教育事例紹介 経営工学

リアルタイム授業評価システムを用いたプロジェクトマネジメント教育

越島 一郎(千葉工業大学社会システム科学部プロジェクトマネジメント学科助教授)



1.はじめに

 プロジェクトにおけるすべてのプロセスに人間が行わねばならない作業が存在するため、プロジェクトマネジメントでは人間とのかかわりを無視することはできません。この状況は、コンピュータがいかに進歩しても最後の意思決定が人間に委ねられている限り、変わることはないでしょう。しかしながら、大学にとって共通の問題である「大学生の学力低下」(注1)は、即戦力育成を目的とした教育を阻害する要因となります。例えば、プロジェクトエンジニアが具現すべき人格条件に、「積極性、協調性、迅速性、ねばり根性、社会的責任感、勤勉性並びに社交性」が挙げられており、特に「受動的態度」並びに「忍耐力の欠如」への対応が、プロジェクトエンジニアを育成する上で重要であることがわかります。
 このため、新しい学習スタイルを導入するとともに、よりフィードバック効果を高めることを目的とし、授業時間内に複数のルートを計画(Plan)し、その一つを実施(Do)しつつ学生の集中度、理解度をリアルタイムで計測(See)することで、ルート変更によって授業のスコープを満足する(Check)よう、PDSC(Plan-Do-See-Check)サイクルを回し続ける授業形態とそれをサポートするシステムを開発したので、報告します。


2.PDSC学習の導入と状況フィードバック

(1)授業スタイル

 受動的態度と忍耐力の欠如の対策として、以下を考案しました。

1)受動的態度への対策
 チーム制による連帯責任、正解のない課題の提示による解答プロセス重視への意識転換
2)忍耐力の欠如への対策
 講義45分+作業45分の二部構成による興味の持続、チーム制による適性に合わせた役割・負荷分担

(2)講義内PDSCサイクル

 このような授業形態は、入試一辺倒の勉強に慣れた学生に対して、これまでに体験したことのない学習方法を求めることとなります。このため、学生の反応を詳細に捉え的確に反応していくために、実業界で採用されているPDSCサイクルを適用しました。図1に適用フレームワークを示します。ここでは、講義とは講師と学生が共にPDCAサイクルを適用する場であるとしています。
図1 授業内でのPDSCサイクル適用フレームワーク

講師側: 教材を開発した後は、講義時間内で講義→理解度確認→スコープ確認→修正→講義のPDCAサイクルを実施する。
学生側: 出席した後は講義時間内で受講→理解度表明→理解度確認→修正→受講のPDCAサイクルを実施する。

 この二つのPDSCサイクルを1授業時間内に常に回し続けることで、講師と学生双方の集中度と理解度を高めるとともに、その状況をリアルタイムに観察し、授業内容の修正を行いつつ、モチベーション向上を図ることが可能であると考えられます。


3.リアルタイム授業評価システム

 講義内でPDSCサイクルを適用するための要求事項は以下の3点です。

・DOとSEEにおける講師と学生との情報共有
・講師・学生双方でDOに対するSEEを同期させ、リアルタイムに状況を把握
・講義内容を修正し講義の反映するには授業シナリオの変更(DO)をサポート

 このため、次の三つのサブシステムからなるリアルタイム授業評価システムを開発しました。システム全体の構成を図2に示します。
図2 システム構成
(1)講義管理サーバシステム

 Webアプリケーションサーバとして構成されており、Apache+Tomcatで動作しています。このサーバの主な機能は、A)受講者の設定と管理とB)応答の収集と管理です。なお、応答の時系列での集計には、三つのモード(一定時間間隔で集計、手動で集計、PowerPointのページ切替えに合わせて集計)を用意しています。


(2)プレゼンテーション管制システム

 PowerPoint上のVBAとして構成されており、次の機能を有しています。

1)2画面表示機能
 PC側に講演者用管制画面、PCに接続した液晶プロジェクタにプレゼンテーション用画面(講義コンテンツとリアルタイム集計された応答)を表示
2)複数シナリオページの管理と指定ページの表示機能
 PowerPointで作成された講義シナリオが含んでいるページをボタン表示し、任意のボタンを押すとそのページに切り替わる機能
3)表示したページの講義管制システムへの通知機能
 ボタンを押してページが切り替わる毎に講義管理サーバシステムに通知する機能

(3)学生用クライアントシステム

 クライアントシステムは講義管理サーバシステムが提供しているWebページへのアクセスを行うシステムです。実際の講義では、LAN接続と入力の簡便性を考慮して無線LAN機能とタッチパネル機能を有するPDA(WebへアクセスできるPC、携帯も可)を使用しています。


4.適用事例

(1)システム稼動状況

 当学科1年後期の「プロジェクトとモノつくり」にて、上記方法を適用した例を紹介します。本講義は、「モノ」を作るプロセスを意識しつつ、プロジェクトで用いられている手法を教授することを主目的としています。このため、LEGO製ブロック玩具キット(LEGO Droid Developer Kit)を導入しました。なお、当学科1年生全員(約180名、2クラス編成、各クラスは1チーム6名、13ないし14チームからなる)が受講しています。
 講義管理サーバシステムによる集計状況例を図3に示します。ここでは、リアルタイムでの集計結果と受講者各人の応答経過を示しています。なお、この時系列データはExcelにて読み込める形式で外部出力することが可能です。
 写真1に、プレゼンテーション管制システムによるプレゼンテーション用画面例を示します。この例では、28台中19台(受講者3名に1台PDAを支給しているため)が講義内容を「分かる」と応答しています。また、図4にシナリオコントロール画面例を示します。ここでは、三つのシナリオが用意されており、それぞれ9、9、14ページのコンテンツを含んでいることが分かります。
 学生は、サーバに使用者登録を行った後に図5に示す入力画面の“YES”(=分かる)、“NO”(=分からない)をタッチすることで、講義コンテンツへの反応を入力しています。
図3 時系列応答集計画面例
写真1 プレゼンテーション用画面例
右上にリアルタイム応答を表示
図4 シナリオコントロール画面例
図5 理解度入力画面例
(2)授業内での理解度変化

 スケジューリング手法の一つであるPERTに関して講義した際の27台のPDA(概ね3名に1台、1チーム2台支給)からの45分間にわたる応答を図6に示します。講義開始後約10分間(注2)は、前回の復習(シナリオ1)を行っています。次の10分から35分にかけて、PERTの説明を行うシナリオ2を用意しており、ページ1から6にかけて、PERTの由来、スケジュールの表現方法等を説明しています。ページ7でネットワーク図の表記方法を説明した後に、具体的なスケジュール作成法の解説をページ8から12にかけて行っています(図6の上部に各ページを提示)。A、B両クラスともページ1から6にかけては理解度(「分かる」と応答した%を理解度とする)が高いが、具体的な手順の解説に入った途端に理解度が急速に下降していることが分かります。
 このため、説明の速度を緩め、ページ8の説明に4から5分をかけ、学生にPowerPointで示している図と同様の図を自ら描き、説明のトレースを自ら行うように促しています。PERTは実際に自分で手順をトレースすれば、単純な足し算、引き算で構成されていることに気づくことから、ページ9では理解度が急速に回復し、ページ10から12にかけて維持されます。
 その後、シナリオが変わり課題(タスク数が13個のPERTの完成)の説明が行われていますが、理解度は高い状態で推移していることが分かります。

図6 理解度の時系列変化例

5.おわりに

 本報では、講師側並びに学生側が共に授業時間中にPDSCサイクルを適用するためのフレームワークを提案し、このフレームワークに沿ってリアルタイム授業評価システムを開発したので紹介しました。このシステムの使用によって、これまで授業に対して受動的であった学生が、“YES・NO”の二つの簡単なサインであっても、自ら発信することで「自身の理解のために講師側が対応を図ってくれる状況」を体験した意義は大きいと考えます。
 今後は、さらにシステムの改良を行うとともに、リアルタイム評価に適した授業コンテンツの設計方法等を検討したいと考えています。
 なお、適用事例は学科1年生が全員履修する講義であり、実験環境として対照実験が困難なため、厳密な定量評価ではないことをお断りしておきます。

(1) 日本数学協会のアンケートによれば、生じている学力低下は、「基本的能力低下、数学的思考力低下、数学的知識が不十分不正確、受動的態度並びに忍耐力の欠如」が挙げられている。
(2) 最初の約10分は、学生の講義に対する集中が欠けた時間帯であることが、システムを使用することで判明している。
 
参考文献
[1] 青山学院大学総合研究所AMLIIプロジェクト: eラーニング実践法. オーム社, pp.89-97, 2003.
[2] サイバーコンカレントマネジメント研究部会: サイバーマニュファクチャリング, eラーニング実践法. トランスアート, pp. CMA_16-35 , 2004.
[3] 八尋剛規, 大塚一徳: 携帯電話を利用したリアルタイム授業評価システムの開発と運用. 私立大学情報教育協会 論文誌 情報教育方法研究, 第5巻第1号, pp.28-30, 2002.



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