教育事例紹介 看護学


アセスメント能力開発を重視した看護過程学習支援システム


杉浦 美佐子(教授)、小林 純子(助教授)、松田 日登美(助教授)、水野 智(教授)
(日本赤十字豊田看護大学看護学部)


1.はじめに

 看護師には、対象(患者)にあった個別ケアを行うために、対象を全人的に捉え、系統的・論理的に問題解決を図ることが求められています。この思考のプロセスは看護過程(nursing process)と呼ばれ、看護学基礎教育の中でも十分に時間をかけた指導が望まれる領域です。しかしながら、看護過程は問題解決思考(POS:Problem Oriented System)を基盤とするごく普通の思考であるにもかかわらず、学際的な多くの知識・クリティカルシンキングが不可欠なため、多くの学生が苦手としています。看護過程の理解には少なくとも10症例以上の演習が必要と言われており、現在も、演習方法の工夫・改善や実習中にマンツーマンに近い形での指導を行っていますが、以下に述べるような教育上の問題点があります。
1) 従来、学内演習では「紙上模擬患者」による思考トレーニングを行ってきました。しかし、印刷媒体に頼る症例情報提示では、学生は患者や患者をとりまく環境のイメージ化ができにくいため、患者の反応としての文脈(行間)を読み取ることが難しく、効果的な演習になりませんでした。
2) 看護学実習開講時間の短縮(本学においては、保健師助産師看護師学校養成所指定規則による26単位の開講)が進み、学生はさらに逼迫した時間制約の中で実習しています。直接体験による対象や臨地(環境)のイメージ化・現状把握が益々困難な状況となっています。
3) 近年の一般的傾向として、学際的な思考・クリティカルシンキングの苦手な学生が多く見受けられるようになりました。学生は、暗記主体の学習方法からの発想転換を迫られて学習上の困難に直面し、挫折する場合も少なくありません。その結果、時としてネガティブな意識が惹起されることもあるようです。
4) 私立看護大学は、公立系看護大学や看護専門学校に比して1クラスあたりの学生数が多く、一人ひとりの学生に対して教員が十分に指導時間を確保できにくい状況です。また、学生の学力・学習意欲の多様化にもなかなか対応しきれなくなっています。
5) 看護系大学の特色ですが、実習開講時、教員は臨地での指導に赴くため、学内に不在の時間が多く発生し、学内で演習中の学生に臨機応変に学習支援ができないという悩みを抱えています。

 これらの問題点を解決するために、筆者らは、PCで模擬患者や医療環境のグラフィカルな表示を可能にし、演繹・帰納的思考で学生自らが確認しながら、看護上の問題をアセスメントして解決を展開していく看護過程学習支援システム:CASYSNUPL(Computer Assisted System for Nursing Process Learning)を作成し、授業・演習で利用することを試みてきました。ここでは、その利用と効果について紹介します。


2.CASYSNUPLの概要

 平成16年4月、日本赤十字豊田看護大学開学・日本赤十字愛知短期大学のキャンパス移転を機に、旧来使用してきたサーバークライアント型のHelloナース(看護過程教育支援システム)にWeb化を中心としたバージョンアップを施し、新たにCASYSNUPLを開発(システム構築は日本電気株式会社、株式会社日立システムアンドサービスとの共同)しました。コンセプトは、1)学生のアセスメント能力・自己教育力の促進と学習意欲の向上、2)教育効果の向上(動画・画像等のマルチメディア使用によるイメージ化の促進)と、教員側作業の非効率化の解消(Web化による教員−学生の距離短縮・双方向性)です。
 CASYSNUPLは、個々のコンピュータで利用可能な看護過程展開用のExcelマクロプログラムと運用に必要なテンプレートや学習過程に発生する症例編集データを保管するWebサーバプログラムで構成されています。WebサーバとDBサーバは、本学ネットワークのDMZ(非武装ゾーン)に配置し、外部からのインターネットによる接続を可能にしました。


3.システムの症例データ処理過程と特色

 学生はWebブラウザを用いてサイトにログインし、1)各自のPCに、テンプレートと演習用症例データをダウンロード、2)学習過程で発生・追加した編集データは再びCASYSNUPLサーバにアップロードすることによって、学生の個人名付きファイルとして保管され、教員の閲覧・指導を受けることができます。(図1参照)
 「テンプレートと演習用症例データをダウンロード後、個人のPCでの演習」という点で、従来の「紙上模擬患者を使用した演習」と大差はないとの意見もありました。しかし、サーバへのアップロードは1症例につき5編集(演習)データまで可能であるため、学生のレポート提出最終段階まで待つことなく、教員は演習途中からでも適時に確認、指導、連絡できます。また、昨今のe-LearningはWeb上で入力等の操作を行う方式のものが多いようですが、ローカルで症例データ編集をしますので操作性は向上しています。さらに様々な学習支援が実装され、かつ、インターネット環境が整わなくても、一般的なPC(OS:Windows2000,XP推奨、ブラウザ:MS Internet Explorer6.0、オフィス:MS Office 2000(SP3)以上等)があれば、一通り利用できるのも大きな利点です。
図1 症例データファイルの作成処理の流れとシステムの一画面(例)

4.実践による改善効果

 臨床現場に即した検査画像・患者の表情等を含むデジタルコンテンツ、検査データを含むテキスト等を症例データに取り込む機能、経時的に変化する症例患者の情報を追加・変更する機能を実装したことで、教材としては臨場感を再現でき、学生のイメージ化が図られました。また、Web化DMZへの移設によって、学内に限らず学外・自宅での学習にも教員−学生間の距離・時間の短縮と、双方向での連絡、教員による指導も可能となったため、学習への大きな動機づけとなりました。
 操作画面を、情報収集(学内演習時は教員が提示)→分類→分析→(関連図)→総合→(関連図)→看護診断(または看護問題の抽出)→看護計画→〔実習時は実施記録、結果〕→評価(サマリーも含む)といった実際の看護の思考プロセスにあわせて作成しました。情報・思考の入力方法の極端な構造化はあえて避け、学習者の思考をストレートにテキストデータとして入力させます。学生が既習の理論や様々な知識を活用して熟慮した結果が、如実に画面上に表現されます。学生は、帰納・演繹的な思考を繰り返しながら、アセスメント過程が創造されていくのをディスプレイ画面にみることができるわけです。その結果、知識獲得型の学習にとどまらず、知識対応型および仮説探求型の思考がされるようになりました。実際に、演習後には、「症例を自分でイメージングでき、情景やそこに登場している人々、どのようなことが起き、患者・家族はどのように反応し、何を訴えたかったのかということを想像しながら演習できた。」などの感想が寄せられています。
 教員側の指導での効果としては、使用する情報収集の枠組み(看護の視座からみた対象、看護情報収集のデータベースであり、様々な看護理論や看護概念モデルが使用される)の選定、先立って学習者に与える基本情報、演習方法、参考資料・画像、演習中の連絡事項等をマスター設定で行うため、多様性に富んだ教材作成が容易になりました。また、各症例の経時的なデータは、適宜、追加・変更しながら学習者に提供できています。さらに、演習に参加している全学生に対して、「連絡事項追加機能」や「BBS」を用いた指導内容やコメント等を一斉配信・伝達したり、個別的にも適時に関わることが可能となりました。


5.共通性(拡大性・汎用性)

 現在、本学ではCASYSNUPLを看護過程学習の支援システムとして、基礎看護学・精神看護学の演習の一環に位置づけて利用しています。もちろん看護学各領域および他看護系教育機関でもなんら問題はなく、今すぐに活用可能な状態にあります。ご希望があれば、試用していただくことも可能です。


6.今後の課題

 平成16年度は、テスト運用期間として希望する学生に開放して試用を行いました。その結果、ExcelマクロとMS Officeとの連携トラブルがいくつか残存していたため、修正後プレテストを実施し、平成17年6月中旬より本格的に演習に導入しています。
 今後の課題として以下の6点を認識しており、今後はシステムの稼動を行いながら、順次これらを改善・解決していく予定です。
1) 症例およびコンテンツの充実
2) インターフェイスの再考:ヘルプマニュアル機能(PDFファイル)の充実等 
3) 将来的に、PCやその操作に苦手意識を持っている学習者でも、直感的に利用方法が判断できるような画面構成への変更
4) 将来、臨地実習で活用する際の個人情報の取扱いと、更なるセキュリティ対策についての整備
5) 今後、演習にて蓄積されるデータの検索機能も含めた情報の再利用システムの構築
6) システム機能の更新・保守等に要する費用(ランニングコスト)の確保(学内予算の確保の問題)

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