教育支援環境とIT

東京慈恵会医科大学
多目的IT化小グループ演習室(OSCEセンター)



 2002年に東京慈恵会医科大学は新しい教育研究棟である大学1号館を開設しました。教育施設としては同年9月から使用を開始しました。この教育施設には、大講堂三つ、コンピュータ講堂一つ(122台のコンピュータと4台のネットワークプリンター)、共同実習室三つ、そしてここで紹介する8名用演習室15部屋と中央管理室からなる「小グループ演習室」が設置されています。この小グループ演習室は多目的に使用されますが、特に医学教育で近年広く導入されている客観的臨床能力試験(Objective Structured Clinical Examination: OSCE)を念頭に設計されているため、OSCEセンターとも呼ばれています。
 OSCEセンターで1フロアー(8階)を占有しています。その構造を示します(図1)。フロアーの周辺に約30平方メートル(学生8名、教員1名の計9名収容演習室)が15部屋並んでいます(演習室番号が16からなのは他の建物にも同じ大きさの演習室が15部屋あるからです)。中央に「医学教育室」と名付けられた中央管理室(134平米)があります。中央の医学教育室はさらに3区画に分けられており、図1の左側が演習室のモニターや記録装置があるモニター室、中央は大学1号館全体の教育用サーバが置かれているサーバ室、右側はオフィスになっています。モニター室には演習室以外に大学1号館の四つの講義室全ての状況がモニター・記録できるようになっています。サーバ室には、電子シラバスのサーバ、画像サーバ(ビデオからエンコードし、動画を編集してWebサーバに保存する)、そして大学のある西新橋キャンパスと他の3附属病院、青戸病院(葛飾区青戸)、第三病院(狛江市)、柏病院(千葉県柏市)の学生カンファレンスルームを光ファイバーで繋ぐ「学生カンファレンスシステム」のサーバが設置されています。
図1 大学1号館8階の模式図
 演習室の設備について説明します(写真1)。 
 演習室には白板が左右2面あり、診察用ベッド、エックス線読映用シャーカステンだけでなく、プラズマディスプレイ、コンピュータ(学内LANに接続)、ビデオプレイヤー、スピーカーが常設されています。演習室の天井を示します(写真2)。天井には、ビデオカメラ(天井隅)、マイク、スピーカーが設置されています。演習室での様子はビデオカメラとマイクによって中央のモニター室で観察・記録することができます。
写真1 小グループ演習室の内景

写真2 演習室の天井
 写真3にモニター室の設備を示します。4分割されたテレビ画面が四つあり、15部屋の活動を同時に観察でき、その様子はモニターの横の記録装置で一括記録することができます。記録装置の右側の列にはさらに四つのモニターと記録装置があり、大学1号館内の四つの講義室での状況をここでモニター・記録することもできるようになっています。モニター装置の中段に、ビデオプレイヤーとコンピュータのジャックがあり、ここから各演習室のプラズマディスプレイに教材(ビデオ教材や、CD、DVDなどの教材)の一斉配信が可能となっています。また、テーブルのスイッチは、各部屋との交信のためのものであり、ここから全部屋一斉、または特定の部屋と話をすることができます。
 この施設の使用実例をいくつかご紹介します。
写真3 モニター室
15部屋を同時に観察・記録することができる

(1)ビデオを用いた医療倫理教育(テューターレス・テュートリアル)

 モニター室からマイクで「これからビデオを流します」と一斉放送します。次に、モニター室から各演習室のプラズマディスプレイに医療倫理をテーマにしたビデオ教材を一斉配信します。「ビデオを見て考えたことを討論してください」と放送し、各演習室での学生討論をモニター室で観察します。ときには「演習室23番、ちゃんとやりなさい」などと個別に注意を伝えることもあります。このやり方は一つのテューターレス・テュートリアルであり、少ない教員(一人)で15部屋の学生討論をマネージメントする方法でもあります。


(2)コミュニケーション授業でのロール・プレイ(即座のフィードバック)

 医学教育では、コミュニケーション教育が導入されています。この教育では、ロール・プレイが数多く取り入れられています。例えば、学生同士で、医師役、看護師役、患者役、患者の家族の役などを分担して、外来場面や病棟でのコミュニケーションの取り方の学習をします。小グループ演習室で、学生がロール・プレイをし、その様子を中央のモニター室でビデオテープに撮ります。10分程度のロール・プレイが終わったら、各部屋の学生に自分の部屋のテープを取りに来てもらいます。そして、各部屋で自分たちが演じたロール・プレイを各部屋で再生し、それをテーマに討論をしてもらう授業がここでは可能となっています。自分自身の立ち居振る舞いや、他の学生の立ち居振る舞い、話し方を見て、自らのコミュニケーション・スキルを向上させることになります。


(3)臨床実技のトレーニング

 学生が病棟で患者を見る前に、基本的な診療技能、例えば診察の仕方、傷の消毒の仕方や縫い方(縫合)などのトレーニングを学生同士やシミュレータで練習しなければなりません。実技トレーニングには自分の行動を第三者的に見直すという学習方法が有効です。この演習室を使えば、自分が行った手技を中央のモニター室でビデオに撮ってもらい、それを即座に見直すことができ、実技トレーニング教育の効果を上げることができます。


(4)テュートリアル教育でのテューター評価(教員へのフィードバック)

 医学教育では、Problem-based Learning (PBL)−テュートリアルという教育手法が広く取り入れられています。学生グループ(8名以下)が臨床症例をもとに学生主体で学ぶ方法です。このとき、教員はテューターと呼ばれ、学生を教えるのではなく、学生グループでの学生一人ひとりを観察して、その学生に必要なサポート(知識ではなく、学習の仕方についてのサポート)を与えていく役目を負います。このやり方は従来の教育とは大きく異なるため、教員の中にはどうしてよいか分からなくなる者もいます。このようなときには、そのテューターの活動を先輩テューターがモニター室で観察し、テュートリアルでの学生支援のやり方や改善方法をそのテューターにフィードバックする必要があります。この施設を使うことで、一人の先輩テューターが15部屋のテューターを観察し、効率よく多くの教員にフィードバックすることができるようになりました。


(5)客観的臨床能力試験

 本稿の冒頭にも述べましたが、この施設は本来OSCEセンターとして設計されています。客観的臨床能力試験(OSCE)とは、学生が複数の実技試験会場(ステーションと呼んでいます)を回り、各ステーションで課題となっている実技(例えば、医療面接、胸部診察、救急蘇生法など)を模擬患者や患者役学生、救急蘇生人形を相手に行い、その実技を評価者(教員)が評価表に沿って評価する試験方法です。ペーパー試験と異なり、実技の試験であるため、試験で学生がどのように振舞ったかを残すことが困難でした。しかしながら、この施設を用いれば、受験学生がどのような実技を行ったかの証拠を自動的に記録することが可能です。学生評価の証拠を残すだけでなく、せっかく行った試験の結果を学生にフィードバックするためにも、この記録装置は威力を発揮します。中央のサーバ室には試験で撮られたビデオ画像をエンコードし、画像サーバに保存するだけでなく、その画像にコメントを書き込む装置も設置されています。教員によりコメントを付けられた試験画像を学内LANを使って本人にフィードバックすることができます。

 以上、東京慈恵会医科大学の多目的IT化小グループ演習室の構造と教育実践を紹介させていただきました。学習者が高等教育を経て、生涯学習者になるためには、自分自身を振り返る学習環境とその場でのフィードバックという教育手法が重要だと考えています。ITにはいろいろな使い方がありますが、学習者を支援の一つの例として本学の試みをお示ししました。

文責: 東京慈恵会医科大学
  医学教育研究室教授 福島 統


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