巻頭言

医学教育における情報革命(変革)


日置 紘士郎(関西医科大学学長)


 どの分野もそうだと思いますが、医学教育も既に1校だけで行える時代は過ぎ去っています。医学のコアカリキュラム、臨床実習を行う資格を問う共用試験とOSCE(客観的臨床能力試験)は医学教育学会の主導の基に行われています。臨床実習は自校の実習病院だけでなく、他校との相互乗り入れが始まっています。関西医科大学でも2年前から近くの大阪医科大学と臨床実習の相互乗り入れを始めています。
 医学教育の変革は、むろん教育のIT化と、深くカップルしています。例えば共用試験は、多くの出題がプールされ、受験者は端末からランダムに出題される問題に取り組みます。医学教育には多くの画像が用いられます。解剖学、病理学など多くの講義では画像が多用されます。ITの教育への活用を最も渇望していたのは、医学部の学生であったかもしれません。
 医療現場でも、IT化への大きな流れはうねりとなって進行しています。なかでも最大の問題は電子カルテの採用でしょう。関西医科大学は、枚方市に新しい附属病院を建設することになったのを機に念願の電子カルテを導入することになりました。扱うのが最も重要度の高い個人情報だけに、セキュリティには充分な検討を行っています。カルテの電子化は、学生の臨床実習教育にも大きな変革をもたらします。従来臨床実習と言えば、指導者が書いたカルテを見ながら診断・治療を学びましたが、カルテが電子化されると、学生にはまず患者名だけを渡します。どのような検査データがほしいかを学生が入力すると、それに応じて(既に取ってある)検査結果を渡します。診断、治療の方針もそれぞれの学生がまず考えてそれを指導する形式をとります。この教育用電子カルテの導入は、臨床実習の質を高めることに資するだけでなく、学生の評価のための資料提供という点でも大きな役割を果たすことが期待されています。前述の大阪医大との臨床実習の相互乗り入れについては、学生、教員ともに評判がよく、来年度の継続も合意されていますが、目下互いの評価表を示しあい、共有化できる部分について、話し合いを進めています。
 現在準備中のもう一つの教育の柱にポートフォリオの導入があります。これは他の大学で、既に臨床実習の評価などに取り入れられていますが、関西医大ではtailor made教育の柱として取り入れる方向で検討を進めています。医学部には選択科目がほとんどありません。すなわち全学生が同じ歩調で勉学を進めていくことが期待されています。しかし学生一人一人は、個性豊かな存在であり、その個性にあった勉強方法があってしかるべきであるとも言えます。そのギャップを埋めるものとして期待しているのが、激励型のポートフォリオです。教員は少人数の学生を受け持ち、適当な助言をしていきます。その根幹にこのポートフォリオを据えようという試みです。
 医科大学では、この他にも重要な問題があります。一つは、電子カルテを通じて蓄積される膨大な医療情報データベースです。また遺伝子治療に始まるゲノム医療情報の活用は、医科大学の臨床・研究の根幹をなす主題になりつつあります。難しい課題ですが、今後重点的に取り組んでいかなければなりません。
 情報化の波に流されず、その本質的に優れた部分を教育に生かしていくために、先輩諸氏の助けを借りてさらに改善に努めていきたいと考えています。



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