピュータ室の授業時間の稼働率は現在も徐々に高まってきており、各学科管理のコンピュータ室も含めた全学的なスケジュール調整が必要な状況になっています。授業時間以外での利用者も増加しており、利用形態は多様化しています。システムの稼働率が高まることは喜ばしいことですが、授業のスケジュール調整の問題や特定のソフトおよびハードの設置数の問題、維持管理経費の問題など検討すべき問題も発生しています。今後もさまざまな形で利用ニーズが高まることは確実であり、中、長期的な観点からシステムの拡充を検討していくことが必要です。また同時に、この分野の状況変化は非常に速いため、定期的に計画自体を見直していく柔軟さも必要と考えています。
 当面はデータ資産に対する学内のアクセスビリティを向上させていきたいと思います。また、教育支援サービスと学生向けサービスについては、各システムのコンテンツの充実を図りたいと考えています。そして今後は定型的な利用だけでなく、ストリーミングを用いたインスタレーションなど、情報機器を用いた新たな造形表現への活用に応えられるようなシステムにしていきたいと考えています。

文責: 名古屋造形芸術大学デザイン学科
  助教授 佐藤 弘喜




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