教育ミッションとIT化(2)

 大学の学部学科の新設や改組などが容易になったことに伴い、各大学が有する教育理念や建学の理念をどのように教育で実現しようとしているか明らかにすることが求められています。また、大学での学習プロセスでは、「実感を通じての理解」という初期プロセスが重要です。しかし、近年の大学教育、とりわけITを活用した教育においては、単なる「内容の伝達」という形式的なプロセスのみが達成され、もっとも基本となる「板書を写す」などで達成される「実感」プロセスをどのように実現すべきかさえ見落とされる場合があります。
 このような点を踏まえ、各大学の持つ教育目的を実現するために、学生のQC(Quality Control:品質管理)の観点からどのように教育へITを活用していくべきか、そのヒントとして本特集を企画しました。本特集では、大学の教育方針や理念を中心にまとめていただきましたので、IT活用以外の取り組み事例も掲載しています。



教育目標を反映させたカリキュラム作りと教育の実践
〜金沢工業大学〜

栩谷 吉郎(金沢工業大学教務部長)



1.建学の精神・理念・教育目標

 本学は、建学の綱領として、
 1)高邁な人間形成
 2)深遠な技術革新
 3)雄大な産学協同
を掲げ、科学・工学教育を通して国際社会における日本人としての誇りと使命感を養い、次世代の技術革新を担うとともに、正しい価値観、歴史観、倫理観を併せ持った工学技術者を育成することを教育理念としています。
 直接的な教育目標は、人間力を備えた「行動する技術者」の育成であり、その意味するところは「自ら問題を発見し、解決のための方策を考え、自分の意図するところや得られた成果を分かりやすく論理的に伝えることのできる人材」です。また、人間力の原点は自主(自発)性、自立(自律)性にあります。本学では、学生自身が「知識から知恵に」を行動目標とし、待ちの姿勢ではなく、積極的に、自ら学ぶ姿勢を身につけて、学習に取り組めるように配慮しています。


2.金沢工業大学の概要

 本学は、昭和32年開校の北陸電波学校を母体とし、昭和40年に機械工学科、電気工学科の二学科体制で開学しました。昭和41年に経営工学科、昭和42年に土木工学科、昭和45年に建築学科、電子工学科、情報処理工学科を設置しました。昭和53年に大学院工学研究科修士課程機械工学専攻、土木工学専攻、情報工学専攻、昭和55年には大学院工学研究科博士課程機械工学専攻、土木工学専攻、情報工学専攻と、修士課程建築学専攻、電気電子工学専攻、昭和57年に博士課程に電気電子工学専攻を、修士課程に経営工学専攻を設置しました。昭和61年に機械システム工学科を設置し、昭和62年に情報処理工学科を情報工学科に変更しました。
 平成7年に第一次教育改革を行い、学科の改組拡充を図るとともに物質応用工学科、人間情報工学科、環境システム工学科を新設しました。平成12年には第二次教育改革により先端材料工学科、居住環境学科の設置と一部学科の名称変更を行いました。
 平成16年には第三次教育改革を行い、従来の工学部1学部体制から、工学部(機械工学科、ロボティクス学科、航空システム工学科、電気電子工学科、情報通信工学科、情報工学科)、環境・建築学部(バイオ化学科、環境化学科、環境土木工学科、建築学科、建築都市デザイン学科)、情報フロンティア学部(メディア情報学科、生命情報学科、心理情報学科、情報マネジメント学科)の3学部、15学科体制となりました。同年、工学研究科修士課程に社会人を対象とした1年制の知的創造システム専攻を、また大学院心理科学研究科修士課程臨床心理学専攻を設置して現在に至っています。


3.工学設計教育とカリキュラム

 本学は工学系の大学であり、教育の中心に工学設計教育を置いています。図はその概念図です。図中の夢考房については本主題から外れるので、説明は省略させていただきます。
 本学では、入学時に全学生がパーソナルコンピュータ(以下、PC)を準備することにしており、後述のように、導入教育でネチケットまで含めた利用上の必要事項を学ぶように体系化されています。学生はPCを学習のツールとしてきわめて幅広く活用していますが、ここでは本学の教育の主柱をなす工学設計教育との関係について述べることにします。
図 人間力教育と工学設計
 工学設計教育を一言でいうと、教育課程のある段階までの学習で身につけた知識や技術を総合的に応用して、問題発見・解決能力を育成すること、すなわち上述の「行動する技術者」としての能力の向上を図ることです。この教育の特色のいくつかを以下に示します。
 1) オープンエンデッド(解が多様)な問題を取り扱う
 2) 知識や技術を総合的に応用し、問題を発見し、工学的な解決策を考察する
 3) 問題解決のための設計プロセス、目標の設定、分析、解析、統合、製作、試験、評価を習得させる
 4) 自己のプロポーザルを効果的にプレゼンテーションできる能力を育成する
 5) 多様な仲間と協力してチーム活動を推進する
 カリキュラムを構成するすべての科目群は、工学設計に収斂する形で設けられています。工学設計の内容は、簡単なものから複雑なものへ、さらにシステム的なものへと変化していくとともに、目標の設定から問題解決への設計プロセスが身につくように組まれており、能力の総合化を体験的に行うことができるように工夫されています。
 具体的には、図のように、1年次、2年次、4年次にそれぞれ工学設計I、同II、同IIIが必修科目として設けられています。工学設計I、同IIでは、数名でプロジェクトを組みます。担当教員が指導できる範囲において、学生は主体的にテーマを設定し、問題を発見します。それに対して、講義や実験、実習等で身につけた知識や技術を総合的に応用、活用して解決方法を考えます。学生にとっては、自分自身で考え、行動することが必要になります。
 この科目の活動には、チーム活動の部分と個人活動の部分があり、それぞれに成果物の作成、提出が求められます。工学設計I、IIはホームページを開設しており、学習の概要、連絡事項の他、質問ボックス、報告書等の書式のダウンロード・アップロード、参考資料等の情報、さらには前年度の成果物の閲覧等もできるようになっています。学生は、これらの情報を積極的に活用し、学習活動を促進するのに役立てています。また、教員側もそれらの提出状況とその内容、および学習目標達成度の統計値等をWeb上で確認できます。
 工学設計Iの成果は、クラス内において、プレゼンテーションソフト等を使用して発表します。工学設計IIでは、PCで作成したポスターを用いてポスターセッションの形式で、学生、教職員が自由に参加できる形で公開発表します。一方、4年次に行われる工学設計IIIは、従来の「卒業研究」を発展させたもので、「研究」、「作品」、「課題」の三つの領域から選択でき、技術者にとって大切な「モノつくり」等も含まれるのが特徴です。工学設計IIIの活動では、PCは資料等の作成、表計算を始めとする各種計算はもちろんのこと、学内に約6,000箇所ある情報コンセントを介した電子メールによる連絡や、学内外の論文の検索等の情報収集活動に幅広く利用されています。その成果は、企業や学外の教育関係者にも参加いただく公開型で実施している「工学設計III公開発表審査会」で発表しますが、ここでもプレゼンテーションソフトウェアを活用した口頭発表が行われます。


4.教育内容

 上記のように、工学設計を始めとして積極的にPCの利用を図っているので、その教育は入学後直ちに始めることが必要です。本学は春、秋、冬の3学期制であり、導入教育は入学年度の春学期が中心です。PC利用の導入科目としては全学共通必修の「コンピュータ基礎演習(3単位)」があり、工学技術者として活躍するために必要なコンピュータ利用方法を習得することを目的としています。PCの基礎知識の習得や、ウィルスからPCを守る方策の習得、さらにネチケットを理解し、インターネットの活用能力を身に付けること等が含まれます。
 具体的には、ハードウェアおよびソフトウェアのインストール方法を習得すること、ワードプロセッサー、表計算等のアプリケーション・ソフトウェアやOSの基本原理を理解し、上述の工学設計をはじめ諸科目において十分活用できるようになることや、資料作成能力と実験データの整理活用能力を含めて、コンピュータ操作の基礎能力を身に付けることを目指しています。
 続いて、1年次秋学期に開講される全学共通必修の「コンピュータ演習(2単位)」では、高度のアプリケーション・ソフトウェアの利用により、問題解決型のコンピュータ活用法の習得を目指しています。自分の考えや得られた成果を正確に伝えるためのプレゼンテーション技法や、実験データ等を整理し活用するための人工言語とプログラミングの初歩を学び、さらに科学技術計算用数式処理ソフトウェアを使い、実践的で的確な解を求める能力を身につけることを目指しています。
 以上、述べた内容は現時点でのものであり、今後も改善に取り組んでいきたいと考えています。



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