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ASP形式での高等教育向け大規模講義支援システムの構築と公開

川場 隆(活水女子大学文学部教授・情報センター長)


1.システム構築の目的

 講義支援システムは対面講義を前提とした教育において、教育をより実り多いものにするために教員と学生の双方を支援するソフトウェアである。利用することにより講義の質の向上や教員・学生の意識変革など大学の教育改革に大きな力を発揮することが期待されている。
 ここ数年の間に、国内でも商用・非商用を合わせて複数のシステムが登場したが、まだ大学の中で十分使い込まれるほどにはなっていない。したがって、はたしてどういうシステムならよいのか、解答は得られていないのが実情である。このようなシステムが成熟するには、やはり教育現場からのフィードバックが不可欠である。

図1 http://mail-and-work.net トップページ

 このような状況の中で、真に有用な講義支援システムを研究開発するための「環境」として本稿のシステムとサイトを開発した。多くのニーズやシーズを収集するために無償で公開している。なお、開発したシステムの配布については本稿の最後を参照願いたい。


2.システムの特徴

 容易に想像がつくことだが、このようなシステムは一般には事務組織と教員組織による大規模な管理・運営が必要である。筆者の勤務する大学を含めて、単に無償公開するだけでは使ってもらえない。商用システムと同程度の機能・品質に加えて、負担をかけないでも使えることが特に重要である。ASP方式(Application Service Provider)で公開するのはそのためであるが、それでもまだ問題は残る。
 ASPとはシステムをセットアップしたサーバをインターネット上に設置する方式なので、Webでアクセスするだけで機能を利用でき、利用者に管理・運用の負担は生じない。しかし、毎期更新される膨大な科目情報や学生の履修情報を、どうやって更新すればいいのであろうか。これが残された問題である。そこでこの問題を克服するために、本システムでは通常とは全く逆のアプローチを採用した。一言で言うと、利用する教員一人一人が自分用のデータを分散管理するのであるが、それは以下のような仕組みである。
 科目情報はシラバスであり教員は作成し慣れているであろうから、自らの担当分のみをWebからオンライン入力する方式とした。また、履修情報とは、結局、講義クラスの受講者名簿である。これは今では教務担当部署からファイルとして日常的に入手できる資料であるから、これを教員自らがシステムサーバに送信することとした。
 この操作に対してシステム側では、受け取った名簿ファイルから学生データベースを更新し、同時に該当のクラスを講義データベースへ登録して講義レコードを生成する。さらに、その講義レコードキーを学生データベースの該当の学生レコードに追記することで受講を記録する。閉講のときはこれと逆の処理を行い、どの講義も受講していない学生データが見つかればデータベースから抹消する。
 基本的にはこのような非同期の更新が従来の一括更新に取って変わるので、システムは放っておいても動き続ける。これが本システムの際立った大きな特徴である。また、実際の操作をやさしく実行できるよう機能ボタンの配置や操作手順を工夫し、ほとんどマニュアルなしで使用できる程度にやさしくしている。例えば閉講処理などは、時間割表の画面でマウスを2回クリックするだけである。
 なお、利用者には大学ごとにグループ名を割り当て、各々異なるデータベースセットをアクセスする。グループの最少人数は一人であるから、組織ぐるみでなくとも教員一人だけでもシステムを気軽に利用できる。これも本システムの大きな特徴である。


3.システムの機能と仕組み

図2 開始画面(教員用、学生用ともほぼ同じ)

 一般に講義支援システムは、Web上にシラバスと毎週の講義計画を表示するのが最も基本的な機能である。本システムでは、初期画面で科目作成ボタンをクリックすると入力用の画面が開き、新たな科目情報を入力・編集することができる。
 その際、毎週の講義計画の入力画面で、「資料」と表示されたボタンをクリックすると、その回の講義のレジュメファイルやWeb上に作成した資料、あるいはストリーミングビデオなどについて、それらのタイトル名とURLを入力する画面が開く。また、「課題」と表示されたボタンをクリックするとレポート提出やファイル提出などの課題について、タイトルや内容、提出期限などを記入する画面が開く。これらによって、毎回の講義計画をきちんと提示し、閲覧すべき資料や受講後の課題までを学生に指示することができる。

図3 講義内容の参照(学生用画面、ノートも書ける)

 一方、学生のアクセス権限は、教員が受講者名簿を登録しているのでそれに従って自動的に与えられる。学生は講義のWebをアクセスして予習や復習を行い、疑問点はFAQを見たり教員へ質問メールを送ったりして解決する。また、画面に表示されている課題のタイトルをクリックすると、その課題の作成画面が開き、オンラインでレポートを作成したり、ローカルのファイルをWeb経由で提出したりする機能が使える。ここで提出したレポートは教員が本システムの支援機能を使ってオンラインで採点した後、学生に成績通知メールを一括送信する。また、システムからはCSVファイルにした採点一覧表が教員宛の添付メールとして送られてくる。
 なお、学生用として、教員に質問をするための専用Webメールを装備している。このシステムでは、学生がWebから簡単・確実に質問を送信できるばかりでなく、受け取った教員の側で返信後に、メールを編集し適当なタイトルをつけて、マウスのワンクリックでWebのFAQ画面に自動転載できる。
 さらに、教員用にはハイブリッドメールという強力なWebメールを装備している。携帯メールと電子メールを同時に送信したり、ワープロの差込印刷に似た差込メールを送信したりできる。しかも、クラス全員に一括送信したり、送信先を選択したりできる。試験結果の個別通知やセミナー内での連絡などに使用することを想定した独自のシステムである。


4.システム利用の効果・評価・課題

 システムは、現在、全国の13の大学から20人程の教員に利用されている。まだ利用開始してから日が浅いので本格的な報告は今後のことであるが、現時点での学生の反応はすこぶる良好である。学生は講義予定や資料をいつでも見られることで講義に安心感と信頼感を持ったようである。また、毎回課題を出しても後処理が短時間で済む余裕から、毎回の出題が慣例になったが、このおかげで学生との間に緊張感や連帯感が出てきた。総じて学生の受講態度が好転し講義もやりやすくなった。また自分の講義内容が明確になり、講義の問題点の発見や改善などに取り組みやすくなった。
 現在、使用した教員からは操作性の良さやレポート処理・メール機能などの便利さなどで評価をいただいた。講義での具体的効果については、来年度にアンケートをお願いすることとしている。一方で、学生相互のコミュニケーション機能がないことなど改良の余地はまだ残っている。今後、要望を取り入れながら短い間隔でバージョンアップを行う。来夏までには、掲示板に代わるWikiシステムや試験機能、授業評価システム、大学から学生への情報配信機能、大学間単位互換制度への対応機能など多くの機能を追加した第2版を完成する予定である。


5.システムの運用と配布

 本サイトは研究開発目的のサイトとして多くの大学の教員に、個人として、あるいは学科程度の単位で自由に使用していただくことを想定している。プログラミングからサイト運営までのすべてを筆者一人でまかなっているが、少なくとも今後5年程度の運営継続を予定しており(延長の可能性はある)、ASPとしての利用は今後とも常に無償である。
 また、自大学内にサーバを置いて運用したい大学には、本システムの現在の版を無償で提供している。システムは高速処理のために約4万行のjava言語で記述しており、学生数で数万人規模になっても十分に運用に耐えるはずである。導入サポートはメールのみであるが、可能な限り電話での応答にも応じる。だた、機能が拡大する第2版からは、サイト運営とサポートの経費を捻出するために、廉価なシェアウェアとして有償で配布する。これに伴い、自動インストーラー、Webベースの設定ソフト、導入マニュアルなどの整備を行う予定である。サポートのためのコミュニティも立ち上げたいと考えている。


参考文献
[1] 川場 隆:誰でも利用できるe-LearningのためのASPサイトの構築. 平成15年度大学情報化全国大会, p.76-77, 2003.
[2] 川場 隆:誰でも使えるe-Learning環境"mail and-work"の構築. 第28回教育システム情報学会全国大会講演論文集, p.45-46, 2003.
[3] 川場 隆:講義用メールシステムとインテリジェントなレポート集配システムを活用した授業運営. 第10回情報教育方法研究発表会予稿集, p.100-101, 2002.



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