機械工学の教育における情報技術の活用

時間と空間の制約からの解放をめざして
〜法政大学の国際遠隔講義への取り組み〜


田中 豊(法政大学工学部教授)



1.はじめに

 法政大学では比較的早い段階から、積極的にIT技術を講義や実習に取り入れた先進的な取り組みを行ってきました。特に情報技術(IT)研究センターとアメリカ研究所の連携による国際遠隔講義は、時間的かつ空間的な制約を取り除いた遠隔講義の先駆的かつ実践的な取り組みとして、各方面からも高く評価されています。本稿では、機械系学科の学生も参加するこの国際遠隔講義と、工学部独自の授業支援システム「Edu2003」について、その概要を紹介します。


2.国際遠隔講義

 国際遠隔講義は、法政大学アメリカ研究所から配信される授業を、あらかじめ登録した複数の学部・学科の学生が受講できる公開授業です。2003年度から工学部(小金井キャンパス)、文学部(市ヶ谷キャンパス)、現代福祉学部(多摩キャンパス)の3学部が参加して始まりました。図1に国際遠隔講義に用いられるリアルタイム遠隔講義システムのネットワーク接続構成図を示します。

(a)アメリカ研究所−IT研究センター
(b)3キャンパス間接続
図1 リアルタイム遠隔講義システム
 法政大学の3ヶ所のキャンパス(市ヶ谷・小金井・多摩)は光ケーブルによるギガビットネットワークによりダイレクトに結ばれています。アメリカ西海岸のシリコンバレーにある法政大学アメリカ研究所から配信された授業は、市ヶ谷にある法政大学IT研究センターで受信され、全学教育学術ネットワークシステムを使って3キャンパスの遠隔講義専用の教室に同時配信されます。現在、IT研究センターでは年間9科目の遠隔授業を実施しており、学部授業では次に述べる福祉工学系科目の他に、キャリアデザインケーススタディー(日米間)やスポーツ指導論(3キャンパス)などの科目を開講しています。
 工学部の機械系学科では、この国際遠隔講義システムを活用し、機械工学科が「応用ロボット工学」、システムデザイン学科が「福祉ロボットデザイン」という講義名(IT研究センターの公開講座名は「福祉工学」)で、いずれも学部3・4年の専門選択科目を開講しています。この講義内容の概略(シラバス)を表1に示します。
表1 国際遠隔講義:福祉ロボットデザイン
第1回 受講ガイダンス
第2回 介護・看護と先端技術
第3回 ロボット・先端技術の基礎
第4回 先端福祉機器の現状
第5回 福祉機器の将来動向
第6回 介助リハビリテーションロボット
第7回 リハビリテーション療法で使用されるロボット
第8回 臨床リハビリテーション研究ツールとしてのロボット
第9回 リハビリテーションにおけるバーチャルリアリティーシステム
第10回 福祉指向型サービスロボットシステムの概要
第11回 車椅子をベースにしたロボット
第12回 手のジェスチャーによる人に優しいインタフェース
第13回 高齢者のための高性能住宅
 授業は、アメリカ研究所副所長を兼務している工学部システムデザイン学科の小林尚登教授が前半の第1回から第5回を担当し、アメリカ・スタンフォード大学教授でIT研究センター学術担当教授を兼務するMaichel Van der Loss教授が後半の第6回から第9回を担当します。また今年度からは韓国先端科学技術大学とも連携して、同大学の教授でIT研究センター学術担当教授を兼務するZenn Bien教授にも後半の第10回から第13回を担当してもらっており、日・米・韓でのグローバルな双方向リアルタイム遠隔授業が行われています。
 図2は講義の様子です。右側の液晶プロジェクターには講師の顔が、左側のプロジェクターにはPowerPoint教材や講師の手元にあるデジタルボードへの手書き書き込みデータなどが提示されます。また今年度は海外の講師については同時通訳システムを使い、授業の理解度、コンテンツの有効性の検証も行いました。また講師の音声データの実時間でのテキスト化についての実験も行い、その場で授業コンテンツを作成するようなシステム開発の実証実験も行っています。配信される講義設備の教室収容能力が限られるため、あらかじめ登録ガイダンスを受講した積極的な学生に受講者を限定するなど制約が多いにもかかわらず、学生からの授業の評判はきわめて高く、特に工学部機械系学生からは、先端的な福祉機器に関わる話題をアメリカや韓国の大学教授が現地から生で配信してくれるということが一番の魅力である、とのことです。
図2 国際遠隔講義の様子

3.教育支援システム「Edu2003」

 法政大学工学部では、学生のアカウント管理、授業教材の提示、電子レポートの配布と提出など、様々な教育支援をWebベースで行う「Edu2003」と名づけられた独自の教育支援システムを展開しています。教員はあらかじめ電子メディア教材の形でサーバ上に教材や演習課題レポートをアップしておき、学生は配布されたノートパソコンで学内に用意された情報コンセントおよび無線LANから、各自で好きなときに教材の取得やレポートの提出を行うことができます。図3は著者の今年度後期授業「メカトロニクス」の電子レポートシステムのWeb画面の一例です。
図3 Edu2003のWeb画面
 それぞれの課題名をクリックすると、学生の教材のダウンロード状況やレポートの提出状況、提出レポートの内容などの詳細情報が表示され、取り組み状況がひと目でわかるようになっています。もちろん、インターネットに接続可能な環境があれば学外からいつでもアクセスが可能です。
 この他、マルチメディア情報教室には、機械系教育に必要なCADやシミュレーションソフトなどの特殊なソフトウェアが使える環境が整っています。従来まで、こうしたソフトウェアはハードウェアも含めて学科ごとに単独で用意していましたが、各学科の教育プログラムの特殊性を考慮した上で、共通なプラットフォーム上にできるだけ学部で共通か、あるいは、複数の学科で共用できるソフトウェア(例えばCADならば機械系と土木建築系共通)を用意するようにしました。また、こうしたソフトウェアは高価であることに加え容量も大きく、学生個人のノートパソコンにインストールできません。家で事前事後の自習を行うために、リモートデスクトップと呼ばれる環境により、学生が自宅のパソコンからインターネット経由で大学のパソコンにアクセスし、夜間(午後10時以降)や休日などにCADやシミュレーションソフトウェアを遠隔操作して作業を行うことができるようになっています。時間的制約から解放するこうした環境も学生諸君には好評のようです。


4.おわりに

 国際遠隔講義と授業支援システム「Edu2003」について、ハードとソフトの両面からその概略を紹介しました。ITを活用した授業には、テレビ並の高品位映像・音声の送受信が可能な臨場感のある遠隔講義システム施設の整備とともに、こうした施設を活用した教育コンテンツの開発が重要な課題です。また、学部やキャンパスなどの垣根を越えた横断的な取り組みが必要になりました。これまでキャンパスごとに決められていた授業開始時間の統一など、細部にわたる教育環境の全学的な調整が来年度から実施されます。また、工学部では、教員と学生との情報のやり取りやシラバスの公開、成績の管理にいたるまで統合化されたe-Learningシステムの導入などが計画されており、より一層ITを活用した教育環境が整う予定です。我々教員も、こうした先進のIT環境を使いこなし、魅力ある教育コンテンツを常に見直しながら、ダイナミックに教育サービスを進化させていかなければなりません。
 なお、ここで紹介した国際遠隔講義の取り組みへの実績が評価され、法政大学が申請した「国際遠隔講義を含むデジタル教材開発―全学部共通オンデマンド教育のために―」が、文部科学省平成16年度「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」のITを活用した実践的遠隔教育(e-Learning)テーマとして採択されました。この事業は、新しい教育ニーズに対応したデジタル教育コンテンツを整備することにより、オンデマンドで「いつでも・どこでも・誰でも」受講可能な形で学生に提供する「オンデマンド教育システム」の構築を目指しています。



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